学位論文要旨



No 117093
著者(漢字) 中島,千博
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,チヒロ
標題(和) トロイダル非中性プラズマの生成法に関する開発研究
標題(洋) Development of a method for producing toroidal non-neutral plasmas
報告番号 117093
報告番号 甲17093
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5234号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 比村,治彦
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

 研究目的

 核融合炉開発を中心的課題として発展したプラズマ物理学は、主として準中性プラズマの発生・閉じ込めに関する諸問題が研究されてきた。近年では、電離した準中性のガスという旧来のプラズマの定義が拡張され、様々な集団現象を扱う科学として発展している。なかでも、準中性条件のもとで縮退していた様々な物理現象が、非中性プラズマの研究により明らかになりつつある。その最も重要な効果は、電荷のアンバランスからくる自己電場であり、外部磁場とのカップリングにより、ExBドリフトによる高速流を引き起こすことが可能である。今後、非中性プラズマ研究は、これまでの準中性プラズマ物理学の視野を格段に広げるものと期待される。

 本論文で行ったトーラス型トラップにおける非中性プラズマ生成法の開発は、

 (1)ダブルベルトラミ流を用いた超高β核融合プラズマ閉じ込め

 (2)反物質等の高エネルギー粒子の高効率トラップ

等への応用が考えられる。(1)については、非中性化されたプラズマ中の高速流の動圧を利用して極めて高いβ値をもつ新たな核融合炉心プラズマ閉じ込めの可能性が理論的に予測されており、本研究はこの理論を実験的に検証するための基礎研究となる。また(2)について、本研究では磁場のみによる非中性プラズマの閉じ込めを行うため、軸方向の閉じ込めに静電場のプラグを用いた従来の非中性プラズマトラップ方式(例えば、Penning-Malmberg trap)とは異なり、高エネルギーの反物質等や双符号の荷電粒子の同時トラップが可能である。

 ガス電離による準中性プラズマ生成法や、従来型の磁場に沿って粒子を入射する直線系の非中性プラズマ生成法とは異なり、トロイダルトラップにおける非中性プラズマ生成法の一つの重要な課題は、トラップ領域外側で生成された荷電粒子がトラップされるために磁場を横切って入射されなければならないことである。磁場を横切る入射が可能になれば、粒子を定常的にトラップ装置に入射し続けることができ、トラップの定常的なオペレーションが可能になる。

 本論文では、粒子源を可能な限りトラップ領域の外側に設置し、粒子を定常的に閉じた領域へと入射する方法として、粒子運動のカオスを応用する新たな入射法を開発した。閉じ込め磁場配位としては磁場ヌル点を含むような非一様磁場を用い、磁場ヌル近傍で粒子のカオス運動を引き起こすことができる。磁場ヌル近傍において、粒子の第一、第二断熱不変量の保存は破れる。その結果自由度が増加し、粒子の運動は非可積分になりカオスが生じる。このとき粒子は複雑な軌道を描き、粒子源に戻るまで長い軌道を持つ。粒子が長い軌道を持てば、正準角運動量の保存を破る緩やかな非断熱効果を与えることができ、さらに粒子の径方向の無衝突輸送が可能になる。例えばRF電場を印加することにより、粒子の磁場を横切る拡散(入射)が可能であることが数値軌道計算によりわかった。

 (1)カオス軌道を用いた電子の入射

 単一荷電粒子の軌道計算により、磁場と入射条件の最適化を行い、トロイダル系のセパラトリックス(磁場ヌル)近傍から、閉じた領域(セパラトリックス内側)へのカオティックな(非可積分)軌道が見つかった。このような弱磁場領域からの高エネルギー粒子(ラーマー半径〜装置サイズ)の入射において、閉じ込め領域内で、閉じた軌道を描くようにすることが、トラップのために必要である。このとき、磁力線に沿って入射するtransitな軌道を用いる方が有利であり(かつJxB向きが磁場ヌル点外側において径方向内側のとき)、2keVの電子を100G程度のセパラトリックスを含む磁気シア配位の閉じた領域に数μ秒の滞在時間でトラップできることがわかった。内側に電子を入射するためには、(トロイダル)磁場強度を小さく(<20G)する必要がある。

 電子銃を閉じ込め領域の外側に設置し、電子ビームを閉じた磁場中に連続的に入射することに成功した。図1は、電子銃の位置とトラップ領域内側(R=42cm)で測定された浮遊電位との関係を示している。電子銃を磁場ヌル近傍(R=51cm)に設置しても、最大値の約20%程度の浮遊電位の減少で抑えられ、電子源を閉じ込め領域の縁に置くことが可能である(●で表示)。このとき、電子銃のケースにロスする電流は、電子銃を内側に設置したときの1%以下に減少させることが可能であることもわかった。また磁場の向きを反転させることにより、閉じ込めは劣化することから(□で表示)、軌道論による入射の最適化の効果が確認された。図2は、図1の実験パラメータを用いて行った軌道計算結果を示す。Y軸はビーム電子の閉じ込め領域内における滞在時間を示す。電子銃の発散角を考慮して平均化をおこなった結果であり、入射限界位置等に関して良く一致している。浮遊電位から見積もられるプラズマの総電荷数と、入射ビーム電流値と平均粒子滞在時間から計算される総電荷数はほぼ同程度(〜10-8C)となり、入射特性は軌道論により解釈できる。

 (2)高密度トロイダル電子プラズマの生成

 閉じ込め領域への電子ビーム電流量を増加させ、電子プラズマを生成するため、LaB6製カソードを用いた電子銃を開発した。本実験において大電流化(最大約720mA)により、トロイダル対称な(浮遊)電位分布が確認された。このとき、高密度の電子プラズマの密度は約1015m-3程度であり(図3)、円柱プラズマ近似により計算されるプリルアン電子密度に近い(nB〜1015m-3;磁場強度100G)。また空間電位としては、電子の初期加速エネルギーが1.5keVのとき、最大約700V程度の空間電位がビルドアップする(図4)。

 生成された電子プラズマにおいて、ビーム+バルク成分の存在が示唆される。プローブ測定においては、複数の速度成分が測定され、電子温度は10-100eV程度の電子プラズマであることが分かった。このとき,最もシンプルなプローブ理論(流れなし、単一成分、シース制限電流)を用いることにより、emissiveプローブを用いて測定された2次元のポテンシャル分布と、ラングミュアプローブにより測定された密度分布を比較した。しかしおよそ102程度のずれがありconsistentではないが,高速E×Bドリフトによる速度分布関数の修正、ビーム成分のディテクトによる電流値の増加によって説明できる範囲であると考えられる。またこのとき、ファラデーカップ測定、ダブルプローブ測定により、イオン密度は電子密度の1/100以下であり、ポテンシャルの値には大きな影響を与えないと考えられる。イオン的な振る舞いは2次電子放出の影響であることがわかった。

 高インピーダンスプローブやファラデーカップ測定により、加速エネルギーを超えるエネルギーを持つ粒子の存在が確認された。ポテンシャルの高い位置に存在し、電子銃のカソードとの衝突等により変向されたビーム粒子が長いトラップ時間を持ち、衝突等により緩和したものが存在していると考えられる。

 結論

 本論文では、トロイダルトラップにおける荷電粒子の入射方法と非中性プラズマの生成に関する開発研究を行った。トロイダル系において粒子入射は重要な課題である。

・軌道計算により最適化されたパラメータを用い、電子ビームの入射実験を行った。その結果、磁場ヌル近傍の弱磁場領域から強磁場領域(セパラトリックス内側)へとカオティックな(非可積分)電子の入射に成功し、約-50Vの浮遊電位の形成を確認した。入射方向、入射位置、磁場配位等に関するビームのトラップ特性は、単一荷電粒子の軌道計算によるトラップ特性と良い一致があり、またトラップされた総電荷数も約10-8C程度でファクター2の範囲でconsistentであり、入射特性は軌道論によって解釈される。

・電子プラズマの生成を目指すため、すなわち入射ビームの緩和を引き起こすため、RF電場の印加による粒子の径方向無衝突拡散の利用を検討した。閉じ込め領域からラーマー半径程度外側において、RF電場無しでは入射されない電子に対し、トロイダル方向に空間的に非対称な電場を印加することにより、約20%の電子がセパラトリックス内側へ輸送されることが軌道計算により確認された。

・大電流型電子銃の開発を行い、高密度トロイダル電子プラズマの生成に成功した。軌道計算を用いて入射の最適化を行うことにより生成されたトロイダル電子プラズマの密度の最大値は、約1015m-3程度であると簡易的に計算されるが、形成されたプラズマポテンシャルは最大約-700V程度であり、密度の過大評価が考えられる。原因は高速E×Bドリフトによる速度分布関数の修正、ビーム成分のディテクトによる電流値の増加が考えられ、十分に説明できる範囲であることがわかった。ポテンシャルの分布においてトロイダル対称性が確認された。また、空間電位の負に高い位置において、電子銃の加速エネルギー(1.5keV)を超えるような高エネルギー(>2keV)の電子の存在が確認され、熱化した電子の存在が示唆された。以上の結果から、生成されたトロイダル電子プラズマは、電子の熱速度程度の高速ExBドリフト流をもち、入射条件に敏感なビーム成分と(電子銃や構造物との衝突により熱化した)バルク成分をもつ多成分プラズマであることがわかった。

図1 電子銃の位置と浮遊電位(実験結果)

図2 電子銃の位置と電子の滞在時間(計算結果)

図4 生成された電子プラズマが形成する電子飽和電流分布(上)と空間電位分布(下)

審査要旨 要旨を表示する

 核融合炉開発を中心的課題として大きく発展したプラズマ物理学では、主として準中性高温プラズマの発生・閉じ込めに関する諸問題が研究されてきた。しかし近年では、電離した準中性のガスという従来のプラズマの定義が拡張され、様々な多体系における集団現象を扱う科学として発展している。なかでも、準中性条件のもとでは現れないさまざまな物理現象が、非中性プラズマの研究により明らかになりつつある。本論文は、トロイダル磁気シヤー系という、これまでに例がない新たな磁場配位の非中性プラズマを生成する方法を開発した研究成果をまとめたものである。

 第1章は緒論にあてられている。非中性プラズマ物理の基礎的事項および応用について総論が述べられている。トーラス系非中性プラズマ生成法の特徴を、ガス電離による準中性プラズマ生成法や、従来型の直線系における非中性プラズマ生成法と比較しつつ、課題を整理している。トロイダル系における非中性プラズマ生成法の重要な課題は、プラズマ閉じ込め領域の外で生成された荷電粒子が磁場を横切って入射されなければならないことである。このために、粒子運動のカオスを利用するという着想が述べられている。

 第2章では、トロイダル非中性プラズマ閉じ込め体系として開発した、内部導体系の装置の概要が説明されている。電子ビーム入射実験や、電子プラズマ生成実験のために、静電プローブ計測器、粒子エネルギー分析器を作製しており、その仕組みが説明されている。また、高密度トロイダル電子プラズマ生成実験(第4章)のために製作した、LaB6製カソードを用いた電子銃について、構造や性能が記述されている。

 第3章では、粒子軌道のカオスを用いた粒子入射法の検討と実験的検証の結果が記述されている。トーラス系の磁場ヌル点近傍から閉じた磁気面領域(セパラトリックス内側)へ入射するカオティックな軌道が存在することが、数値軌道計算により示されている。2keVのエネルギーで電子を入射する場合(磁場を100G程度とする)閉じ込め領域に数μ秒の滞在時間をもつことが軌道計算により予測されている。磁場ヌル点近傍において、電子の滞在時間は入射条件(初期条件)に強く依存しており、非一様磁場中で磁気モーメントの保存が破られて起こる粒子運動のカオスの特徴が示されている。続いて、数値計算により最適化された入射法の検証実験の結果が示されている。カオス軌道を描くときの入射条件を用いることにより、電子銃を閉じ込め領域の外側に設置し、電子ビームを閉じ込め領域へ連続的に入射することに成功している。電子銃を磁場ヌル点近傍に設置した場合、電子銃自身へ回帰して失われる電流は、閉じ込め領域の内側から入射した時の2%以下に減少する。そのほか、実験と軌道計算の結果を綿密に比較し、入射特性は軌道計算によって十分な精度で予測できると結論している。

 第4章では、電子銃の大電流化により、高密度の電子プラズマの生成に成功したことが述べられている。得られた電子プラズマの空間電位は、電子の初期加速エネルギーが1。5keVのとき、最大約700V程度であった。静電プローブ測定によって、閉じ込められた電子は複数の速度成分をもつことが示されている。主要な成分の電子温度は100〜200eV程度である。自己電場によるドリフトの効果を考慮し、またビーム成分による電流値の増加を考慮すると、閉じ込められた電子の密度は1014m-3程度となり、円柱プラズマ近似により計算されるブリルアン電子密度に近い高密度電子プラズマが生成されたとしている。また、内部導体に近い領域において、電子銃の加速エネルギーを超えるような高エネルギーの電子が存在することが確認されている。ディレクショナルプローブにより流速を測定し、流れの向きもドリフトの向きにほぼ一致している。ファラデーカップ、ダブルプローブによる測定により、イオン密度は電子密度の1/100以下であることが見積もられている。

 第5章は、本論文のまとめにあてている。

 以上を要するに、本研究は荷電粒子の軌道計算に基づき電子ビーム入射の最適化を行い、トロイダル非中性プラズマを生成するための高効率トラップを実証したものである。この成果は、反物質等の高エネルギー荷電粒子のトラップや、高速流をもつ高性能核融合プラズマ閉じ込めなどに応用される可能性をもつものであり、システム量子工学、とくにプラズマ理工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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