学位論文要旨



No 117094
著者(漢字) 中田,弘太郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,コウタロウ
標題(和) 酸化還元反応をともなうネプツニウムの鉄酸化物への吸着挙動
標題(洋)
報告番号 117094
報告番号 甲17094
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5235号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

【背景】

高レベル放射性廃棄物の処分方法として最も有力な地層処分においては、地下水による移行が主要な安全評価対象と考えられている。天然に存在する鉱物は放射性核種を吸着し、その移行を遅延させることが期待されているため、その吸着挙動を明らかにする事は地層処分の安全評価上不可欠である。様々な放射性核種や鉱物のなかでも、Npの鉄酸化物への吸着挙動の解明はそれぞれの化学的性質上、重要な課題と考えられている。安全評価に求められる超長期の化学的安定性を論じるためには、吸着メカニズムまで明らかにする必要があるが、既往の鉄酸化物へのNpの吸着挙動については吸着メカニズムにまで言及した例はほとんどない。吸着メカニズムを明らかにするためには、Fe(II)によるNp(V)の還元反応など吸着に付随する反応や吸着構造を明らかにしていく必要がある。

【目的】

本研究ではNp-鉄酸化物系をとりあげ、固液界面における酸化還元反応を伴った吸着メカニズムを明らかにすることを目的とする。特に鉄酸化物としてマグネタイト(Fe3O4)、ヘマタイト(Fe2O3)を用い、バッチ法による吸着実験、逐次脱離実験などを大気開放系および低酸素雰囲気中で行い、固液界面においてFe(II)によるNp(V)の還元が起こる可能性について検討し、酸化還元反応を伴う場合の吸着挙動を明らかにした。

2.大気開放系における吸着特性

溶存酸素の影響を受ける大気開放系において、バッチ法による吸着実験によって、マグネタイトやヘマタイトに対するNp吸着のpH、イオン強度、温度に対する依存性を明らかにした。また逐次脱離実験によって鉄酸化物に吸着したNpの吸着状態に関する知見を得た。

◎バッチ法による吸着のpH及びイオン強度への依存性評価

 すべての鉄酸化物において、NpはpHに対して強い依存性を示した(図1)。その依存性はそれぞれの酸化物によって異なっており、これらの結果は鉄酸化物表面におけるFe-OH吸着サイトの酸解離、吸着特性と結びつけて説明できることを示した。マグネタイトとヘマタイトに関しては、吸着のイオン強度依存特性から、その吸着が内圏型吸着であることを明らかにした。

◎脱離実験による吸着メカニズムの評価

 脱離実験によって、Npの鉄酸化物への吸着はファンデルワールスカなどの弱い吸着を含むイオン交換による吸着、変質相への収着、結晶相への収着があること、さらにはそれぞれの鉄酸化物とも液相のpHが変わると吸着型も変化することを初めて示した。図2には例としてマグネタイトに対する脱離実験の結果を示す。

◎吸着・脱離の時間依存特性

・吸着の時間依存特性

 吸着の時間依存特性実験を行い、Npの鉄酸化物への吸着は、瞬時に起こる速い吸着とそれに続いて起こる1時間程度の遅い吸着から構成されることがわかった(図3)。

・脱離の時間依存特性

 これら吸着の時間依存特性を逐次脱離実験によって分析した結果、遅い吸着は結晶相への拡散を表しており、速い吸着を構成する吸着はそれぞれの鉄酸化物の系によって異なっていた。速い吸着の系による違いは鉄酸化物の表面構造の違いによって説明可能であることを示した。

・表面特性の分析

 それぞれの系における表面構造違いをXPSによる測定及び、シュウ酸カリウムによる溶出実験によって明らかにし、これによって速い吸着の系による違いを説明することができた。

◎脱離実験による吸着メカニズムの評価

 マグネタイトに対するNpの吸着量、および吸着メカニズムの温度による影響を評価した。その結果、マグネタイトの変質相表面に対し、Npは可逆な吸着と、不可逆な吸着2種類の吸着メカニズムで吸着していることが示唆された。可逆、不可逆な吸着それぞれに対し、両者の見かけの標準エンタルピー変化をファントホッフの式から計算すると、それぞれ35〜37、52〜54(KJ/mol)という値を得た。異なる二つの値が得られたことは、2種類以上の吸着メカニズムの存在を示唆するものであると考えられた。

【大気開放系における吸着特性のまとめ】

・マグネタイト

 pH=4〜8において、マグネタイト表面は変質相に覆われており、変質相界面に対してNpはファンデルワールスカなどの弱い力やイオン交換による可逆な吸着、および表面錯体などの不可逆な吸着により吸着される。両者の見かけの標準エンタルピー変化は、それぞれ35〜37、52〜54(KJ/mol)という値である。時間の経過につれて表面に吸着されたNpは結晶相へと吸収されていく。後述の抽出実験の結果から、結晶相へと吸収される際、Np(V)が結晶相内のFe(II)によってNp(IV)へと還元されると考えられる。

・ヘマタイト

 pH=4〜6においては、ヘマタイト表面は変質相に覆われており、マグネタイトの場合と同様に、変質相界面に対してNpはファンデルワールス力などの弱い力やイオン交換による可逆な吸着、および表面錯体などの不可逆な吸着により吸着される。時間の経過に連れて表面に吸着されたNpは結晶相へと吸収されていく。

 一方でpH=6〜8においてはヘマタイト表面には変質相に覆われた部分は少なく、一部はゲータイトが形成されている。このためNpは直接結晶相へと不可逆に収着する。

3.脱酸素雰囲気中における吸着特性

 低酸素雰囲気中における実験においては溶存酸素の影響を低減することで、特にNp(V)とFe(II)の間での酸化還元反応に注目することが可能である。また、実際に処分が行われる地層中は酸素濃度が低いとされており、低酸素雰囲気中における実験は地中環境を模擬するうえでも重要であると考えられる。バッチ法による吸着実験や脱離実験、および抽出実験などを通じてNp(V)がマグネタイト中のFe(II)による還元反応の反応速度定数を算出した。

◎脱酸素雰囲気下における吸着率の評価

 マグネタイト、ヘマタイトにおける空気中、および低酸素雰囲気下での吸着実験の結果(図4、5)から、ヘマタイトへの吸着率は脱酸素雰囲気下と大気開放系で同様であるのに対し、マグネタイトにおいては、脱酸素雰囲気下における吸着率が大きく上昇しすることが分かった。

◎脱酸素雰囲気下における脱離実験による吸着メカニズムの評価

 さらに、吸着メカニズムの違いを調べるため、脱離実験を行った。脱離実験での結果から(表1、2に代表的なものを示す)、ヘマタイトへの吸着メカニズムは脱酸素雰囲気下と大気開放系で顕著な違いが見られないのに対し、マグネタイトにおいては、脱酸素雰囲気下における吸着メカニズムは大気開放系とは大きく変化することが分かった。

◎抽出実験による吸着したNpの価数の同定

 吸着したNpの価数を決定するため、硝酸とTTA/xylene溶液を用いて吸着実験後の固相から、抽出実験を行った。この結果、Fe(II)を含まないヘマタイトに関しては大気開放系、低酸素雰囲気中いずれの場合もほぼ100%がNp(V)として吸着していた。一方、マグネタイトにおいては低酸素雰囲気で吸着実験を行った場合、抽出されたNpのうち90%がNp(IV)として存在していることが分かった。さらにマグネタイトにおいては、大気開放系で吸着実験を行った試料についても10%はNp(IV)として吸着していることが分かった。抽出実験によって同定された吸着したNpの価数とNp(IV)およびNp(V)の性質から、低酸素雰囲気下においてマグネタイトへの吸着量が増大し、吸着メカニズムが大きく変化したのは、Np(V)がマグネタイト中のFe(II)によってNp(IV)に還元されたためであると考えられる。

◎ブランク試験、抽出実験、吸着等温線による沈殿の可能性の評価

 還元されたNp(IV)が沈殿をしたり、コロイドを形成している可能性について検討した。脱酸素雰囲気下における吸着等温線などから、Np(IV)はマグネタイト表面で沈殿しておらず、吸着していることを示した。

◎Np(V)の還元速度の評価

 液相におけるNp(V)とFe(II)イオンのpH=5の液相における反応速度定数はk=1.023×10-2であることを示した。また、吸着量の経時変化の解析から(図6)固液界面における反応速度定数はk=1.035×102という値を得た。固液界面における反応速度定数は、バルク液相に比べ、1×104倍もの値であり、固液界面での反応の特異性を示すものである。

【【低酸素雰囲気中における吸着特性のまとめ】

・マグネタイト

 低酸素雰囲気中でNp(V)がマグネタイトに吸着する際には、固液界面で固相中のFe(II)によってNp(V)が還元されてNp(IV)として吸着される。Np(IV)として吸着することで、吸着量は増大し、不可逆な吸着が主な吸着メカニズムとなる。バルク液相、固液界面それぞれでの反応速度を評価した結果、この還元反応は液相でのイオン同士の反応に比べて非常に速い反応であり、固液界面特有の反応であることが示唆された。

・ヘマタイト

 Fe(III)のみの鉄酸化物であるヘマタイトはNp(V)との酸化還元反応に関与しない。このため吸着量、吸着メカニズムともに大気開放系と変化することはない。

4.結論

マグネタイト、ヘマタイトについてその吸着メカニズムまでも考慮した吸着挙動を明らかにすることができた。特にマグネタイトにおいては、脱酸素雰囲気中では固液界面でマグネタイト中のFe(II)により、Np(V)が還元されNp(IV)として吸着することを明らかにした。また、大気開放系では結晶相へ吸収の過程でNp(V)がNp(IV)に還元されることを示唆した。

図1Npの鉄酸化物に対する吸着率のpH依存性

図2マグネタイトにおける脱離実験の結果

図3 マグネタイト、ヘマタイトに対するNpの吸着の時間依存特性

図4 脱酸素雰囲気中におけるマグネタイトへの吸着挙動

図5 脱酸素雰囲気中におけるヘマタイトへの吸着挙動

表1 マグネタイトにおける脱離実験の結果

表2 ヘマタイトにおける脱離実験の結果

図6 吸着量の経時変化のフィッティング結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、高レベル放射性廃棄物の処分の安全評価上重要であるネプツニウム(Np)の吸着挙動に関し、とくにFe(II)を含有する鉄酸化物の固液界面においてNp(V)が酸化還元反応を伴いながら鉄酸化物界面ならびにバルク層に吸着する機構を明らかにしたものである。論文は、5章から構成されている。

 第1章では、本論文で対象とするNp-鉄酸化物系の吸着挙動について、化学的、工学的な観点からの必要性を述べている。さらに、Np-鉄酸化物系の吸着における既存の知見をまとめ、既往の研究と比較しての本研究の新規性ならびに目的を示している。

 第2章では、溶存酸素の影響を受ける大気開放系において、吸着挙動の解明が行われている。ここでは、バッチ法による吸着実験によって、マグネタイトやヘマタイトに対するNp吸着のpH、イオン強度、温度ならびに鉄酸化物の接触時間に対する依存性を明らかにしている。また、逐次脱離法をこれらの系に適用し、様々な条件下でのNpの吸着メカニズムに関する情報を得ている。さらに、鉄酸化物表面を分析することで、鉄酸化物の表面状態が吸着挙動に与える影響について議論されている。これらを総合的に検討することで、系による吸着メカニズムの変化、経時的な吸着量、鉄酸化物表面特性の吸着挙動に与える影響など、包括的なマグネタイト、ヘマタイトに対するNpの吸着挙動が明示されている。

 第3章では、特にNp(V)とFe(II)の間での酸化還元反応に注目するため、溶存酸素の影響を排した脱酸素雰囲気下において実験が行れている。吸着、脱離実験を通じてFe(II)を含むマグネタイトにおいては大気開放系と脱酸素雰囲気下で吸着量、吸着メカニズムが大きく異なることが示されている。抽出法を適用し、それぞれの系において吸着したNpの価数を初めて明らかにすることによって、マグネタイトに対する吸着量、吸着メカニズム変化が固液界面におけるNpの価数の変化によるものと結論づけている。それぞれの系に対する支配的なNpの価数を決定し、価数の変化が吸着量、吸着メカニズムに与える影響をヘマタイト、マグネタイトとの比較によって明示したのは初めてのことである。さらに、脱酸素雰囲気下でマグネタイトを共存させた場合NpがNp(IV)として沈殿している可能性について検討し、脱酸素雰囲気下ではNpがNp(IV)として吸着していることを示している。

 第4章では、マグネタイトを共存させた水溶液中でのNp(V)の還元反応について、特にその反応速度について検討している。まず、液相中に数種のイオンが存在する試料において、それぞれを定量する方法をCr(VI)-Fe(II)の系において確立している。確立した手法を用いて液相中でのNp(V)のFe(II)による還元反応の速度を評価し、大気開放系のNp(V)の吸着速度と脱酸素雰囲気下での吸着速度の差から、マグネタイトが共存した水溶液でのNp(V)の還元速度を求めている。この結果、マグネタイトが共存した水溶液中での還元反応が液相での反応速度の約1000倍もの値であることを示し、この反応が固液界面反応であると結論づけている。固液界面での反応が促進される原因としてNp(V)-Fe(II)間でのO原子を介した電子のやりとりについて考察が加えられている。

 第5章では、本論文の総括と結論が述べられている。

 以上要するに、本論文では、放射性廃棄物処分の安全評価において重要であるNpの鉄酸化物への吸着挙動が、Fe(II)を含有する鉄酸化物の固液界面におけるNp(V)の還元反応をともなうことが明らかにされている。これらはシステム量子工学、特に放射性廃棄物処分の安全評価に寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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