学位論文要旨



No 117096
著者(漢字) 木村,敦
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,アツシ
標題(和) 光技術を用いた原子力計測の研究
標題(洋)
報告番号 117096
報告番号 甲17096
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5237号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 1.はじめに

 近年、光技術を用いた計測技術は大幅に進歩し多くの優れたセンサが開発されている。特に光ファイバを用いた、光ファイバセンサは、軽量性、絶縁性、電磁障害雑音の無誘導性、信号伝送の広帯域・低損失性などの数々の優れた特性を有し、従来の電気式のセンサに代わり得る新たなセンサとして広く研究されている。これらの光ファイバセンサを原子力プラントに適用することはプラント保守・制御の点から見て、非常に意味のあることと考えられる。しかしながら、光ファイバを放射線環境下で使用した場合、原材料のガラスにカラーセンターが形成され、その結果、光ファイバの組成、温度、線量率、照射線量、波長などに依存する複雑な伝送損失増加現象が生じるという短所がある。この伝送損失の増加が原因で、光ファイバ型センサは測定結果に誤差を生じる。よって、原子力プラントなどの放射線環境下に光ファイバ型センサを適用するためには、測定誤差の評価を行い、その補正法を検討する必要がある。

 本研究においては、ラマン散乱型光ファイバ温度分布センサ(Ra ma nDistributed Temperature Sensor:RDTS)、イメージガイド(Image Guide:IG)などを取り上げ、原子力プラントへの適用性を評価することを目的とした。そのため、光ファイバの耐放射線性を評価するとともに、RDTSの高速実験炉「常陽」への適用実験、IGの60Coγ線源による照射実験を行い、放射線による測定誤差の評価と、測定誤差の補正法の検討を行った。

 2.放射線誘起伝送損失の解析

 光ファイバを強い放射線環境下で利用する際に一番問題となるのは、光ファイバの着色により光の吸収が生じ、伝送損失が増加する事である。この伝送損失増加現象は、放射線によるイオン化や原子のはじき出しにより原材料であるガラスに格子欠陥生じ、この格子欠陥が電子やホールを捕捉してカラーセンタを形成する事により発生する。カラーセンタは、特定の波長の光を吸収するために、光ファイバは着色し放射線誘起伝送損失が発生する。一般的にカラーセンタによる光子の吸収は、それぞれに固有の吸収エネルギーを中心としたガウス分布になると考えられる。このとき、可視域〜近赤外域に生じるカラーセンタには、紫外域にピークを持つE`センタ、630nmにピークを持つ非架橋酸素センタ(NBOHC)、その他に添加剤のF(500nm付近)、Geに起因するピーク等がある。ここでは、それぞれのカラーセンタについて放射線誘起伝送損失をガウスフィッティングすることにより、各カラーセンタの放射線環境下での挙動の解析を行う。

 Fドープ光ファイバ(SI、コア径50μm、クラッド径125μm、照射長10m)及びGeドープ光ファイバ(GI、コア径50μm、クラッド径125μm、照射長5m、一般に利用される物)の二種類の光ファイバを「弥生」や60Coガンマ線源により照射試験を行った。光源としては白色光源を利用し、400〜1000nmの透過光をスペクトルアナライザで測定した。その後、UV-tail、NBOHCとFに起因するピークの3つをもちいて解析を行った。

 図1に60Coからのγ線を線量率62[Gy/h]で照射した場合のGeドープ、Fドープ光ファイバの伝送損失を示す。測定の結果、Geドープ光ファイバに比べてFドープ光ファイバはNBOHCの吸収ピークが2桁以上減少し、その結果耐放射線性がよくなることが確認された。

 図2にFドープ光ファイバの出力1,2[kW]の時の吸収ピーク値の変化を示す。(中性子3.4×1011[cm-2s-1kW-1](1.7×103[Gyh-1kW-1])+γ線1.4×103[Gyh-1kW-1])

 γ線照射時には伝送損失は飽和傾向、線量率依存性を示すのに対し、中性子照射時においては損失が直線的に増加していることが確認された。又、中性子フラックス(出力)を変化させてもその吸収ピークに大きな変化が見られず、線量率依存性がないことも確認された。

以上の実験の結果、Fドープ光ファイバの耐放射線性の高さが確認された。また、γ線照射時には放射線誘起伝送損失は飽和傾向を示すが、中性子照射時には損失は直線的に増加することが確認された。これらのことから、中性子を含む環境で光ファイバーを使用する場合には、放射線誘起伝送損失に大きな注意を払う必要がある。

 3.RDTSの原子炉への適用

 ラマン散乱型温度分布測定装置(RDTS)は、従来から用いられている熱電対などの電気式スポット型センサと異なり、電磁障害雑音の無誘導性、光ファイバーに沿った数kmに及ぶ連続した温度分布の測定が可能などの長所を有しており、これを高速炉に適用することは、配管の冷却材漏洩位置検出など、プラント保守・制御の点から、安全性・信頼性の向上に大きく貢献できるものと期待される。しかし、RDTSを放射線環境下で利用した場合、光ファイバーに生じる放射線誘起伝送損失の影響により、測定温度分布に誤差が生じるなどの問題点が発生する。そのため、高速炉プラントにRDTSを適用するためには、放射線による影響を確認し、測定結果の誤差を補正することが不可欠である。そこで、RDTSの高速炉への適用性を検討するため、高速実験炉「常陽」の一次冷却系配管領域に光ファイバを敷設し、長期照射による影響の評価、放射線誘起誤差の補正方法の検証・評価を行うこととした。

 (1)補正手段の検討 今回使用した補正法はループ型補正法である。この補正法は、一本の光ファイバーを往復させ、行きと帰りの光ファイバーを同じ場所に敷設する(ループ状に敷設する)補正法である。この様に光ファイバーを敷設した場合、測定に必要な光ファイバーの長さは普通に測定する場合の2倍になるが、行きと帰りの散乱光強度を比較することによって、伝送損失を求めることができ、温度誤差を補正する事ができる。

 (2)実験方法 フッ素ドープ光ファイバ(SI、コア径50μm、クラッド径125μm)約240mを「常陽」一次系配管外装板表面に往復敷設し、RDTS(日立電線FTR110:波長1047nm、出力10W)で測定を行った。また、参照用に熱電対を設置し同時モニタリングを行った。

 (3)実験結果 図4に、原子炉運転中(EOC:8/30 18:00、)における参照用熱電対の測定結果、RDTSの測定結果、及び、ループ型補正法による補正結果を示す。RDTSから離れた場所ほど温度誤差は大きくなり、光ファイバーの末端では約10度に達した。しかし、ループ型補正法を用いることにより、111[m]の地点での熱電対とFTRの温度差が補正前には約6度に達していたが、補正を加えることにより測定期間を通して1度以下にまで減少し、ループ型補正法の有効性が確認された。

 (4)まとめ 高速実験炉「常陽」での測定では、光ファイバの放射線誘起伝送損失の増加現象により、測定される温度分布にずれが生じた。しかし、この温度のずれは、光ファイバに発生する欠陥の生成と消滅のバランスが取れ、放射線誘起伝送損失が一定となることにより、飽和傾向を示す。また、ループ型補正法や伝送損失一定の仮定を用いる補正法を用いることにより、温度分布を十分に再現することができた。これらの結果から、耐熱性などの他の要因についての検討は必要であるが、放射線誘起損失の観点からはRDTSは十分に原子炉への適用が可能であることが確認された。

4.イメージガイドの60Coγ線照射実験

(1)赤外用IGの開発 第2節で示したとおり、放射線誘起伝送損失は可視域よりも赤外域のほうが小さい。IGは光ファイバーを束にして画像情報をそのまま伝達するものであるので、赤外光を利用したほうが耐放射線性はよくなる。しかしながら、赤外光を普通の耐放射線性IGで利用した場合、コア間でクロストークを起こし、画像がにじんでしまう。そこで、本研究ではコアの間隔を広くした赤外用IGを開発し評価実験を行った。

(2)実験方法 耐放射線性評価のために60Coγ線源を用いた照射実験を行った。開発した赤外用IG(三菱電線社製:Fドープコア、画素数:12,000、全長:10[m])の先端5.4[m]を線量率3.9×102[Ckg-1h-1]、雰囲気温度50[℃]で照射した。光源としては波長808[nm]のLD(CW)を用い、撮影には赤外用CCDカメラを使用した。なお、可視光での測定と比較するために、可視用CCDカメラでも同時に測定を行った。

(3)実験結果 可視画像についてIGのRGB各出力での放射線誘起伝送損失の増加を図6に示す。照射が進むにつれて、放射線誘起伝送損失の増加による各出力の低下が観測された。測定された損失は、積算線量4.1×104[Ckg-1]で青色の出力が約1.5[dB/m]となっている。波長の長い赤色の伝送損失が最も小さいため、色彩全体が赤味を帯びる事が確認された。図7に赤外用CCDで得られた放射線誘起伝送損失示す。測定された画像は徐々に暗くなっていき、積算線量3.9×104[Ckg-1]で約0.8[dB/m]となっている。これより、赤外光を利用することの優位性が確認された。

(4)寿命の評価 IGの寿命は、光源の最高出力などさまざまな要因に左右される。ここでは、単純に、放射線誘起伝送損失が10[dB]に達した時点で寿命に到達するものとしてIGの寿命評価を行った。

 可視光を用いた場合、青色の出力の伝送損失が最も大きく、色彩の補正などを行う場合の問題となる。よって、青色の損失が10[dB]に達した時点で寿命の評価を行った。本実験での、青色出力の伝送損失増加速度は図6に示すように1.5×10-[dB・kg/m・C]であった。これは、仮に2.5mの照射長で照明光をライトガイドにより供給する場合、3.0×104[C/kg]までの利用が可能である。

一方、赤外光の場合、照明光の808[nm]の損失が10[dB]に達した時点で寿命の評価を行った。本実験での808[nm]の伝送損失増加速度は図7に示すように、8.9×10-6[dB・kg/m・C]であった。可視光のシステムと同様の仮定の下で寿命は4.5×105[C/kg]程度であると考えられる。

 (5)まとめ 可視光を用いる場合、2.5mの照射長で線量率3.9×102[Ckg-1h-1]の場合、3.0×104[C/kg]の耐放射線性を持つ。また、赤外光を用いて測定する場合、4.5×105[C/kg]までの利用が可能であることを示している。これらの結果は、従来のCCDカメラよりも3桁以上高く、原子力プラント等の高線量率環境でのプラント監視・保守・点検用にIGの適用が可能であると期待される。

 5.結論

 RDTSとIGの二つの光ファイバセンサについて、放射線環境への適用性を評価するとともに放射線による測定誤差の補正法について検討を行った。その結果、耐熱性などの他の要因についての検討は必要であるが、放射線誘起損失の観点からは両センサとも十分に原子力プラントへの適用が可能であることが確認された。

図1GeドープとFドープ光ファイバの比較

図2 カラーセンタの中性子照射下での挙動

図3 「常陽」での設置状況

図4 「常陽」での測定結果

図4 可視域でのイメージガイドの損失

図5 赤外域でのイメージガイドの損失

審査要旨 要旨を表示する

 光の通信手段としてポピュラーな光ファイバーをセンサーとしても用いることを光ファイバーセンサー或いはセンシングと言う。光ファイバーは軽く、絶縁性もよく、勿論電磁雑音にも強く、光信号の高帯域性に使えるなど秀れた素材であり、この光ファイバーにレーザー光を通過させて光ファイバー内での散乱吸収、干渉現象を用いた光ファイバーセンサーは、多くの応用がなされ始めている。温度分布とか、ストレス・歪の測定や、イメージングなどの監視分野でよく利用されており、大型の橋の振動測定に利用したい、高速道トンネル内の火災報知用、大型ビルの歪測定などに利用されているが、これを原子炉計測に応用しようというのが本論文の目的であり、この場合放射線に対する光ファイバーの照射挙動が中心的課題となる。

 本論文は5章と2つの付録より構成されている。

 第1章は序論で、本研究の目的、意義についてまとめ、本研究の内容について述べており、ラマン散乱型温度分布センサー(RDTS)、イメージングガイド(IG)及び光ファイバーブラッググレーティング(FBG)について扱うとしている。

 第2章は放射線環境下での光ファイバーの挙動についてであり、まずは放射線によって光ファイバー内にできるカラーセンターによる光の伝達損失の増加について実験データを含めて知見をまとめている。純粋石英中に生ずるカラーセンターについて基本的に詳述し、それを基に放射線に強いファイバーの作成の現状について説明している。まずは光ファイバー製造プロセス上、カラーセンターの前駆体となるような初期の不完全構造を排除するような光ファイバーの製作方法をあげている。次に、SiO2結合の切断により生成されたカラーセンターを不純物と結合させて、その効果を下げる方法として、以前から用いられているOH基を添加する方法と、1990年代に開発されたフッ素をコア中に拡散させる方法を挙げている。最近開発されたこのフッ素ドープの方法により、実際に、光ファイバを原子炉に使えるようになったと言える。このカラーセンターの放射線による時間的挙動や線量率依存性についてまとめているほか、発光現象についても説明している。

 第3章はラマン散乱型温度分布センサーの原子力プラントへの適用について述べている。ラマン散乱法の原理と温度計測アルゴリズム、システム構成、放射線による伝達損失の影響とその補正法についてまず示した後、核燃料サイクル開発機構の高速実験炉「常陽」の一次配管系での測定実験を行ってみせている。次に東大「弥生」炉での使用例も示し、放射線環境下での実際の原子炉への適用を示した。このような実験を通じて実際上の測定誤差、特に光ファイバーを測定対象の機器に接着する際の誤差について説明している。

 第4章はイメージガイドの放射線環境下への利用についての基礎実験であり、可視光を用いたイメージガイドでは、青色系の光伝達損失が増えるので、その補正の必要があり、それを補正すれば、1.6×108Rまで使用可能であることを示している。これに対し赤外線を用いたイメージガイドでは可視光ファイバの2倍もの放射線量までもつことを示している。また、イメージガイドの寿命評価を行ない、原子力プラントへの適用も充分可能とまとめている。

 第5章は結論であり、光ファイバーやセンサーを温度計測や監視用の原子炉計測系として適用することの可能性の確認が行われたとまとめている。また、今後は、更に歪測定への適用や付録にまとめた新方式の光ファイバーブラッググレーティング(FBG)の予備実験結果を計測システムとして検討することなどが課題として挙げられている。もう1つの付録では、従来方式の核分裂計数管による原子炉出力計の感度校正について内臓のアルファ線を用いる方法で特許を取得した成果についてまとめている。

 本論文は、光ファイバーセンサーを原子炉計測系に包括的に使用することを目的とした独創性に富んだアイデアに基いた多くの実験結果を示しており、原子炉計測やシステム量子工学の新しい展開に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク