学位論文要旨



No 117097
著者(漢字) 工藤,祐揮
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,ユウキ
標題(和) 運輸部門における都市・地球環境改善のためのハイブリッドトロリーバスに関する研究
標題(洋)
報告番号 117097
報告番号 甲17097
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5238号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 松橋,隆治
 東京大学 講師 定木,淳
内容要旨 要旨を表示する

 運輸は経済社会活動の基盤であり、人間生活には必要不可欠な存在である一方で、その移動体である自動車などの交通手段によりエネルギーが多量に消費され、その結果として地球温暖化の原因となるCO2や大気汚染の原因となるNOxやPM(浮遊粒子状物質)など、環境負荷を与える物質が排出される。運輸部門においては今後もその需要が着実に伸び続けることが予想されており、今後見込まれる交通需要や利用者のニーズに地域性を考慮して適切に応えながら、環境負荷の低い交通体系を構築する必要がある。こうした背景から、本研究では旅客部門におけるモーダルシフトの推進を念頭に置き、乗用車からの代替輸送機関としてハイブリッドトロリーバスに着目し、ハイブリッドトロリーバスの走行の自由度向上のために必要不可欠ではあるが、技術的課題の1つであるトロリーポール自動昇降システム構築に関するシステム提案を行うとともに、ハイブリッドトロリーバスが都市内交通として導入された場合の環境影響評価を行った。

 まず走行時における、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から算出されるライフサイクルCO2(LCCO2)排出量を、都市部における道路状況を考慮した上で算出を行った(図1参照)。その結果、東京都内の路線バスの平均走行速度11.3km/hでは、トロリーバスのLCCO2はディーゼルバスの29.1%となることが判明した。さらに、現在の多くのトロリーバスシステムにおいては給電設備の制約のために利用されていない回生電力を利用することにより、トロリーバスのLCCO2はディーゼルバスの16.0%となり、ランニングコスト削減のみならずCO2排出量削減のためにも、都市内交通としてトロリーバスシステムにあっては、回生電力を利用可能な給電システムの導入が望ましいとの知見を得た。また公共輸送機関のシステム全体におけるLCCO2排出量を検証するために、LCAを行った(図2参照)。この分析結果から、トロリーバスシステムは走行時の排出に加えインフラ建設時、車両製造時からの排出を含めると、システム全体でのLCCO2排出量は、公共輸送機関としての特性が異なる、多頻度大量輸送機関である大都市高速鉄道や地下鉄よりは多くなるものの、乗用車の22.3%、ディーゼルバスの48.9%となることが判明した。

 トロリーバスはLCCO2排出量が少ないことが明らかとなり、また排気ガスを排出しないことから公共輸送機関としての環境負荷は低いが、都市内交通として導入する場合にはその走行路線が電車線敷設箇所に制限されるために、ディーゼルバスと同等の走行の自由度を得ることは不可能である。トロリーバスの走行の自由度を向上させるための手段の1つは、電車線からの給電以外の方法で自走することを可能にするためにハイブリッド化することであるが、その際に問題となるのが、トロリーポールの昇降、特にトロリーポールを上げて電車線からの給電走行に切り替える動作である。現在のハイブリッドトロリーバスはこの動作を主に手動操作で行うために、一旦停止することを余儀なくさせられる。本研究ではこの動作の自動化を目指し、トロリーポール自動昇降システム構築に関するシステム提案を行うため、ロボットマニピュレータ、アクチュエータ、ビデオカメラ、PCから構成される実験装置により、画像情報から電車線の位置を推定するための基礎的なシステムを構築した。その結果、最適制御理論の1つであるKalman filterを用いることにより、系に加わるノイズの大小にかかわらず、取得した画像情報から精度良く電車線の位置を推定でき、本研究で提案した電車線位置推定システムの概念が、実際のトロリーポール自動昇降システムへの適用に有望視できることを基礎制御実験により確認した。

 最後に、トロリーポール自動昇降システム搭載により走行の自由度を高めたハイブリッドトロリーバスが、路線バスの代替として導入された場合の自動車交通システム全体での環境影響評価を、東京23区とその周辺地域を対象に動的交通流モデルを用いて行った(図3参照)。その結果、旅客部門のモーダルシフトを推進し、現在の自動車需要のうち、軽乗用車、乗用車需要が2%削減された場合のNOx、LCCO2排出量削減率はそれぞれ0.3%、0.8%にとどまるのに対し、現在の自動車需要にハイブリッドトロリーバスを導入した場合のNOx、LCCO2排出量削減率はそれぞれ5.5%、2.1%となり、運輸部門における都市・地球環境改善のためには、ハイブリッドトロリーバスの導入が効果的であることが判明した。これら排出量削減率は、モーダルシフトを推進した上でハイブリッドトロリーバスを導入することにより、それぞれ6.1%、3.4%まで向上する。またNOxは普通貨物車、小型貨物車から、LCCO2は乗用車からの排出量が全体に大きな影響を与えることから、更なる環境改善を図るためには、旅客、貨物両部門においてモーダルシフトの推進が必要不可欠であり、特に旅客部門においては、排気ガスを排出せず、LCCO2排出量の低いハイブリッドトロリーバスは、乗用車需要からの代替輸送手段として有力なオプションの1つであることが結論づけられる。

図1:実走行時のLCCO2排出量(ICE:ディーゼルバス、wo.regen:回生電力を利用しないトロリーバス、w.regen:回生電力を利用するトロリーバス)

図2:公共輸送機関のLCCO2排出量

表1:図3のケース設定

図3:ハイブリッドトロリーバス導入による自動車交通システム全体での環境改善効果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、運輸部門における都市環境、地球環境問題解決策の1つとしてモーダルシフトの推進を念頭に置き、その中で旅客部門におけるモーダルシフト実施による乗用車需要からの代替輸送機関としてトロリーバス、特に走行の自出度が向上したハイブリッドトロリーバスに着目し、ハイブリッドトロリーバス導入による環境影響評価を行うことを目的としている。環境影響評価の指標としては、都市環境に影響を及ぼす排出物として、NOx、PM(浮遊粒子状物質)を、地球環境に影響を与える物質として、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から算出されるライフサイクルCO2(LCCO2)を取り上げている。またハイブリッドトロリーバス導入に必要不可欠ではあるが、技術的課題の1つであるトロリーポール自動昇降システムについて、既存の様々な要素技術の組合わせにより構築可能であることに着目し、その一例として画像情報により電車線の位置を推定するシステムを提案し、実際のトロリーポール自動昇降システムへの適用可能性を基礎制御実験により検証を行っている。

 まず第1章では、本論文の序論として、研究の背景と研究の目的が記されている。

 第2章では、本論文で着目したトロリーバスについて、その歴史や公共輸送機関としてのシステム構造を解説している。また都市交通ヘトロリーバスを導入するにあたって想定される問題点とその解決策および、バス路線を巡る昨今の動向を示し、トロリーバスが今後の社会的要請を受容可能な公共輸送機関であることを説明している。

 第3章では、トロリーバスの走行時に排出されるLCCO2排出量を自動車走行シミュレーションモデルによって算出し、ディーゼルバスとの比較を行っている。ここでは、都市における道路状況の変化がLCCO2排出量に及ぼす影響を検証するために、東京都内における実走行データを用いて評価している。

 第4章では、公共輸送機関のシステム全体のLCAを行うために用いた手法について、その概要を解説している。ここでは公共輸送機関システムはインフラ建設プロセス、車両製造プロセス、走行プロセスにより構成されるものとし、トロリーバスを含めた5つの公共輸送機関について、解説した手法によりLCCO2排出量を算出し、トロリーバスの他の公共輸送機関に対する環境優位性について検討を行っている。

 第5章では、トロリーポール自動昇降システム構築にあたって、本論文で提案する電車線位置推定システムの構成について、そのシステムの設計と、電車線位置の推定を行うために用いた各種手法が説明されている。提案するシステムは、トコリーポールの動作を模擬するロボットマニピュレータ、トロリーバスの走行を模擬するアクチュエータ、画像情報を取得するビデオカメラおよび、画像処理と数値解析を行うパーソナルコンピュータから構成されており、また電車線位置の推定にあたっては、制御系に含まれるノイズの影響を抑制しつつ精度の高い推定を行うために、最適制御理論の1つであるKalman filterが適用されている。

 第6章では、第5章で説明した電車線位置推定システムを用いて様々な条件下で基礎制御実験を行うことにより、実際のトロリーポール自動昇降システムへの提案したシステムの適用可能性を検討している。

 第7章では、トロリーポール自動昇降システム搭載により走行の自由度が向上し、電車線からの給電による走行に加え、電車線から給電せずにモータで自走可能なハイブリッドトロリーバスが、路線バスの代替として導入された場合の自動車交通システム全体での環境影響評価を、旅客部門におけるモーダルシフトが実施された場合とともに行っている。この評価には、実際の交通現象を再現可能な動的交通流モデルが用いられており、対象地域は東京23区とその周辺地域としている。

 第8章では結びとして、本論文における成果をまとめ、本論文の課題および今後の発展性等について整理されている。

 以上の論旨により、本論文では運輸部門における都市環境、地球環境問題解決のための1つのオプションとして着目したハイブリッドトロリーバスについて、その導入による環境改善を定量的に解析し、またハイブリッドトロリーバス導入にあたっての技術的課題である、トロリーポール自動昇降システム構築についてのシステム提案とその適用可能性について詳細に検討する等、一定の成果を挙げており、地球システム工学の発展に寄与するものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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