学位論文要旨



No 117099
著者(漢字) 太田,光彦
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ミツヒコ
標題(和) チタン系複合脱酸による鋼中介在物の熱力学
標題(洋)
報告番号 117099
報告番号 甲17099
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5240号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 岡部,徹
 東京大学 助教授 山口,周
内容要旨 要旨を表示する

 鋼中の非金属介在物は、最終製品の品質に悪影響を及ぼすため、これを取り除くための研究が幅広く行われてきた。特に、従来用いられるAl脱酸により生成するAl2O3は、高融点で変形しづらいため、最終製品の表面疵、割れ等の原因となる。そこで、Alに代わる脱酸剤の利用が模索されている。一方、介在物を積極的に利用して鋼の品質を向上させる試みもなされている。特に、鋼中介在物を核として微細な結晶粒を生成させ、鋼の靭性を向上させるプロセスが行われている。

 ここで、複数の脱酸剤を用いた複合脱酸を行うと、生成する複合酸化物は、液相温度が低下し、易変形性であることが期待される。また、鋼の固相線温度以下で介在物が溶融している場合、鋼の変態核となる炭化物、窒化物などが生成しやすいとされている。よって、複合脱酸は介在物の無害化、及び有効利用に有効であると考えられる。しかし、これら複合酸化物を用いたプロセスを最適化するためには、単独脱酸の場合と異なり、多元系酸化物に対する熱力学的データの収集、及び複合酸化物の生成機構の解明が必要となる。

 そこで本研究では、上記の二つの観点に対して有効と考えられるTi系複合脱酸を行った場合に生成する複合酸化物を最適化するために必要な熱力学的研究を行った。

 第1章では、序論として、鋼中の非金属介在物についてのトピックをまとめた。介在物による製品やプロセスへの悪影響を低減するための取り組み、及び介在物を積極的に利用して鋼の品質を向上させるプロセスの開発について整理した。そして、介在物の無害化、及び介在物の積極的利用という二つの観点からTi系複合脱酸が有効なプロセスとなることを述べ、プロセス最適化のために必要となる研究の方向づけを行った。

 第2章では、銅中硫黄の溶解反応の平衡定数を測定した。介在物の積極的利用の一つとして、鋼中のMnSを鋼の相変態核として利用し、微細な結晶粒を生成させることで鋼の靭性を向上させるプロセスが試みられている。しかし、通常MnSは鋼中で偏在するため、上記の機構により結晶粒の微細化を図る場合には適切な析出サイトを鋼中に導入する必要がある。そこで、現在開発が進んでいるプロセスでは、二次精錬の脱酸工程で発生する酸化物系介在物にMnSを析出させている。酸化物がMnSを析出させる能力の指標として、サルファイドキャパシティCs2-がある。これは、酸化物と銅間の分配比、及び銅中への硫黄の溶解反応の平衡定数を用いて以下のように表される。

 製鋼工程で発生する介在物のMnS析出能力を評価するためには、溶鋼温度でのサルファイドキャパシティが必要となるが、銅中への硫黄の溶解反応の平衡定数は低温でのデータのみ報告されており、この値を直接高温へと外挿して用いる場合の誤差は無視できない。そこで、1673Kから1873Kの範囲でCaO-CaSと溶銅を平衡させ、酸素分圧を変化させることにより硫黄分圧を制御し、銅中の硫黄濃度から上記の平衡定数を測定した。この結果、平衡定数の温度依存性として

 logK=−6140(±300)/T+1.250(±0.200)(1673K〜1873K)

という関係を得た。

 第3章では、溶鋼中シリコンとチタンの相互作用の調査を行った。酸化物系介在物制御のためには、介在物の各成分の活量、介在物の標準生成自由エネルギー、及び溶鋼中合金元素間の相互作用パラメータを用いて介在物と平衡する溶鋼組成を明らかにする必要がある。シリコン−チタン複合脱酸は、介在物の無害化、有効利用の観点から有効なプロセスと考えられるが、脱酸平衡を表すために必要な溶鋼中のシリコン−チタン間の相互作用パラメータに関して、信頼できるデータの報告がない。そこで、相互溶解度の小さい溶融銀と溶鉄にシリコンとチタンを分配させ、溶鉄中シリコンとチタンの相互作用パラメータを求めた。溶鉄と溶融銀が平衡状態にある場合、以下の関係が成立する。

そこで、溶鉄中シリコンとチタン、及び溶融銀中シリコン濃度を測定し、上式の左辺を縦軸に、溶鉄中チタン濃度を横軸にとったグラフの傾きを求めた。この結果、1873Kにおける溶鉄中シリコンとチタンの相互作用母係数として

 εSiTi=145

が得られた。また、ここから溶鉄中シリコンとチタンの相互作用助係数として

 eSiTi=0.734,eTiSi=1.25

を求めた。

 第4章では、MnO-Al2O3-TiO2系酸化物の相平衡、各成分の活量、サルファイドキャパシティを測定した。MnSを鋼の組織制御に用いる場合、酸化物をMnSの析出サイトとすることが必要となることから、本研究ではこの機構の利用に適切と考えられる脱酸生成物として、MnO-Al2O3-TiO2系酸化物を対象に、介在物制御に必要となる相平衡、各成分の活量、及びサルファイドキャパシティの測定を行った。

 相平衡測定は、1673K及び1873Kにおいて、飽和させる酸化物のペレットと溶融酸化物を平衡させ、液相線組成を測定することにより行った。この結果、1673Kにおいて(mass%MnO)=35,(mass%Al2O3)≦50に液相領域が存在すること、1873Kでは液相領域が大きく拡大することを明らかにした。

 酸化物中MnOの活量は、酸素分圧を制御した条件下で酸化物と銅もしくは銀を平衡させ、マンガンの分配比を測定することにより求めた。さらに、得られたMnOの等活量線図を用いてSchuhmannの接線交差法によりAl2O3とTiO2の等活量線を算出し、1873Kにおける液相領域内の任意組成における三成分の活量を明らかにした。

 サルファイドキャパシティの測定は、酸化物にMnSを添加し、銅と平衡させて硫黄の分配比を測定することにより行った。この結果、MnSとの親和力はMnO>>Al2O3>TiO2の順になることを示した。

 第5章では、Al2O3-SiO2-TiOx系酸化物の相平衡、各成分の活量を測定した。第4章で取り扱ったMnO-Al2O3-TiO2系は比較的高い酸素分圧で生成する酸化物であり、より低い溶鋼中酸素濃度が要求される場合にはMnOが還元され、酸化物中に存在しないことが考えられる。そこで、本研究では極低酸素分圧下で生成すると考えられるAl2O3-SiO2-TiOx系酸化物について、介在物制御のための熱力学データの測定を行った。

 相平衡測定は1873Kにおいて、MnO-Al2O3-TiO2系と同様の手法で行った。高酸素分圧下で生成するAl2O3-SiO2-TiO2系酸化物と比較すると低SiO2濃度で液相領域が狭くなっており、液相を生成させるための組成制御がより重要となる。

 酸化物中SiO2の活量は、Fe-Si-C合金との平衡により測定した。一方、この手法では、合金中アルミニウム濃度が非常に低くなるため、濃度の定量を行うことが出来ず、AlO1.5の活量を測定することは出来ない。そこで、クヌードセンセル質量分析装置を用いた蒸気圧測定により、AlO1.5とSiO2の活量を測定した。この結果、二つの手法により測定されたSiO2の活量は比較的良く一致した。

 また、一部の実験では、酸化物と平衡するSi-Al-Ti合金の組成を測定し、この結果からToopの手法を用いて合金中各成分の活量を算出した。ここで得られた合金中シリコンの活量と、蒸気圧測定で得られたシリコンの活量は良く一致しており、Si-Al-Ti合金に対してToopの手法が精度良く適用できることが分かった。ここで得られた合金中チタンの活量を用いて、TiO1.5及びTiO2の活量を算出した。

 第6章では、ここまでに得られた知見を基に、介在物の最適組成の見積もりと、介在物と平衡する溶鋼組成の算出を行った。MnO-Al2O3-TiO2系酸化物に関しては、MnS析出サイトとして有効な組成は、低融点でかつサルファイドキャパシティの高い(mass%MnO):(mass%Al2O3):(mass%TiO2)=39:24:37付近であると考えられる。この酸化物と平衡する溶鋼組成を、溶鋼中酸素濃度を50mass ppmとして計算し、[mass%Mn]=4.02、[mass%Ti]=0.0154、[mass ppm Al]=2.61を得た。

 また、介在物の無害化と鋼の組織制御への利用の観点から、Al2O3-SiO2-TiOx系酸化物におけるTiOx飽和組成近傍の液相が有効であると考えられる。この組成に近い(mass%Al2O3)/(mass%TiOx)≒0.43の酸化物と平衡する溶鋼組成を溶鋼中酸素濃度を30mass ppmとして計算した。この結果、(mass%SiO2)=80付近の組成においては、液相の介在物を生成させるために溶鋼中チタン濃度を数mass ppmの低いレベルに制御する必要があることが分かった。

 第7章において本論文の総括を行った。

 Appendixには、新規プロセスとして注目されるマグネシウム−チタン複合脱酸を行った場合に生成すると考えられるMgO-Al2O3-Ti2O3系酸化物の熱力学的研究の端緒として、1573Kにおける相平衡測定の結果を示した。種々の組成のMgO-Al2O3-Ti2O3系酸化物のX線回折測定により、1573Kにおける等温断面図を作成した。この結果、製品の欠陥となることが知られているMgAl2O4スピネル相が全ての組成において存在することが確認された。従って、脱酸の際に不純物として混入するアルミニウム濃度を極力低減することが必要となることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章よりなり、Ti系複合脱酸による鋼中介在物について、無害化と有効利用の観点から、最適脱酸条件を模索するための熱力学的知見が示されている。

 第1章では、序論として、研究の背景と目的が述べられている。鋼中の介在物による製品やプロセスへの悪影響を低減するための取り組みや介在物を積極的に利用して鋼の品質を向上させるプロセスの開発、そして、介在物の無害化と積極的利用という二つの観点からのTi系複合脱酸プロセスの有効性が示され、プロセス最適化のために必要となる研究の方向づけが述べられている。

 第2章では、第3章以降で調査される酸化物中の硫黄の熱力学的性質の測定に必要な鋼中硫黄の熱力学的性質が調査されている。介在物を鋼の変態核となりやすいMnSの析出核として積極的に利用するためには、介在物中にSを多く吸収することが望ましい。このために、硫黄の吸収能サルファイドキャパシティCs2-が高い介在物を模索する必要がある。この値の測定にレファレンスメタルとして銅を用いるのが本研究では最も適していたため、実験後の解析に必要な銅中への硫黄の溶解反応の平衡定数を次のように求めている。1673Kから1873Kの範囲でCaO-CaSと溶銅を平衡させ、酸素分圧を変化させることにより硫黄分圧を制御し、銅中の硫黄濃度から測定することに成功しており、平衡定数の温度依存性としてlogK=-7,850(±880)/T+2.223(±0.497) (1673K〜1873K)という関係を得ている。

 第3章では、溶鋼中シリコンとチタンの相互作用の調査を行っている。シリコン−チタン複合脱酸における酸化物系介在物制御のために必要な、溶鋼中合金元素間の相互作用パラメータを溶鉄と銀の平衡測定から、得られた分配比をもとに1873Kで求め、1873Kにおける溶鉄中シリコンとチタンの相互作用母係数としてεSiTi=166を、溶鉄中シリコンとチタンの相互作用助係数としてeSiTi=0.84,eTiSi=1.43を得ている。この値を用いて、第5章で得られた介在物の活量から同介在物と溶鋼組成の平衡計算を行っている。

 第4章では、MnSを鋼の組織制御に用いる場合、最適条件の検討に必要な、MnO-Al2O3-TiO2系酸化物の相平衡、各成分の活量、サルファイドキャパシティを測定している。相平衡測定では、1673K及び1873Kにおいて、飽和させる酸化物のペレットと溶融酸化物を平衡させ、液相線組成を測定することにより行っており、1673Kにおいて(mass%MnO)=35, (mass%Al2O3)≦50に液相領域が存在すること、1873Kでは液相領域が大きく拡大することを明らかにした。また、酸化物中MnOの活量を、酸素分圧を制御した条件下で酸化物と銅もしくは銀との平衡させたマンガンの分配比から求めている。得られたMnOの等活量線図を用いてSchuhmannの接線交差法によりAl2O3とTiO2の等活量線を算出し、1873Kにおける液相領域内の任意組成における3成分の活量を明らかにしている。サルファイドキャパシティの測定結果から、MnSとの親和力がMnO>>Al2O3>TiO2であることを示している。

 第5章では、MnO-Al2O3-SiO2-TiO2系介在物が共存する場合、さらなる強脱酸で生成すると考えられるAl2O3-SiO2-TiOx系酸化物の相平衡、各成分の活量を測定した。相平衡測定の結果、高酸素分圧下で生成するAl2O3-SiO2-TiO2系酸化物と比較すると低SiO2濃度で液相領域が狭くなっており、液相を生成させるための組成制御がより重要となる。酸化物中SiO2の活量をまずFe-Si-C合金との平衡により測定しているが、合金中アルミニウム濃度が非常に低く、AlO1.5の活量を測定することが出来ないため、クヌードセンセル質量分析装置を用いた蒸気圧測定により、AlO1.5とSiO2の活量を測定している。この結果、二つの手法により測定されたSiO2の活量は比較的良く一致した。また、一部の実験では、酸化物と平衡するSi-Al-Ti合金の組成を測定し、この結果からToopの手法を用いて合金中各成分の活量を算出し、ここで得られた合金中チタンの活量を用いて、TiO1.5及びTiO2の活量を算出した。

 第6章では、ここまでに得られた知見を基に、介在物の最適組成の見積もりと、介在物と平衡する溶鋼組成の算出を行っている。MnO-Al2O3-TiO2系酸化物に関しては、MnS析出サイトとして有効な組成は、低融点でかつサルファイドキャパシティの高い(mass%MnO):(mass%Al2O3):(mass%TiO2)=39:24:37付近であるとし、この酸化物と平衡する溶鋼組成を、[mass%O]=50mass ppmの場合に、[mass%Mn]=4.02、[mass%Ti]=0.0154、[mass ppm Al]=2.61と得ている。一方、介在物の無害化と鋼の組織制御への利用の観点から、Al2O3-SiO2-TiOx系酸化物ではTiOx飽和組成近傍の液相が有効であるとし、この組成に近い(mass%Al2O3)/(mass%TiOx)≒0.43の酸化物と平衡する溶鋼組成を[mass%O]=30mass ppmとして計算し、(mass%SiO2)=80付近の組成においては、液相の介在物を生成させるために溶鋼中チタン濃度を数mass ppmの低いレベルに制御する必要があることが示されている。

 第7章では本論文の総括を行い、鋼のTi系複合脱酸のための最適条件を提言している。

 なお、Appendixとして、MgO-Al2O3-Ti2O3系酸化物の1573Kにおける相平衡測定を行い、第4章でのMnO-Al2O3-TiO2系に関する考察において比較データに用いている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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