学位論文要旨



No 117100
著者(漢字) 大出,真知子
著者(英字)
著者(カナ) オオデ,マチコ
標題(和) 凝固プロセスのフェーズフィールドモデリング
標題(洋) Phase-field modeling for the solidification processing
報告番号 117100
報告番号 甲17100
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5241号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 西尾,茂文
内容要旨 要旨を表示する

 材料特性はその組成だけではなくミクロ組織にも依存するため、望ましい組織を得るために様々な操作が付加される。ここで、凝固過程中に形成された組織はその後の過程で取り除くことは困難であり、凝固ミクロ組織形成過程の理解が組織制御の観点から重要な課題である。

 近年コンピューター処理速度の向上により、相成長を支配する方程式を数値的に解く事が可能となった。そのため、それまで解析的に扱う事が困難であった複雑な凝固組織成長過程に対しコンピューターシミュレーションが新たな理解をもたらす事が期待されている。その中でもフェーズフィールド法はGinzberg-Landau方程式を基礎とした物理的な理論背景の明確なモデルとして、また低凝固速度の場合には局所平衡条件を満たし、急速凝固時には溶質捕捉現象を正しく再現できる解析手法として注目を集めている。本研究はこのフェーズフィールド法の多元系への拡張とともに、ミクロ組織形成予測への適用可能性を検討することを目的とする。具体的な事例としては、粒子/界面問題、組織粗大化過程の解析、初期凝固組織の解析を行い適用性の検討を行った。

 第1章では、本研究の目的や関連分野での位置付けを示している。始めに凝固ミクロ組織予測手段としてのコンピュータシミュレーション有用性やその中でのフェーズフィールドモデルの位置付けを説明している。次に、フェーズフィールドモデルの歴史を概説し、1986年のLangerによる凝固問題に対する適用性の指摘から、純金属系での数値解析例の提示を契機とし、合金モデル、マルチフェーズフィールドモデルへの拡張が行われた事を説明した。また、sharp interface limitとthin interface limitパラメータの差異を実用性の観点から説明し、1999年Kimによる2元合金モデルの提出によりフェーズフィールド法が実用問題へ適用可能なツールとしてほぼ完成するするに至った経緯を述べた。さらに、フェーズフィールド法を用いた凝固過程の解析例の調査を行い、現在までは理論的研究が主であり、実際問題へ適用性の検討が行われていない事を指摘した。このような状況から、本研究では現在解析が困難とされている凝固諸問題、モデルの多元系への拡張、粒子/界面問題、組織粗大化過程の解析、初期凝固組織の解析を行い、その適用性の検討を目的とすることを明確にした。

 第2章では、2元合金フェーズフィールドモデルを希薄溶液条件下で多元系へ拡張した。パラメーターはthin interface limit条件下で導出した。モデルの妥当性を局所平衡状態の再現性で確認し、各濃度、曲率半径に対してGibbs-Thomson係数の誤差は希薄2元合金の理論値を基準として1%程度であることを示した。

 導出モデルを用いてFe-C-P合金のミクロ偏析過程の計算を行い、界面位置は通常使用される時間の平方根に比例する仮定よりも高固相率で停滞する事を示した。また、液相濃度比の解析では、炭素は拡散速度が比較的大きな溶質元素であり液相の完全混合を仮定したScheilの式でも適用可能である事を示した。一方、拡散係数の小さいリンではClyne-Kruzの解析解のみに一致する事を示すことができた。

 さらに添加されたリン濃度がデンドライト組織に与える影響を評価した。リン添加に応じてデンドライト先端成長速度の減少と半径の増加が見られた。しかし、添加量が微少の場合はリンの界面不安定化への寄与が大きく組織は微細化することを示した。

 また、2元系から3元系への拡張に際して計算アルゴリズムの変更は殆ど無く、計算時間の上昇は20%程度である。この観点からもフェーズフィールド法が実用多元合金の解析に有効である事を示した。本モデルは以下に述べる解析にも適用されている。

 第3章では、合金の固液界面と介在物粒子の相互作用を解析した。従来の解析手法では介在物周囲での界面変形と溶質濃化の効果をセルフ・コンシステントに決定する計算時間が問題となり、界面形状の計算が事実上不可能であった。一方、フェーズフィールド法では曲率効果や界面での溶質分配や拡散は全系に対して適用される支配方程式により陰に考慮されているため、従来の問題点から開放されている。そこで、フェーズフィールド法により界面が粒子付近での溶質濃化の影響で徐々に変形する様子を示し、得られた界面形状を用いて粒子押出し力を全界面エネルギーの界面変形深さに対する変化率として定義し、流体の粘性に由来する粒子捕捉力と合わせて粒子の運動を記述した。それにより、鋼中のアルミナ粒子の凝固界面による押出し/捕捉挙動を再現し、粒子径に対する粒子捕捉の臨界速度を求めた。また、臨界速度が濃度に対して極小値を持つ事を示した。これは、溶質濃度の増加が押出し力に対して、界面−粒子間の距離が増加、界面が全体的に変形(変形深さに対する全界面エネルギー率の増加)という相反する効果を示すためである。このようにフェーズフィールド法を用いることで、計算による界面と介在物粒子の相互作用の再現という新たな知見を得られる事を示しその実用性の高さを示した。

 第4章ではフェーズフィールド法を相の粗大化現象へ適用を行った。通常、相の粗大化の問題は多体問題として取り扱いを避けるため、2体問題への簡素化、母相の平均場としての取扱い、または粒子位置の統計学的処理等が行われる。一方、フェーズフィールド法では局所平衡を駆動力とする拡散場の相互作用の直接的な取扱いが可能あり、さらに相成長を伴う過程も同様に扱う事ができる。そこで、局所平衡条件下での解析例としてオストワルド成長過程、相成長を伴う事例としてデンドライト2次枝成長過程への適用を行った。

 オストワルド成長解析では溶質濃度分布の時間変化を示し、同径の粒子でも周囲の粒子分布状態に応じて成長/消失速度が異なることを示した。また、平均半径で規格化された粒子径分布の時間不変性、平均半径が時間の1/3乗に比例する事を示し(LSW理論)、固相率増加に対して粒系分布が幅広になり対称形近づく事を示した。この固相率変化に対する傾向は実験結果、解析解と一致する事を示した。

 2次枝成長解析では2次枝が競争成長をしながら粗大化する過程を示した。始めにAl-Cu系で計算枝間隔と実験結果が定量的に良い一致をすることを示した。さらにFe-C系で計算を行い枝間隔見積り式の部分凝固時間指数の合金依存性を指摘した。指数に影響を及ぼす諸因子の検討を特定の物性値を恣意的に変化させる事で行い、液相の拡散係数・界面エネルギーは枝間隔のみ、液相線勾配と分配係数は枝間隔と指数の両方に影響することを示した。さらに、液相線勾配と分配係数の関数をパラメータとして部分凝固時間の材料依存性を予測する見積り式を提案した。

 これらの解析を通じてフェーズフィールド法は凝固開始から凝固後期過程で支配的な粗大化現象まで含めた包括的な解析が可能な手法である事を示した。

 第5章では合金系のフェーズフィールド法に対して温度場連成計算を行った。これは急速凝固時の初期組織形成過程など温度場の影響が無視できない系に対するフェーズフィールド法の適用性を評価する事を目的とする。温度場連成に伴う計算時間の増大に対策として、各場に対して異なる要素サイズ用いるダブルメッシュ法、並列計算法などのアルゴリズムの検討を行い、実用可能な計算時間を達成した。

 得られた鋼の初期凝固組織は特徴的なセル/デンドライト遷移を再現し、デンドライト1次、2次枝間隔は実験値とほぼ一致する値を示した。また、優先成長枝の先端速度がほぼ一定になるを示した。これは先端付近の温度分布の詳細な検討により固液両側の負の温度勾配が存在し、成長形態が一方向自由デンドライト成長とみなせると説明する事ができた。

 また、組織へ影響を及ぼす諸因子の検討として、優先成長方位と微量第3元素の影響の解析を行った。それにより、優先成長方向の鋳型面に対する傾きが大きいほど2次枝の発達が著しく、0.02mol%のリン添加により各枝間隔が10-20%減少する事を示した。フェーズフィールド法が温度場連成計算に対しても有効であり、幅広い凝固条件に対して適用可能であることを示した。

 第6章では本論文の総括を述べた。

 以上のように本研究では現在解析が困難とされている凝固諸問題に対してフェーズフィールド法適用の検討を行い、解析結果の定量性が高い手法である事を示した。これにより、フェーズフィールド法が凝固ミクロ組織形成過程を統合的に取り扱う手法である事を証明した。

審査要旨 要旨を表示する

 近年のコンピューター性能向上に伴い、凝固問題に対してもさまざまな数値解析手法が開発されてきた。なかでもフェーズフィールド法は明確な理論背景とともに界面における局所平衡条件、急速凝固時非平衡現象の再現の点からも、今後の発展が期待されている。本研究は、これまでのフェーズフィールド法を多元合金系に拡張するとともに、これを凝固ミクロ組織形成予測へ適用に関する問題に対する研究をまとめたものであり、6章よりなる。

 第1章は緒論であり、本研究の背景と目的、関連分野での位置付けについて述べている。まず、凝固ミクロ組織予測手法としてのフェーズフィールド法の有用性と位置付けを述べている。次に、フェーズフィールド法理論の発展経緯を概説し、フェーズフィールドパラメータの重要性を述べるとともに、これまでの解析例が定量性と実用性に欠く点を指摘している。このような背景から、フェーズフィールド法を3元合金系への拡張し、これまでの手法では困難とされる凝固諸問題、すなわち、粒子/界面問題、組織粗大化過程、初期凝固組織過程に対するフェーズフィールド法解析の適用を検討する本研究の目的を述べている。

 第2章では、合金系フェーズフィールドモデルの希薄溶液近似による3元系への拡張と、thin interface limitパラメーターの導出について述べている。そして、導出モデルの妥当性を局所平衡状態により確認するとともに、Fe-C-P合金を例とした1次元ミクロ偏析解析、2次元等温デンドライト成長解析の結果について述べている。特に、リン濃度のデンドライト形状に与える影響を詳しく検討し、微少なリン添加により界面が不安定化し、デンドライト組織が著しく微細化することを示している。そして、これらの解析結果から、3元系に拡張されたフェーズフィールド法が実用合金の凝固組織解析に有効であることを示している。

 第3章では、合金固液界面と介在物粒子の相互作用に対するフェーズフィールド法の適用について述べている。ここでは、フェーズフィールド法により求められる界面形状を用い、界面変形深さに対する全界面エネルギーの変化率に比例し、界面−粒子間距離により減衰する粒子押出し力を定義し、これと流体の粘性に起因する粒子捕捉力の2つにより粒子の運動を記述している。このモデルにより、鋼中のアルミナ粒子の凝固界面による押出し/捕捉挙動を解析し、粒子捕捉臨界速度が求められること、この臨界速度は粒子半径の減少とともに増加し、溶質濃度の増加に対し極小値を持つことを述べている。

 第4章では、フェーズフィールド法の粗大化現象へ適用した解析について述べている。ここでは、等温条件下での粗大化過程としてオストワルド成長を、相成長を伴う粗大化過程としてデンドライト2次枝成長を取り上げて解析している。まず、オストワルド成長の解析では、同径の粒子でも周囲の粒子分布に依り成長/消失速度が異なること、規格化粒子径分布は時間不変であり、平均半径は時間の1/3乗に比例すること、固相率増加に対して粒系分布は幅広く対称形近づくことを示している。デンドライト2次枝成長の解析では、2次枝の競争成長により枝間隔の粗大化が生じ、得られた2次枝間隔は実験結果と一致することを示している。さらに、合金系により2次枝間隔の部分凝固時間指数が異なること、この指数は液相線温度勾配と平衡分配係数に依存し、解析結果から得られた相関式により表されることを述べている。

 第5章では、初期組織形成過程などの温度場の影響が無視できない系に対するフェーズフィールド法の適用性を検討した結果を述べている。ここでは、ダブルメッシュ法および並列計算法により温度場連成計算に伴う計算時間短縮方法を述べるとともに、鋼のストリップキャスティングを想定した初期凝固組織の形成過程の解析について述べている。この解析により、初期固相からの成長、セル成長、デンドライト成長の過程を明らかにし、解析により得られたデンドライト1次、2次枝間隔が実験値とほぼ一致することを示している。また、デンドライト先端近傍温度分布の詳細な検討により、その成長が一方向自由デンドライト成長と見なせることを述べている。さらに、熱流方向と優先成長方位のずれ角、第3元素の形成組織に対する影響の検討結果を述べている。

 第6章では、本論文の総括とともにフェーズフィールド法の今後の発展について述べている。

 以上、要するに本論文はフェーズフィールド法の拡張と凝固組織形成過程の解析を通じ、フェーズフィールド法の実用的価値を明らかにしたものである。これは材料製造プロセスと材料組織制御等の金属工学の進展に寄与するところが大であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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