学位論文要旨



No 117101
著者(漢字) 角館,慶治
著者(英字)
著者(カナ) カクダテ,ケイジ
標題(和) ポピュレーションバランスモデルの応用による環境負荷マクロ分析モデルの研究
標題(洋)
報告番号 117101
報告番号 甲17101
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5242号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 山下,勝
内容要旨 要旨を表示する

 持続的発展と言うキーワードの中で環境問題を捉え、環境により適した社会という解を求めるためには、環境負荷を定量的に評価しうる手法が必要となる。本研究は、社会規模の環境負荷評価を可能にする解析手法を確立し、その有用性を示すことを目的としている。具体的な解析を行うために、対象とする環境負荷物質をCO2、対象とする産業を鉄鋼産業および乗用車産業とし、環境負荷に対するマクロ解析を行った。以下、各章を要約する。

 第1章では、地球環境問題全般について触れ、環境負荷を定量的に評価する手法が必要であることを述べ、既存の評価手法についてまとめた。地球温暖化を始めとする環境問題について言及している。なかでも地球温暖化について詳しく触れ、この問題解決のための国際的取り組みで重要な位置を占める京都議定書について詳しく述べた。環境負荷評価手法についてはライフサイクルアセスメント(LCA)を始めとする各種の方法を紹介した。特に、本評価手法と関わりの深いLCAおよびシナリオ分析型モデルについて詳しく述べた。そして、社会的規模における製品群の環境負荷が時間変化を伴う場合の予測手法の必要性を述べた。また、環境問題の代表といえる地球温暖化への寄与が最も大きい環境負荷物質であるCO2を取り上げ、日本の総CO2排出量に占める割合が大きい鉄鋼産業および乗用車産業を具体的な例として環境負荷マクロ解析を行う意味を述べた。そして、これらの解析を通じて新たな評価手法を確立し、その有用性を示すという本研究の目的を述べた。

 第2章では、ポピュレーションバランスモデルによる環境負荷分析マクロモデルの解析手法について具体的に述べた。その中では、1) 対象となる産業製品群のモデル化、2) 製品群のマスフロー分析、3) 製品群の製造、使用、廃棄、リサイクルの各段階におけるLCAのインベントリー分析、4) 各種シナリオの導入による将来予測、について述べた。1) では、対象となる製品について、製造方法、リサイクル、廃棄処理とその方法などの調査およびマクロフローモデルの作成について述べた。2) については、本研究での解析手法であるポピュレーションバランス方程式の導出と、その数値解を求めるための差分法について述べた。なお、ここでは製品は寿命分布により廃棄されると仮定して方程式を導出した。3) では、特に製品使用中の環境負荷の定量化について論じ、本手法で様々な場合が検討可能であることを示した。そして、4) では、本手法で検討すべきシナリオについて述べた。

 第3章では、鉄鋼産業の現状を分析し、リサイクル時の銅の混入が問題となることを指摘し、新規製造、蓄積、寿命分布に従って社会から排出された鋼材のリサイクル、廃棄の段階を考慮した日本鉄鋼産業のモデルを構築した。ここでは、鋼材を製造方法および用途の違いから機械用転炉鋼、建設用転炉鋼、機械用電炉鋼、建設用電炉鋼の4種類に分類し、総CO2排出量および電炉鋼中銅濃度についての解析を行った。なお、この解析では機械用鋼、建設用鋼の寿命分布を異なるガンマ分布で近似した。本解析モデルにより得られた電炉鋼生産量および蓄積量の結果を統計値と比較してモデルの妥当性を検証するとともに、鉄回収過程における銅の混入率を0.4%と推測した。リサイクル率および混入率が2000年から変化する場合について、電炉鋼中銅濃度および電炉鋼を機械用に供給可能な年数について解析した。その結果、目標とするリサイクル率が90%、80%、70%の場合、それぞれ2014年、2033年、2090年まで供給可能となることを示した。また、目標とする混入率が0.4%、0.3%、0.2%の場合、それぞれ2032年、2040年、2090年まで供給可能となることを示した。リサイクル率と混入率と供給可能年数の関係を調べ、リサイクル率を上げるためには混入率を大きく下げる必要があることを示した。また、CO2排出量について解析した結果、リサイクル率を上げるとCO2排出量は減少するが、電炉鋼の機械用への供給が早く不可能になることを示した。さらに、リサイクル率100%を想定した循環型社会シナリオと現状の銅混入率で推移する標準シナリオのCO2排出量を比較した。その結果、循環型社会シナリオによるとCO2排出量は削減される一方、用途面から許容できる銅混入率を0.034%に下げる必要があることを示した。そして、銅混入率を下げる新技術開発のための費用を見積もり、新技術に投資可能な費用総額は年平均で80億〜300億円、単位処理あたり費用ではトン当たり500円〜3,000円となることを示した。

 第4章では、乗用車産業の現状と燃費改善への取り組みについて述べ、乗用車を普通車、小型車、軽自動車の3種類に分類し、それぞれが廃棄率分布にしたがって社会から排出される、社会規模における乗用車のモデルを構築した。なお、ここでは中古車の輸出、リユース、リサイクルは考慮しておらず、国内で使用される乗用車のみ取り扱った。本解析に必要となる各車種の寿命分布はそれぞれガンマ分布で近似し、保有台数の計算結果と統計値が一致するようにそれぞれの平均寿命、分散を求めた。これらのデータを用いて新規登録台数、保有台数、廃車台数を解析し、得られた計算結果と統計値の比較からモデルの妥当性を検証した。そして、各車種の平均燃費、年間平均走行距離を求め、生産段階、使用段階、廃棄段階のインベントリー係数を適用することにより、総CO2排出量の推移を予測した。その結果、COP3の目標達成には、2010年燃費を1995年比2.42倍とする必要があること、さらに、長寿命化および短寿命化のCO2排出削減に与える影響は小さいことを示した。また、大型車から小型車への代替を想定したシナリオによる解析では、小型車への代替は大きなCO2削減効果をもつことを明らかにした。また、新規登録台数、燃費、年間平均走行距離をパラメータとした感度分析では、CO2排出量に対して年間平均走行距離の影響が最も大きいことを示した。以上の結果より、乗用車の長寿命化をはかるよりも、小型の車への代替を促進する政策がCO2削減の点からより効果的であることを示した。

 第5章は、本研究の総括である。

 以上、本研究で用いたポピュレーションバランスモデルは社会規模の環境負荷をマクロ的に解析する手法として有用であり、これにより環境負荷を予測し、より環境負荷を低減した社会構築のための効果的な指針や政策を立案することも可能となる。また、本手法は、銅、アルミ、PVCを始めとした素材、橋やビル等の建築物、家電製品など耐久製品に対する環境負荷評価にも有効であることから、今後の幅広い展開が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 持続的発展の中で環境問題を捉え、環境により適した社会の実現を求めるには、環境負荷を定量的に評価しうる手法が必要となる。本研究は、社会規模の環境負荷評価を可能にする解析手法を確立し、環境負荷物質をCO2、鉄鋼産業および乗用車産業の環境負荷に対するマクロ解析を行うことを目的とし、5章よりなる。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的、関連分野での位置付けについて述べている。地球温暖化を始めとする環境問題について言及し、環境負荷の定量的評価手法の必要性を述べ、既存の評価手法についてまとめている。環境負荷評価手法について、特に本評価手法と関わりの深いライフサイクルアセスメント(LCA)、シナリオ分析型モデルについて詳しく述べ、、社会的規模で製品群の環境負荷が時間変化する場合の予測手法の必要性を述べている。また、環境負荷物質であるCO2を取り上げ、総CO2排出量割合が大きい鉄鋼産業および乗用車産業を具体的な例として環境負荷マクロ解析を行うことの意味を明らかにし、これらの解析を通じて新たな評価手法を確立し、その有用性を示すという本研究の目的を述べている。

 第2章では、本研究で用いられるポピュレーションバランスモデルによる環境負荷分析マクロモデルの解析手法を導出し、1) 対象となる産業製品群のモデル化、2) 製品群のマスフロー分析、3) 製品群の製造、使用、廃棄、リサイクルの各段階におけるLCAのインベントリー分析、4) 各種シナリオの導入による将来予測の取り扱いについて述べている。また、ポピュレーションバランス方程式の解を求めるための数値計算方法について詳しく述べている。

 第3章では、鉄鋼産業の現状を分析し、リサイクル時の銅の混入が問題となることを指摘し、新規製造、蓄積、寿命分布に従って社会から排出された鋼材のリサイクル、廃棄の段階を考慮したわが国における鋼材のマクロフローモデル解析結果について述べている。ここでは、鋼材を機械用転炉鋼、建設用転炉鋼、機械用電炉鋼、建設用電炉鋼に分類し、本モデルにより得られた電炉鋼生産量および蓄積量の結果を統計値と比較してモデルの妥当性を検証するとともに、鉄回収過程における銅混入率を0.4%と推測している。さらに本モデルにより、鋼材リサイクル率および銅混入率が2000年から変化する場合について、目標とするリサイクル率や銅混入率により機械用電炉鋼の供給可能な年数が大きく変化し、リサイクル率を上げるためには銅混入率を大きく下げる必要があることを示している。また、総CO2排出量変化を解析した結果、リサイクル率の上昇とともにCO2排出量は減少するが、電炉鋼の機械用への供給が早期に不足すること、リサイクル率100%を想定した循環型社会シナリオ銅混入率を0.034%に下げる必要があることを示している。そして、銅混入率低減新技術開発のための費用を見積もり、新技術に投資可能な費用総額は年平均で80億〜300億円、トン当たり500円〜3,000円となることを示している。

 第4章では、乗用車産業の現状と燃費改善への取り組みについて述べ、普通車、小型車、軽自動車のそれぞれが廃棄率分布にしたがって社会から排出されるとした、社会規模における乗用車のマクロモデルについて述べている。ここでは、解析に必要な各車種の平均寿命、分散を保有台数計算結果と統計値が一致するように求め、これらのデータを用いて新規登録台数、保有台数、廃車台数の変化を解析し、統計値の比較からモデルの妥当性を検証している。そして、各車種の平均燃費、年間平均走行距離を求め、生産段階、使用段階、廃棄段階へのインベントリー係数の適用により、総CO2排出量の推移を予測している。その結果、COP3の目標達成には、2010年燃費を1995年比2.42倍とする必要があること、さらに、長寿命化および短寿命化のCO2排出削減に与える影響は小さいこと、普通車から小型車、小型車から軽自動車への代替は大きなCO2削減効果をもつことを明らかにしている。これらの解析結果より、乗用車の長寿命化よりも、小型化を促進する政策がCO2削減の点からより効果的であることを示している。

 第5章は、本研究の総括であり、環境負荷マクロモデルの今後の発展について総括している。

 以上、要するに本論文は、社会規模の環境負荷マクロ的解析手法としてのポピュレーションバランスモデルの妥当性を実証し、本モデルが環境負荷予測とともにより環境負荷を低減した社会構築のための指針や政策の検討にも有用であることを示したものである。これは、持続的社会を目指した模索の続いている環境材料学の進展に寄与するところが大であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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