学位論文要旨



No 117104
著者(漢字) 柿澤,資訓
著者(英字)
著者(カナ) カキザワ,ヨシノリ
標題(和) ブロック共重合体とDNAからなる自己組織化粒子に関する研究 : 合成と医療材料としての応用
標題(洋) Study on self-assembled nanoparticles composed of block copolymers and DNA : Synthesis and application as medical materials
報告番号 117104
報告番号 甲17104
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5245号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 教授 多比良,和誠
内容要旨 要旨を表示する

 物質の構造をナノメータースケールで制御することは、新しい機能を持つ材料を創り出すうえで重要である。特に、ナノサイズの粒子は、触媒、光学材料、電子材料、医療材料としての応用の可能性を秘めており、形状やサイズが制御されたナノ粒子の合成は、近年、基礎および応用科学の両面から注目を集めている。これまでに種々の粒子の合成方法が報告されているが、その中に高分子の自己組織化現象を利用したものがある。この方法で用いられるブロック共重合体は、選択溶媒中で自己集合し、粒径数十ナノメーターのコアーシェル型の構造を持った高分子ミセルを形成する。疎水性の内核を親水性のセグメント層が覆った高分子ミセルは、疎水性の物質を内包することができることから、抗ガン剤などの薬物の担体として利用されている。高分子ミセルの多くは、ブロック共重合体の二つのセグメントの溶媒に対する溶解性の違いが会合の駆動力になっているが、最近になって、静電相互作用や金属錯体形成を利用した新しいタイプの高分子ミセルが報告された。中でも内核が高分子電解質の複合体(ポリイオンコンプレックス,PIC)で形成されたのものは、核酸などの生理活性物質をミセル内核に内包することができ、それらの運搬体としての利用が期待されている。

 核酸分子を生体に投与し疾患の治療を行う方法としては、正常遺伝子を導入する遺伝子治療や標的遺伝子の発現を抑制するアンチセンス法などがある。これらは遺伝性疾患や癌、エイズなどの難治性疾患を対象としているが、臨床的な使用にはまだ多くの問題が残されている。投与された核酸分子は、標的組織の細胞内に取り込まれ、最終的に遺伝子治療の場合は核内、アンチセンス法の場合は核内もしくは細胞質内まで到達しなければならない。しかしながら、核酸分子は生体内に存在する核酸分解酵素によって速やかに分解されてしまうし、ポリアニオン性であることから脂溶性の細胞膜の透過性も低い。そのため、核酸分子を安定な形で標的細胞内部に送り込むことができる送達システムを確立することが、これらの治療法の実現のために必要とされている。

 本研究では、高分子ミセルに新たな機能を付加し、アンチセンス法の際に必要とされるオリゴヌクレオチド(ODN)の運搬体として利用することを目指した。

 カチオン性の高分子であるポリリジン(PLL)と水溶性のポリエチレングリコール(PEG)のブロック共重合体PEG-PLLは、核酸などのアニオン性の高分子と水溶液中で静電相互作用により自発的に会合し高分子ミセルを形成する。このポリイオンコンプレックス(PIC)ミセルは、PEGの外殻が内核のポリイオンコンプレックスを覆うというコアーシェル型の構造を有しており、アンチセンスDNAを内包したものは粒径数十nmであることが明らかとなっている。このPICミセルをDNAのキャリアーとして用いた場合、PEGの外殻によって、生体から異物として認識されるのを防いだり、内核に内包されたDNAを核酸分解酵素の攻撃から守ることできると考えられる。また、腎臓での濾過や、細網内皮系による取り込みの回避も期待できる。

 現在のところ、ODNのような鎖長の短い核酸を内包したPICミセルの安定性は十分でなく、投与後血中で解離してしまう。そのため、目的組織に到達するまでPICミセルが解離してしまわないように安定化する必要があるが、安定化により細胞内での解離も抑えられてしまっては、内包されたDNAの薬理効果が発揮されない。そこで、この問題を解決するために、細胞内の環境に応答してPICミセルが解離するメカニズムが必要であると考え、SS結合によるミセルの架橋に注目した。SS結合の特徴は、この結合が細胞内の還元的環境で開裂するということである。このため、SS結合でPICミセルの内核を架橋すれば、静脈注射後も血流中で解離が抑制されるうえ、細胞内に取り込まれた後には、SS結合の開裂に伴い内包されたDNAが放出されることが期待できると考えた。

 NCAの開環重合により合成したPEG-PLLのPLLセグメントへチオール基を導入したものとODNのモデル高分子として使用したポリアスパラギン酸はpH7.4の緩衝溶液中でミセルを形成することが光散乱測定によって確かめられた。チオール基をSS結合へと酸化し架橋した後、ミセル溶液を動的光散乱測定(DLS)し、ヒストグラム法により解析をした結果、ミセルの粒径分布は比較的狭く、単峰性であることが示された。同じくDLSの結果をキュムラント法により解析したところ、多分散度は0.08、ミセルの流体力学的半径は16nmと求められた。内核架橋によるミセルの安定性は、NaCl濃度にたいするミセルの見かけの分子量の変化を静的光散乱法で測定することにより評価した(図1)。チオール基を導入していないPEG-PLLからなる高分子ミセルでは、NaCl濃度の増加にともないポリマー間の静電相互作用が遮蔽されるため、分子量の急激な減少がみられ、NaCl濃度が0.3Mにおいてほぼ解離した状態であると考えられる。それに対し、架橋したミセルではNaCl濃度に対する見かけの分子量の変化は小さく、ミセルの安定化が起こっていることが確認された。また、NaCl濃度0.3Mの架橋ミセル溶液に、SS結合の還元剤であるDTTを添加したところ、ミセルの解離に伴う散乱光強度の減少が見られ、安定化がSS結合の形成によるものであることが明らかとなった。

 次に、同様の方法で調整したODNを内包した架橋ミセルについて、物性評価、内包されたODNの分解酵素にたいする耐性、解離挙動を評価した。DLSによって求めた架橋ミセルの粒径はPEG-PLLのチオール導入率0-26%の範囲で粒径約40-41nmであった。また、DLS測定の結果をヒストグラム解析した結果、粒径分布は単峰性で、均一なミセル粒子が形成されていることが確認された。酵素処理したDNAおよびミセルの溶液をキャピラリー電気泳動測定した結果、フリーのアンチセンスDNAでは、反応1時間後には20merのDNAのピークはほぼ消失したのに対し、ミセルに内包されたものでは分解が大幅に抑制された。架橋無しの見せると架橋ミセルの反応1時間後のエレクトロフェログラムを比較すると、架橋したものでは分解物がほとんどみられず、架橋によってDNAの分解酵素に対する耐性が更に向上していることが確認された。生体由来の還元剤であるグルタチオン(GSH)処理した架橋ミセルを電気泳動し(図2)、放出されたDNAのバンドを画像処理装置によって定量したところ、10,26%のチオール基を導入したPEG-PLLを用いて調製した架橋ミセルそれぞれにおいて、GSH濃度1mMと比較して、100μM, 10μMの場合はDNA放出量が少なく、GSH濃度依存的にミセルが解離し、内包されたDNAが放出されることが示された。細胞内のGSHの濃度は数mM、血流中では10μMであることが知られているため、以上の結果は、SS結合による内核架橋ミセルが細胞内において選択的に解離することを示唆するものである。

 また、本研究では、新しいタイプのミセル型DNAキャリアーとして、内核が高分子と無機結晶の複合体からなる高分子ミセルを開発した。ここでは、リン酸カルシウム(CaP)と相互作用することが知られているポリアスパラギン酸(PAA)とポリエチレングリコール(PEG)のブロック共重合体(PEG-PAA)を使用し、PAAセグメントとCaPの複合体を内核、PEG層を外殻とした高分子ミセルを調製、DNA内包能や細胞への取り込みなどを評価した。

 PEG-PAA共存下で、カルシウムイオン、リン酸イオン、ODNを混合すると、図3しめしたように、CaPは粒子を形成し、その粒径は、PEG-PAA濃度70-280μg/mLの範囲で粒径は、91-125nmであり、140μg/mL付近で極小が見られた。一方、PAAホモポリマー存在下では、沈殿形成が促進されることがわかった。この結果は、PEG-PAAの吸着による粒径の減少と、PAAによる結晶成長の促進のバランスによって粒径が変化することを示唆していると考えられる。HPLC測定で決定したCaP粒子に内包されたDNAの割合は、PEG-PAA濃度が増加するのに伴い、45%から15%とへと減少し、DNAとPAAが競争的にCaPに結合していることが示唆された。また、細胞への取り込みをフローサイトメトリーで評価した結果、ODN単独と比較して顕著な取り込みの増加が起こることが示された。

 リン酸カルシウムとの共沈による核酸分子の細胞への導入方法は以前から知られているが、その導入効率は、結晶の大きさに関係していると考えており、その成長の制御を行うことは、効率的なDNAの導入を実現するために重要であると考えられる。ここで試みた、ブロック共重合体によるCaPの結晶成長の制御とミセル化は、導入率向上だけでなく、PICミセルと同様の種々の利点も期待できると考えられる。

図1.NaCl濃度に対するPICミセルの見かけの分子量変化(●)架橋ミセル,(○)架橋していないミセル,(濃度1mg/ml,温度25℃,溶媒10mM PBS (pH 7.4))

図2.GSH処理後の架橋ミセルからのODNの放出

図3.CaP粒子の高分子濃度に対する粒径変化(n=3, ±S.D.).

審査要旨 要旨を表示する

 メゾスコピック領域での材料構造の制御は、新たな機能性材料の創出の可能性を開くものであり、基礎および応用の両面から活発な研究が進められている。特に、この領域に位置する粒径(10-100nm)を有する微粒子は、その特異な性質から医療を含む種々の分野での利用が期待されている。

 本論文では、高分子の自己組織化の現象を利用してブロック共重合体と核酸からなる微粒子(高分子ミセル)を合成し、その核酸送達システムとしての展開について検討を行っている。すなわち、静電相互作用を会合の駆動力とし、正電荷を持つブロック共重合体と負電荷を持つ核酸からなる高分子ミセルの内核を可逆的に架橋することにより、外部化学環境の変化に応答して解離する性質を高分子ミセルに付与することが可能であることを示している。また、無機結晶の形成過程にブロック共重合体が共存することにより、無機結晶と高分子複合体を内核とした高分子ミセルが形成され、更にその粒子に核酸分子を担持可能であることを見いだしている。さらに、これらの高分子ミセルについて、アンチセンス療法等核酸を利用する治療法における核酸送達システムの利用という観点からその材料特性の検討を行っている。

第1章は緒論であり、ブロック共重合体からの高分子ミセル形成について述べるとともに、アンチセンス療法の原理、問題点の議論から、高分子ミセルの核酸送達システムとしての位置づけを研究例の紹介を通じて示し、本論文の目的と構成について記述している。

第2章においては、poly(ethylene glycol)(PEG)とpoly(L-lysine)(PLL)のブロック共重合体であるPEG-PLLのPLL鎖の側鎖アミノ基にチオール基を導入し、これを用いてジスルフィド結合内核架橋ミセルを調製しその特性解析を行っている。核酸のモデル高分子として用いたpoly(aspartic acid)(PAA)を内包したミセルの粒径は数十nmであり、その分布は単分散であることが、動的光散乱測定の結果から示されている。また、静的光散乱測定による高分子ミセルの分子量の評価の結果から、内核を架橋したミセルは、塩濃度増加の際の解離が抑制され、架橋していないものと比較して大幅に安定性が向上していることが明らかとされている。更に、内核架橋ミセルは、還元剤の濃度に応答して架橋が開裂し、高塩濃度下では解離する性質を有することを見いだしている。

第3章では、アンチセンスDNAを内包した架橋ミセルについて特性解析を行っている。チオール基を導入したPEG-PLLは、水溶液中で自発的にアンチセンスDNAと会合してミセルを形成し、その粒径はチオール基導入率に関わらずほぼ一定であることを明らかにしている。また、ポリアニオン交換反応実験から、ジスルフィド結合による内核架橋により、内包されたDNAの放出が抑制されていることを確認している。加えて、DNAは内核架橋ミセルに内包されることにより、核酸分解酵素による分解を回避できることが、キャピラリー電気泳動測定の結果から示されている。また、生体由来の還元剤であるグルタチオン濃度の依存して、架橋ミセルから内包されたアンチセンスDNAが放出されることから、この高分子ミセルが還元環境応答性を持つことを結論づけている。

第4章においては、PEGとPAAのブロック共重合体(PEG-PAA)とリン酸カルシウムから粒子が形成されることを見いだし、その特性解析と核酸の送達システムとしての評価を行っている。CaCl2水溶液とNaH2PO4水溶液を混合すると沈殿が生じるが、溶液中にPEG-PAAが存在することにより、微粒子が形成され、沈殿生成が抑制されることが濁度測定および光散乱測定により示されている。粒子の粒径は、NaH2PO4、PEG-PAA濃度により100-200nmの範囲で変化することが動的光散乱測定により明らかとされている。また、液体クロマトグラフィーの結果から、このPEG-PAA/リン酸カルシウム複合体微粒子は、DNAを高い効率で内包することが可能であり、その内包量はNaH2PO濃度に依存することが見いだされている。この粒子の核酸送達システムとしての性質として、細胞への取り込み挙動がフローサイトメトリーにより評価され、この粒子に内包されることによりDNAの取り込みが大幅に促進されることが示されている。更に、この粒子は、低カルシウム濃度である細胞質へ到達後には溶解し、放出されたDNAが核に移行しうることが明らかとされている。以上の結果から、PEG-PAA/リン酸カルシウム複合体微粒子は、環境応答性を持つ新規な核酸送達システムとして高い有用性を有していると結論づけている。

第5章は、総括である。

以上、本論文は、核酸とブロック共重合体からなる高分子ミセル型の自己組織化微粒子に環境応答性を付与するという新たな設計指針を示し、その送達システムとしての有用性を示している。このような知見は今後、医療分野のみならず様々な領域における機能性材料の設計に貢献するものであり、材料工学的観点からも有用性が期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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