学位論文要旨



No 117105
著者(漢字) 山本,裕二
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ユウジ
標題(和) ポリエチレングリコール−ポリD,L−乳酸ブロック共重合体ミセルの機能化と薬物担体としての特性評価
標題(洋) Functionalization of Poly (Ethylene Glycol)-Poly (D,L-Lactide) Block Copolymer Micelles and Characterization as Drug Carrier
報告番号 117105
報告番号 甲17105
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5246号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 渡邉,正義
 東京大学 助教授 吉田,亮
内容要旨 要旨を表示する

 相反する溶解性を示す2成分以上の高分子連鎖がそれぞれボロックを形成して存在するブロック共重合体は、選択溶媒中において高分子ミセルと呼ばれる会合体を形成する。この様な高分子ミセルは、相分離した内殻を有していることから、この内殻に薬物を保持した薬物担体としての利用が考えられ、高分子ミセルは現在、血中で安定に抗癌剤などの疎水性薬物を保持する薬物担体として非常に有望なもの1つである。この様な高分子ミセルにおいて、内核を形成する高分子としては親水性で血流中において血漿タンパクの吸着や単核貪食細胞への取り込みを阻害するポリエチレングリコール(poly(ethylene glycol)、(PEG))が広く用いられている一方で、内殻を構成する高分子としては、抗癌剤などの疎水性薬物内包のための各種の疎水性高分子をはじめとして、様々な高分子の利用が試みられている。この中で、疎小性高分子であるポリ乳酸(Poly (lactic acid) or Poly (lactide)、(PLA))は、実際に医用縫合糸の成分として使用されていることからも分かるように、毒性が極めて低く、生分解性というbiomaterialとして非常に重要な特性から内殻を構成する高分子として広く注目されている。よって外殻PEG/内殻PLAという組み合わせは薬物担体を目的とした高分子ミセルとして理想的なポリマー構成の一つと考えられており、多少の材料や粒子調整法の違いはあるが、物性、薬物封入といった基本的なものから動物への投与後の血中循環性や臓器への分布を評価した研究まで、非常に多くの研究が報告されている。しかしながら、これらの研究の動物実験においては、肝臓や脾臓へなどの非特異的な分布が顕著であり、際だった成果を上げていないのが現状である。

 本研究においては、このPEG-PLAミセルの薬物担体としての能力を正確に見極めるため、適切な粒径分布を有するpoly(ethylene glycol)-Poly(D,L-lactide)ミセル(PEG-PDLLAミセル)を用い、その物理化学的性質や、体内動態などの総合的評価を通して詳細な研究を行なった。これらの評価は、分子修飾によって機能性を付与した機能性PEG-PLAミセルを通して行ない、このミセル機能化のドラッグデリバリーシステム(DDS)おける有用性も同時に検討した。

 以下に本論文の各章の概要を示す。

第1章 緒論として、本論文の背景となるDDSの概要と、その中での高分子ミセルの占める位置を、主に長期循環性薬物担体としての観点から様々な研究例を通して述べた。また、本論文で使用した高分子であるPEG、PDLLAの主な性質、近年のPEG-PDLLAミセルにおける研究例等についても記述した。

第2章 本章は2つの節で構成される。前節ではPEG-PDLLAミセルの温度特性を、後節では蛍光物質を内核に修飾した機能性PEG-PDLLAミセルを用いてその温度特性と生体条件下での安定性を評価した。

 PDLLAは生体温度範囲である約40℃付近にガラス転移点(Tg)を有する。このことは、PEG-PDLLAミセルがこの温度範囲において、その性質を変化させる可能性を示唆しているが、この様なPEG-PDLLAミセルの熱的性質は未だ明確に示されていない。そこで本章では、薬物担体として重要な物理化学的因子であるPEG-PDLLAミセルの臨界会合濃度(critical assosiate concentration, c.a.c.)と見かけの分子量の温度依存性を評価した。研究に使用したポリマーは、potassium methoxy-1-propanolateを開始剤として用いたethylene oxideとD,L-lactideの逐次開環重合によって重合した。PEGとPDLLAの分子量はそれぞれ5700、5400であり、ブロック共重合体の分子量分布は1.10であった。透析による溶媒交換によって調製されたミセルの粒径は34.2nm、多分散度0.85であり、数十nmの平均粒径を持つ分布の狭い会合体であることが示された。存在環境の極性に対応した蛍光スペクトルを示すピレンを用いて算出したc.a.c.の温度依存性は図1の様に示され、見かけ上PDLLAのc.a.c.はPDLLAのTgである37-40℃以上において増加していることが示された。またTg以上におけるc.a.c.の1/Tとの関係を基準として考えると、Tg以下においてはc.a.c.の温度変化が微小でありentropy-drivenなミセル形成/崩壊が示唆された。また静的光散乱によりPEG-PDLLAミセルの見かけの分子量変化を検討したところ、Tg以上での分子量の減少が観察された。この様なc.a.c.、分子量の生体温度範囲での変化は顕著ではないが、以上のようにTg前後での異なる会合体の性質が観察され、温度による薬物担体としての特性、安定性への影響が示唆された。

 後節においては内核を構成するPDLLAの末端に蛍光物質ピレン(pyrene)を導入した。このピレンの導入により低濃度でのミセルの検出が可能になったため、ゲルクロマトグラフィー(GPC)による分子量分布の評価を行なった。結果として、静的光散乱と同様にTg以上での分子量の低下が観察されたが、多くのミセルは依然として50万程度の分子量を維持していることも同時に示唆され、生体内を仮定した37℃のアルブミン溶液中においても分子量はほとんど変化がないことが確認された。また、このピレン分子は内核のPDLLAに高度に濃縮されることから、エキサイマー発光を示した。このピレンの蛍光特性の温度依存性を検討したところ、Tg以上において有意なエキサイマー発光の減少が見られ、PDLLA内核の流動性の増加と、それに伴うミセルの分子量低下などを反映するプローブとしての応用性が示唆された。このピレンを導入したPEG-PDLLAミセルのアルブミン溶液、血漿中での蛍光スペクトルは、24または48時間後において、PEG-PDLLAミセルが会合体としての性質を維持していることを示した。

第3章 従来のPEG-PLAミセル薬物担体の報告においては、肝臓・脾臓など細網内皮系臓器への非特異的な分布が無視できない結果が示されている。このような肝臓・脾臓へ取り込み減少させることを念頭に、100nm以下の適切かつ分布の狭い粒径を持つ反応性PEG-PDLLAミセルを用い、荷電分子のPEG末端へ修飾により弱アニオン性の表面電荷を有するPEG-PDLLAミセルを調製し、ミセル表面の機能化を検討した。結果としてアニオン性ジペプチド(チロシルグルタミン酸:Tyr-Glu)の表面修飾率を変化させることにより、微少な表面電荷を精密に制御できることが示された。比較として中性の電荷を有するチロシン(Tyr-)も修飾し、この様な異なる表面電荷を有するPEG-PDLLAミセルのマウスにおける尾静脈より投与後の体内動態を評価した。

 実験に使用したPEG-PDLLAミセルは中性の電荷(ゼータ電位〜0mV)をもつTyr-PEG-PDLLAミセル、弱アニオン性の電荷(ゼータ電位〜-10mV)をもつTyr-Glu-PEG-PDLLAミセルは、共に約40nmの狭い粒径分布を示した。これらのミセルの静脈投与後の血中消失パターンを図2に示す。表面荷電が中性であるTyr-ミセルとアニオン性であるTyr-Glu-ミセルともに投与後直後から1時間までの約70 injected dose %までの迅速な減少と、投与後1時間から24時間までの約25 injected dose %までの緩やかで連続的な減少を示唆する二相性のプロファイルを示した。後期の緩やかな減少と24時間における約25 injected dose %という血中残存量の値はPEG-PDLLAミセルの高い長期循環性を示している。また中性のTyr-ミセルとアニオン性のTyr-ミセルとに顕著な違いはなくPEG-PDLLAミセルにおける表面の微小な表面荷電は血中残存量には影響を与えないことが示唆された。両ミセルの主な組織における分布(肝臓,脾臓,腎臓,肺)も検討した。腎臓と肺における分布は、両ミセルともに図2の血中残存率と平行な経過を示し、1 injected dose %程度と非常に低レベルであった。両臓器での分配係数Kb値は0.2程度であり血管体積(0.1)とほぼ同じ程度で、分配のほとんどが血管へのものであることをた。一方で、肝臓と脾臓への分布は血中消失パターンとは異なり、投与後24時間まで時間依存的に増加した。しかしこれら臓器のKb値も投与後8時間までは血管体積(0.1ml/g organ)に近く、細胞表面への結合や内部への取り込みは僅かであった。この結果を従来のPEG-PLAミセルと比較すると、肝臓や脾臓への分布は約一桁小さく、血中消失も非常に遅く、実際に臨床でも用いられているPEG-lipoosmeと同等、またはそれ以上の特性を示すことが示された。特に肝臓と脾臓への分布は他の担体に例を見ないほど低く抑えられており、PEG-PDLLAミセルの長期循環性薬物担体としての優れた能力が示された。また尿と糞への排泄を1、24時間のグループにおいて調べた結果、量ミセル共に1時間において約14 injected dose %が尿へ移出されていることが確認され、血中プロファイルにおける初期の減少の相のうち、この尿への排泄が約半分を占めることが示唆された。GPCにおける実験においてこれら尿から検出された低分子量物質はPEG換算で4000-10000程度の分子量であることが確認され、分解によってPDDLA鎖の短くなった共重合体、または血中で解離した共重合体の腎からの排泄が示唆された。一方で、投与後24時間における血中内でのミセルの分子量分布は投与前とほぼ同様であることが示され、ミセルが血中で会合体として存在していることが示唆され、第2章の安定性評価との相関が見られた。

 以上の研究により、PEG-PDLLAミセルの長期循環性薬物担体としての高い可能性と、その留意すべき特性を物理化学的、生物学的両観点から明らかにした。また、ミセル機能化の確立とその有用性についても示した。

第4章 総括として本論文全体の内容をまとめると共に、PEG-PLA (PEG-PDLLA)ミセルの展望、ミセル機能化の応用性についても示した。

図1 PEG-PDLLAミセルの臨界会合濃度(c.a.c.)と温度との関係

図2 荷電ペプチドを導入したPEG-PDLLAミセルのマウス静脈投与後の血中濃度推移

審査要旨 要旨を表示する

 異なる溶媒親和性を有する高分子鎖からなるブロック共重合体が、選択溶媒中で自発的に会合することによって形成される高分子ミセルは、その明確なコア−シェル構造と数十nmという粒径から、特に薬物送達システム(DDS)のための薬物担体としての応用が盛んに試みられている。この中で、生体適合性が高く、蛋白質等の生体成分の吸着を抑制する親水性高分子であるポリエチレングリコール(poly(ethylene glycol), PEG)と、生分解性を示す疎水性高分子であるポリ乳酸(poly(lactic acid, poly(lactide), PLA)の組み合わせからなるブロック共重合体(PEG-PLA)は、高分子ミセル型薬物担体構成材料として望ましい低毒性と高い生体適合性を兼備した材料として注目を集めている。しかし、このような期待の一方で、PEG-PLAミセルにおいては、薬物担体として重要な長期血中滞留性が十分に証明されておらず、更なる検討の必要性が示唆されている。

 本論文では、D-乳酸とL-乳酸との2量体であるDL-lactideの重合によって得られるPDLLAとPEGとのAB型ブロック共重合体(PEG-PDLLA)から調製した高分子ミセルの薬物担体としての特性評価を材料学的視点から総合的に展開し、ミセル表面の化学修飾による機能化についての検討を行っている。

 第1章は緒言であり、DDSの概要と、薬物担体としての高分子ミセルの位置付け、PEG、PDLLAの基本的性質等を述べると共に、PEG-PDLLAミセルの薬物担体としての応用の現状を近年の研究例を通して記述している。

 第2章では、PEG-PDLLAミセルの薬物担体として重要な物理化学的特性の評価を行っている。

 本章前半においては、PEG-PDLLAミセルの臨界会合濃度(critical association concentration, c.a.c.)と見かけの重量平均分子量(Mw,app)の生体温度付近での変化を評価している。ピレンの蛍光スペクトル変化より導出されたc.a.c.は、明らかにPDLLAのTg付近から増加し、また静的光散乱(SLS)測定より評価したMw,appは、Tg以上において減少していることを見出しており、Tgを境としたPEG-PDLLAミセルの物性変化を明らかにしている。一方で、これらc.a.c.、Mw,appの変化は50℃以上の高温域で特に大きく、生体温度付近(37〜40℃)での変化は軽微であることから、PEG-PDLLAミセルはDDS担体として用いられる生体温度域で十分な安定性を有すると結論付けている。

 後半においてはブロック共重合体のPDLLA鎖末端にピレン分子を修飾した試料を用い、ゲルクロマトグラフィー(GPC)測定からミセルのサイズ分布を、また、蛍光スペクトル測定よりミセルの会合状態を評価している。GPC測定においては、Tg以上である45℃で明確なミセル分子量の低下が確認され、前述のSLS測定の結果を裏付けている。一方で生体温度である37℃ではミセルの分子量に明確な変化は確認されず、血清蛋白質の主成分であるアルブミン共存下においてもPEG-PDLLAミセルは50万程度の分子量を有することから、PEG-PDLLAミセルの生体条件下での優れた安定性を明確にしている。また、ピレンの特徴的なexcimer発光の変化より、ミセルはアルブミンあるいは血清共存下で48時間後においてもコア−シェル構造を維持していることを明らかにしている。

 第3章は、PEG-PDLLAミセルの表面電荷制御と動物における体内動態試験について述べている。アニオン性であるチロシルグルタミン酸のミセル表面への修飾量を変化させることで、PEG-PDLLAミセルの表面電荷を精密に制御できることを明らかにしている。この電荷を制御したミセルの体内動態試験においては、中性の電荷を持つチロシンを修飾したミセルと、アニオン性の電荷を持つチロシルグルタミン酸を修飾したミセル共に、静脈投与後の血中濃度は24時間までの緩やかな減少を示し、従来の粒径分布の広いPEG-PDLLAミセルと比較して顕著に血中滞留時間が長く、実際に臨床で使用されているPEG-リポソームと同等の高い長期循環性を明らかにしている。電荷による体内動態の差違は、細網内皮系臓器である肝臓と脾臓への蓄積の程度に現れ、-10mVと負電位を有するアニオン性のミセルでは、中性の電位を有するミセルと比較して有意に肝・脾臓への分布を抑制することが示されている。この肝・脾臓への蓄積は、中性のミセルにおいてさえも、他の薬物担体と比較して極めて低いものであり、PEG-PDLLAミセルの長期循環性薬物担体としての高いポテンシャルを明らかにしている。また、各臓器や尿、糞への分布の追跡、GPCによる血中のPEG-PDLLAミセルの分子量評価等詳細な解析と第2章の生体環境下での安定性評価の結果とを包括的に考察することにより、高分子ミセルの高い安定性や、保存・調製過程におけるPDLLA鎖の分解、血中における経時的なミセル構造変化など、PEG-PDLLAミセルの特徴的な性質を明確にしている。

 第4章は、総括である。

 以上要するに、本論文においては、物理化学的評価ならびに生物学的評価をもって、PEG-PDLLAミセルの長期循環性薬物担体としての優れた特徴を明確に示し、また各評価の関連付けと考察よりPEG-PDLLAミセルの体内での挙動とその留意すべき性質を示している。さらに、高分子ミセルにおける機能化の技術の確立を通して、その有用性と応用性についても示している。このような知見は今後、薬物担体を含む生体機能性材料の設計、ならびに実用化に大きく貢献するものであり、材料工学的見地からも高い有用性が期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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