学位論文要旨



No 117107
著者(漢字) 長汐,晃輔
著者(英字)
著者(カナ) ナガシオ,コウスケ
標題(和) 無容器凝固における酸化物の凝固形態及び相選択
標題(洋)
報告番号 117107
報告番号 甲17107
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5248号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 吉田,豊信
内容要旨 要旨を表示する

 酸化物は一般に結晶構造が金属に比べて複雑であることから,核生成の活性化エネルギーが大きく,大きな過冷度が得られると予測される.すなわち,凝固形態・相選択の研究の更なる展開が期待できる.にもかかわらず,一連の無容器凝固実験は金属に関して行なわれたものであり,酸化物に関してはほとんど報告されていない.これは無容器凝固の研究を担ってきた電磁浮遊炉は,電気伝導性の低い酸化物には転用不可能であることに起因する.今回,ガスジェット音波浮遊炉とCO2レーザー加熱システムを組み合わせることにより,酸化物を試料とする無容器凝固実験を行なった.金属では到達し得なかった過冷領域での実験において,凝固形態・相選択における興味深い結果が得られた.

1.Y3Al5O12ガーネット(YAG)のHypercooling limitでのデンドライトからセルへの遷移

 YAGはガーネット構造という複雑な結晶構造を有しているために,大きな過冷度を得ることができる.得られた最大過冷度は1060Kであり,酸化物材料で初めてHypercooling limit(ΔThyp=769K)以上に過冷させることに成功した.ここで,ΔThypとは,凝固潜熱が過冷融液に抜熱される臨界過冷度であり,これ以上に過冷した場合リカレッセンス後の温度は融点に復熱しないためリカレッセンス中に形成された非平衡凝固組織は最融解することなく保存される.そこで,様々な過冷度で強制的に核生成・成長させた試料の組織を詳細に観察した結果,図1に示すようにΔThyp近傍においてデンドライトからセルへの遷移を観察した.リカレッセンス中に全体積が凝固するとき,デンドライト間の融液は存在し得ず,2次アームの発達を抑制し,セル状で凝固することが理解される.

2.包晶相の過冷融液からの直接成長の達成とその成長機構の解明

 Nd系酸化物超伝導体(Nd123)は包晶系状態図を示す.すなわち,その成長速度は包晶反応によって律速されてしまう.そこで無容器凝固プロセスを適応し,包晶組成を有する試料の融液を包晶温度以下まで過冷させ凝固させた.図2に示すように,Nd123相はデンドライト成長していることから,包晶反応を避け,過冷融液から直接Nd123が成長したといえる.得られた試料は,95.1Kの超伝導転移温度を示した.また,無容器凝固とSplat Quenchingを組み合わせることにより,Nd123アモルファス薄膜の作製に成功した.さらに,包晶系における相選択理論を過冷凝固に適応し,図3に示すように,過冷度と成長速度の関係を理論的に計算した.過冷度が増加するに従い,Nd422相の成長速度よりもNd123相の成長速度が速くなっていることがわかる.速度論の観点から見た場合,初期組成からずれのないNd123相の方が速く成長することができる.このため包晶相が優先的に成長したことが理解できる.この成長理論は,包晶相が直接成長し得る臨界過冷度を指摘するため,他の包晶系にも応用が可能である.この相選択理論に基づきY3Fe5O12に関しても同様な議論を行い,適応可能であることを示した.

図1 試料破断面のSEM写真.

(a)ΔT=746K,(b)ΔT=862K.

図2 自発的に核生成成長したNd123試料の断面写真.

図3 融液温度とNd123,Nd422の成長速度の関係.

審査要旨 要旨を表示する

 酸化物には金属に比べて凝固の核生成が困難なものが多く、したがって大きな過冷度が期待できる。すなわち、過冷度を制御することにより凝固過程・相選択についての広範な研究が可能になる、にもかかわらず金属に比べて酸化物に関しての研究は多くはない。これは大過冷状態を実現するための有効な実験手段である無容器浮遊溶融が、酸化物に対しては適用が困難であったことが一因である。本論文は、ガスジェット音波浮遊装置とCO2レーザー加熱システムを組み合わせた浮遊溶融炉により、酸化物を対象に、金属では到達し得なかった大過冷領域からの凝固とその際の相選択挙動についての研究をまとめたものであり、10章により構成される。

 第1章は緒言であり本研究の背景と目的、実験方法等について述べている。すなわち過冷凝固の定義から始め、大過冷状態を実現するための手段としての浮遊溶融凝固実験技術、特に著者が採用したガスジェット音波浮遊炉についてその詳細を述べている。次いで純物質・合金、共晶・包晶系等についての過冷凝固と相選択に関するこれまでの研究を概括し、本研究の位置づけと、試料としてY3Al5O12(YAG)、NdBa2Cu3O7-x(Nd123)、Y3Fe5O12(YIG)、BaFe12O19、REFeO3(RE:希土類元素)を用いた理由を述べている。

 第2章、第3章では、YAGを含むAl2O3-Y2O3系をとりあげ、過冷度と相選択、界面形態の関係を論じている。すなわち、第2章では、hypercooling limit(ΔThyp)を越える大過冷域からの凝固過程では、デンドライト樹間にメルトが残存しないことにより2次アームの発達が抑制されるという仮説を立て、著者が見いだしたデンドライトからセルへの界面形態変化はこの仮説で説明できることを述べている。また第3章では、これまでLiquid-liquid Transitionとして報告されてきたAl2O3-Y2O3メルトにおける急冷時の相変化挙動は、核生成したYAG相の成長速度が小さいことによって生じた、アモルファスマトリックス中へのYAG相の微細分散であることを、微小領域X線回折により明らかにしている。

 第4章からは包晶系における過冷度と相選択の関係を述べている。先ず第4章では包晶系におけるcoupled growthの可能性を論じている。すなわち亜包晶組成の試料において、メルトを大きく過冷させることができれば高温相と包晶相の間でcoupled growthが生ずる可能性を理論的に導き、次いでNd123の亜包晶組成の試料(Nd5Ba6Cu9Oy、Nd15Ba14Cu21Oz)を用いた実験を行い、ラメラ状に晶出した高温相(Nd4Ba2Cu2O10)と包晶相(NdBa2Cu3O7-x)の関係が、本理論のcoupled growthとして定量的に説明できることを述べている。次いで第5章、第6章では、Nd123における過冷融液からの包晶相の成長挙動を調べている。すなわち第5章では過冷度と成長する相の関係を、第6章ではスプラット急冷した場合の晶出相をそれぞれ調べ、定常成長中の界面温度が包晶温度以下になること、およびスプラット急冷温度が包晶温度以下になることが包晶相を晶出させるための必要条件であることを実験的に導いている。第7章、第8章では過冷メルトからの包晶相の直接成長機構を考察している。すなわち、高温相と包晶相の成長速度をそれぞれデンドライト成長モデルにより求め、包晶相の成長速度が高温相の成長速度を上回る場合は、絶対成長速度基準から第5章の条件が包晶相生成のための必要十分条件となり、高温相の成長速度が包晶の成長速度を上回る場合は、競合核生成速度基準から高温相の核生成速度を上回る冷却速度が必要になることを示し、Nd123およびYIGにおいて実験的に論じている。

 第9章では、過冷メルトからの急速凝固における安定相と準安定相の相選択を述べている。すなわち、REFeO3を大過冷状態から凝固させた場合、REのイオン半径が小さいLaFeO3では安定相のペロブスカイトのみが生成するが、REのイオン半径がLaよりも大きいYFeO3では、顕著なファセット面を呈する融点の低い準安定相が先に生成し、次いで融点の高い安定相が晶出し、準安定相は安定相の凝固潜熱により再融解し消失する、さらにREのイオン半径がYよりも大きいLuFeO3では準安定相のみが生成することを示し、準安定相生成のメカニズムをREとFeのイオン半径の違いに基づくペロブスカイト構造の安定性と関連づけて論じている。

 第10章は総括であり、酸化物の過冷凝固を凝固形態遷移と相選択の観点から総括している。

 以上、要するに本論文は無容器プロセシングという、ルツボを使わずに試料を溶融凝固させる実験手法により、酸化物における大過冷却状態のメルトからの凝固・相選択挙動を明らかにしている。これは平衡状態図にない非平衡相の探索や準安定相の生成プロセスの設計等、セラミックス材料学の進展に寄与するところが大であり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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