学位論文要旨



No 117108
著者(漢字) 長沼,環
著者(英字)
著者(カナ) ナガヌマ,タマキ
標題(和) ガラス粒子分散エポキシオプティカル複合材料の開発
標題(洋)
報告番号 117108
報告番号 甲17108
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5249号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 朱,世杰
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 異なる素材を組み合わせ、素材単体では持ち得ない複数の特性を兼ね備えた複合材料の中で、光透過特性を有するものは「オプティカル複合材料」と呼ばれている。従来得られている複合材料の特性に加え、光透過性を付加させることによって、これまでは光透過性をもつ素材単体で用いてきた光学分野への応用も可能になると期待されている。この中でも、ガラス粒子分散ポリマー複合材料は、低熱膨張性と光透過性を兼ね備えた材料としてエレクトロニクス用材料への利用が期待されている。

 これまでの研究において、複合材料に光透過性自体を持たせるための条件は既に明らかになっているが、第2相の存在により光透過が妨げられ白色化し、マトリックスに近いほどの十分な光透過性は得られないことが問題となっている。そこで、本研究では光透過率を最大にするための最適条件として、素材選択の指針と第2相である粒子の形態の指針を明らかにし、得られた指針を元に粒子分散オプティカル複合材料を作製することを目的とした。

 第1章では複合材料の光透過性に及ぼす散乱要因を明らかにし、従来のオプティカル複合材料を得るための条件を整理することによって、本論文の位置付けを明確にした。

第2章 複合化プロセスの決定

 本論文を通して用いるガラス粒子分散エポキシ複合材料の複合化プロセスを決定することが必要であるため、ガラス粒子分散エポキシ複合材料を種々のプロセス条件で作製し、最適プロセス条件を決定することを目的とした。

 素材自体の屈折率差が10-2以下と屈折率が近く、可視光領域で透光性を有する素材としてガラス粒子とエポキシ樹脂マトリックスを用いた。エポキシモノマーに硬化剤と硬化促進剤を混合したエポキシマトリックスに平均粒子直径dp=26、42、59および85μmのガラス粒子を添加し、ガラス粒子分散エポキシ複合材料を作製した。ここで、粒子体積率はfp=0.0001〜0.4の範囲とした。

 得られた粒子分散複合材料は、複合材料を通して裏面の文字を読み取れる程度に、光を透過することがわかった。さらに、複合材料中のガラス粒子は凝集せずに分散できていることを確認した。したがって、最適なプロセス条件を決定することができた。以下、本章で決定した最適プロセスで複合材料を作製することとした。

第3章 幾何光学領域における透過光の空間的広がりに及ぼす散乱要因の影響

 従来のオプティカル複合材料の研究により、複合材料の直線透過率は素材間の屈折率差等の散乱要因に依存していることが知られており、同様に透過光の空間的広がりも光散乱要因により異なることが予想された。そこで、透過光の空間的広がりに及ぼす光散乱要因として、粒子体積率、粒子寸法、素材間の屈折率差、熱・残留応力による等価屈折率変化の影響を実証し、定量的に調べることを目的とした。

 第2章で得られた複合材料にレーザー光を入射し、複合材料を透過した光の広がりを入射方向に対し垂直方向と平行方向から観察した。このとき、素材の屈折率分散を利用して素材間の屈折率差を変化させるために、入射光の波長を200〜1100nmの範囲で変化させた。さらに、熱・残留応力による等価屈折率変化の影響を調べるために温度範囲298〜373Kにおいて透過光強度を測定した。

 その結果、粒子寸法の増加と素材間の屈折率差Δn0の減少により、複合材料による透過光の空間的広がりを抑えられることを明らかにした。さらに、温度を変えて素材間の屈折率差を変化させたとき、透過光の広がりが最小になった温度T0は、素材間の屈折率差が一致する温度T0と一致していないことが明らかになった。この原因は、複合材料内に生じた熱・残留応力による影響と考えられた。

第4章 熱・残留応力の等価屈折率変化の影響

 第3章で得られた温度差(|T0-Tc|)は、熱・残留応力による等価屈折率変化の影響であると考えられた。本章では、複合材料の加熱により素材間の屈折率差を変化させ、実際に複合材料内に生じる熱・残留応力による等価屈折率変化〓を求めることにより、熱・残留応力の影響を考慮した素材選択の指針を得ることを目的とした。ここでは、熱・残留応力の生じない粒子分散溶液と比較することにより、複合材料内の等価屈折率変化〓を定量的に求めることを試みた。

 波長を一定としたとき、複合材料の最大光透過率の温度Tcは、素材間の屈折率差が一致する温度T0よりも低温側に現れた。このときの温度差(|T0-Tc|)は熱・残留応力による等価屈折率変化の影響であると考えられるため、複合材料内の熱・残留応力による等価屈折率変化〓は10-3オーダーと見積もることができた。したがって、複合材料の光透過率を最大にするためには、熱・残留応力による屈折率変化〓を考慮し、複合化後に屈折率差がゼロとなるような素材の選択が素材選択の指針であることが明らかになった。

第5章 幾何光学領域における光透過性に及ぼす粒子形態の影響

 第4章では熱・残留応力を考慮した素材選択の指針を明らかにした。本章では粒子分散オプティカル複合材料の光透過率に及ぼす粒子形態として粒子寸法、粒子体積率の影響を調べ、光透過性を向上させるための粒子形態の指針を得ることを目的とした。このとき、粒子寸法は入射光波長より十分大きな幾何光学領域(dp>>λ)とした。

 粒子寸法dp=26〜85μmのガラス粒子を粒子体積率fp=0.0001〜0.4の範囲で添加した複合材料を用い、室温において波長範囲λ=200〜1100nmの直線光透過率を測定した。

 複合材料の光透過率は粒子体積率を一定とすると、全測定波長領域で粒子寸法が大きいほど光を透過しやすいことがわかった。さらに、粒子寸法の増大によって、光透過率の減少を抑えることが明らかになった。

 さらに、複合材料単位体積中に含まれる全ての粒子の表面積の和を示す相対総表面積<S>を導入することにより、粒子体積率と粒子寸法が光透過率に与える影響を統一的に解釈できることが明らかになった。この結果より、粒子寸法が入射光波長より十分大きな幾何光学領域(dp>>λ)において、複合材料の光透過率を大きくするためには、<S>を小さくするように、粒子寸法が大きく、球状に近い形状の粒子を選択することが粒子形態の指針であることが明らかになった。

第6章 最適条件による粒子分散オプティカル複合材料の作製

 第5章までに得られた素材選択の指針及び粒子形態の指針を元に、大きな光透過率をもつ粒子分散オプティカル複合材料を作製することを目的とした。

 素材はエポキシマトリックスとの屈折率差が最小0.004となるガラス粒子を選び、粒子形態は粒子寸法が48〜100μmの球状粒子を用い、球状ガラス分散エポキシオプティカル複合材料を作製した。図1は得られた球状ガラス粒子分散オプティカル複合材料の外観を示したものである。粒子寸法が大きくなるほど、複合材料を透過して下の台紙の文字をはっきりと読み取れることが分かる。粒子体積率fp=0.1において、厚さ1.5mmでマトリックスの値の80%近い直線透過率を持つ粒子分散オプティカル複合材料を作製することができた。

第7章 総括

 ガラス粒子分散エポキシ複合材料の光透過率に及ぼす光散乱要因の影響を調べることにより、大きな光透過率をもつ粒子分散オプティカル複合材料を作製するための指針として、次のような素材選択の指針と粒子形態の指針を得た。

(1)素材選択の指針としては、熱・残留応力による等価屈折率変化の影響を考慮し、複合化後の屈折率差がゼロに近い素材を選択すること。

(2)粒子形態による複合化指針としては、入射光波長よりも十分大きい、数十ミクロンオーダーの粒子寸法をもち、球形に近い形状の粒子を選択すること。

 以上のような指針を元に、粒子体積率fp=0.1において、マトリックスの対比で80%近い直線透過率を持つ粒子分散オプティカル複合材料を作製することが可能になった。

図1球状ガラス粒子分散オプティカル複合材料の外観(fp=0.1)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「ガラス粒子分散エポキシオプティカル複合材料の開発」と題し、光透過性を持つガラス粒子分散エポキシ複合材料の光特性に及ぼす構成素材の影響を調べ、高光透過性を持つ複合材料製造の指針を示したものであり、全7章より構成されている。

 第1章は序論であり、光透過機能を持つ複合材料の従来の研究を整理し、複合材料の光透過性に及ぼす材料内部での散乱要因を詳細に検討した。特に、粒子寸法が入射光波長より十分大きな幾何光学領域で光透過率の高い材料を得るために従来から明らかになっている事実と種々の条件を整理した。その結果をもとに、本論文の研究の必要性と位置付けを述べている。

 第2章では、本論文を通して用いるガラス粒子分散エポキシ複合材料の複合化プロセスを決定した。平均粒径が26〜85μmの不規則形状ガラス粒子分散エポキシ複合材料を種々のプロセス条件で作製し、マトリックス中でガラス粒子が凝集せずに均一に分散し、本論文中で用いる複合材料を得るための最適プロセス条件を決定した。

 第3章では、光と複合材料中に含まれる散乱源の相互作用を調べるために、複合材料にレーザー光を入射し、入射方向に対して垂直と平行方向に空間的に広がる散乱の様子を298〜352Kの温度範囲で直接観察した。さらに、これらの透過光における空間的広がりを定量的に測定した。その結果から、透過光の空間的広がりに及ぼす光散乱要因として、粒子体積率、粒子寸法、素材間の屈折率差の影響を定量的に求め、熱・残留応力による屈折率差の影響を実証した。これらの結果を総合的に考察することにより、透過光の空間的広がりを抑え光透過率を高めるためには、熱・残留応力による屈折率差の影響を考慮すべきであることを明らかにした。

 第4章では、複合材料を構成するガラス粒子とエポキシマトリックス間の屈折率差を波長や温度により変化させたときの光透過率を詳しく調べた。このとき、入射光の波長を400〜800nmとし、298〜373Kに試料の温度を上昇させ、素材間の屈折率差を−0.02〜+0.005と変化させた。その結果を熱・残留応力の影響を受けない粒子分散溶液の光透過率と比較することにより、複合材料内の熱・残留応力による等価屈折率変化は10-3オーダーであることを明らかにし、それをもとに、複合材料の光透過率を最大にするためには、熱・残留応力による屈折率変化を考慮し、複合化後に屈折率差がゼロとなる素材を選択することが素材選択の指針であることを示した。さらに、球状粒子による熱応力の局所屈折率変化の影響や残留応力の影響を考慮した素材選択の最適条件についての指針を明らかにした。

 第5章では、粒子分散オプティカル複合材料の光透過率に及ぼす粒子寸法、粒子体積率の影響を調べた。この章では、粒子体積率の効果を明らかにするために不規則形状ガラス粒子をエポキシマトリックス中に体積率0.01〜40vol%の広い範囲で変化させた複合材料を用いた。複合材料単位体積中に含まれる全ての粒子の表面積の和を示す相対総表面積<S>を導入することにより、粒子体積率と粒子寸法が光透過率に与える影響を統一的に解釈できることを実験的に示した。この結果より、複合材料の光透過率をさらに大きくするためには、<S>を小さくするように粒子寸法を大きく、球状に近い形状の粒子を選択することが粒子形態選択の指針であることを明らかにした。また、幾何光学領域である粒径数十ミクロンメートルオーダーの粒子を用いると光透過率を最も大きくできることを明らかにした。さらに、得られた粒子分散複合材料の光透過率の波長依存性における測定値を説明可能である光透過率の実験式を求めた。

 第6章は第5章までに得られた素材選択の指針及び粒子形態の指針を検証している。最適な球状ガラス粒子を用いた複合材料を第2章で決定した方法で作製し、波長領域400〜800nmでの光透過率を調べた。粒子体積率は実用的な観点から10〜40vol%とした複合材料を用いている。最適な素材選択を行った場合には粒子体積率が10vol%で波長400nmにおいてマトリックス単体の光透過率の80%近い直線透過率を持つ粒子分散オプティカル複合材料を作製することに成功している。

 第7章は総括であり、本論文の結果を総括している。

 以上を要するに、本論文ではガラス粒子分散エポキシ複合材料の光透過率に及ぼす光散乱要因の影響を調べることにより、大きな光透過率をもつ粒子分散オプティカル複合材料を作製するための指針を示したものであり、複合材料工学に関する学問分野の進歩発展に寄与するところがおおきい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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