学位論文要旨



No 117109
著者(漢字) 間宮,崇幸
著者(英字)
著者(カナ) マミヤ,タカユキ
標題(和) SiC繊維強化SiC複合材料の力学損傷と非接触損傷検出
標題(洋)
報告番号 117109
報告番号 甲17109
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5250号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 岡崎,正和
 東京大学 助教授 朱,世杰
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 SiC系繊維強化SiC複合材料(以後、SiC/SiCとする)は、繊維−マトリックス間の界面特性を制御し材料中にミクロな損傷を累積させることで、損傷許容性を示す特徴をもつ材料である。

 使用環境下で生じるSiC/SiCの損傷には、物理的な損傷として繊維破断、界面剥離、マトリックスクラックがあり、化学的な損傷として繊維およびマトリックス酸化、繊維熱分解、界面ガラス相形成がある。これらの損傷によりSiC/SiC全体のマクロな特性が低下する。従って、使用前あるいは使用中にこれらの損傷を知り、材料を安全に用いることが重要である。

 SiC/SiCに生じた物理的および化学的な損傷を検出する方法としては、超音波による剥離や酸化損傷の検出、ミクロからマクロの損傷を対象として種々の方法が試みられている。また、力学損傷に関しては、ミクロ損傷累積をSiC/SiCのマクロな弾性率の低下と結び付けて、その低下割合を損傷パラメータによって評価することが行われている。

 しかし、前述のような物理的・化学的損傷を同時に受けるという、従来の高温材料とは異なる特性と利用技術を持つSiC/SiCに適する損傷検出法は確立されてなく、損傷と損傷パラメータによる評価は互いに独立して行われ相関性については検討されていない。

 SiC/SiCの損傷割合を知り、実際の損傷と損傷による特性の低下を結び付けることがSiC/SiCの実用化には必要である。

 本研究では、(i)材料の損傷割合を知り、(ii)損傷による特性値の変化を明らかにし、(iii)、(i)と(ii)を総合的に検討することにより、特性値の変化から損傷を評価することを目的にした。

第2章 損傷パラメータによるSiC繊維強化SiCのマクロ損傷評価

 2次元織物SiC/SiCの力学損傷挙動を、引張試験と繰返し負荷除荷(以後、繰返とする)試験を行い、明らかにした。負荷過程による引張応力−歪曲線の違いを比較し、今までの損傷を表現するパラメータの問題点を明らかにし、複合材料のマクロな特性変化を評価するパラメータとして、最適なパラメータを決定することを目的とした。

 引張方向は織物の一つの方向とし引張軸方向の歪を計測した。繰返試験は任意の荷重まで負荷した後に荷重をゼロ付近まで除荷し、再負荷を行うことを繰返し破断するまで試験した。

 繰返試験では、応力が増加するに従って引張軸方向の歪は増加し、除荷と再負荷の間にヒステリシス領域が表われ、永久歪が測定され、応力の増加と共に永久歪も増加する傾向を示した。永久歪の発生と大きな非線形変形が、ミクロ損傷を累積させるSiC/SiCの破壊の特徴であった。

 繰返試験の除荷開始時の応力値を用いて、引張試験と繰返試験の応力−歪曲線の違いを比較した。繰返試験の破断応力および歪はともに、引張試験時の値より大きくなった。

 引張試験と繰返試験の破断状況はほぼ同様でゲージ部に大きな損傷部分が広がっており、繰返試験のほうが狭い損傷領域であった。

 測定と観察結果から、引張試験と繰返試験の応力−歪曲線には大幅な違いが現れ負荷過程の違いに大きく依存していた。繰返応力−歪曲線の除荷弾性率による従来の損傷パラメータは、応力負荷履歴により異なると考えられ、好ましくないと考えられた。

 本研究では、非線形変形によるエネルギー消費を考慮し材料損傷評価のパラメータとして、引張応力−歪曲線のみから新たに損傷パラメータD(σi)を次式のように定義した(図1)。

ここで、dσ/dεは接線弾性率、Uiは応力−歪曲線の下の総面積で破壊に対する非線形変形の影響を示す。添字のiはある応力σiの時の値、0は初期値、Ui*はUiの複合材料破断時の値を表す。

 応力に対し損傷パラメータは2つのステージに分けられ、最初のステージはほぼゼロで、その後応力の増加と共に徐々に増加し破断直前に急激に増加した。

 この損傷パラメータを用いることで、引張応力の測定から非線形変形によるエネルギーの消費を考慮した材料の損傷割合を評価することができ、損傷と負荷応力の関係を知ることが可能である。

第3章 SiC繊維強化SiCのミクロ損傷進展の解明

 第2章で、引張試験時の負荷過程により応力−歪曲線が異なることを明らかにし、新しい損傷パラメータの導入により損傷評価を行った。しかし材料のマクロな現象の発現機構は不明であった。第3章は、SEM中で織物面と積層面の引張試験その場観察を行い、SiC/SiCのマクロ特性変化とミクロ損傷進展の関係を明らかにすることを目的とした。

 材料中には製法に起因する空孔が残存している。負荷応力を増加させるに従って、繊維束間に剥離が生じる現象が観察され、その剥離が広がり、新たに別の剥離を生じた。さらに、これらの剥離同士がつながり、層間の剥離が多数起こり複合材料全体の破断に至るのが観察された。トランスバースクラックは観察されなかった。

 材料表面の損傷進展観察結果からミクロ損傷進展は、一周期の織物状繊維束単位での繊維束間により剥離を生じ、荷重の増加に伴いさらに引張軸方向の繊維束が引張方向に真っ直ぐになることで剥離が広がるものと考えられた。以上の結果から、第2章のSiC/SiCのマクロな応力−歪曲線に見られた非線形変形は、織物状繊維束単位のミクロ損傷が累積的に生じながら進むことによるものと考えられた。

第4章 非接触損傷検出装置の開発

 損傷許容性のあるSiC/SiCの損傷検出は、損傷一つずつを検出するのでなく複合材料の破壊ユニットを考慮した損傷割合を非接触で検出でき、かつ繊維束単位の損傷に対応した分解能が求められる。しかも、物理的損傷と化学的損傷を一つの方法で分離して検出できることが求められる。第4章では、損傷累積によって変化する材料特性のうち、誘電特性を用いて引張試験中に非接触で誘電特性を測定できる装置を新たに開発し、装置性能を確認し、損傷量と誘電特性の関係を求めることを目的とした。

 SiC/SiCが使用される部材における損傷検出には、試験片を切り出して損傷検出を行うのでなく、非接触で材料中のミクロ損傷をその場検出することが求められている。材料の誘電特性は、温度および周波数依存性を持つ材料固有の特性値である。引張負荷による剥離やマイクロクラックの損傷は、その部分が空気に置き換わったと仮定して損傷部分に空気の比誘電率(εr'Air〓1)を用いて、誘電特性の変化割合から損傷を検出することが可能であると考えられる。しかし、このような方法をSiC/SiCに適用した報告はない。

 マイクロ波をホーンアンテナから照射し、材料の誘電特性を引張試験中にその場で非接触測定する装置を作製した(図2)。装置は、ベクトルネットワークアナライザーと電磁波集束アンテナ等で構成されている。電磁波ビーム集束アンテナは、電磁ホーンの開口部にテフロン製の凸レンズを取り付けたもので、周波数f=17〜40 GHzの範囲の電磁波を波長の3倍程度に集束させることが可能である。焦点距離は〓143 mmで、装置の分解能は周波数で1 Hz、電力で0.01 dBであった。測定はフリースペース法で行い、校正はTRL*法で行った。

 試験片の反射波の係数を反射係数S11、透過波の係数を透過係数S21とした。試験片の誘電特性(反射係数(S11)と透過係数(S21))をベクトルネットワークアナライザーで計測し、厚さの異なる材料間の電気長差を利用して、比誘電率を算出した。

 人工的に損傷として空孔を累積させた試料を作製し、損傷量と誘電特性の変化から本装置の性能を確認した。Al2O3粉末に炭素粉末を混ぜて焼結することで損傷量と板厚を変化させたAl2O3板を作製し、試験片中の電気長を変化させた。

 試験片の、反射係数と透過係数と試験片厚さの関係を測定し、材料中の電気長が材料中の電磁波の1/4波長の偶数倍になった時、反射係数の値が最大になること、Al2O3の比透磁率はμr'〓1であることを利用して比誘電率を計算した。Al2O3の比誘電率εr'と空孔率の関係を求め、この装置により誘電特性を測定することができることが確かめられた。

第5章 SiC繊維強化SiCの引張試験中の誘電特性変化と損傷パラメータの関係

 誘電特性の測定を引張試験中に行った。荷重を徐々に増加させ、ある一定の荷重で保持し、その荷重下の材料の誘電特性測定を行い、荷重を増加させ試験片が破断するまで測定を行った。

 SiC/SiCの誘電特性の変化と引張応力の関係から、SiC/SiCの引張応力の増加に従って徐々に反射係数、透過係数はともに減少することが分かり、破断時に急激に変化した。引張応力の関数として、反射係数および透過係数を得ることができた。

 損傷パラメータと誘電特性の変化はそれぞれ引張応力を媒介変数として結び付けられることから、SiC/SiCの誘電特性の変化と損傷パラメータの関係を求めた結果、誘電特性の変化と損傷パラメータの値の関係を得ることができ、実際の損傷と損傷による特性の低下を結び付けることができた。

第6章 総括

 第2章において、引張応力−歪曲線およびマクロ破面の様子は負荷過程に大きく依存することを明らかにした。このことから、従来の繰返応力−歪曲線の除荷弾性率を用いて求められる損傷パラメータは好ましくないと考え、エネルギー消費の項を考慮した損傷パラメータを提案した。第3章では、SEM中での引張試験その場観察から、ミクロ損傷が繊維束間の剥離の進展によること、損傷は一周期の織物状繊維束単位であることを明らかにした。第4章において、誘電特性を用いた引張試験中に測定可能な非接触損傷検出装置を新しく作製した。第5章で本装置を引張試験中のSiC/SiCに用い、引張負荷の増加に従って反射係数、透過係数はともに減少することが明らかとなった。

 以上のことをまとめると、本研究ではSiC/SiCの引張力学損傷挙動を明らかにし、誘電特性変化と損傷パラメータを組み合わせることで、非接触損傷検出および評価を行える可能性があることを示した。

図1 損傷パラメータの定義

図2 作製した非接触誘電特性測定装置の概要

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「SiC繊維強化SiC複合材料の力学損傷と非接触損傷検出」と題し、大きな損傷許容性を持つ耐熱構造用非酸化物系繊維強化セラミックスである、SiC繊維強化SiCマトリックス複合材料(以後、SiC/SiCと記述する)の力学損傷の評価ならびに非接触で損傷の定量的検出を試みたものであり、全6章から構成されている。

 第1章は序論であり、織物構造のSiC繊維をSiCマトリックスとポリマー含浸焼成法により作製されたSiC/SiCの力学特性に関する従来の研究・開発の結果を整理している。その結果から、材料中にミクロ損傷を積極的に累積させ許容することによりSiC/SiCの特徴を活かした構造部材への適用を行うためには、損傷の定量評価が重要な課題であることを示している。また、ミクロな損傷を累積することにより力学的特徴を発揮するSiC/SiCに適した損傷の検出方法と損傷の定量的評価方法が確立されていないという問題点を指摘している。これらの結果から、損傷検出方法に求められている課題を示し、本論文で行う研究の必要性を明らかにしている。

 第2章では、SiC/SiCの引張試験を行い、単純引張試験と繰返負荷除荷引張試験を行い、引張負荷履歴の違いによるSiC/SiCの損傷への影響を調べた。繰返負荷除荷引張試験のほうが、破断応力、破断ひずみ共に大きくなることを実験的に示し、引張応力−ひずみ曲線および破壊の状況は負荷過程とその履歴に大きく依存することを明らかにした。この結果から、従来からSiC/SiCで用いられている、繰返負荷除荷応力−ひずみ曲線の除荷弾性率変化を用いて求められる、損傷パラメータには問題があることを指摘した。一回の引張応力−ひずみ曲線より求めることが可能な弾性率変化とエネルギー消費の項を考慮した、新しい損傷パラメータを提案しSiC/SiCに生じる引張試験中の体積変化との関連性を示し、導入した損傷パラメータの有効性を検証している。

 第3章では、SiC/SiCのミクロ損傷を電子顕微鏡内で引張試験を行いその場観察から、ミクロ損傷を詳しく調べている。SiC/SiC中で生じたミクロ損傷は、SiC/SiC中に残存する空孔と繊維束間の剥離の進展によるものが主であり、この損傷の領域は数ミリメートルオーダーの平織SiC繊維束織物の一つの織り単位程度の大きさであることを明らかにした。この観察結果をもとにミクロ損傷をモデル化するとともに第2章で求めたSiC/SiCの体積変化を説明している。

 第4章では、第2章で求めたSiC/SiCは損傷の進展に伴い体積変化を生じることに着目し、この変化がSiC/SiCの誘電特性の変化と関連していると考え、17〜40GHzの電磁波を用いた非接触の誘電特性測定装置を作製した。この装置の焦点距離、電磁波照射面積、ダイナミックレンジなどの装置定数を決定し、誘電特性が既知のAl2O3を用いて作製した装置の有効性を示している。さらに、SiC/SiCの損傷を模擬した大きさや形状の異なる空孔を導入したAl2O3を作製し、材料組織が誘電特性に及ぼす影響を調べている。この装置を引張試験装置と組み合わせることにより、SiC/SiCの引張試験中の誘電特性変化を非接触で求める装置を完成させている。

 第5章では、第4章で作製した装置を用いて引張試験中のSiC/SiCの誘電特性測定を非接触で行い、損傷パラメータと誘電特性を関連付けている。引張負荷および体積変化の増加と共に、電磁波の反射係数と透過係数は共に減少することを明らかとした。引張試験中に求めたSiC/SiCの誘電特性変化と第2章で定義した引張応力−ひずみ曲線より算出される損傷パラメータとの関係を求め、損傷パラメータの増加と共に、反射係数と透過係数はともに減少することを実験的に示し、誘電特性の測定からSiC/SiCの損傷量を定量的に求めることを可能にした。

 第6章では本論文で得られた結果を総括している。

 以上のように本論文では、SiC/SiCに生じる損傷の非接触検出と定量評価を可能にする新たな方法を提案し、それを実験的に示したものであり、複合材料工学に寄与するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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