No | 117114 | |
著者(漢字) | 野津,英男 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノツ,ヒデオ | |
標題(和) | 導電性ダイヤモンド電極の表面修飾と電気化学特性 | |
標題(洋) | Surface Modification and Electrochemical Characterization of Conductive Diamond Electrodes | |
報告番号 | 117114 | |
報告番号 | 甲17114 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5255号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.背景 気相中における人工ダイヤモンドの合成法の確立と進歩により、硼素を高濃度にp型ドープした導電性ダイヤモンド電極が合成され、新規電極材料として注目を集めてきた。ドーピングにより導電性を付与することで、ダイヤモンドの優れた物理化学特性と併せて、優れた電気化学特性を有することが報告されている。反面、水素終端表面を有することから、表面化学修飾が困難であることや、選択性が低く触媒活性がないことなどが、短所として挙げられる。 そこで、本研究は表面化学修飾によって短所を克服し、より応用範囲の広い機能性電極としてのダイヤモンド電極の活用と、それら化学修飾に付随する基礎特性の解明を目的とした。 具体的には、まず、ダイヤモンド電極の酸化処理にダイヤモンド電極の酸化処理による表面改質と、それに伴う電極特性の変化を観察した。酸化処理によって選択性が発現し、これにより生化学物質の分離検出が可能になることを示した。また、表面酸化処理法の違いに起因する表面構造や電気化学特性の違いについて、分光学的手法・電気化学的手法・化学修飾法などを用いて解析した。さらに、酵素を表面に固定化し、修飾電極としての応用を試みた。 2.表面酸化処理を利用した生化学物質の分離検出 神経伝達物質であるドーパミン(DA)の定量検出法は、医学・生化学の分野で希求されている。しかし、DAの酸化電位が、共存するアスコルビン酸(AA)の酸化電位と近接しているため、両者が共存する溶液における電気化学的な分離検出は、従来の電極材料では不可能であった。そこで、導電性ダイヤモンド電極を用いて、DAの電気化学的な定量検出を試みた。 導電性ダイヤモンド電極は、マイクロ波プラズマCVD法により、シリコン単結晶基板上に製膜した。この電極を作用極、白金電極を対極、銀塩化銀電極を参照極に用いた三電極系でのサイクリックボルタンメトリー(CV)およびクロノアンペロメトリー(CA)により、DAのAAとの分離検出を試みた。水素終端の導電性ダイヤモンド(As-grown)電極では、グラッシーカーボン(GC)や白金電極の場合と同様に、DAとAAの酸化電位が近接しているため、CV、CAいずれの手法でも分離検出はできなかった。次に、ダイヤモンド電極に表面酸化処理を施した。酸素終端電極では、AAの酸化ピーク電位がDAのそれより正方向に大きくシフトし、CVにおいてはっきりとピーク分離が観察できた(図1)。0.8 V vs. Ag/AgClでのCA電流値のDA濃度依存性は良好な直線性を示し、AA存在下でもnMオーダーまでの測定が可能であった。酸素終端化によるAAの阻害効果の抑制は、尿素の検出などにも応用可能である。 3.終端ダイヤモンド電極の電気化学特性 次に、表面酸化処理による、AA以外の種々のレドックス種の酸化還元反応速度の変化について調べた。図2に代表的なレドックス種のCVを示す。アニオン性のレドックス種では、表面酸化処理によってCVにおける酸化還元ピーク電位差(ΔEp)が増加し、反応速度が減少したことが確認できた。カチオン性のレドックス種では、酸化処理によってΔEpが減少し、反応速度の増加が確認できた。表面酸化処理に伴うΔEp変化のし方はGCの場合とは異なり、静電相互作用による影響が大きいものと考察された。AAは中性の分子であるが、周囲に多くの酸素原子を有する構造のため、分子表面は電子密度が内部より高く負の極性を有し、アニオン性のレドックス種と同様の挙動を示したと考えられる。 4.酸化処理法とそれにより生成する表面官能基との相関 酸素プラズマ処理と陽極酸化処理では、AAの酸化反応速度変化の大きさが異なった(図2a)。表面酸化処理法の違いに起因するこのような電気化学特性の違いには、酸化処理により生成する酸素含有官能基の種類や密度の違いが関与すると考えられる。そこで、各表面酸化処理後の電極を、種々の表面分析法により測定し、評価した。 XPS測定により、表面酸化処理後に表面酸素密度が増大し、酸素含有官能基が生成していることが確認された(図3)。また、酸素プラズマ処理電極の方が陽極酸化処理電極よりも表面酸素密度が高かった。このことは接触角測定によっても裏付けられた。 表面酸素密度が高ければ電極表面の極性はより負になると考えられるが、AAの反応速度減少の度合いは陽極酸化処理電極の方が大きかった。これは、生成した表面酸素含有官能基の種類の違いに由来すると考えられ、陽極酸化処理により極性の大きな酸素含有官能基が生成しやすいと推測される。TDS測定では、酸素終端ダイヤモンド電極から酸素含有官能基がCO(M/Z=28)として脱離する温度は、酸化処理法の違いに伴い異なった(図4)。このことは、異なる官能基の生成を裏付けるものと考えられる。 さらに、ATR-FTIR測定により、表面官能基の同定を試みたが、多結晶薄膜であるため散乱が非常に大きいことなどから明瞭な情報を得ることはできなかった。 5.化学修飾による表面官能基の同定 そこで次に、特定の酸素含有官能基に選択的に反応する化合物による修飾を行い、官能基の同定を試みた。 まず、カルボニル基(C=O)の確認のため、これと選択的に反応するジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)による化学修飾を行った。一方、酸素終端電極では修飾後にN1sピークが増大した。ピーク面積増加量は、陽極酸化処理電極のほうが酸素プラズマ処理電極よりも大きく、より多くのDNPHが導入されることが確認された。電極表面のカルボニル基の存在によって反応が加速されるFe2+/3+のCVからも、このことが裏付けられた(図5)。 次に、ヒドロキシル基(C-OH)の確認のため、これと選択的に反応するアミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)による化学修飾を行った。酸素終端電極へのAPTES修飾では、接触角の増加、XPSスペクトルにおけるN1sピークの増大、およびAPTES修飾処理に伴うレドックス種の応答性の変化が、いずれの酸素終端ダイヤモンド電極でも観察された。しかし、酸化処理法の違いによる明確な差は、いずれの測定でも観察できなかった。 以上の結果から、陽極酸化処理の方が酸素プラズマ処理よりカルボニル基をより多く生成できることが示唆された。いずれの酸化処理によってもカルボシキル基(COOH)がほとんど生成しないことは、TDS測定およびレドックス種のΔEpのpH依存性により裏付けられている。エーテル基(C-O-C)の寄与の有無については直接確認できていないが、総酸素原子密度はプラズマ処理電極の方が高く、ヒドロキシル基の密度に大きな差がみられないことを考慮すると、陽極酸化処理によってエーテル基も多く生成できるとは考えにくい。加えて、カルボニル基の方がエーテル基よりも負の極性が大きいと考えられることからも、主としてカルボニル基の生成量の違いが、電気化学的特性の違いに寄与していると考えられる。 6.ダイヤモンド電極表面への酵素の固定化 5節で酸素終端電極にはカルボニル基やヒドロキシル基が存在し、化学修飾が可能なことが確認された。そこで、APTES末端に存在するアミノ基を利用して酵素の固定化を行い、ダイヤモンド電極のさらなる選択性の付与を試みた。酵素としてフェノールオキシダーゼの一つであるチロシナーゼを用い、有害なフェノール誘導体の検出および定量を試みた。 酵素修飾電極は、APTES修飾を施した陽極酸化処理電極上で、酵素とグルタルアルデヒドを反応させることにより作製した。ダイヤモンド電極上に薄い膜状に酵素は修飾された。フェノール誘導体を含む溶液中で、未修飾電極では観察できなかった還元電流応答が、修飾電極では観察された(図6a)。フェノール誘導体は、チロシナーゼが触媒する酸化反応によってo−ベンゾキノン誘導体となり、これが電極表面で還元されることにより応答が得られる。さらに、この電極を用い、フローインジェクション分析装置により、フェノール誘導体に対する応答を測定した。フェノール、クレゾール、カテコールそれぞれの、フロー系での応答還元電流の濃度依存性は、100nM-10μMの領域で直線性を示した(図6b)。環境ホルモンとして人体への有害性が懸念されているビスフェノール−Aも、フェノールと同程度の感度で定量測定が可能であった。 7.まとめ ダイヤモンド電極におけるレドックス種の酸化還元反応速度は、電極表面を酸素終端化することで変化し、その変化は静電的相互作用に基づいて説明することができた。この静電的相互作用の差を利用して、生体由来サンプル中に共存するAAの妨害を除いて、その他の生体内物質を定量的に分析可能なことを示した。また、酸素プラズマ処理と陽極酸化処理の二種類の方法でダイヤモンド電極を表面酸化し比較した。前者はより高濃度に酸素を導入できるが、後者の方がAAの酸化ピーク電位をより正方向にシフトできることを示した。表面化学修飾法と種々の測定法による解析から、陽極酸化処理によってより多くのカルボニル基を導入できることが確認され、このことが上述の電気化学特性の違いに寄与していることが示唆された。最後に、酸素終端ダイヤモンド電極表面に存在するヒドロキシル基に、架橋剤を用いて酵素を修飾することで、未修飾電極ではなしえない選択性や触媒活性の付与を可能にし、ダイヤモンド電極の応用範囲が広がることを示した。 図1 1mM DAと1mM AAを含む0.1M HClO4溶液のCV 図2 (a)AA,(b)[Fe(CN)6]4-/3-,(c)Fe2+/3+のCV((b)in 0.1M Na2SO4,(a)(c)in 0.1M H2SO4,at 100 mV/s) 図3 各電極のXPSスペクトル(a)酸素プラズマ処理電極(b)陽極酸化処理電極(c)As-grown電極 図4 各電極のTDSスペクトル(M/Z=28) 図5 DNPH処理前後のFe2+/3+のCV細実線:酸素終端電極(a)酸素プラズマ処理(b)陽極酸化処理 破線:DNPH処理後 図6 (a)チロシナーゼ修飾ダイヤモンド電極におけるフェノール誘導体のCV (b)同じ電極における-0.3V vs. Ag/AgClでの還元電流のフェノール、p−クレゾール濃度依存性 | |
審査要旨 | 本論文は八章より構成されており、導電性ダイヤモンド電極の表面修飾を用いた電気化学的な選択性および触媒活性の付与による多機能化について述べている。第一章では研究の概要を、第二章では導電性ダイヤモンド電極の研究の背景を述べ、その長所と短所を明らかにして、本論文での研究の意義を示すとともに研究の方向付けがなされている。第三章以降に具体的な研究成果を示し、最終章の第八章において、全体の総括および研究の将来展望を述べている。 第二章は序論であり、素材としてのダイヤモンドの重要性と、導電性ダイヤモンドの電極材料としての特長およびその特長に基づくセンサー用電極としての応用研究の経緯を述べている。導電性ダイヤモンド電極は従来の電極材料と比較して触媒活性を持たないため、そのセンシングの適用範囲が限られている点を指摘し、より広範囲にセンサー用電極として活用するために、表面修飾による多機能化の手法の確立が有用であることを述べている。そして、導電性ダイヤモンド電極の表面酸化処理が、それ自身電極特性を変化させて新規選択性を付与できると同時に、より一層の多機能化に必要な機能性物質の電極表面への固定化にも有効であり、本論文の研究目的に合致した手法として提示されている。 第三章では、表面酸化処理を施した導電性ダイヤモンド電極を作用電極に用いた生化学物質の検出について、具体的な研究例を挙げてその有効性を述べている。微量な生体内物質の定量検出には、目的物質を共存する他の生体内物質と確実に分離することが常に重要となる。導電性ダイヤモンド電極においては、表面酸化という前処理を電極に行うことで、目的物質と非目的物質の酸化還元応答性を制御し、処理前の電極にはなかった新規選択性を付与でき、目的物質を共存物質から分離して検出可能なことを明らかにしている。さらに、表面酸化処理により導電性ダイヤモンド電極の持つ特長が損なわれず、センサー用電極としての有効性を維持することも示している。 第四章では、表面酸化処理による新規選択性の発現について、酸化還元種の分類による一般化と、導電性ダイヤモンド電極と酸化還元種との相互作用についての詳細な考察を行なっている。表面酸化処理により、導電性ダイヤモンド電極が水素終端から酸素終端に改質され、改質された表面と酸化還元種との間の静電的・化学的などの相互作用によって界面電子移動が促進・抑制されることが酸化還元応答性の変化を決定することを明らかにしている。そして、この分類がグラッシーカーボン電極のそれと異なることから、導電性ダイヤモンド電極の新規電極材料としての特異性をより明確に示している。 第五章では、各種表面分析法を用いた酸化処理後の導電性ダイヤモンド電極の解析を行い、表面構造と酸化還元応答性の関連性についてのより詳細な考察している。さらに、二種類の表面酸化処理法により応答性の違いがあることを示し、処理による表面構造変化の違い、特に生成する酸素含有官能基の密度や種類の違いが、応答性の違いの主因であることを示唆している。 第六章では、表面官能基への選択的な化学修飾を用いることによって、二種類の酸化処理法によって生成する官能基の種類・密度の具体的な違いについて検討している。酸素プラズマ処理によって複数の酸素含有官能基がより高密度に導入され、強い静電的相互作用を誘起することによる選択性を付与できることを示している。また、陽極酸化処理によって優先的にカルボニル基を導入でき、より高い触媒活性を利用して酸素プラズマ処理とは異なる選択性を付与できることを明らかにしている。この章までの結果から、表面酸化処理法を使い分けることで、目的のセンシング対象に応じた選択性の付与が可能であることを明らかにしている。 第七章では、表面酸化処理を介した機能性物質の導電性ダイヤモンド電極表面への固定化による、より高度の新規触媒活性の付与について述べている。表面酸化処理により導入された官能基により、共有結合を利用して酵素を有効に固定化できることを明らかにしている。このようにして作製した酵素修飾ダイヤモンド電極は、修飾以前には持たなかった新規触媒活性を有していることを示している。また、酵素の修飾によっても導電性ダイヤモンド電極のセンサー用電極としての優位性は保持されることも述べている。この結果は、導電性ダイヤモンド電極への様々な種類の酵素の固定化が同様の方法で可能であることを示し、それに伴い任意の触媒活性を付与できることを示唆している。 第八章では、本論文の研究結果の総括および将来展望について述べられている。表面修飾による導電性ダイヤモンド電極への新規選択性・触媒活性の付与が、センサー用電極としての適用範囲が飛躍的に広がることを示唆している。 本論文における結果は、導電性ダイヤモンド電極という材料を扱う上で、新規機能性の付与という観点からきわめて有益な知見を与えるものである。さらに、機能性の付与によるセンシング対象の拡大という応用面だけでなく、化学修飾と表面分析法・電気化学測定法の併用による表面解析が導電性ダイヤモンド電極の表面構造と電気化学プロセスの関連を明らかにするのに有効であることを示しており、基礎的な面からも高く評価でき、かつこれらの分野における今後の発展に大きく寄与するものと認められる。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |