学位論文要旨



No 117116
著者(漢字) 羽生,宏人
著者(英字)
著者(カナ) ハブ,ヒロト
標題(和) マグナリウムによるAP系固体推進薬の低公害化に関する研究
標題(洋)
報告番号 117116
報告番号 甲17116
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5257号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高野,雅弘
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 土橋,律
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 過塩素酸アンモニウム(Ammonium Perchlorate:以下APと略記)系コンポジット固体推進薬の実用化はダブルベース系推進薬でなし得なかったロケット大型化への道を開き,固体ロケットシステムの発展に大きく貢献した.原料および製造性の改良そして価格面の改善が進み,固体ロケットの実用性は飛躍的に向上している.今や確固たる地位を得たAP系コンポジット固体推進薬は技術的に完成の域に達し,メインモータあるいはサブブースタの推進薬として我が国のみならず世界中で汎用されるようになっている.

 実用技術が成熟する一方で,これまで注視されなかった燃焼ガスの特性が環境問題への関心の高まりと共に注目されるようになった."排出ガスの低公害化"は固体ロケットのみならず,内燃機関全般に要求され,分野を問わず幅広い研究課題となっている.

I.序論

 AP系固体推進薬の燃焼によって高温の多様な化学種(作動流体)が生成する.燃焼排気ガスに含まれる主な気相安定化学種はH2, H2O, N2, CO, CO2, HClであり,特にHClは代表的な強酸性化合物として知られている.

 APは次に示される熱分解反応によって,HClをはじめとする塩素系化合物を発生する.

 NH4ClO4(solid)→NH3(gas)+HClO4(gas)

 →N2+NO2+Cl2+HCl+O2+H2O+…

 HClは水に対する溶解度が高く,燃焼で同時に生成するアルミナが核となった微小滴に大部分が吸収されて拡散する.一般に,AP系固体推進薬のHClの排出量は燃焼した推進薬重量の20%に達する.たとえば,文部科学省宇宙科学研究所M-Vロケットの一段モータに使用される推進薬量はおよそ70tonであり,HClは約14ton生成する.

 固体推進薬の燃焼ガスに含まれるHClによる環境汚染の実体は今のところ低いレベルであるが,局所的な影響,すなわちロケット発射施設あるいは燃焼試験施設周辺への影響は大きいと考えられている.我が国におけるHClの実害に関する報告例は今のところ少ない.これは現状での打ち上げ回数が少ないこと,あるいは規模が小さいことが要因である.NASAはタイタンロケットあるいはスペースシャトル計画初期からこの問題に注目し,ロケット打ち上げ後,天候によっては極めて狭い範囲(約60ha)に高濃度の塩酸が散布される危険性を指摘しており,将来的にHCl低減技術を確立することが必要となっている.

 現在,固体推進薬の低公害化に関する研究は,"Low Emission"あるいは"Eco-Friendly"といった言葉がキーワードとなり一つのカテゴリーとして盛んに研究されている.

 HClの排出を抑制した固体推進薬の技術は実験室レベルである程度進んでおり,手法は2つに大別される.

1) Clを金属塩として固定.

 化学的手法であり,塩基性物質の導入によってCl原子を塩として固定化し,燃焼ガスを中和する.

 a) 中和型推進薬:金属燃料のAlをMgに置き換え,ClをMgCl2として固定化する.

 b) 掃気型推進薬:APの一部を硝酸ナトリウムなどのアルカリ金属イオンを含む酸化剤に置き換えて,NaClなどの無害な塩に固定化する.

2) Clを含まない酸化剤あるいは高エネルギー物質の利用.

 理想的な方法であり,塩素原子を含まない酸化剤への代替によって原因物質を排除する.

 固体の非塩素系酸化剤は近年活発に研究され始め,特にHNIW(ヘキサアザヘキサニトロウルチタン)やADN(アンモニウムジニトラミド)に注目が集まっている.そして,高エネルギー物質であるGAP(グリシジルアジ化ポリマ)あるいはその誘導体が次世代燃結剤として期待されている.現用燃結剤であるHTPB(末端水酸基ポリブタジエン)からGAPへの移行で現用推進薬の性能向上が十分見込まれ,将来的にはGAPと非塩素系酸化剤の組み合わせによって高性能低公害型固体推進薬の実現が期待されている.しかし,現状における実用化への障害は非塩素系酸化剤の高価格である.ロケットシステム全体の低価格化を重視する以上,高価な非塩素系酸化剤の登場は今のところ困難である.将来的には現用推進薬に用いられている物質と比較した価格,物性,安全性およびその他推進薬に要求される条件が互角かそれ以上であれば,これら酸化剤を用いた低公害化への移行が促進されるはずである.

 本研究では,現状において非塩素系酸化剤への速やかな移行が困難であることから,短期対応策の一つである中和型推進薬の実用化に注目した.上述したように,AlをMgに置き換える単純な方法であるため,製造性を含めて対応しやすいが,Mg単体には推進薬の組成として以下に示すようにいくつかの欠点がある.

・低発熱量によるIsp(比推力)の低下.

・推進薬の低密度化によるρIsp(密度比推力)の低下.

・推進薬の製造性悪化(摩擦感度が高く,取り扱いにくい).

・貯蔵性の悪化(APとMgの化学反応).

 性能面に与える影響を考慮してMg単体の代わりにAlとMgの混合物を利用しても,結局Mg単体の問題点は解決できない.そこで混合物ではなく,MgとAlの合金の応用に着目した.一般に,合金は構成する金属の物理的な単体混合物と明らかに異なる物理化学特性を有することが知られている.特にMgとAlの合金はマグナリウム(以下Mg/Alと略記)と呼ばれ,材料の分野で学術的に幅広く研究されている.また,火工品の分野でも古くから用いられている汎用材料で,燃焼の立場では粒子の燃焼機構について報告されている.

 Mg/Al粒子の燃焼特性に関する基礎研究はある程度進んでいるが,固体推進薬への応用となるとほとんど手が付けられていないといっても過言ではない.特にHClの低減を目して応用された例はない.本研究ではMg/Alの特性を応用したHCl低減効果の評価を中心に,燃焼特性,燃焼機構および固体推進薬の性能に関する総括的な議論を行っている.

II.Mg/Alの物理化学特性

 Mg/AlはMgとAlの物理的混合物と大きく異なる特性を有している.それはMg/Alが金属間化合物(Al3Mg2, Al12Mg17)で構成されることが一因である.例えば,Mgが35〜65mass%付近のMg/Alは融点が単体金属よりも約200K低い.また,金属と異なった材料特性を示し,常温で微粉砕可能である.

 MgとAlは結晶構造が異なり,合金化によって構造は大きく変化する.また,原子半径が異なる(Mg>Al)ため,Mg濃度の増加で結晶格子は歪み,内部には歪みエネルギーが蓄えられている.しかし,燃焼に影響を及ぼすほど大きな値ではない.密度について,本研究における実験的な評価からMg/Al(50/50mass%)の密度は算術平均値よりも約3%程度小さいことがわかった.

 DTA(示差熱分析)およびTG(熱重量測定)による実験的解析によると,Mg/Alは不活性雰囲気においても融点より高い温度域で発熱性を示す.また,Mg/Alは酸化雰囲気中でAlおよびMgよりも低い温度で速やかに,かつ効率よく酸化する.Mg/Alの酸化熱は組成平均値とほぼ一致し,合金化によるエネルギー損失はない.

III.数値計算による燃焼生成物の組成解析

 Mg/Al系推進薬のHCl低減効果は,MgCl2の生成量に依存している.はじめに,数値計算によって燃焼室内およびノズル出口における燃焼生成物の組成について検討した.Mg/Alの詳細なデータ(生成熱など)が存在しないので,計算ではIIの結果に基づいてMg/AlをMgとAlの混合物として扱った.その結果,Mg/Al系推進薬に含まれるMgの絶対量の増加とHClの低減効果は必ずしも比例していないことが明らかとなった.Mg/Al中のMg量が低濃度側から増加すると,燃焼生成物には酸化アルミニウムマグネシウム(MgAl2O4:以下Spinelと略記)が含まれるようになる.MgとAlが等量付近ではSpinelが酸化物として支配的になり,さらにMg量が増すとMgOの生成量が増加して,MgCl2はある一定量以上の生成量の増加がみられない.Spinelは化学的に不活性な物質で,Spinelに固定化されたMgは化学反応性を失う.つまり,Spinelの生成はHCl低減効果の阻害反応になっている.Mgが固定化される量はAlの存在量で決まる.例えば,Mg/Al(50/50mass%)の場合,Mgの固定化割合はMg総量の45%に達し,HCl低減効果に与える影響は大きい.

 HClの生成量の変化に注目すると,燃焼室内からノズル出口への移動において生成量が増加する.この原因について詳細に検討したところ,気相成分のN2, H2, CO, CO2の質量分率は変動しないが,HCl, H2O, MgO, MgCl2の質量分率が大きく変化する.この4者間の化学平衡(MgCl2+H2O⇔MgO+2HCl)は温度に強く依存し,燃焼生成物の温度が低下すると平衡は右に移動し,HCl生成量が増加する.ノズル出口でHCl生成量が増加するのは,燃焼室内よりも温度が低いことが主な理由であることが判った.

IV.Mg/Al-AP系推進薬のHCl低減効率の評価

 Doll(1992)らの中和型推進薬(Mg-AP系推進薬)のHCl低減効果に関する評価では,耐圧密閉容器(以下Closed Bombと示す)を用いて燃焼ガスを発生させ,HClの発生量を定量的に評価している.定量評価における適切な実験条件を見い出すために,予備試験として同じ手法を適用してHClの定量評価を行い,実験装置および解析手法の問題点を明らかにした.

 上述の予備試験における燃焼生成物の定性・定量方法を大幅に改善し,推進薬の燃焼場の断熱効果を高めたQPCB(Quenched Particles Collection Bomb)法によって,燃焼生成物を捕集し,Mg/Al粒子の燃焼特性に関する詳細な解析から,燃焼生成物の平衡組成が得られる条件を検討した.捕集された凝縮相成分の解析結果からMg/Al粒子は燃焼表面近傍で燃焼完結に至っていることが明らかとなり,Mg/Al粒子の燃焼性はAlよりも優れていることがわかった.捕捉したMgイオンについて定量解析を行ったところ,実験装置内で起こるガス温度の低下によってMgCl2の生成量が減少することを確認した.

 Mg/Alの短い燃焼特性時間によって,燃焼生成物は燃焼表面近傍で平衡に達し,HCl生成量は数値計算で得られる予測値にほぼ一致することを見い出した.この結果からHCl低減効果はノズル出口でおよそ30%と見込まれた.

V.Mg/Al-AP系推進薬の燃焼機構

 線燃焼速度は固体推進薬の代表的な特性値である.当該推進薬においては,金属燃料をAlからMg/Alに置き換えると,線燃焼速度はおよそ1.4倍になる.Mg/Al系推進薬の高燃焼速度特性を与える原因究明において,極細熱電対(5μmφ)による燃焼表面近傍の温度履歴測定,燃焼中断による消炎面の状態および化学組成解析,火炎の光学観測といった実験手法によって得た情報から,燃焼波理論に基づいて燃焼機構を解析した.消炎面の解析から,Mg/Al粒子は低融点(〜720K)のため,燃焼表面上で融解して20〜30μmの集塊を形成し,反応活性状態になっていることが明らかとなり,表面を離脱した凝集塊は燃焼表面近傍で速やかに着火,燃焼に至る.極細熱電対による燃焼表面近傍の温度履歴測定によると,Mg/Al系推進薬の燃焼表面近傍の気相の温度勾配が急になっていることが判った.つまり,Mg/Al系推進薬の燃焼速度が高くなったのは,Mg/Alの燃焼表面近傍における着火および短い燃焼特性時間によって火炎帯が燃焼表面に接近し,その結果,燃焼表面近傍の気相の温度勾配が急になり,気相から燃焼表面への熱流入量が増大したことでAPや燃結剤の分解が促進されたからである.

VI.Mg/Al-AP系推進薬の性能評価

 推進薬の製造性,保存安定性,燃焼性および推進性能について検討した.Mg/Al-AP系推進薬の製造上の安全性に問題はなく,適正なスラリ粘度で製造可能であること,そして,推進薬の化学安定性は高く,保存安定性はAl系推進薬と同等であることを実証した.

 φ110性能検定ロケットの燃焼試験において,燃焼圧力履歴はMg/Al系およびAl系推進薬に違いは見られず,正常に燃焼した.比推力はAl系推進薬の2.18kNs/kgに対し,Mg/Al系推進薬は2.21kNs/kgと30Ns/kg上回る結果が得られ,また,特性排気速度効率については,Al系推進薬で94.2%であるのに対し,Mg/Al系推進薬では99.2%と高く,数値計算による予測と逆の評価が得られた.本来,Mg成分の添加による性能劣化は自明なことであるが,Mg/Alの短い燃焼特性時間や高い燃焼完結性といった固有の燃焼特性に起因して,数値計算の予測を覆す評価が得られている.

 HCl低減効果においては,ノズル下流側に設置した燃焼生成物捕集液のpH測定によると,Al系推進薬では2.2であるのに対し,Mg/Al系推進薬では4.5と水素イオン濃度は約1/5000にまで低減されており,Mg/Alは排気ガスの酸抑制効果を示した.

 本研究はマグネシウムを使った中和型推進薬の欠点がマグナリウムで克服可能であることを実証したことに加え,小型ロケットの燃焼試験から得られた数値計算の予測を覆す結果から,合金の固体推進薬への応用と当該推進薬の実用化への可能性を見い出すに至っている.

謝辞

 本研究を進めるにあたり,日本油脂株式会社並びに細谷火工株式会社の皆様に多大なご協力をいただきました.ここに深くお礼申し上げます.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「マグナリウムによるAP系固体推進薬の低公害化に関する研究」と題し,AP/Al/HTPB三成分系コンポジット固体推進薬の金属燃料であるAlの一部をMgに替える代わりに,金属燃料そのものをAlとMgの合金であるマグナリウム(Mg/Al)に置換した中和型推進薬のHCl抑制効果と,燃焼特性および推進性能に関する実験および解析研究によって得られた成果をまとめたもので,全7章で構成されている.

 第1章は序論で,本研究の目的とその背景について述べている.AP系固体推進薬の燃焼によって発生するHClがロケット発射場あるいは燃焼試験場周辺の環境に悪影響を与えるため,HCl抑制技術の必要性が指摘されている.現在提案されている対策技術は,Clを金属塩として固定化する中和型推進薬および掃気型推進薬とAPの替わりにClを含まない酸化剤を用いる脱塩素系推進薬の2つに大別されるが,性能劣化や高価格に阻まれ,実用化が進んでいない.本研究の目的は,短期的な対応策として低公害化と実用性の両立を狙うMg/Al利用による中和型推進薬の実用化の可能性を探ることにあり,研究課題が同種推進薬のHCl抑制効果の定量的な検証をはじめ,その燃焼特性,推進性能など,実用化を模索する上で必要となる推進薬の諸特性の解明に及ぶことを述べている.

 第2章では,Mg/Alの物理化学特性について述べている.まず,公表されている研究成果等に基づき、Mg/Alは金属間化合物(Al3Mg2およびAl12Mg17)で構成される共晶合金で,Mgの成分比率が35~65mass%の範囲ではその融点が各単体金属よりも200K低い,通常の保管環境下で強固な酸化被膜を持たずに安定に存在し、機械的に微粉砕可能である、といった単体や物理的混合物と異なる特性を備えていることを述べている.次いで、著者自身による熱分析などの実験研究によって,Mg/Alの酸化熱は組成平均値と一致し,酸化雰囲気中でAlおよびMg単体よりも低温で速やかにかつ効率よく酸化する,といった特有の酸化反応性を明らかにしている.

 第3章では,高い信頼性の認められているJANAF熱力学データを基礎にした汎用の平衡計算プログラムを活用した数値解析によってMg/Al-AP系推進薬の気相および凝縮相燃焼生成物の組成解析を行い、酸化アルミニウムマグネシウムの生成によってMgCl2の生成が阻害されるために,Mgの成分比率を増加してもHCl抑制効果が必ずしもこれに対応して改善されないこと,ノズル内の膨張過程の進行によるガス温度の低下に伴う化学平衡移動によって,ノズル出口ではHCl生成量が燃焼室内のそれよりも増加すること、等の重要な熱力学的特性を導出している.また、この知見から,燃焼生成物の定量評価実験を遂行する上で、燃焼場における温度管理が重要であることを指摘している.

 第4章では,従来のQPCB(Quenched Particles Collection Bomb)を燃焼場温度管理の観点から改良を加えた装置を製作・活用してMg/Al-AP系推進薬の凝縮相燃焼生成物の捕集・分析を行い、その粒度分布特性および燃焼生成物の組成に関して、燃焼面と捕集位置との距離をパラメータとして解析調査した結果とそれから推察される同種推進薬の特徴的な燃焼機構について著者の理解を述べている。すなわち、Mg/Al粒子は燃焼表面近傍で燃焼完結に至り,酸化被膜の存在により固相表面で凝集・焼結・集塊等と呼ばれる物理的過程を経て初めて着火・燃焼過程に至るAlよりもその燃焼特性時間が短い。MgCl2生成量が捕集距離の拡大に伴うガス温度の低下に従って減少する。燃焼生成物の組成は燃焼表面近傍で既に平衡に達しており、Mg/Al-AP系推進薬のHCl生成量は化学平衡プログラムによる予想計算結果にほぼ一致する。HCl抑制効果をノズル出口面において評価すれば、同一質量組成のAl-AP系推進薬の約30%の削減効果がある、と結論付けている.

 第5章では,Mg/Al-AP系推進薬の燃焼機構解析を行っている.三成分系推進薬においては,金属燃料をAlからMg/Alに置き換えると,線燃焼速度はおよそ1.4倍になる.急減圧による燃焼中断面の状態および化学組成分析,極細熱電対(5μmφ)による燃焼表面近傍の温度分布測定,火炎の光学観測等の諸実験を組織的に行い、著者がこれらの諸情報を総合して得たMg/Al系推進薬の燃焼機構に関する理解を述べ、その高燃速特性の要因を明解に説明している。すなわち、コンポジット推進薬中のMg/Al粒子の燃焼機構は,Alのそれと比べて大きく異なり、低融点特性により燃焼表面上で融解、20~30μmの集塊を形成して反応活性状態になり,それらは燃焼表面もしくは近傍の気相で速やかに着火,燃焼に至る.Mg/Al系推進薬の燃焼表面近傍の気相温度はAl系のそれより高く、温度勾配がより急になっている.この現象は、Mg/Al粒子の低融点,低着火温度特性に加えて,微粒化現象を伴うMg先行2段燃焼特性によってAlの燃焼過程が促進されて金属燃料全体の燃焼特性時間が大幅に短縮されることによって,火炎の発熱帯域が燃焼表面に近接して形成されるためである。つまり,Mg/Al系推進薬の高燃速特性の直接要因は,燃焼表面への火炎帯の接近によって固相への熱還流量がAl系推進薬より相対的に増大し,APおよび燃料粘結材の熱分解が促進されることにある、と結論付けている.

 第6章では,Mg/Al・AP系推進薬の製造性,燃焼性および推進性能について実験的に検討している.Mg/Al・AP系推進薬は,Mg単体を混和する場合と異なり製造上、安全性に問題はなく,適正なスラリ粘度で製造可能であること,小型ロケット・モータの燃焼試験において,Mg/Al・AP系推進薬の燃焼性はAl-AP系推進薬と比べて遜色ないことを実証している.著者らが行った小規模燃焼実験では、化学平衡計算による理論予想と異なり、比推力効率および特性排気速度効率共にAl-AP系推進薬を上回る結果が得られたが、これは,第4章および第5章で述べたMg/Alの高い燃焼完結性および短い燃焼特性時間特性の効果が直接発揮されたのに対し、Al-AP系推進薬の本来備えている燃焼および推進効率がモータ規模の小ささに起因する諸要因に阻害されて十分に発揮されなかったことによる限定的な逆転現象である、との妥当な解説を加えると共に、総合的な判断として同種推進薬の実用化の可能性について明解に言及している.

 第7章はまとめであり,第3章から第6章の各章で明らかとなったMg/Al-AP系推進薬の諸特性について総括し,実用化に向けた展望とそのために解決されなければならない工学上の研究課題に関する著者の認識を簡明に述べている.

 以上要するに,本研究はマグネシウム利用による中和型推進薬の欠点をマグナリウムの代替利用によって克服し,同種推進薬の実用化への可能性を見出すに至っている。特に、共晶合金の活用によって金属燃料の燃焼効率を高め、アルミニウムのマグネシウム置換による性能劣化を抑制し得ることを見出した点、また、金属燃料添加コンポジット固体推進薬の燃焼特性について総合的に研究し多くの新知見を提示した点で工学的に価値の高いものであり,化学システム工学および推進燃料工学に貢献するところは大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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