学位論文要旨



No 117117
著者(漢字) 古山,通久
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ミチヒサ
標題(和) 固体酸化物燃料電池低コスト化に関する研究 : 燃料電池システム特性・電極反応機構解析および知識共有基盤記述言語の開発
標題(洋) Research on cost-performance improvement of Solid Oxide Fuel Cells : Analyses of system properties and electrode reactions, and development of a markup language for a collaborative knowledge sharing platform
報告番号 117117
報告番号 甲17117
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5258号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 高橋,宏
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 助教授 平尾,雅彦
内容要旨 要旨を表示する

1.研究背景及び目的

 固体酸化物燃料電池(SOFC)は高効率の発電が可能なシステムとして注目を集めている。SOFCは高温で運転されるため、排ガスを利用したガスタービンとの複合発電システム(SOFC/GT system)の構築により70%を超える発電効率が達成可能であることが複数の研究グループにより示されている。一方で実用化のために解決すべき問題も数多く存在し、多くの研究開発がなされている。それらの多くはある要素の特定の側面に対する改良・開発・解析である。しかしながらその要素のシステム全体の中での位置づけ、要求される複数の特性の包括的な把握が十分に行われているとは言えない。一方、モデルによるシステム解析も行われているが、モデル上で要素をより詳細に表現する必要がある場合も散見される。

 本研究は、SOFC低コスト化を目標として行われた。低コスト化のための研究開発を効率的に行うためには全体としての特性把握、要素の特性把握、それらの把握を促進するプラットフォームが重要である。本研究ではSOFCを対象として以下のような複数の視点からの研究を行った。

 SOFC/GTシステムの大規模電源としての導入可能性 (第三章)

 SOFC/GTシステム特性の把握 (第四章)

 SOFC電極反応機構解析 (第六章−第八章)

 知識共有基盤用マークアップ言語の開発 (第九章)

2.大規模電源としての導入可能性評価

 SOFC/GTシステムの大規模電源としての導入可能性について電源構成モデルを用いて評価を行った。電源構成モデルは線形計画法により目的関数を最小とするよう各電源に発電量を割り振る。評価にはSOFC/GTシステム特性に関するデータは、田中らにより構築されたSOFC/GTシステムモデルにおける仮定及び得られた特性を用いた。

 導入可能性の検討結果から、現在開発されている技術レベルでは初期投資コストが高いため大規模電源としては経済的には導入されないことが分かった。初期投資コスト低下の影響を調べるため、他のパラメータは一定に保ち、初期投資コストのみを変化させた時の導入割合を図1に示す。得られたコスト低下の定量的目標をもとに、より詳細な検討を行った。

3.SOFC/GTシステムモデルに基づく低コスト化指針の検討

 SOFC/GTシステムのコストのうち4割をSOFCが占めるため、SOFCのコスト削減が重要である。SOFCのコスト削減のためには、出力密度の増加、長寿命化などが考えられる。

 図2に各運転温度における発電コストを示す。800℃から700℃への低温作動化にともない、発電コストが高くなる。そのコスト増加の内訳はSOFCの出力密度低下にともなうSOFCの初期投資コスト増加の影響がもっとも大きい。ここで、700℃においても800℃におけるセル性能と同様の性能が得られると仮定すると、800℃における発電コストと同程度の発電コストを達成可能であることが明らかとなった(図2、700℃高性能セル)。また、低温作動化にともなうSOFCの長寿命化が考えられる。700℃において800℃における寿命の4倍の寿命が達成されると仮定すると、800℃におけるシステムよりも低コストなシステムの構築可能性が示された(図2、700℃高性能セル+長寿命化)。

 低温で高性能なセル性能を達成することにより低コスト化が可能であるとの示唆に基づき、実験に基づく高性能な電極開発に取り組んだ。

4.空気極高性能化のための反応機構解析

 電極性能高性能化の指針を得るための電極反応機構解析を行った。電極材料にはSm0.5Sr0.5CoO3を用いた。図3に空気極反応イメージを示す。

 最初に緻密な電極構造のセルを用いた測定結果から律速過程は酸素の吸着過程と判明し、実験結果のモデルによるフィッティングから吸脱着定数を求めた。

 続いて多孔質電極を用いてその過電圧を測定したところ、膜厚に対するセル性能の飽和が見られ(図4)、多孔質電極反応が表面における吸着反応のみでは説明できないことが分かった。

 多孔質電極のインピーダンス応答は等価回路を用いて三つの素過程に分離された。分離された各素過程に対応する界面導電率の酸素分圧依存は図5に示す通りとなった。

 その酸素分圧依存性から、図5におけるσMに対応する過程は吸着過程に対応すると判断された。また、他の条件を一定に保ち、気相の拡散係数を増加させた測定を行ったところ、σLに対応する過程の抵抗が低下した(図6)。そのため、この過程は気相拡散過程であると判断された。σHは既往の研究との比較・σHに対応する過程はO2-の電極内拡散過程であると結論づけられる。酸素分圧が0.1atm以上の領域ではO2の気相拡散の電極反応への影響は小さく、実用的条件では多孔質Sm0.5Sr0.5CoO3空気極における電極反応はO2の吸着過程とO2-の電極内拡散過程に支配されていることが分かった。

 得られた解析結果をもとに、電極反応モデルの構築を行った。

 モデル化に際しては多孔質空気極の構造・反応経路を図7のように近似した。

 モデルに用いるパラメータのうち、吸着過程の抵抗は緻密電極の実験結果から算出された吸脱着定数を用いて算出した。電極微細構造は実験に用いた電極構造の電子顕微鏡による直接観察から決定した。イオン拡散抵抗及び交流特性の再現に必要な各過程の容量成分はフィッティングパラメータとして用いた。

 モデルは電極性能の膜厚依存をよく再現し、またこの時のイオン導電率は既往の研究の報告結果から算出した値と同程度であった。

 構築されたモデルにより、空気極材料の吸脱着定数、イオン導電率の高い材料開発による電極性能向上を定量的に予測可能となった。

5.知識共有基盤用マークアップ言語の開発

 図8に、本研究で考える知識共有基盤を示す。この知識共有基盤により

 ・ひな形をもとにしたモデル設計

 ・設計したモデルによるSimulation

 ・計算結果、モデル構造等の表示

 ・容易なモデル拡張

等が可能となる。知識共有基盤構築のためには多くの課題があるが、本研究ではモデル情報の記述・保存方法に注目した。

 本研究ではモデル情報をXML(eXtensible Markup Language)文書として記述することとした。XMLはある内容に対してタグと呼ばれる記号を用いて様々な情報を付加する。記述者は自由に要素や属性、それらの関係を決定できる。記述に用いた要素・属性は文書型定義を用いて定義可能である。厳密な文書型定義により、モデル設計のひな形の提供、記述内容からSimulatorを生成等が可能であるが、どのような文書型を定義するかについて十分考察が必要である。

 本研究では、SOFC/GTシステムを構成するSOFCシステムをXMLによる記述対象として考える。記述範囲は対象の空間的情報、含まれる物質と物質の持つエネルギーに関する情報である。

 最初に本研究で得られたSOFCシステム特性及び電極反応機構の理解・知識をもとにSOFCシステムをXML文書として記述し、記述に用いた要素・属性を定義した。続いて他の化学プロセスシステムにも適用可能な記述とするために、記述に用いた要素・属性を一般化・抽象化し、要素・属性を再定義した。本研究での定義した文書型定義の特徴として以下の点が挙げられる。

 ・一般的記述(他の化学プロセスシステムヘの適用可能性)

 ・領域に基づく記述(構造・物質・Energy)

 ・一次情報を記述

 ・マクロ、ミクロなモデル共に記述可能

 定義された文書型は図8に示す知識共有基盤中においてモデル設計の際のひな形を与える役割を果たす。また文書型の定義によって、記述された文書はコンピュータ理解可能となる。すなわち、記述した文書からSimulationに用いるオブジェクトを生成することが可能となり、また記述内容から必要な情報を取り出し、加工・表示することが容易となる。

6.結言

 複数の視点からSOFC低コスト化に関する研究を行った。大規模電源としての評価からコストの数値目標を明らかにし、SOFC/GTシステムモデルを用いてセル高性能化によるコスト削減可能性に関する知見を得た。さらに、高性能電極開発のために電極反応機構解析を行い、解析結果に基づく電極反応モデルにより高性能電極開発の指針を得た。これらの研究過程で得た知識をもとに効率的研究開発を促進する知識共有基盤用マークアップ言語の開発を行った。定義したマークアップ言語はモデル設計のひな形を与え、対象を表わすオブジェクトの生成・対象に関する情報の表示を容易に可能とする。

図1 SOFC/GTシステム導入率

図2 各運転温度における発電コスト

図3 空気極反応機構模式図

図4 多孔質電極過電圧膜厚依存

図5 気相拡散の電極抵抗影響

図6 σE酸素分圧依存

図7 多孔質電極の円筒近似

図8 知識共有基盤イメージ

審査要旨 要旨を表示する

 固体酸化物燃料電池は高効率の発電が可能な技術としてその実用化が待たれている。実用化のためには当然のことながらコスト低下が重要であり、そのために様々な研究開発が行われている。固体酸化物燃料電池システムのように様々な要素から構成されるシステムの研究開発においては、システム全体における要素の位置を把握し、研究開発課題の優先付けを行いつつ効率的な研究開発を行っていくことが重要であると考えられる。本論文は「固体酸化物燃料電池低コスト化に関する研究−燃料電池システム特性・電極反応機構解析および知識共有基盤記述言語の開発−」と題し、主として燃料電池システムを対象として、以下の事項の重要性・有効性を示した。

 ・システム全体における要素の位置付けの明確化

 ・システム特性解析に基づく、優先すべき技術開発課題の抽出

 ・技術開発による物性値と要素特性の関係の明確化

 ・上記研究開発を有効に推進するための知識共有基盤の構築

 論文は5部、11章から成る。

 第1部は1章から成り、固体酸化物燃料電池の現状と課題について言及し、問題点を明確にしている。

 第2部は2, 3, 4章から成り、数値計算によるシステム特性解析について述べている。第2章においては特性解析に用いるモデルの説明を行い、第3章においては固体酸化物燃料電池の大規模発電技術としての導入可能性について、コスト及びCO2排出の観点から述べており、導入のための低コスト化目標が明らかにされた。第4章においては要素技術開発による低コスト化の実現可能性について検討し、セル過電圧低減による低コスト化の有効性が実際の電極材料に基づく評価により示された。

 第3部は5, 6, 7, 8章から成り、電極過電圧低減のための電極反応機構の解析について述べている。第5章は電極反応機構解析に用いる装置及び電気化学的解析手法について述べており、本論文において考える交流インピーダンス応答解析手法は、インピーダンス応答を用いた反応機構解析手法の確立に大きく寄与するものである。第6章はO2-伝導電解質に対する高イオン導電性空気極反応機構を解析したものであり、反応機構の明確化、及び空気極反応のモデル化に成功している。構築されたモデルは物性値から空気極性能を予測することを可能とし、化学工学的意義は大きい。また構築されたモデルを用いて行った、電極特性の解析手法に関する妥当性の考察は不均一反応場における電気化学的手法による反応機構解析に大きな貢献をした。第7章及び第8章においてはこれまでほとんど検討例の報告されていないH+/O2-混合イオン伝導電解質に対する電極反応機構の解析を行った。電極反応のモデル化にはいたらなかったが、電解質中伝導種を変化させての反応機構解析という手法により今後の解析に対する大きな知見を与えた。

 第4部は9, 10章から成り、知識共有基盤のためのマークアップ言語開発について述べている。第9章においては知識共有基盤の全体像を提示し、知識共有基盤用マークアップ言語の開発に用いるメタ言語及びその関連技術について述べている。第10章においては定義したマークアップ言語を詳述し、既存の言語との比較によりその新規性を明確にしている。さらに第6章において構築された電極反応モデルを具体例にとり、具体的記述を提示するとともに知識共有基盤の動作イメージを提示し、定義したマークアップ言語の知識共有基盤における位置付けの明確化を行っている。

 第5部は第11章から成り、本論文のまとめと展望である。

 以上、本論文は固体酸化物燃料電池の低コスト化のための研究開発を通して、システム特性とシステム構成要素の特性を明確に結びつけただけでなく、それらの特性の把握を容易にする知識共有基盤の全体像の提示を行い、知識共有基盤用の言語開発を行ったものであり、今後の化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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