学位論文要旨



No 117119
著者(漢字) 野中,寛
著者(英字)
著者(カナ) ノナカ,ヒロシ
標題(和) 高温水中における有機化合物の電極酸化反応に関する研究
標題(洋)
報告番号 117119
報告番号 甲17119
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5260号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 山口,猛央
 廣島大学 助教授 松村,幸彦
内容要旨 要旨を表示する

 燃料電池は、カルノー効率の制約を受けない、エネルギー効率の優れた発電装置であり、燃料として水素、酸化剤として酸素を用いるのが主流であるが、メタノールなどの有機化合物も、その電気化学的酸化還元電位が水素と非常に近いことから、燃料として、水素−酸素燃料電池とほぼ同等の出力を得ることも期待できる。なかでも、メタノールは、天然ガス、重質油、石炭などから得られ、比較的安価であり、メタノールを燃料とするメタノール燃料電池は古くからおもに比較的小電力規模の電源を対象に開発が続けられてきた。近年、地球温暖化問題が顕在化して以降、CO2の排出のない水素エネルギーや、カーボンニュートラルなバイオマス資源が注目されるようになり、貯蔵、輸送の優位性より、これらを一旦メタノールやエタノールに変換する技術の開発もさかんである。循環する必要がない電解質であるプロトン導電性固体電解質膜の開発とともに、メタノール燃料電池は再び脚光を浴びる存在となっている。

 メタノールの燃料電池燃料極特性(=直接電極酸化特性)の向上のためには電極触媒の開発が進められてきたが、さらなる活性の向上のために稼動温度の高温化と水の随伴が必要である。近年、固体電解質膜でも耐熱性に富んだものの開発により、200℃程度の高温稼動が可能となり、メタノールのみならず、エタノールなど、他の有機化合物の高温水溶液も燃料電池の直接燃料となりうる可能性がでてきた。しかしながら、100℃以上の高温水中における電気化学測定は困難で、実験的検討がなされおらず、その可能性は未知である。本研究では、200℃程度の有機化合物の高温水溶液を燃料とする燃料電池の基礎的特性である燃料極特性についての知見を得ることを目的として、大気圧以上の圧力を有する高温水中で3電極方式の電気化学測定を可能とする高温高圧環境用電気化学セルを製作し、適当な電解液を選択し、高温水溶液のpHを実測、もしくは推算することにより、300℃までの高温水中において、有機化合物の電極酸化時に電極上で生じるCO吸着種の酸化特性、吸着特性、および、各種有機化合物の電極酸化分極特性について白金電極上において実験的検討を行った。

 燃料電池反応を考える場合、低電位で電極酸化反応が進むことが望ましい。0.5V vs. RHE以下での低電位での有機化合物の電極酸化を明らかにするため、有機化合物の電極酸化反応途中において生成するとされるCO吸着種をモデル吸着種として、150,200℃の高温水中において、低電位における一酸化炭素の電極酸化特性を検討した。常温では0.8V vs. RHE付近まで酸化電流は得られないのに対し、高温水中においては、CO分圧0.08MPa、0.3V vs RHEで、423K : 0.6mAcm-2、473K : 3.8mAcm-2の酸化電流が得られた。0.5V vs. RHE以上でみられる酸化電流より明らかに小さい速度定数の反応であり、COと水との反応であることが示唆された。電流値はCO分圧に対して極大値をもち、その反応機構を、COの吸着平衡と、Pt電極上吸着COと吸着水とのLangmuir-Hinshelwoodモデルによる表面反応律速により説明した。活性化エネルギーは約60 kJ mol-1であった。高温水中におけるCOの吸着平衡についても検討を行った。高温水中では、常温水中で一般的に行われる水素波を用いた電極上吸着量測定法が用いることが難しいが、適当な仮定を置くことにより算出した。また、一酸化炭素−水素の混合ガスの電極酸化特性を解析することによっても算出を行い、前述のモデルより算出される吸着量とおおよその一致をえて、温度上昇に伴い吸着量が減少することを確認した。高温水中でのCOの吸着は、気相および常温水中と比較して小さく、いわゆる電極被毒の問題は軽減することを見出した。

 炭素が1個で有機化合物のモデルとしての意味も持つメタノールについては、常温-250℃、メタノール濃度0.001-1mol kg-1で測定を行い、総括の濃度依存性、温度依存性を検討した。0.5V vs. RHE以上の電位では、メタノールについての反応次数は0.4、活性化エネルギーは60-70kJ mol-1と整理された。一方、0.4V vs. RHE以下の電位では、濃度に従い活性化エネルギーは減少し、1mol kg-1では30kJ mol-1となり、濃度変化に伴う律速過程の変化が示唆された。一酸化炭素の電極酸化特性との比較より、メタノール濃度1mol kg-1でも電極上の吸着被覆率は0-0.33と推定された。つまり、高温水中における低電位でのメタノールの酸化は、OHではなく水との反応であるために反応速度定数が小さいという理由のみならず、メタノールの吸着が少ないことにも依存する、と考えられる。

 ギ酸、エタノール、酢酸、グルコースについても100-300℃で電気化学酸化特性の測定を行った。ギ酸、エタノール、酢酸は、温度上昇に伴い反応が促進された。ギ酸の酸化はメタノールの酸化より0.2V負の電位で進行し、検討した有機化合物の中では最も良好な活性を示した。高温水中では、常温での酸化時に見られる電極上強吸着種の生成が抑制され、低電位から迅速な酸化がみられるようになったと考えられる。エタノールの分極特性はメタノールと同等であり、酢酸については、活性が低いものの、燃料としての利用可能性が示された。グルコースの酸化では、200℃以上の温度において、電極酸化特性が悪化する結果を得た。これは、高温水中において、グルコースが分解、重合して、固形物を生成し、電極上を覆うことによった。滞留時間が短く、固形物を生成しないフロー式の電気化学セルを用いた測定においても同様に200℃での電流値の減少を見出した。200℃ではグルコースの分解、フルクトースの生成がはじまることから、分解生成物およびフルクトースによる電極被毒に起因すると考えている。なお、150℃での電流値はグルコースの燃料としての利用可能性を示した。

 総じて、本研究では、高温水中においては、強吸着種の吸着が抑制され、0.5V vs. RHE以下の低電位においても電極上に空サイトが存在するため、強吸着種の電極酸化が進行すること、有機化合物としては、ギ酸はメタノールより優れた電極酸化活性を示し、エタノールはメタノールと同等の活性をもち、酢酸やグルコースも高温水溶液供給燃料電池の燃料となりうること、グルコースのような高温水中において分解を伴う化合物については分解生成物による電極被毒を考える必要があること、を見出した。有機化合物高温水溶液供給燃料電池の実現には、高温水溶液供給時の有機化合物のクロスオーバー現象の検討、および、クロスオーバーを防ぐ電解質膜の開発や、高温水中において高活性な触媒種の探索等が重要である。また、本研究の知見より、バイオマス資源より電気をとりだすことを考える場合、スラリー化したバイオマスや加水分解して簡単に得られるグルコースを直接燃料として燃料電池を稼動することは困難であり、メタノールやエタノールに変換して燃料電池の燃料として用いることが有効であると結論した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、「高温水中における有機化合物の電極酸化反応に関する研究」と題し、序章、第1章−第7章、および終章からなる。高温高圧環境下で電気化学測定が可能な三電極セルを製作し、高温水中における各種有機化合物の白金上での電極酸化特性を測定し、有機化合物の電極酸化過程において電極上に生じるCO吸着種の高温水中における電極酸化特性、吸着特性に注目して検討を行ったものである。対象とする有機化合物としては、燃料電池の燃料として関心の高いメタノールを主に選び、さらにバイオマス燃料への展開を念頭としてギ酸、グルコース等を対象としている。

 序章では、研究背景として、メタノール燃料電池の開発の歴史、メタノール燃料電池の種類、高温メタノール水溶液を供給する燃料電池の利点ならびに高温における有機物の電極酸化特性測定の必要性について述べ、本研究の目的および構成を示している。

 第1章では、有機化合物、特にメタノールの電極酸化反応の機構およびその温度依存性に関する既往の研究を総括している。また反応機構の考察に当たってCOの吸着種と酸化活性種の重要性について言及している。

 第2章では、高温水中における白金上での電気化学測定を実現する電気化学測定セルについて説明し、特に高温高圧水で使用できる参照電極に必要な要件を述べ、本研究では圧力平衡型の銀/塩化銀外部照合電極を採用したこと、またその標準水素電極電位との変換について詳しく記している。さらに、各種測定に必要なpHの実測・推算を行っている。

 第3章では、有機化合物の電極酸化過程で分光学的にも主吸着種と認められているCO吸着種について、0.5V vs. RHE(可逆水素電極電位)以下の低電位における分極特性のCO圧依存性を示している。常温と比較して大きな電流が得られたものの、燃料電池稼動には不十分で、100℃以上の有機物高温水溶液供給の際でも、水を低電位で解離してOH種を生成する白金−ルテニウム触媒を用いることが必要であることを示唆している。

 第4章では、高温水中におけるCO吸着種の吸着量を2種類の電気化学的手法により実験的に検討し、第3章で推定した反応機構により予想される吸着量とほぼ一致する値を得ている。高温水中では、気相中、低温の水中と比べて、吸着種の被覆率は小さく、いわゆる電極被毒の問題は軽減されることを見出し、この減少を吸着エネルギーの観点から考察している。

 第5章では、70℃から250℃までの高温水中においてメタノールの電極酸化特性を実測し、見かけの活性化エネルギーを算出し、OH種が反応種となっていると考えられる0.5V以上でのメタノールの電極酸化反応は、1m(質量モル濃度)でも吸着律速となることを見出している。さらに既往の研究における知見を踏まえて、電極にルテニウムを混ずることにより、低電位において、1m以上の高濃度の有機化合物水溶液の迅速な電極酸化が可能であることを示唆している。

 第6章ではギ酸、エタノール、酢酸、グルコースについて分極特性の測定を行っている。ギ酸の酸化はメタノールより低電位から進行し、エタノールはメタノールとほぼ同様の特性が得られるが、酢酸、グルコースについては酸化電流が小さいという結果を得ている。

 第7章では、高温水中において分解が進行するグルコースについて詳細に検討を行い、200℃で電流値の減少することを確認し、これがグルコースの分解に伴う電極被毒物質の生成とフルクトースへの転化に起因すると推定している。

 終章では研究の総括と今後の展望を述べている。

 以上要するに、本論文は、200℃程度の高温有機化合物水溶液供給の燃料電池の実現のために必要な、高温水中における白金上での有機化合物の電極酸化特性について検討したものである。高温水中におけるCO吸着種の酸化特性、吸着特性、メタノールの酸化特性を測定し、得られた特性に基づいて、1m以上の高濃度の有機化合物を直接電極酸化できる可能性を示している。また、有機化合物としてはメタノール、エタノール、ギ酸が燃料として利用可能であるのに対し、分解が進んでしまうグルコース等は燃料としての利用が難しいことなどを明らかにした。かくして有機化合物の燃料電池燃料としての直接利用に対し幅広い知見を提供しており、工学的な価値が高く、化学システム工学への寄与は極めて大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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