No | 117124 | |
著者(漢字) | 河原,正浩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワハラ,マサヒロ | |
標題(和) | 抗体/受容体キメラを用いた細胞増殖制御 | |
標題(洋) | Cell growth control with an antibody/receptor chimera | |
報告番号 | 117124 | |
報告番号 | 甲17124 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5265号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.緒言 動物細胞培養によって抗体、サイトカインなどの有用タンパク質の生産が工業的に広く行われている。動物細胞の増殖には各種のサイトカインが必要であり、その供給源として牛胎児血清が用いられてきたが、目的タンパク質の高純度分離精製が困難であること、プリオン混入といった安全面での危惧があることから、無血清培地への転換が求められている。しかし、無血清培地を用いる場合には細胞増殖を活性化するために高価な増殖因子の添加が必要となる場合が多く、培地コストの観点から工業的規模の動物細胞培養の大きな問題点になっている。 また、近年、新しい治療法として遺伝子治療が期待されているが、標的細胞への遺伝子導入効率は充分でない場合が多い。これを克服するための方法として,遺伝子導入細胞だけを生体内または外で選択的に増幅する、という手法が考えられる。選択的増幅の実現の方法としては導入したい遺伝子と同時に増殖シグナルを伝達するサイトカインレセプターの遺伝子を導入することが考えられるが、サイトカインを投与すると生体内にある通常の細胞に何らかの副作用を引き起こしてしまうという問題点が存在する。 これらの課題を克服する方法として、サイトカインとは異なる安価なリガンドに応答して、細胞内へサイトカインと同様なシグナルを伝達できるような人工受容体を創製する方法が考えられる。本研究では、無数の組み合わせと高い特異性を持つ抗原−抗体系に着目し、サイトカイン受容体のリガンド結合ドメインを抗体の抗原結合部位で置換した抗体/受容体キメラを作製し、任意の抗原を添加することによりサイトカインのシグナル伝達を代用することを目指した。サイトカイン受容体はサイトカイン添加によって引き起こされる二量体形成によって活性化されるため、用いる抗原−抗体系は、抗原がない状態では互いにアフィニティを持たず、抗原添加時のみ近接して強いアフィニティを持つ必要がある。本研究ではこのような性質を持つ抗原−抗体系のモデルとして,安価な抗原であるニワトリ卵白リゾチーム(HEL)とそれに対する抗体HyHEL-10の可変領域VH、VLを用いた。 2.抗体/EpoRキメラの創製と血球細胞の増殖制御 サイトカイン受容体のひとつであるエリスロポエチン受容体(EpoR)は2つの細胞外ドメインD1、D2を持ち、N末端側のD1ドメインにEpoが結合する。そこで、EpoRのD1ドメインをVHまたはVLで置換した2種類のキメラ受容体遺伝子VH-EpoR(HE)、VL-EpoR(LE)を作製し(Fig.1)、IL-3依存性pro-B細胞株Ba/F3に導入した。遺伝子導入クローンの増殖アッセイの結果、HEL濃度依存的な増殖促進効果が見られた。しかし、HELを添加しない場合にもある程度の増殖が見られ、増殖シグナルのON/OFFを厳密に制御することは出来なかった。 この原因として、抗体とEpoRを直接連結したことによる立体障害やひずみにより、キメラ受容体のダイマーやオリゴマーが常に生成し、シグナル伝達がHEL非依存的に生じてしまっている可能性があると考えた。そこで、VHまたはVLとEpoRの間にリンカー配列Gly-Ser-Gly(GSG)を挿入したキメラ受容体を作製し、IL-3依存性骨髄系細胞株32Dに導入した。その結果、リンカーなしのキメラ受容体発現細胞はIL-3非存在下でHEL添加の有無にかかわらず増殖が見られたのに対し、GSGリンカーを挿入したキメラ受容体発現細胞はIL-3非存在下では増殖が見られず、HEL濃度依存的な増殖が見られた。以後の実験では、厳格なHEL濃度依存的増殖を示したGSGリンカー挿入キメラ受容体を用いた。 3.gp130ホモダイマーおよびEpoR-gp130ヘテロダイマーによる増殖制御 EpoR以外の受容体でも本研究の手法が適用可能かどうかを検証するために、抗体/EpoRキメラ(HEおよびLE)の細胞内ドメインを、ハイブリドーマ細胞や造血幹細胞など幅広い種類の細胞でシグナル伝達を行うIL-6受容体のサブユニットgp130の細胞内ドメインに置換したキメラ受容体(HgおよびLg)発現ベクターを作製した。これらをBa/F3細胞に導入したところ(Ba/Hg+Lg細胞)、HEL濃度依存的な増殖を示したことから、抗体/gp130キメラが機能的であることが示された。 次に、これまで作製したキメラ受容体を組み合わせて、天然に存在しないと考えられるEpoR-gp130細胞内ドメインヘテロダイマーを人為的に誘導して機能解析するために、HgとLEをBa/F3細胞に同時導入した(Ba/Hg+LE細胞)。増殖アッセイの結果、Ba/Hg+LE細胞はHEL非存在下では完全に死滅するのに対し、HEL添加時には、高い生存率を保ったまま濃度依存的に増殖した。また、免疫沈降実験の結果から、HgとLEはHELがない状態でもヘテロダイマーをあらかじめ形成していることが分かった。 最近、野生型のEpoR, gp130ともに二量体誘導だけでは活性化されず、コンフォメーションが最適化される必要があることが報告された。本研究では、HELがなくても存在するHg-LEダイマーはシグナル伝達をせず、HEL添加によってのみシグナル伝達が生じた。この結果は、EpoR-gp130ヘテロダイマーのように人為的に誘導したヘテロダイマーも活性化させることが可能であることを示し、この場合も野生型の受容体と同様に受容体のコンフォメーションが活性化に重要であることを示唆している。 4.抗体/gp130キメラによるハイブリドーマ細胞の増殖制御 本研究の手法が有用物質生産細胞に適用可能であることを示すために、抗体産生細胞であるハイブリドーマ細胞を標的細胞として選んだ。一般的にハイブリドーマ細胞はIL-6によって増殖制御されることが報告されているが、このIL-6の作用を安価なHELで代用することを目指した。そこで、IL-6依存性ハイブリドーマ細胞株7TD1に抗体/gp130キメラ(HgおよびLg)を同時導入し(7TD/Hg+Lg細胞)、ハイブリドーマ用基礎培地であるeRDFに0.6%血清を添加した培地に低血清馴化し、HEL依存的に増殖するかどうかを調べた。その結果、HEL濃度が10μg/ml以下ではHEL濃度依存的に増殖が促進された。また、このクローンのIL-6依存性増殖を同様に調べたところ、IL-6濃度が1ng/ml以下ではIL-6濃度依存的に増殖が促進され、HEL添加による増殖応答との相関が見られた。また、完全無血清培地ASF104にも馴化した結果、HEL濃度依存的な増殖が見られ、ELISAを行った結果、抗体生産も誘導されていることが分かった。以上のことから、抗体/gp130キメラの導入によってハイブリドーマ細胞の増殖を安価なHELで制御できることが示された。 5.遺伝子導入細胞の選択的増幅法 目的遺伝子導入細胞を抗体/受容体キメラによって選択的に増幅できることを示すために、目的遺伝子のモデルとして緑色蛍光タンパク質EGFPを選び、LEの下流に内部リボソーム結合部位(IRES)配列を介して連結した(LEIGFP)。HEとLEIGFPをIL-3依存性32D細胞に同時導入し、抗生物質耐性細胞を得た。フローサイトメーターによる解析の結果、抗生物質選択後の遺伝子導入細胞には、さまざまなEGFP発現量を持つ細胞が混在していた。続いて、IL-3を除去しHELを添加した培地で選択した。得られたHEL選択後の細胞をフローサイトメーターで解析した結果、EGFP発現量の最も多い細胞群のみが存在した。増殖アッセイの結果、HEL選択後の細胞はHEL濃度依存的に増殖したことから、EGFP高発現細胞の選択的増殖効果はHELの添加によって誘導されたことが示された。Western blottingの結果、HEL選択前と比較してHEL選択後にはLEの発現量が増えていたが、これはLE発現量の多い細胞の方がHELへの応答性が高いためと考えられる。IRESの前後に配置された遺伝子の発現量には相関があることから、VL-EpoR発現量が高い細胞はEGFP発現量も高くなるため、HEL選択によってEGFP高発現細胞が増幅されたことが示唆される。 6.結言 本研究では、まず抗体/EpoRキメラおよび抗体/gp130キメラの分子構築を行ってIL-3依存性血球細胞株に導入し、HEL濃度依存的な増殖活性を指標として機能性確認を行った。その結果、EpoRホモダイマー、gp130ホモダイマー、および天然には存在しないと考えられるEpoR-gp130ヘテロダイマーもHEL濃度依存的に増殖シグナルを伝達しうることを見出し、抗体/受容体キメラを用いて抗原依存的な細胞増殖制御を行うことに初めて成功した。続いて、IL-6依存性ハイブリドーマ株に抗体/gp130キメラを導入して、IL-6の増殖促進効果をHELで代用可能であることを示し、有用物質生産細胞を安価に増殖制御する方法論を提案した。さらに、モデル遺伝子EGFPと同時に抗体/EpoRキメラを血球細胞株に導入しHELで選択した結果、EGFP高発現細胞を選択的に増幅できることを示し、遺伝子治療効果を向上させるための目的遺伝子導入細胞の選択的増幅法としての応用可能性を示した。 Fig.1. Signal transduction of wild-type EpoR and an antibody/EpoR chimera. | |
審査要旨 | 動物細胞培養によって抗体、サイトカインなどの有用タンパク質の生産が工業的に広く行われている。しかし、細胞増殖を活性化するために高価な増殖因子の添加が必要となる場合が多く、培地コストの観点から工業的規模の動物細胞培養の大きな問題点になっている。また、近年、新しい治療法として遺伝子治療が期待されているが、標的細胞への遺伝子導入効率は充分でない場合が多い。従って、遺伝子導入細胞だけを生体内または外で副作用なく選択的に増幅する新しい手法の開発が望まれている。 本論文ではこれらの課題を克服する方法として、無数の組み合わせと高い特異性を持つ抗原−抗体系に着目し、増殖シグナル伝達に関わるサイトカイン受容体のリガンド結合ドメインを抗体の抗原結合部位で置換した抗体/受容体キメラを作製し、任意の抗原を添加することによりサイトカインのシグナル伝達を代用することを目指している。サイトカイン受容体はサイトカイン添加によって引き起こされる二量体形成によって活性化されるため、用いる抗原−抗体系は、抗原がない状態では互いにアフィニティを持たず、抗原添加時にのみ近接して強いアフィニティを持つ必要がある。本論文ではモデル系として安価な抗原であるニワトリ卵白リゾチーム(HEL)とこのような性質を持つ抗体HyHEL-10の可変領域VH、VLを用いて実験を行っている。前半部分では各種の抗体/受容体キメラの作製と血球系培養細胞を用いた抗体/受容体キメラの機能解析を行っており、後半部分では物質生産細胞の安価な増殖制御および遺伝子導入細胞の選択的増幅法への応用について述べている。 第1編は序論として研究目的と論文構成、第2編では研究の背景、既往の研究について述べている。 第3編は、抗体/受容体キメラの機能解析編としてまとめられており、3つの章から構成されている。 第3-1章では、エリスロポエチン受容体(EpoR)の細胞外ドメインの一部をHyHEL-10のVHまたはVLで置換したキメラ受容体(抗体/EpoRキメラ)の分子構築と機能解析について述べている。まずはEpo結合ドメインであるD1ドメインを単純に除去し、代りにVH、VLで置換したキメラ受容体をIL-3依存性Ba/F3細胞で発現させた結果、抗原であるHEL濃度依存的な増殖制御を行うことに成功している。このとき、HEL非存在下でも増殖が生じたが、この原因を抗体とEpoRを直接連結したことによる立体障害やひずみによるものと考え、その連結部位のリンカーとしてGly、もしくはGly-Ser-Glyを挿入したキメラ受容体を作製し改良を試みている。その結果、Gly-Ser-Glyリンカーを挿入することでシグナルのON/OFFを厳密に制御することに成功している。また、各キメラ受容体の比較から、リガンド−レセプター複合体のコンフォメーションの微妙な相違がシグナル伝達に影響を及ぼす可能性について考察している。 第3-2章では、他の受容体シグナル伝達系にも本論文の手法が適用できることを示すために、抗体/EpoRキメラの細胞内ドメインをc-Kit、gp130に置換したキメラ受容体の機能解析を行っている。抗体/c-Kitキメラについては、細胞膜上でリガンド−レセプター複合体が検出されたが、HEL依存的なシグナル伝達は生じず、機能的ではないことが示されている。それに対し、抗体/gp130キメラについてはHEL濃度依存的な増殖シグナル伝達が確認され、機能的であることが示されている。 第3-3章では、前2章で作製したキメラ受容体を組み合わせてEpoR-c-Kit、c-Kit-gp130、EpoR-gp130の細胞内ドメインヘテロダイマーを人為的に誘導し、機能解析を試みている。その結果、EpoR-c-Kit、c-Kit-gp130という天然のサイトカインの協同作用の模倣は達成されなかったが、非天然と考えられるEpoR-gp130のヘテロダイマーが効率の良い増殖シグナルを伝達することを見い出している。また、免疫沈降実験の結果、HEL非存在下でもキメラ受容体がヘテロダイマーを形成していることを示し、HEL依存的な抗体/EpoR-gp130受容体キメラのコンフォメーション変化がシグナル伝達の活性化に重要であると考察している。 第4編は抗体/受容体キメラの応用編としてまとめられており、2つの章から構成されている。 第4-1章では、IL-6依存性ハイブリドーマ細胞株7TD1に抗体/gp130キメラを導入している。HELを添加することにより、低血清および無血清培地においてIL-6を添加した場合とほぼ同等の増殖および抗体生産が誘導されることを示し、有用物質生産細胞を安価に増殖制御する方法論を提案している。 第4-2章では、目的遺伝子導入細胞を抗体/受容体キメラによって選択的に増幅する方法論について述べている。まず、抗体/EpoRキメラを目的遺伝子のモデルEGFPと同時に導入し、抗生物質選択、HEL選択を行い、EGFP発現量を比較している。抗生物質選択ではさまざまなEGFP発現量を持つ細胞が混在するのに対し、引き続いてHEL選択することによってEGFP高発現細胞を選択的に増幅できることが示されている。また、第3編の機能解析の結果機能的であったキメラ受容体のペアを用いて、抗生物質選択を介さず、抗原選択を直接行うことにより、EGFP陽性細胞を選択的に増幅することに成功している。 第5編は第3編、第4編での結果を踏まえて、全体を統括する考察が述べられており、新たな抗原特異性を持つ抗体/受容体キメラを得るための戦略や、今後の研究の展開および応用可能性について言及している。 第6編は本論文の結言である。 以上、本論文は種々の抗体/受容体キメラを作製して機能解析を行うとともに、これらを用いた有用物質生産細胞の安価な増殖制御法と遺伝子導入細胞の選択的増幅法を示したものである。これらの成果は化学生命工学、特に細胞工学、遺伝子治療分野の進展に寄与するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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