学位論文要旨



No 117125
著者(漢字) 葛谷,明紀
著者(英字)
著者(カナ) クズヤ,アキノリ
標題(和) 基質の活性化を利用した新規なRNA切断法の開発
標題(洋)
報告番号 117125
報告番号 甲17125
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5266号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 RNAは生体内で多様な機能を担う高分子であり、RNAを塩基配列特異的に切断する操作は重要である。しかしながら、DNAにおける制限酵素のようにRNAの配列を認識して切断する酵素は、現状では天然から単離されていない。また、遺伝子による疾病の治療薬としてmRNAを標的として無効化させるアンチセンス試薬の効果を高めるために、RNAの目的配列を選択的に切断する機能を付与したアンチセンスオリゴマーの開発が行われてきた。

 近年、RNAを配列選択的に切断するリボザイムの研究、改良が進み、その医療への応用が試みられるようになった。生体内で発現させることができる点でリボザイムは治療薬として有望であるが、遺伝子工学の道具として使う場合には、様々な機能化が容易に実現できる人工的に構築したRNA切断系が重要な役割を果たすと考える。

 これまでに報告されているRNA配列選択的切断は、そのほとんどが「RNA切断活性をもつ触媒分子をDNAに結合し、目的部位の近傍に固定する」という方法論に基づいている。しかしながらこの方法では、(1)触媒分子の固定化に際し、煩雑な有機合成を必要とする(2)適切な設計を行わないと触媒分子が本来持っている活性を大きく損なってしまう、といった問題が不可避であった。

 そこで本研究では、これらの問題点を解決し生命科学における有用な道具を開発することを目的とし、従来の方法とは異なる「RNAを位置特異的に活性化することで、切断分子を固定することなくRNAを望みの位置で切断する」という全く新しいRNA配列選択的切断法を採用した。

 私はこの活性化の手段として、DNA鎖内に導入したアクリジン分子がRNAを位置特異的、かつ効率よく活性化することを見出し、フリーのランタニドイオンを用いて迅速にRNAを切断することに成功した。さらにこの新規な配列選択的RNA切断法の最適化を行うと共に、各種の分光学的測定などからアクリジンによるRNAの選択的活性化、及びその切断の機構を検討した。

2.結果と考察

2.1新規に開発したRNA配列選択的切断法

 (I)末端にアクリジンを導入したDNAによるRNA活性化

 使用した核酸の配列の代表例をFig.1に示す。基質としてはランダムな配列を有する36 merの合成RNAを使用した。5'末端をRIラベルし、19番目の残基U(U-19)をターゲットとする。次に、(1)基質の5'側18塩基と相補的なDNAL1(2)基質の3'側17塩基と相補的なDNAR1(3)DNAL1の5'末端にアクリジンを導入したDNAL1-Acr(4)DNAR1の3'末端にアクリジンを導入したAcr-DNAR1の4本のDNAを合成した。

 DNAL1、DNAR1及び基質RNAの3者で二本鎖を形成することで、ターゲットとしたU-19の正面に1塩基のギャップ構造を形成させる。また、DNAL1-AcrあるいはAcr-DNAR1をDNAL1、DNAR1のかわりに使用することで、ギャップ内にアクリジンを配置する(Fig.2)。まず、これら4本のDNAとRNAを組合せてできる3者複合体を用いて、Lu(III)によるRNA選択的切断を検討した。

 Fig.3に生理条件(37℃、pH8)下、2時間の切断反応のPAGE解析結果の一例を示す。Lane 1に見られるように、一本鎖のRNAに対してLu(III)イオンのみを作用させた場合、RNAはランダムかつ均等に切断される。Lu(III)イオン自体には配列依存性はない。一方、RNAをあらかじめDNAL1及びDNAR1と二本鎖を形成させておくと、Lu(III)はU-19の3'側のリン酸ジエステル結合を選択的に切断した(lane 2)。

 これに対し、DNAL1-Acr/DNAR1あるいはDNAL1/Acr-DNAR1の組合せを使用すると、新たにU-19の5'側のリン酸ジエステル結合で非常に強い切断が生じた(lane 3, 4)。特に注目すべきは、この切断によって生じたバンドが、lane 1における一本鎖RNAの切断によって生じたバンドよりも著しく濃い点である。これはアクリジンがRNAを大幅に活性化したことを意味する。それに対して、DNAL1-Acr/Acr-DNAR1の組合せで2残基のアクリジンをギャップに配置すると、切断活性は大幅に低下した(lane 5)。

 (II)アクリジンを鎖の内部に導入した修飾DNAによるRNA活性化

 アクリジン周辺の構造をより正確に制御して切断活性をさらに向上することを目指して、前記2本のDNAをアクリジン残基で結合したアクリジン修飾DNAを新たに合成、その機能を評価した。配列をFig.4に示す。鎖の内部にアクリジンを導入したDNAF1-Acrでも、2本のDNAを組み合わせた時と同様にRNAは目的位置のみで非常に効率よく切断された。その切断活性は2本のDNAを組み合わせた場合と比較して、およそ20%高かった。一方、アクリジンをもたないスペーサーのみを導入したDNAF1-Sや、RNAにバルジを形成するDNAF1を使用した場合には強い切断は起きなかった。

2.2新規RNA配列選択的切断法に必要な諸因子

 (I)アクリジン

 前節(I)でも述べたように、DNAにアクリジンを導入しない場合は、RNAの活性化はほとんど見られない。すなわち、アクリジンの導入は、RNAの活性化ならびにそれに基づく配列選択的切断に必須である。

 DNAL1に導入するアクリジンの構造をいくつか変えることで、RNA活性化におけるアクリジン上の置換基の効果を検討した(Table 1)。リンカーの根元はアミノ基とした場合の活性が高く、また-Clと-OMeの2つの置換基もRNA活性化に寄与している。これら2つの置換基はインターカレート時のアクリジンの向きを固定する役割を果たしていると推定される。

 (II)ギャップ構造

 DNAL1-AcrあるいはDNAR1を単独で使用した場合、Lu(III)はRNAの残り半分の一本鎖領域をランダムに切断し、アクリジンによる顕著な活性化は観測されなかった。アクリジンによるRNA活性化にはギャップ構造が必須である。また、RNAの全ての塩基が塩基対を形成している場合(DNAL1-Acr/DNAR2)切断はほとんど起こらなかった。ギャップの長さを2塩基にした場合は(DNAL1-Acr/DNAR3)選択的切断と活性化は見られるものの、1塩基のギャップ(DNAL1-Acr/DNAR1)と比較するとその効果は小さかった。1塩基ギャップが最適である。

 (III)金属イオン触媒

 RNAを切断する触媒として、Lu(III)イオン以外の金属イオンについても検討した。その結果、ランタニドイオンはいずれも有効であり、さらにZn(II)イオン、Mg(II)イオンなどRNA切断活性を有する金属イオンならば、アクリジンによって活性化されたRNAを選択的に切断することができるということがわかった。

 アクリジンによって活性化されたRNAの選択的切断がリン酸ジエステルの加水分解で進行することは、2'-OMe-RNAに置換した基質の切断、並びに蛍光ラベルした基質断片のMALDI-TOF MS解析で確認した。

2.3切断活性および配列依存性

 DNAL1-Acr/DNAR1/Lu(III)によるRNA選択的切断をより長時間追跡すると、切断は終始位置選択的に進行し、転化率は13時間で約50%、48時間で90%を超えた。今回開発したRNA配列選択的切断法は、現在までに報告されている人工系の中で最も活性が高いものの一つである。

 Lu(III)の濃度を0〜1mMまで変化させると、およそ10μMから選択的切断が観測され、ほぼ単調に活性は上昇した。

 アクリジンによるRNA活性化の配列依存性を以下の2つの方法によって確認した。まず、19番目の残基をU以外の3種(A, C, G)に変えた基質をそれぞれ合成し、2.1節と同様の切断実験を行った。ターゲットが4種の塩基いずれの場合もアクリジンによる活性化が観測され、ターゲットがAである場合が最も活性が高く、ついでU、G、Cの順となった。

 またアクリジンの導入位置を変えることで、ターゲットの両側の塩基も含めた配列依存性を見るとともに、アクリジンが正しく自分の正面を活性化していることを確認した(Fig.5)。

2.4アクリジンによるRNA活性化の機構解明

 アクリジン修飾DNAがDNAとB型二重らせんを形成すると、アクリジンはその正面の塩基をフリップアウトさせながらインターカレートすることが報告されている。しかし、本研究のようにRNAとA型二重らせんを形成した場合に関する研究は行われていない。アクリジン周辺の環境を知るために各種の分光学的測定を行った結果、A型二重らせん中でもアクリジンはDNAL1とDNAR1の間に挟まって存在していることが明らかとなった。また、アクリジン環へのLu(III)イオンの直接の配位が起きていないことも示された。

 以上の結果を総合して、アクリジンによるRNA活性化の機構は以下のように推定される。アクリジンのインターカレートに伴って、塩基対を形成していない目的部位の塩基が部分的にらせんから押し出される。その結果近傍の局所構造に変化が生じ、2'水酸基とリン原子の距離が減少、2'水酸基による分子内求核攻撃が促進される。

2.5金属イオンの固定化によるさらなる活性の向上

 切断活性をさらに高めるため、アクリジンによって活性化されたRNAの近傍に金属イオンを固定化することを検討した。新たに金属イオンと錯形成する配位子を導入した修飾DNAを合成し、これをアクリジン修飾DNAと組み合わせて切断実験に使用した。配位子を導入する位置は、目的部位からmajor grooveを越えて1ピッチ下流にあたる位置になるように配列を設計した(Fig.6)。

 金属イオンとしてはランタニドイオン、これを固定する配位子としては当研究室で利用実績のあるイミノ二酢酸を採用し、DNAにあらかじめ導入しておいたアミノリンカーを介して液相法でDNAの3'末端に導入した。

 配位子とアクリジンの導入位置との距離を5〜8塩基としたところ、A型二重らせんにおいて目的位置に最も近い、アクリジンから6塩基離れた位置に配位子を導入した場合が最も高い切断活性を示した。配位子を導入しない場合と比較しておよそ4倍反応が加速し、基質の半減期を3時間にまで短縮することに成功した。配位子の位置を固定してアクリジンの導入位置を変化させると、切断位置もそれにつれて順次移動した。これにより、導入した配位子がアクリジンによって活性化された位置のみを切断していることを確認した。以上のように、アクリジン修飾DNAによる基質の活性化と配位子導入DNAによる金属イオンの固定化を組み合わせることが、RNAの選択的切断に非常に有効であることがわかった。

3.結論

 アクリジン修飾DNAによるRNA活性化を利用した、全く新しいRNA配列選択的切断法を開発することに成功した。「基質とアクリジン修飾DNAの二本鎖を形成し、系中に触媒を加える」という非常に簡便な手法ながら、高い活性と選択性に加えて幅広い金属触媒に対する汎用性も有している。この系で必要な要素は、(1)アクリジン(2)1塩基のギャップ及び(3)金属触媒である。DNA骨格へのさらなる機能化も可能であり、今後の応用が期待される。

Fig.1 Structures of the substrate RNA and the DNA oligomers.

Fig.2 Schematic representation of the system.

Fig.3 RNA scission by various combinations of DNAs, which are presented in Fig.1, and Lu(III).

Lane 1, Lu(III); lane 2, DNAL1/DNAR1/Lu(III); lane 3, DNAL1-Acr/DNAR1/Lu(III); lane 4, DNAL1/Acr-DNAR1/Lu(III); lane 5, DNAL1-Acr/Acr-DNAR1/Lu(III). R, RNA only; H, alkaline hydrolysis; T1, RNase T1 digestion; C, control;. At pH 8.0 and 37℃ for 2 h; [RNA]0=1, [DNA]0=10 and [LuCl3]0=100μM; [NaCl]0=200mM.

Fig.4 Structures of the sustrate RNA and the DNA oligomers.

Table 1. Structures of various acridine residues, Tm values of RNA/DNA duplexes, and relative activities.

Fig.5 RNA scission by combinations of various acridine-modified DNA and Lu(III). Lane 1, Lu(III); lane 2, DNAF2-Acr/Lu(III); lane 3, DNAF1-Acr/Lu(III); lane 4, DNAF3-Acr/Lu(III).

Fig.6 Structures of the substrate RNA and the DNA oligomers to introduce a ligand.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はRNAを配列選択的に切断する手段として、「RNA切断活性を有する触媒分子を基質と相補的なDNAに共有結合的に固定化し、RNAの切断を目的とする部位の近傍に局在化させる」という従来の方法とは全く異なった手法を提案した。具体的には、インターカレーターの一種であるアクリジンを導入した修飾DNAが、金属イオンによる加水分解反応に対するRNAの反応性を、狙った位置で大幅に上昇させるという新発見に基づいている。これにより、ランタニドイオンを始めとする様々な遊離の金属イオンを後から系中に加えるだけで、アクリジンによって配列選択的に活性化されたRNAを効率的、かつ選択的に切断することができる。

 序論である第1章は、リボザイムなどの天然に存在するRNA切断系を応用した配列選択的RNA切断法、これまでに報告されている人工的なRNA切断分子の開発の歴史、RNA切断分子の局在化を利用した従来の配列選択的RNA切断法の実例、基質RNAの配列選択的活性化を利用した新しいRNA切断法の概念などを簡潔にまとめ、本研究の背景と目的について述べている。

 末端にアクリジンを導入した修飾DNAと二本目の未修飾のDNAを組み合わせて使用することで、アクリジンによるRNA活性化の有効性を検証した第2章では、効率的にRNAを活性化するために必要な条件として、以下の三つの点を明らかにしている。(1)基質RNAとアクリジン修飾DNAによってできる複合体において、狙った位置のRNAは塩基対を形成してはならない(すなわち、RNA/DNA複合体中にギャップ構造を形成する)。(2)アクリジンはDNAと共有結合的に結合し、ギャップに配置しなければならない(遊離のアクリジンでは効果がない)。(3)ギャップに配置するアクリジンは一分子である必要がある。さらに本章では、可視紫外光吸収スペクトルなどの分光学的測定から配置されたアクリジンがギャップ内に選択的にインターカレートしていることを確認し、これがRNA活性化の主要因であるとしている。

 第3章では、新たにアクリジンを鎖内に導入した修飾DNAを合成することにより、RNAの配列選択的活性化能、およびその結果である配列選択的RNA切断活性を向上させることに成功している。さらにこのアクリジンを鎖内に導入したDNAを使用して、RNA-DNAキメラの配列選択的切断、切断の配列依存性など、基質の構造、性質に視点を置いて、アクリジンによるRNA活性化の機構を理解するための非常に興味深い試みを行っている。

 同様に第4章では、RNA切断を担う金属イオンに視点を移し、様々な金属イオンによる選択的RNA切断を検討している。その中で、重希土類と軽希土類、亜鉛イオンとマグネシウムイオンなど、同じアクリジンによって活性化されたRNAでも、金属イオンごとに優先的に切断する位置が異なることを見出している。

 続く第5章では、RNAの活性化を担うアクリジンの構造に着目し、異なる置換基をもった様々なアクリジン修飾DNAを合成した結果を報告している。そして、RNA活性化能が最も高いアクリジンは、DNAとアクリジンを結合するリンカーがアミノ基であり、さらに環外にクロロ基とメトキシ基を持つものであると結論づけている。

 第6章では、アクリジンによって活性化されたRNAの切断活性をさらに高める方法として、切断分子をDNAに結合して目的部位への局在化を図る従来のRNA切断法との融合を検討している。ランタニドイオンを固定化する効果的な配位子であるイミノニ酢酸を導入した修飾DNAとアクリジン修飾DNAを組み合わせて使用することで、アクリジン修飾DNAを単独で使用した場合の約4倍の反応加速を実現し、既に報告されている同種の研究の中でも最も迅速な配列選択的RNA切断に成功している。

 第7章は研究の総括として、研究の全体を通じて得られた知見を総合した考察が述べられている。アクリジンによる基質の活性化を利用した新規なRNA切断法の要点、応用例などの今後の展望、アクリジンによるRNA活性化の推定機構などについて明確に記述されており、アクリジンのインターカレートに伴うRNAの構造変化が活性化の原因であるという結論を提起している。

 以上の様に、DNAに導入したアクリジンによる配列選択的なRNA活性化という全く新しい現象を報告し、これを利用して非常に効率的にRNAを切断することに成功した本論文は、審査会で高い評価を得た。アクリジンのインターカレーションに伴う構造変化を利用してRNAを配列選択的、かつ効率的に活性化することができるという知見は、全く独創的なものであり、RNAの立体化学とその反応性を関連づける新たな研究分野を創出したといえる。また本論文で提示されたRNA切断法は、試薬類の調製、反応の操作なども従来の手法と比較して非常に簡便であり、ポストゲノムシークエンシング時代において最も注目される一塩基多型解析への応用が容易に可能である。RNA活性化機構のより詳細な解析、RNA活性化能、および切断活性の今後のさらなる向上が実現できれば、遺伝子治療や分子生物学における重要な技術として広範な応用研究が期待される。本論文の化学、生化学、医学などの諸分野に対する波及効果は十分に大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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