学位論文要旨



No 117126
著者(漢字) 齊藤,博英
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヒロヒデ
標題(和) tRNAへのアミノ酸転移を触媒するリボザイムの創成と機能解析
標題(洋) In vitro evolution of a ribozyme with tRNA aminoacylation activity
報告番号 117126
報告番号 甲17126
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5267号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 多比良,和誠
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 後藤,由季子
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 現在の蛋白質合成系で本質的な役割を果たすのは、リボソーム、mRNA、tRNA、そしてアミノアシルtRNA合成酵素(ARS)である。最近リボソームの結晶構造が解析され、大サブユニットに存在するRNA成分(23S rRNA)は、ペプチド結合生成反応を触媒するRNA酵素(リボザイム)であることが証明された。これとは対照に、全ての生命の遺伝暗号形成に必須であるアミノ酸のtRNAへの特異的結合は、蛋白成分のみから構成されるARSにより触媒される。しかしながら、「生命の起源は遺伝情報と触媒機能を備えたRNAに端を発した」とするRNAワールド仮説によれば、原始蛋白質合成系の主役はRNA酵素であり、それ故にARSの機能を有したリボザイムが過去に存在していた可能性が示唆されている。だがこれまでの研究で、リボザイムがtRNAのアミノアシル化を触媒できるという実験的証拠は得られていない。さらにリボザイムが、蛋白質酵素のようにアミノ酸やtRNAを特異的に認識する能力を有するのかも明らかではない。

 本研究において私は、試験管内で分子進化したRNA酵素がARSの反応を触媒できる可能性を追求した。その結果、アミノ酸の活性体を基質として、自己アミノアシル化反応を行うtRNA前駆体の分子進化に成功した。このtRNA前駆体は、触媒活性を有する5'リーダー部位とtRNAから構成される(Fig. 1, left)。さらに私は、このtRNA前駆体は、自然界に存在するRNA酵素であるRNase P RNAにより切断され、その結果生じた5'リーダーRNAは、tRNAをアミノアシル化するRNA酵素(ARS−リボザイム)として機能することを見い出した(Fig. 1, right)。

2.自己アミノアシル化活性を触媒するtRNA前駆体の分子進化実験系

 tRNA前駆体の分子進化のために、まず私は、1015の異なる配列を有するDNAプールを合成した。このDNAプールは、70ヌクレオチドのランダムな配列から成る5'−リーダー配列と合成tRNAの遺伝子から構成される。このDNAプールを試験管内転写することで、1015の異なる配列を有するtRNA前駆体プールが得られる。

 反応系には、フェニルアラニン(Phe)の活性体であるBiotin-L-phenylalanyl-cyanomethyl ester(Biotin-Phe-CME)を加えた。自己アミノアシル化するわずかなtRNA前駆体は、それ自身にBiotin-Pheを結合するので、ストレプトアビジン−バイオチンの相互作用により単離することができる。反応に活性を示すtRNA前駆体を容出後、RT-PCRによりそのDNA配列を増幅させ、T7 RNAポリメラーゼによりRNAに転写し、反応系に加えるという分子進化実験を17世代にわたりくり返した(Figure 2)。その結果、非酵素反応と比較して1.6×105倍自己アミノアシル化を促進するtRNA前駆体の分子進化に成功した。

3.自己アミノアシル化するtRNA前駆体の生化学的解析及びアミノ酸特異性

 次に私は、得られた新規tRNA前駆体酵素(pre-24)を生化学的に解析した。まずアミノ酸結合部位を厳密に調べるため、過ヨウ素酸酸化処理及び3'−末端のアデノシン(A76)を欠如したpre-24を用いて反応活性を調べた。その結果、3'−末端A76の水酸基に特異的にアミノ酸が結合することを見い出した(Fig. 3, left)。このpre-24の基質濃度に対する反応速度解析の結果、Km=2.8±0.61mM, kcat=0.13±0.014min-1という値が得られた(Fig.3, right)。更にアミノ酸の特異性を調べるため、種々の異なるアミノ酸活性体を用いて反応解析を行った結果、pre-24はPheの活性体を特異的に認識し、反応を促進していることがわかった(Fig.4)。また基質からのバイオチンの削除、及び活性部位CMEの他の活性基への変換は、反応に重要な影響を及ぼさないことがわかった。これらの結果は、pre-24は、Pheの側鎖を本質的に認識していることを示唆する。

4.tRNAに生じた特異的塩基置換及び欠如の理由

 自己アミノアシル化するtRNA前駆体のDNA配列の解析の結果、得られた全てのリボザイムのtRNA配列には、変異が生じていることがわかった。観察された変異は、アンチコドンstem-loopの欠如、及びD-loop、T-loopに存在する塩基の点変異、欠損である。この理由を明らかにするために、私は部位特異的塩基置換法を用いてそれぞれの変異の重要性を研究した。その結果、アンチコドン部位及びV-regionに生じた塩基欠損は活性に大きな影響を与えないが、D-loop、T-loopに生じた塩基置換は、活性に重要であることがわかった(Fig.5)。これらの実験事実は、D-loopまたはT-loopの塩基置換部位が5'−リーダー配列との相互作用に本質的役割を果たすことを示唆している。

5.tRNAのアミノアシル化を触媒するARS−リボザイムの創製

 次に私は、tRNA前駆体に存在する触媒活性を有する5'−リーダー配列が、tRNAをアミノアシル化する能力を持つか調べた。その結果、本来のtRNA配列を有するtRNA前駆体は、自然界に存在するリボザイムであるE. coli RNaseP RNAによって切断され(Fig.6, left)、切断された5'リーダー部位は、tRNAをin transでアミノアシル化できることがわかった(Fig. 6, right)。それゆえに、この5'リーダーRNAは、tRNAのアミノアシル化を触媒するARS−リボザイムとして機能する。

 さらに私は、ARS−リボザイムがどのようにtRNAを認識しているのかを部位特異的塩基置換法により解析した。その結果、ARS−リボザイムに存在するGG配列が、tRNA3'末端のCCと塩基対を形成し反応を促進していることが明らかになった。この塩基対はアミノアシル化反応に必須であり、この部位の他の塩基への置換は、反応活性を著しく阻害する。興味深いことに、自然界に存在する二つのリボザイムもtRNAの認識のために同様の塩基対を用いている。RNaseP RNAは、GG配列でpre-tRNAの3'末端のCC配列と塩基対を形成し、pre-tRNAから5'リーダー部位の切断反応を触媒する。またリボソーム大サブユニットに存在する23S rRNAも同様の塩基対でtRNAの3'末端を認識し、ペプチド結合生成反応を触媒している。このように、tRNAの3'末端のCC塩基は、tRNAと相互作用するRNA酵素のための本質的認識部位として進化したかもしれない。

 以上の研究は、蛋白質合成系の起源において、自己アミノアシル化するtRNA前駆体がまず進化し、その後tRNA前駆体の一部(5'−リーダー配列)がARS−リボザイムとして機能した可能性を実験的に支持している。

6.ARS−リボザイムの2次構造及び活性部位の同定

 自然界に存在するRNA酵素は、ribosomal RNAを除き、全てRNAのリン酸結合の切断または連結を触媒している。本研究において私は、アミノ酸の転移を触媒するARS−リボザイムの分子進化に成功したが、この反応機構は全く未知のものである。よってこのリボザイムの構造及び反応活性部位を研究することは、RNA酵素が触媒する反応機構の拡大につながり非常に興味深い。まず私は、種々のリボヌクレアーゼ及び鉛を用いてARS−リボザイムの2次構造を同定した(Fig.7, left)。また、このリボザイムがどのようにしてPheとtRNAを認識するのかを化学修飾剤を用いたfoot printing assayにより研究した。その結果、リボザイムに存在する単純な配列のモチーフが基質認識に重要な役割を果たすことを明らかにした(Fig. 7, right)。以上の結果は、単純な配列から構成されるRNA酵素が、tRNAとアミノ酸という2つの基質を同時に認識し、アミノ酸の転移を触媒できるということを示している。

7.結論

 私は、試験管内分子進化法を用いて、自己アミノアシル化を触媒するtRNA前駆体の創製に成功した。このtRNA前駆体の5'−リーダー配列は、RNase P RNAによる切断後、tRNAをアミノアシル化するARS−リボザイムとして機能することがわかった。このARS−リボザイムの速度論及び生化学的解析から、以下に挙げる実験事実が得られた。(1)リボザイムは、フェニルアラニンの活性体を特異的に認識する。(2)リボザイムは、生体内アミノアシル化反応に必須であるアミノアシルアデニレートを基質として認識できる。(3)tRNAの3'末端配列CCA、及びそれに隣接するディスクリミネーター塩基は、リボザイムのアミノアシル化反応に必須である。(4)リボザイムは、tRNAの祖先と考えられているミニヘリックス(tRNAのアクセプターステムとTψCループから構成される)をアミノアシル化できる。これらの実験事実は、蛋白質ARSにおけるtRNAアミノアシル化の反応機構と類似しており、RNA酵素が蛋白質ARSと同様の触媒能を有することを示唆している。

 これらの実験事実は、蛋白質合成系の起源において、RNA酵素がアミノ酸のtRNAへの結合を触媒し、初期遺伝暗号の形成に本質的役割を果たしたことを強く示唆している。分子進化工学を用いたARS−リボザイムのさらなる研究は、生命の起源において遺伝暗号はどのように進化したのかという問題の解明に重要な鍵を与えるかもしれない。

8.発表状況

1.Hirohide Saito, Dimitrios Kourouklis, Hiroaki Suga "An in vitro evolved precursor tRNA with aminoacylation activity" The EMBO Journal, Vol. 20, No. 7, 2001

2.Hirohide Saito, Hiroaki Suga "A ribozyme exclusively aminoacylates the 3'-hydroxyl group of the tRNA terminal adenosine" J. Am. Chem. Soc. 123:(29), 2001

3.Hirohide Saito, Kimitsuna Watanabe, Hiroaki Suga "Concurrent molecular recognition of both the amino acid and tRNA by a ribozyme" RNA, Vol. 7, No 12, 2001

Fig.1

Fig.2

Fig.3

Fig.4

Fig.5

Fig.6

Fig.7

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は試験管内人工進化法(SELEXと呼ぶ)により、tRNAにアミノ酸を結合させる能力のあるRNA分子(リボザイム)を創成取得し、その構造解析を行ない、さらにその反応機構について考察したものであり、全8章からなる。

 第1章では本研究の目的を述べている。これまでの研究成果から、生命の起源は蛋白質合成系の起源と深い関りがあり、そこにはRNA酵素(リボザイム)が本質的な役割を担っていた可能性が指摘されてきた。本論文で扱うtRNAのアミノアシル化は、この蛋白質合成の入り口に位置する重要な反応であるが、現在の生物ではこの反応はアミノアシルtRNAシンテターゼ(ARS)という蛋白性酵素で触媒されている。この反応がリボザイムで触媒できるか否かを実験的に検証することが本研究の目的である。

 第2章は本研究の背景の概観である。蛋白質合成系の起源の関するこれまでの仮説やそれを検証する有力な手段である試験管内人工進化法について詳しく解説している。

 第3章では反応に必要な基質の調製法について述べている。活性化アミノ酸供与体としてのN−ビオチニル−L−フェニルアラニル−シアノメチルエステル(ビオチン−L-Phe-CME)、フェニルアラニルアデニレート(Phe-AMP)、フェニルアラニルチオエステル(Phe-TE)、および70残基をランダム化したリボザイム領域にモデルtRNAの結合した全長150残基からなるDNAプール、などの合成法である。

 第4章ではRNA試験管内進化法を用いて、上記のフェニルアラニンの活性体を基質として自己アミノアシル化反応を行うtRNA前駆体(pre-tRNA:リボザイム活性のある5'リーダー部位とtRNAから構成される)を創成した経過を述べている。上記DNAプールを鋳型分子として、T7 RNAポリメラーゼによりRNAに転写、ついでDNAに逆転写するという分子進化実験を17世代にわたりくり返した結果、非酵素反応と比較して1.6×105倍自己アミノアシル化を促進するpre-tRNAが得られた。さらに興味深いことに、このpre-tRNAは、自然界に存在するリボザイムであるRNaseP RNAによって切断され、切断された5'リーダー部位は、tRNAをin transでアミノアシル化できることがわかった。それゆえに、この5'リーダーRNAは、tRNAのアミノアシル化を触媒するARS−リボザイムとして機能すると結論された。

 第5章ではこのARS−リボザイムの速度論及び生化学的解析から、このリボザイムはフェニルアラニンの活性体(特に生体内アミノアシル化反応に必須であるアミノアシルアデニレート)を基質として認識できること、tRNAの3'末端配列CCAとそれに隣接するディスクリミネーター塩基が反応に必須であること、tRNAのCCA末端A残基の3'−水酸基を優先的にアミノアシル化すること、tRNAの祖先と考えられているミニヘリックス(tRNAのアクセプターステムとTψCループから構成される)をアミノアシル化できること、などを見出し、天然のARSと同一の反応特異性をもつことを明らかにした。

 第6章では生化学的手法を用いたこのARS様リボザイムの構造解析から、ARS−リボザイムのtRNA認識機構を検討した。部位特異的塩基置換法の結果、ARS−リボザイムに存在するGG配列が、tRNA3'末端のCCと塩基対を形成し反応を促進していること、この塩基対はアミノアシル化反応に必須であることを見だした。このようなtRNA3'末端のCC配列とリボザイムの塩基対を介した相互作用は、RNaseP RNAやリボソーム大サブユニットに存在する23S rRNAなどのリボザイムでも見られることから、tRNAとリボザイムの本質的相互認識部位として共進化した可能性が示唆された。

 第7章ではこのリボザイムの金属要求性を調べている。

 第8章は、本研究の総括である。本研究によってtRNAをアミノアシル化する能力をもつARS−リボザイムが創成できたことから、蛋白質合成系の起源においてリボザイムがアミノ酸のtRNAへの結合を触媒し、初期遺伝暗号の形成に本質的役割を果たしたことが強く示唆された。

 以上、本論文は、RNA分子進化工学を用いて、世界で初めてtRNAのアミノアシル化を触媒するリボザイムを創成し、その機能構造解析を行ったものである。この成果は、蛋白質合成酵素の起源がRNAであることの重要な根拠となり、生命の起源においてリボザイムが重要な役割を果たしたことを強く示唆するものであり、生命科学の基礎および応用面におけるその意義は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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