学位論文要旨



No 117133
著者(漢字) 松本,謙一郎
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,ケンイチロウ
標題(和) 微生物によるポリヒドロキシアルカン酸生産機構の解析とその応用
標題(洋)
報告番号 117133
報告番号 甲17133
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5274号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 関,実
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
 東京工業大学 教授 土肥,義治
内容要旨 要旨を表示する

 ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、微生物が炭素源とエネルギーの貯蔵物質として細胞内に蓄積するポリエステルである。PHAは熱可塑性、生体適合性、生分解性をもち、石油化学製品に代わるプラスチック材料としての利用が期待されている。最初に発見されたPHAは、3-ヒドロキシブタン酸(3HB)が重合したポリ3-ヒドロキシブタン酸[P(3HB)]である。P(3HB)は粘弾性が低くフィルムの作成には適さないが、3HBを主モノマーとし、少量の中長鎖の3-ヒドロキシアルカン酸(3HA)を含む共重合体[P(3HB-co-3HA)]は、ポリプロピレンに機械的性質が近く、しなやかで強い材料となる。PHAを実用化するためには、優れた物性をもつPHAを安く大量に作ることが必要である。

 次頁のFigure 1にはPHAの生合成経路を示している。PHAは、炭素数4〜12の3-ヒドロキシアシルCoAを基質としてPHA重合酵素(PhbC, PhaC or PHA synthase)によって合成される。重合酵素は基質のCoAを遊離してエステル結合を形成する。重合酵素の種類によって、基質として取り込むことのできる3-ヒドロキシアシルCoAが異なっている。P(3HB)は、3-ヒドロキシブチリルCoAにのみ基質特異性を持つタイプ1の重合酵素によって合成される。P(3HA)は、炭素数が6〜12の3-ヒドロキシアシルCoAに基質特異性をもつタイプ2の重合酵素によって合成される。炭素数4の基質となる3-ヒドロキシブチリルCoAは、アセチルCoAを出発物質としてβ−ケトチオラーゼ(PhbA)による二量化と、アセトアセチルCoAレダクターゼ(PhbB)による還元を経て合成される。

 Pseudomonas sp. 61-3は好気性の土壌細菌で、窒素源制限培地で糖または脂肪酸を炭素源として培養するとPHAを蓄積する。この菌はタイプ1とタイプ2の重合酵素を持っているために、P(3HB)とP(3HB-co-3HA)の2種類のPHAを同時に蓄積する。Pseudomonas sp. 61-3の重合酵素(PhaC1, PhaC2)はアミノ酸の一次配列ではタイプ2に分類されるが、炭素数が4〜12のモノマーユニットを含む共重合体[P(3HB-co-3HA)]を作るという珍しい性質を持っている。Pseudomonas sp. 61-3のPHA合成系の遺伝子は、3-ヒドロキシブチリルCoAを供給するphbAB遺伝子と、2種類の重合酵素遺伝子がこれまでにクローニングされているが、炭素数が6以上の中長鎖の3-ヒドロキシアシルCoAを供給する代謝経路は明らかにされていない。このPHA合成メカニズムを明らかにすれば、異なった宿主での機能性に富んだPHAの効率的な生産に応用できると期待される。そこで本研究では、Pseudomonas sp. 61-3のPHA生合成メカニズムの解析と、それを応用した異宿主でのPHA生産を検討した。

1.phaG遺伝子のクローニングとPHA生合成への関与

 3-ヒドロキシアシルACP/CoAトランスフェラーゼ(PhaG)は、de novo脂肪酸合成系の中間体である3-ヒドロキシアシルACPを、3-ヒドロキシアシルCoAに変換するトランスアシラーゼである(ACP=アシルキャリアプロテイン)。Pseudomonas sp. 61-3は糖を炭素源として3HAユニットを含むPHAを合成することから、PhaGが3-ヒドロキシアシルCoAの供給経路になっていると推定された。そこで、Pseudomonas sp. 61-3のゲノムDNAライブラリーを用いて、P. putidaのphaG遺伝子をプローブとしてコロニーハイブリダイゼーションを行い、phaG遺伝子を含むDNA断片をクローニングした。クローニングしたDNAの塩基配列を解析し、推定アミノ酸配列を決定した。

 次いで、クローニングしたphaG遺伝子がPHA生産に関与しているか調べるために、Pseudomonas sp. 61-3のphaG遺伝子破壊株を作成した。遺伝子破壊株の作成にはトランスポゾンを持つ自殺ベクターを用い、大腸菌を介した接合伝達によってPseudomonas sp. 61-3に導入した。Pseudomonas sp. 61-3の組換え株のゲノムDNAを抽出し、phaG遺伝子をプローブとしてサザン解析を行い、phaG遺伝子が破壊されたことを確認した。

 Pseudomonas sp. 61-3の野生株、phaG破壊株と、それぞれにphaG遺伝子をセルフクローニングした株についてPHA生産を検討した。Nutrient Rich培地(NR)で前培養した菌体を、2%グルコン酸ナトリウムを含む窒素制限無機塩培地で72時間培養し、PHAを蓄積させた。結果をTable 1に示す。野生株が3HB 47 mol%, 3HA 53 mol%のPHAを23 wt%蓄積するのに対し、Pseudomonas sp. 61-3のphaG破壊株は3HB 92 mol%, 3HA8 mol%のPHAを蓄積したことから、糖を炭素源とした際にPhaGが3-ヒドロキシアシルCoAの主要な供給経路となっていることが確認された。また、phaG遺伝子をセルフクローニングした株は3HB 20 mol%, 3HA 80 mol%のPHAを42 wt%蓄積し、3HA分率とPHAの蓄積量が大幅に上昇した。

 リン脂質合成に関わるアシルトランスフェラーゼは、HisとAspの二つのアミノ酸残基が活性中心であるということが報告されている。PhaGも類似のアシル転移反応を行うことから、この酵素においてもHis残基と酸性残基が活性に重要な役割を果たしている可能性が推定された。そこで、PCRを用いてPhaGのアミノ酸置換変異酵素を作成し、作成した変異酵素遺伝子をPseudomonas sp. 61-3のphaG破壊株に導入し、中鎖長の3HA分率の上昇によってPhaG変異酵素の活性を判断した。His残基をAla残基に変換した変異酵素遺伝子を導入した株はphaG遺伝子破壊株を全く相補しなかった。このことから、このHis残基はPhaGの活性に重要な役割を果たしていることがわかった。一方、PhaGのGlu残基はGln残基に変換してもPHAの蓄積に大きな変化はなく、このアミノ酸残基はPhaGの活性には大きな影響を与えないことがわかった。以上より、PhaGの活性に必要なHis残基を同定したが、その反応メカニズムはリン脂質合成を行うアシルトランスフェラーゼとは異なっていることが示唆された。

 重合酵素の活性はPHAの蓄積量や組成に大きく影響すると考えられるが、これまでにPseudomonas sp. 61-3の重合酵素活性は測定されていなかった。そこで、Pseudomonas sp. 61-3の重合酵素(PhaC1, PhaC2)の活性測定を行った。基質となる炭素数が4〜12(偶数)の3-ヒドロキシアシルCoAを合成し、重合反応によって遊離されるCoAの量を定量して、各基質に対する相対活性を求めた。その結果、Pseudomonas sp. 61-3の重合酵素は3-ヒドロキシデカノイルCoA(C10)に最も活性が高かった。また、重合酵素の各基質に対する相対活性と、PHAのモノマーの組成比が、3-ヒドロキシブタン酸を除いて凡そ一致することがわかった。しかし、合成されるPHAには3-ヒドロキシブタン酸がモノマーとして含まれているにも関わらず、3-ヒドロキシブチリルCoAに対する活性は検出できなかった。

2.phaG遺伝子の異宿主発現とPHA生産

 Pseudomonas sp. 61-3は優れた物性のPHAを合成することができるが、PHAの蓄積量は50 wt%が上限であり、大量生産に用いる宿主としては適していない。一方、Ralstonia eutrophaは、糖または脂肪酸を炭素源として80 wt%以上のPHAを蓄積する非常に効率の良いPHA生産菌である。R. eutrophaは3-ヒドロキシブチリルCoAを供給するphbAB遺伝子と、タイプ1の重合酵素遺伝子を持ち、P(3HB)を合成することができる。しかし、糖を炭素源として3-ヒドロキシアシルCoAを供給する代謝経路が存在しないため、糖から共重合体[P(3HB-co-3HA)]を合成することはできない。そこでR. eutrophaのPHA重合酵素遺伝子破壊株(PHB-4)にPseudomonas sp. 61-3由来の重合酵素遺伝子(phaC1)とphaG遺伝子を導入し、フラクトースを炭素源としたP(3HB-co-3HA)の合成を検討した。

 組換えR. eutrophaをNR培地で前培養し、2%フラクトースを含む窒素制限無機塩培地で培養してPHAを蓄積させた。結果をTable 2に示す。R. eutropha PHB-4は重合酵素が破壊されているためにPHAを蓄積しないが、R. eutropha PHB-4にphaC1遺伝子を導入した株は9 wt%のP(3HB)を合成した。それに対し、phaC1Gを導入した株は、PHAの蓄積量が増加し、3.4mol%の3HAユニットを含むP(3HB-co-3HA)を26 wt%蓄積した。phaC1Gに加えてR. eutrophaの3-ヒドロキシブチリルCoAを供給する酵素遺伝子(phbAB)をセルフクローニングすると、さらにPHAの蓄積量が45 wt%まで増加した。

3.まとめ

 本研究では、Pseudomonas sp. 61-3のphaG遺伝子を単離し、この遺伝子産物がPHA生産へ関与していることを示した。さらに、phaG遺伝子を重合酵素遺伝子と共にR. eutrophaに導入し、糖を炭素源とした新規PHAの合成を行った。

Figure 1. Metabolic pathways of PHA biosynthesis

Table 1. Accumulation of PHA by wild-type and recombinant strains of Pseudomonas sp. 61-3 harboring the phaGPs gene

Table 2. PHA Accumulation in recombinant R. eutropha PHB-4 from fructose

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,生分解性プラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の微生物生産について遺伝子・タンパク質レベルで合成メカニズムを解析し,その応用によってさらに効率よくPHAを生産することを検討したものである。PHA生合成に関与する酵素遺伝子のクローニング,遺伝子組換えによる代謝解析,PHA合成に関わるタンパクの解析,新しい代謝経路の構築などが含まれている。本論文では,汎用樹脂として優れた物性を持つPHAの一種,poly(3-hydroxybutyrate-co-3-hydroxyalkanoates)[P(3HB-co-3HA)]ランダム共重合体を合成する唯一の菌であるPseudomonas sp. 61-3のPHA生合成機構を解析した。また,その生合成経路を他の菌に導入することで,よりPHAの生産性を高めた。本論文では,糖を炭素源とした代謝経路を用いたところに特徴がある。糖は安価であり,培養操作が油類より容易である。また,糖を出発物質としたPHA生合成経路は,その他の様々な炭素源に応用することができる。本論文は,全5章から構成される。

 第1章では,本論文の意義を明確にするために,PHAの機械的・熱的性質や,現在までに明らかにされているPHA生合成経路,よく知られているPHA生産菌の性質について述べている。

 第2章では,Pseudomonas sp. 61-3のP(3HB-co-3HA)合成経路のなかで,いまだ明らかにされていなかった3-hydroxyacyl-CoAを供給する酵素であると考えられるアシルトランスフェレース(PhaG)をコードする遺伝子のクローニングについて述べている。phaG遺伝子の破壊株と相補株を作成することで,phaG遺伝子の遺伝子産物が3-hydroxyacyl-CoAの供給経路になっていることを明らかとした。phaG遺伝子のクローニングによって,Pseudomonas sp. 61-3において糖からP(3HB-co-3HA)を合成する代謝経路のすべての酵素遺伝子が取得された。また,PhaGのアミノ酸置換変異酵素を作成することで,177番目のHis残基が活性に必須であるということを示した。

 第3章では,第2章で明らかにした代謝経路をPHA生産菌の一種であるRalstonia eutrophaに導入することで,糖を炭素源としてP(3HB-co-3HA)を合成させることを検討している。R. eutrophaはPHA生産能力が高く,大量培養が可能な,工業生産に適した菌である。R. eutrophaにPseudomonas sp. 61-3の重合酵素遺伝子とphaG遺伝子を導入することで,糖を炭素源としてP(3HB-co-3HA)を合成させることができた。この組換え株が合成したPHAは,融点が比較的低く溶融成型が容易であることがわかった。また,PHA生産挙動を詳しく解析することで,PHA生産は重合ステップが律速であることを示した。R. eutrophaを宿主とした糖からのP(3HB-co-3HA)の合成と,phaG遺伝子のPseudomonas属以外での異宿主発現は,いずれも初めて報告である。さらに,PhaGの抗体を作成し,Pseudomonas sp. 61-3と大腸菌で発現しているPhaGタンパクのサイズをウエスタン解析で調べた結果,PhaGが何らかの翻訳後修飾を受けていることを明らかにした。

 第4章では,Pseudomoans sp. 61-3の菌体内に存在するPHA粒子(PHA inclusion)とその表面タンパクについての解析を行っている。PHA inclusionの表面にはいくつかの特異的なタンパクが結合している。菌体をFrench Pressで破砕し,ショ糖密度勾配遠心で分画することでPHA inclusionを単離し,次いでSDS-PAGEを行うことで,PHA inclusionに結合しているタンパクを分離した。それぞれのタンパクをEdman分解によるN末アミノ酸配列解析により同定し,重合酵素やphasinと呼ばれるPHA結合タンパクが特異的に存在していることを明らかにした。さらに,炭素数が4〜12までの3-hydroxyacyl-CoAを人工的に合成し,その基質を用いてPHA inclusionに結合している重合酵素の酵素活性を測定した結果,共重合体の組成が重合酵素の各基質に対する相対活性によって決まっていることが明らかとなった。PHA重合酵素の炭素数が4〜12までの基質に対する相対活性は本研究により始めて測定されたものである。

 第5章においては,本研究を総括し,今後の展望を述べている。

 以上述べてきたように,本論文は,優れた物性を持つP(3HB-co-3HA)の合成に関わる酵素遺伝子を取得し,また関連するタンパク質の性質を解析したものである。明らかになった代謝経路を異宿主に導入することによる,新規なPHA生産も行っている。この結果は,微生物がPHAを蓄積する生物学的な意義を解明すると共に,環境低負荷型の生分解性プラスチック材料としての応用が期待されるPHAの高機能化,低コスト化に対して,重要な知見を与えるものである。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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