学位論文要旨



No 117143
著者(漢字) 下村,美文
著者(英字)
著者(カナ) シモムラ,ミフミ
標題(和) 免疫反応を利用した土壌中のダイオキシン類の測定
標題(洋)
報告番号 117143
報告番号 甲17143
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5284号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 助教授 梶井,克純
 東京大学 講師 荒巻,俊也
 東京農工大学 助教授 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、抗原抗体反応を利用した土壌中のダイオキシン類の測定に関するものであり、6章より構成されている。

 現在、化学物質による環境汚染が世界的にも深刻な問題となっている。特に外因性内分泌攪乱物質が生物の内分泌機能を攪乱し、種の存続にも関わる問題として研究が進められている。その中で最も毒性が高いのがダイオキシン類であり、胎児の催奇性および発ガン性や免疫毒性などが懸念されている。

 ダイオキシン類の主な発生源は農薬の不純物、ゴミの焼却などで環境中に非意図的に発生し、最終的には土壌中に蓄積される。ダイオキシン類は水への溶解度が低く、極めて安定な物質であるために長期間にわたり土壌に吸着し分解されないものも多いことから、土壌環境中に残存するダイオキシン類の迅速な定性・定量が切望されている。

 しかし日本工業規格(JIS)で定めた高分解能GC/MSなどの機器分析による計測は分析費用が非常に高く、前処理や操作が煩雑で測定に長い時間を要する。

 そこで本研究では、免疫反応を利用して土壌中のダイオキシン類を迅速で簡便に測定することを目的とした。ダイオキシン類の中でも特に、最も毒性の高い4塩化ダイオキシン(2,3,7,8-Tetra-chlorodibenzo-p-dioxin : 2,3,7,8-TCDD)および毒性が低いものの土壌中に最も多く存在し、紫外線で毒性の高い2,3,7,8-TCDDに分解されることが示唆されている8塩化ダイオキシン(octa-chlorodibenzo-ρ-dioxin : OCDD)に着目した。すなわち、土壌からのダイオキシン類の簡易抽出、2,3,7,8-TCDDを迅速で高感度に測定できる酵素免疫法の系の開発、また新たに抗OCDD抗体の作製してOCDD簡易測定法を検討した。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。

 第2章では、土壌中のダイオキシン類の簡易抽出法の検討を行った。土壌サンプル中のダイオキシン類の測定をするためには、土壌からのダイオキシン類の抽出処理の過程は必要不可欠である。しかし、JIS法で定められているトルエンソックスレー抽出は16時間以上必要とされる。そこで常温で簡便な操作でダイオキシン類の抽出を行うことを目的として超音波による溶媒抽出を行った。

 そこでまず、2mmのふるいにかけ、70℃で24時間乾燥させた土壌4mgに1μg mL-1の2,3,7,8-TCDD、OCDDをそれぞれ10μg g-1となるように添加し、常温で風乾して土壌試料を調製した。これらに抽出用有機溶媒を各100μL添加し、超音波による抽出を行った。このようにして得られた抽出溶液を10倍に希釈して抽出試料とした。この場合に各濃度はGC/MS法で求めた。この結果、超音波を用いて効率良く土壌中のダイオキシン類を抽出することが確認できた。特に2,3,7,8-TCDDはOCDDより抽出されやすい傾向が見られたが、これは2,3,7,8-TCDDがOCDDより土壌に吸着しにくいためであると考えられる。

 第3章では抗原抗体反応と表面プラズモン共鳴(SPR : Surface Plasmon Resonance)現象を組み合わせた迅速、簡便な2,3,7,8-TCDDの測定法を構築した。すなわち、センサチップ上の金薄膜に結合させてあるデキストランのカルボキシル基をN-hydroxysuccinimide (NHS)、N-ethyl-N'-(3-dimethylamino-propyl) carbodiimide hydrochoride (EDC)によって活性化させ、市販の抗2,3,7,8-TCDD抗体をアミノカップリング法で固定化した。次に一定量のhorseradish peroxidase (HRP)標識TCDDと各濃度に調製した2,3,7,8-TCDDの混合(1:1,v/v)溶液を注入してHRP標識TCDDと2,3,7,8-TCDDの競合法を行った。2,3,7,8-TCDD濃度の増加に伴い、2,3,7,8-TCDD抗体と結合するHRP標識TCDDの量が減少する。この時のSPR応答値の変化を検出した。2,3,7,8-TCDDの検出下限は0.1ng mL-1で0.1-10ng mL-1の濃度範囲で測定が可能な高感度システムを構築できた。さらに競合法に続いて抗HRP抗体を添加してサンドイッチ法を行うことにより、シグナルを競合法に比べて増幅することができた。抗体の固定化時間は40分間で、1サイクルの測定時間は競合法で20分間、サンドイッチ法でも40分間程度である。1回の試料量も数10μL程度しか必要としなかった。

 第4章では抗8塩化ダイオキシン(OCDD)抗体の調製と精製を行った。既存の2,3,7,8-TCDDに対する抗体はOCDDに結合しない。そこで新たにOCDDに対するポリクローナル抗体の作製を行った。ターゲットはOCDDであるが、分子量が小さいためにポリリシン(PLL ; Poly-L-Lysine)で標識し、これを抗原とした。免疫動物は家兎(日本白色種)で、2.5-3.0kg/bodyの雌3羽(KAL-1,2,3)を用いた。アジュバント(免疫系の非特異的強化剤)として初回免疫時にはフロイント完全アジュバント、2回目以降はフロイント不完全アジュバントを用いた。いずれも免疫部位は皮内とし1回のOCDD-PLL投与量は0.5mg/羽でそのエマルジョン濃度は0.25mg mL-1であった。OCDD-PLLの投与頻度は2週間間隔で投与回数15回に及んだ。トータル投与濃度は7.5mg/羽であった。免疫開始から148日後にはいずれの兎から採取した血清についても、OCDDに対する力価の上昇がみられた。最終的に231日後に全採血を行った。その後、これらの抗血清をアフィニティクロマトグラフィー抗体精製用キットを用いて精製し、電気泳動(SDS-PAGE)を行ってIgG抗体が作製されたことを確認した。

 第5章で第4章で作製した抗OCDD抗体を用いてOCDDの簡易測定を行った。OCDDを測定するためにはまず、HRP標識OCDDと抗OCDD抗体の結合を確認した。抗OCDD抗体溶液(27.2μg mL-1)を96穴マイクロプレートに添加し、4℃で18時間インキュベートし固定化した。余分な抗OCDD抗体溶液を取り除いた後、各濃度に調製したHRP標識OCDDを添加し、37℃で4時間、反応させた。さらに洗浄後、HRPの発色基質である3,3',5,5'-tetramethylbenzidine (TMB)を添加し、37℃で20分間反応させ、1M H2SO4を添加して反応を停止した後、プレートリーダーで吸光度の測定(450nm)を行った。HRP標識OCDDの濃度変化に対しては、2.34μg mL-1まで測定値が増加し、その後一定の値を示した。

 次に一定量のHRP標識OCDD(3.75μg mL-1)と各濃度に調製したOCDDの混合(4:1, v/v)溶液をあらかじめ抗OCDD抗体を固定化したプレートに添加し、37℃で4時間、反応させ、競合法によりOCDDを測定した。さらにHRP標識OCDDの測定と同様にTMBを添加し、37℃で20分間反応させ、吸光度による測定(450nm)を行った。

 本実験で得られたOCDDの検出下限は、0.78ng mL-1であり、JIS法(GC/MS法)におけるOCDDの検出下限は0.5ng mL-1であるため、本研究のイムノアッセイは、より迅速・簡便でありかつ充分な感度を有すると考えられる。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究結果をまとめた。

 本研究では、最終的に実サンプル中に存在するダイオキシン類を測定することを目的としてまず土壌からのダイオキシン類の簡易抽出法を確立した。次に抗原抗体反応とSPR現象を組み合わせ、2,3,7,8-TCDDを検出下限0.1ng mL-1と高感度に測定できるシステムを確立した。またOCDDに対する抗体を新たに作製し、ELISAの系を構築した。OCDDの検出下限は0.78ng mL-1であった。そしてこれらを応用し、土壌サンプル中のダイオキシン類の測定を行った。本研究は簡単・迅速・高感度なダイオキシン類の計測法の開発を大きく前進させ、極めて意義深いものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年、外因性内分泌攪乱物質の中で最も毒性が高く問題となっている土壌中のダイオキシン類の抗原抗体反応を利用した簡易測定に関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、土壌中のダイオキシン類の簡易抽出法の検討を行っている。土壌サンプル中のダイオキシン類の測定をするためには、土壌からのダイオキシン類の抽出処理の過程は必要不可欠である。そこで常温で簡便な操作でダイオキシン類の抽出を行うことを目的として超音波による溶媒抽出を行っている。

 まず、ふるいにかけ、乾燥させた土壌に4塩化ダイオキシン(2,3,7,8-Tetra-chlorodibenzo-p-dioxin : 2,3,7,8-TCDD)、8塩化ダイオキシン(octa-chlorodibenzo-p-dioxin : OCDD)をそれぞれ添加し、常温で風乾して土壌試料を調製している。これらに抽出用有機溶媒を添加し、超音波による抽出を行い、得られた抽出溶液をGC/MS法で評価している。この結果、超音波を用いて効率良く土壌中のダイオキシン類を抽出することを確認している。特に2,3,7,8-TCDDはOCDDより抽出されやすい傾向が見られたが、これは2,3,7,8-TCDDがOCDDより土壌に吸着しにくいためであると考えられると述べている。

 第3章では、抗原抗体反応と表面プラズモン共鳴(SPR : Surface Plasmon Resonance)現象を組み合わせた迅速、簡便な2,3,7,8-TCDDの測定法を構築している。すなわち、センサチップ上の金薄膜に結合させてあるデキストランのカルボキシル基を活性化させ、抗2,3,7,8-TCDD抗体をアミノカップリング法で固定化している。次に一定量のhorseradish peroxidase (HRP)標識TCDDと各濃度に調製した2,3,7,8-TCDDの混合(1:1, v/v)溶液を注入して

HRP標識TCDDと2,3,7,8-TCDDとの競合反応を行っている。2,3,7,8-TCDD濃度の増加に伴い、抗2,3,7,8-TCDD抗体と結合するHRP標識TCDDの量が減少し、この時のSPR応答値の変化を検出している。2,3,7,8-TCDDの検出下限は0.1ng mL-1と高感度であることを明らかにしている。さらに競合法に続いて抗HRP抗体を添加してサンドイッチ法を行うことにより、シグナルを競合法に比べて増幅させている。抗体の固定化時間は40分間で、1サイクルの測定時間は競合法で20分間、サンドイッチ法でも40分間程度であり、1回の試料量も数10μL程度しか必要としなかったと述べている。

 第4章では、抗8塩化ダイオキシン(OCDD)抗体の調製と精製を行っている。既存の2,3,7,8-TCDDに対する抗体はOCDDに結合しないため新たにOCDDに対するポリクローナル抗体の作製を行っている。OCDDをポリ−L−リシン(PLL ; Poly−L−Lysine)で標識し、これを抗原とし、免疫動物は家兎(日本白色種)の雌3羽を用いている。2週間間隔でPLL標識OCDDを投与し、トータル投与濃度は7.5mg/羽であったと述べている。免疫開始から148日後にはいずれの兎から採取した抗血清についても、OCDDに対する力価の上昇がみられ、

最終的に240日後に全採血を行っている。その後、これらの抗血清はアフィニティクロマトグラフィー抗体精製用キットを用いて精製し、電気泳動を行ってIgG抗体が作製されたことを確認している。

 第5章では、第4章で作製した抗OCDD抗体を用いてOCDDの簡易測定を行っている。抗OCDD抗体溶液を96穴マイクロプレートに固定化し、競合法によりOCDDを測定している。すなわち一定量のHRP標識OCDDと各濃度に調製したOCDDの混合(4:1, v/v)溶液を添加し、37℃で4時間反応させた後、HRPの発色基質である3,3', 5,5'-tetramethylbenzidine (TMB)を添加し、プレートリーダーで吸光度の測定を行っている。

 本実験で得られたOCDDの検出下限はJIS法(GC/MS法)におけるOCDDの検出下限と同レベルであり、本研究のイムノアッセイは、より迅速・簡便でありかつ充分な感度を有すると述べている。

 第6章は総括であり、本研究を要約して得られた研究結果をまとめている。

 以上のように、本論文は、免疫反応を利用した土壌中のダイオキシン類の測定を目的として、土壌からのダイオキシン類の簡易抽出法と2,3,7,8-TCDDの迅速で高感度な測定法を考案している。さらにOCDDに対する抗体を新たに作製し、ELISAの系を構築し、土壌サンプル中のダイオキシン類の測定への応用に成功している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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