学位論文要旨



No 117146
著者(漢字) 高部,稚子
著者(英字)
著者(カナ) タカベ,ワカコ
標題(和) 抗酸化物質による遺伝子発現制御を介した細胞機能調節
標題(洋)
報告番号 117146
報告番号 甲17146
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5287号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 動脈硬化は血管に脂質や細胞成分等が蓄積し血流を妨げる現象であり、脳卒中や心筋梗塞などの深刻な疾病を引き起こす。動脈硬化巣の脂質成分は主に酸化変性を受けた血中の低比重リポタンパク(LDL)だと言われており、そのため酸化を防ぐ働きを有する『抗酸化型の抗動脈硬化薬』が開発されてきた。ところが近年、動物種によって薬剤の効果が著しく異なるなど、単なる抗酸化作用だけでは説明できない別の作用があることが示唆されるようになってきた。

本研究では抗動脈硬化薬として知られている2種の抗酸化作用を持つ合成薬;プロブコールおよび2,3-Dihydro-5-hydroxy-2,2-dipentyl-4,6-di-tert-butylbenzofuran (BO-653)が、ヒト血管内皮培養細胞に与える影響について検討した。DNAチップを用い、6800個の遺伝子の網羅的解析を行った結果、これらの薬剤が体内の不要なタンパク質を分解する働きを持つプロテアソームのα−サブユニット;PSMA2,PSMA3,PSMA4の遺伝子発現を抑制することがわかった。

 プロテアソームはα−サブユニット,β−サブユニット,ATPaseサブユニット,non-ATPaseサブユニットから構成されているが、ノーザンブロットおよびウエスタンブロットにより、このような発現抑制を受けるのはα−サブユニットのみであることが明らかになった。

 プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼであり、主としてユビキチン化されたタンパク質をエネルギー依存的に分解する働きを有している。対象となるタンパクの1つに、動脈硬化の原因と考えられる接着因子発現に関与する転写因子;NF-κBを不活化しているI-κBαが挙げられる。I-κBαの分解が起こると、NF-κBが活性化して核内移行を経てDNAに結合し、vascular cell adhesion molecule-1 (VCAM-1), intercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1), E-selectin等の様々な接着因子の発現を促すことが知られている。そこで、ユビキチン化タンパク及びI-κBαについてウエスタンブロットを行った結果、これらの薬剤により、ユビキチン化タンパク及びI-κBαの分解が抑制されることがわかった。

 このことより、

1.上記の2種の抗酸化剤が、プロテアソームの特定のサブユニット構成要素の遺伝子,タンパクレベルを減少させること

2.一部のサブユニットの発現レベルが抑制されることで、プロテアソーム全体の機能が抑制されること

3.抗動脈硬化機構の1つとしてプロテアソーム機能制御を介して接着分子発現を抑制すること

が示唆された。

表1 抗酸化剤によって発現が抑制された遺伝子

審査要旨 要旨を表示する

 動脈硬化は血管に脂質や細胞成分等が蓄積し血流を妨げる現象であり、脳卒中や心筋梗塞などの深刻な疾病を引き起こす。動脈硬化巣の脂質成分は主に酸化変性を受けた血中の低比重リポタンパク(low density lipoprotein; LDL)だと言われており、そのため酸化を防ぐ働きを有する『抗酸化能を有する抗動脈硬化薬』が開発されてきた。なかでもフェノール系抗酸化剤は、ラジカルに水素を供給して自らが安定なラジカルとなることで、連鎖的酸化反応を停止させ傷害の増幅を押さえることが知られている。しかし近年、抗酸化剤が単にラジカルを捕捉する化学的反応にとどまらず、肝臓の異物代謝機構で働く遺伝子の発現を誘導する働きを有することや、動物種によって薬剤の効果が著しく異なることが報告されるなど、単なる抗酸化作用だけでは説明できない別の作用があることが示唆されるようになってきた。

 本論文では、抗酸化剤がヒト血管内皮培養細胞の遺伝子発現系に与える影響について、DNAチップを用いて網羅的解析を行い、これらの抗酸化剤がプロテアソームの特定のサブユニット遺伝子発現を抑制することを明らかにし、抗酸化剤の遺伝子レベルでの作用機序を新規に示した。

 本論文では、2種のフェノール基を有する抗酸化作用を持つ抗動脈硬化薬;プロブコールおよび2,3-Dihydro-5-hydroxy-2,2-dipentyl-4,6-di-tert-butylbenzofuran (BO-653)による、ヒト血管内皮培養細胞に与える影響について検討した。

 第二章ではDNAチップを用い、6800個の遺伝子の網羅的解析を行った結果、これらの薬剤が体内の不要なタンパク質を分解する働きを持つプロテアソームのα−サブユニット;PSMA2, PSMA3, PSMA4の遺伝子発現を抑制することを示した。第三章でノーザンブロットおよびウエスタンブロットにより、5つあるプロテアソームサブユニットのうち、遺伝子レベル・タンパクレベル共発現抑制を受けるのはα−サブユニットのみであることを示した。第四章では、一部のサブユニットの発現レベルが抑制されることで、プロテアソーム全体の機能が抑制されることを明らかにし、さらに第五章では、異なる構造・性質を持つ化合物との比較により、プロテアソーム遺伝子制御における化合物構造の影響についての知見を得た。

 プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼであり、主としてユビキチン化されたタンパク質をエネルギー依存的に分解する働きを有している。対象となるタンパクの1つとして、動脈硬化の原因と考えられる接着因子発現に関与する転写因子;NF-κBを不活化しているI-κBαが挙げられる。I-κBαの分解が起こると、NF-κBが活性化して核内移行を経てDNAに結合し、vascular cell adhesion molecule-1 (VCAM-1), intercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1), E-selectin等の様々な接着因子の発現を促すことが知られている。従ってNF-κBの活性化を抑えることは抗動脈硬化の観点から重要であると考えられる。

 プロテアソームα-typeサブユニット遺伝子制御における化合物構造の影響について、置換基の異なる抗酸化剤や誘導体を用いて検討したところ、"フェノール構造を有しており、しかもOH基に対しオルト位に少なくとも1つtert-ブチル基が存在すること"が、特定のプロテアソームサブユニットの遺伝子レベルでの発現抑制を引き起こす化合物構造の特徴であることが推察された。

 本研究は、プロテアソームサブユニットが抗酸化剤によって遺伝子レベル・タンパクレベルで抑制されることを証明した初めての研究であり、今後の動脈硬化の予防,治療のための新薬開発にとって意義のあるものである。

 本審査委員一同は、本論文がきわめて独創的なものであり、今後の動脈硬化の予防,治療のための新薬開発にとって意義があることを認めた。さらに提出者の経歴・実績についても検討を行い、学位を取得するのに充分妥当であると判断した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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