No | 117150 | |
著者(漢字) | 陰山,大輔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カゲヤマ,ダイスケ | |
標題(和) | アワノメイガ種群における性比異常に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on sex ratio distortion in the Ostrinia furnacalis species group | |
報告番号 | 117150 | |
報告番号 | 甲17150 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2346号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | アワノメイガ属(Ostrinia)には20種が記載されている.そのうちアワノメイガ種群に属す10種は互いに外部形態が酷似しており,分子系統解析からも非常に近縁であると分かっている.私は,アワノメイガO.furnacalisを室内飼育する間に,野外採集したあるメス成虫の子孫の性比が著しくメスに偏るという現象を偶然発見した.本研究はまず,この性比異常の出現頻度,遺伝様式,メカニズム,原因因子を解明するために,飼育と交配を中心に遺伝学的な調査と実験を行った.また,同種群の他種においても同様の性比異常現象が存在する可能性を考え,アワノメイガ種群の5種(アズキノメイガO.scapulalis,オナモミノメイガO.orientalis,フキノメイガO.zaguliaevi,ゴボウノメイガO.zealis,ヨーロッパアワノメイガO.nubilalis)についても調査と実験を行った.これらの結果に基づき,アワノメイガ種群における性比異常の実態と発現メカニズムを考察した. アワノメイガにおけるWolbachiaが引き起こすメス化 アワノメイガにおいて,メスに偏った性比が生じるメカニズムと原因因子を明らかにすることを試みた.千葉県松戸で採集した91頭のメス成虫のうち12頭がほぼメスのみを産んだ.メスに偏った性比は母系遺伝したことから,原因は細胞質因子かW染色体であると示唆された.さらに,細菌感染の関与を調べるため,性比異常系統の幼虫にテトラサイクリンを投与した結果,次世代は当初の予想に反しオスのみになった.このようにテトラサイクリン投与によりオスのみが産まれたことは細菌感染による遺伝的オスのメス化により説明できる.すねわち,一般に鱗翅目昆虫の性染色体構成はZW(♀)/ZZ(♂)またはZO(♀)/ZZ(♂)であるので,性比異常が遺伝的なオスがメス化されていることによって生じている場合,母親は遺伝的にはオス(ZZ)であり正常なオス(ZZ)と交尾すれば遺伝的オス(ZZ)だけが産まれるはずである.ここでテトラサイクリンにより細菌が除去されると,遺伝的オスのメス化が解除され,全ての子がオスになったと考えることができる. 最近,αプロテオバクテリア群に属す細菌Wolbachiaが節足動物の生殖を様々な方法で操作することで注目されている.そこで,アワノメイガに性比異常を引き起こす細菌もWolbachiaである可能性を調べるため,PCRアッセイによりWolbachia感染をチェックした.性比異常を示した12頭に感染が認められた.それ以外の79頭のうち67頭に関しては,1頭を除く66頭は感染していなかった.Wolbachia感染がメスに偏った性比と強くリンクしていることから,Wolbachiaの感染がメス化の原因因子であることが示された. Wolbachia感染によるメス化は,これまで甲殻類(等脚目)のみで知られていた.そこで,ftsZ遺伝子とwsp遺伝子の塩基配列に基づいてWolbachiaの系統関係を調べた.どちらの遺伝子についてもアワノメイガに感染しているWolbachiaの系統は等脚目に感染しているそれとは姉妹関係は認められなかった.また,昆虫の性決定にホルモンは関与していないとされているのに対し甲殻類の性決定にはホルモンが関与しているなど,性決定システムは両者で大きく異なっているため,等脚目におけるメス化現象とアワノメイガにおけるそれは全く異なると考えられた. アズキノメイガにおける異なる要因による2種類の性比異常 アワノメイガの近縁種アズキノメイガでも同様の性比異常現象が生じているのかを調べるために,関東から東北にかけて6地点でアズキノメイガのメス成虫372頭を採集し産卵させた.31頭がほぼメスのみを産んだ.そのうち17頭はWolbachiaに感染しており(SR-w+),14頭は感染していなかった(SR-w-). SR-w+形質は母系遺伝し,抗生物質処理により次世代はオスのみになった.この結果は,アワノメイガの場合と同じようにSR-w+形質がWolbachia感染による遺伝的オスのメス化であることを示している.また,アズキノメイガに感染していたWolbachiaのwsp遺伝子とftsZ遺伝子の塩基配列は,アワノメイガに感染していたWolbachiaと同一であったことから,これらは同じ系統のWolbachiaであることが推察された. 一方,SR-w-形質においてメスに偏った性比を生じるメカニズムはオス殺し,産雌性単為生殖,メス化のいずれでもないことが示された.残る可能性として,卵の減数分裂時における性染色体の不平等分離(マイオティックドライブ)が考えられる.性染色体構成がZW(♀)/ZZ(♂)またはZO(♀)/ZZ(♂)である鱗翅目昆虫では,メスにおける減数分裂の際にZ染色体が選択的に極体に移動させられることにより性比の偏りが達成される.今までに,動物のメスにおける減数分裂の際に染色体が不平等分離することにより性比の偏りが起こる例は知られていなかった.SR-w形質は不完全ながら母性遺伝したことから,原因は細胞質因子かまたはW染色体であると示唆された.性比の偏りの垂直伝播はときおり失敗したが,世代を重ねる間に,メスに偏った性比に復帰することがあった.この現象はマイオティックドライブを抑制する核の因子によって説明できる.今までに昆虫で知られている細胞質因子による性比の偏りのほとんどは細菌が原因で生じていた.しかし,アズキノメイガにおけるSR-w-形質の原因因子は,PCRと抗生物質処理の結果から細菌ではないことが示された. アワノメイガ種群のその他の種におけるWolbachia感染とメスに偏った性比 東日本から北海道にかけて採集したオナモミノメイガ,フキノメイガ,ゴボウノメイガ,およびロシア南西部で採集したヨーロッパアワノメイガ(いずれもメス個体)のWolbachia感染および次世代の性比を家族ごとに調べた. オナモミノメイガ24頭中3頭がWolbachiaに感染しており,これらはメスのみを産んだ.そのうち2頭に由来する系統で,メスに偏った性比の母系遺伝が確かめられた.フキノメイガ19頭中1頭がWolbachiaに感染しており,この個体はメスのみを産んだ.アワノメイガ,アズキノメイガ,オナモミノメイガ,フキノメイガの4種に感染しているWolbachiaのwsp遺伝子とftsZ遺伝子の塩基配列が同一であったことから,これら4種は同じ系統のWolbachiaに感染している可能性が高い.感染したオナモミノメイガ,フキノメイガでのメスに偏った性比のメカニズムは追求できなかったが,おそらくメス化によるものと推測される. ゴボウノメイガ10頭およびヨーロッパアワノメイガ55頭には,Wolbachia感染は認められなかった.しかし,ゴボウノメイガについては1頭がメスのみを産んだ.ヨーロッパアワノメイガについては,さらに27頭のメス成虫を用いてPCRを行ったが,やはりWolbachiaの感染は検出されなかった.ゴボウノメイガのメスに偏った性比が母系遺伝したこと,テトラサイクリンの効果が見られなかったこと,および細菌特異的PCRの結果がネガティブであったことから,アズキノメイガにおけるSR-w-と同様のメカニズムに基づくものであることが示唆された. Wolbachia感染アズキノメイガに対するテトラサイクリン投与によって起こる性モザイク形成 アズキノメイガのWolbachia感染メス成虫にテトラサイクリンを投与したところ,次世代にメスとオスのほか多くの性モザイク個体が出現した.このことからWolbachiaがアズキノメイガの個々の細胞の性決定に関与していることがうかがえる.テトラサイクリン投与後産卵までの日数が長いものほどオスの出現する割合が多く,またモザイク個体もオス形質をより多く持っていた.性モザイクが生じた原因は,テトラサイクリン投与により卵母細胞内のWolbachiaの量が減り,性決定カスケードの開始点である胚期に,Wolbachiaの細胞内密度にばらつきが生じ,メスに分化するように決定された細胞とオスに分化するように決定された細胞ができたと推察された. つぎに,アズキノメイガのWolbachia感染幼虫に様々な濃度のテトラサイクリンを投与し,次世代の性比への影響を調査した.高濃度を投与した場合,オスばかりが生じたが,低濃度を投与した場合はメスばかりを生じた.中間の濃度ではオス個体とメス個体が現れたが,性モザイクは現れなかった.幼虫にテトラサイクリンを投与した場合には,投与後テトラサイクリンにさらされない期間が長いため,その間にWolbachiaが完全にメス化できる密度にまで十分に増殖できた卵と,ほとんどWolbachiaが増殖できない卵とが,テトラサイクリン濃度依存的に二極化していることが示唆された. 本研究で見つかった2種類のメスに偏る性比異常現象はいずれも母性遺伝するものである.性比をメスに偏らせることは,母性遺伝する因子にとって有利に作用すると考えられる.メスに偏った性比が,実際に母性遺伝する因子(特に細胞質因子)によって引き起こされる例は多くの節足動物で見つかっている.メカニズムとして,(1)オスのみが死亡する,いわゆる「オス殺し」,(2)処女メスがメスを産む「産雌性単為生殖」,(3)遺伝的なオスがメス化する,の3種類が知られていた.鱗翅目昆虫でも,メスに偏った性比は数多く報告されているが,メカニズムが分かっているケースのほとんどはオス殺しであり,原因因子としてはWolbachiaとスピロプラズマが報告されている.本研究により,アワノメイガ種群の4種においておそらく同一系統のWolbachia感染による遺伝的なオスのメス化が起きていることが示された.また,本研究では,Wolbachia感染系統のアズキノメイガにおいては,Wolbachiaの不完全除去により,性モザイク個体が形成されることを示した.さらにアズキノメイガでは,Wolbachia感染によるメス化以外に,原因因子は不明であるが,性染色体のマイオティックドライブにより性比異常が生じていることが示唆された.以上本研究で得られた知見は,農業害虫を数多く含む鱗翅目昆虫の性決定機構の解明に向け新たな切り口を与えるものと考えられる. | |
審査要旨 | アワノメイガ属(Ostrinia)のうちアワノメイガ種群に属す種は互いにきわめて近縁である.アワノメイガのメス成虫から,子孫の性比が著しくメスに偏る現象を発見し,出現の頻度,遺伝様式,機構,原因因子につき遺伝学的解明を試みた.また,同種群のアズキノメイガ,オナモミノメイガ,フキノメイガ,ゴボウノメイガ,ヨーロッパアワノメイガでも研究を行い,同種群における性比異常の実態と発現機構を考察した. アワノメイガのメスに偏った性比は母系遺伝した.性比異常系統の幼虫に抗生物質を投与すると次世代は全部オスになった.このことは細菌感染によるオスのメス化で説明できた.原因因子として,節足動物の生殖を操作することで注目されている細菌Wolbachiaを疑い,PCRアッセイを行なった.性比異常を示したメスは全てWolbachiaに感染した個体であり,Wolbachia感染がメス化の原因であることが示された.アズキノメイガでも同様の性比異常現象が見つかったが,それはWolbachiaに感染している場合(SR-w+)と,感染していない場合(SR-w-)に分かれた.SR-w+形質の原因はWolbachia感染によるオスのメス化であることが示された.一方,SR-w-形質の原因因子は細菌ではなく,性比異常の機構として卵の減数分裂時におけるマイオティックドライブが考えられた.性比異常世代を重ねる間に復帰することがあった.残る4種でもWolbachia感染と次世代性比を調べた.オナモミノメイガとフキノメイガからは感染個体がメスだけを産み.おそらくメス化によるものと推測された.ゴボウノメイガとヨーロッパアワノメイガではWolbachia感染は認められなかった.アワノメイガ,アズキノメイガ,オナモミノメイガ,フキノメイガの4種に感染しているWolbachiaは,遺伝子の塩基配列解析から同系統と推定された. アズキノメイガでWolbachia感染しているメス成虫に抗生物質を投与したところ,次世代にはメスとオスのほか多くの性モザイク個体が出現した.このことからWolbachiaの個々の細胞における性決定への関与が示された.抗生物質投与後産卵までの日数が長いほどオスの出現割合が高かった.性モザイクを生じた原因は,抗生物質投与により卵母細胞内のWolbachia量が減り,性決定カスケードが開始する胚期に菌の細胞内密度にばらつきが生じ,メスに分化する細胞とオスに分化する細胞ができたと推察された.つぎに,Wolbachia感染幼虫に種々の濃度の抗生物質を投与し,次世代の性比を調査したところ,高濃度ではオスばかりが,低濃度ではメスばかりを生じた.中間の濃度では両方が現れたが,性モザイクは生じなかった. 本研究により,アワノメイガ種群の4種においておそらく同一系統のWolbachia感染による遺伝的なオスのメス化が起きていることが示された.また,Wolbachia感染系統のアズキノメイガにおいて,菌の不完全除去により性モザイク個体が形成されることがわかった.以上,本研究で得られた知見は,農業害虫を数多く含む鱗翅目昆虫の性決定機構の解明に新たな切り口を与えるものであり,審査委員一同は本論文が学術上、応用上貢献するところが大きく、博士(農学)の学位を授与するに十分な価値があることを認めた. | |
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