学位論文要旨



No 117156
著者(漢字) ありんだ ふぃつりあに まりく ざいん
著者(英字) Alinda Fitriany Malik Zain
著者(カナ) アリンダ フィツリアニ マリク ザイン
標題(和) 東南アジア巨大都市とくにジャカルタ大都市圏JABOTABEKにおける都市緑地の分布・構造・機能
標題(洋) Distribution, Structure and Function of Urban Green Space in Southeast Asian Megacities with Special Reference to Jakarta Metropolitan Region (JABOTABEK)
報告番号 117156
報告番号 甲17156
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2352号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 助教授 恒川,篤史
 筑波大学社会工学系 助教授 横張,真
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、とくにジャカルタ大都市圏(以下、Jabotabek地域:Jakarta, Bogor, Tanggerang, Bekasi)に重点を置き、東南アジアの大都市における緑地の分布・構造・機能に、都市化がおよぼす影響について検証をおこなった。一般に、都市緑地が、社会的および生態学的な側面から、良好な都市環境を維持するのに重要な機能を持つことは、広く認められている。しかし、都市環境に関する研究分野において、都市緑地の問題は、まだ十分に認識されていない。環境の悪化をともなった加速的な都市化が進展するなかで、都市化の過程における都市緑地の動態を把握することの重要性がますます高まっている。

 Jabotabek地域のみならず東南アジア地域の発展途上国の大都市圏における都市化および都市開発では、環境保全よりも経済成長が優先される傾向が強い。現在の都市計画の枠組みにおいて、生態学的および社会経済的側面を統合した包括的な視点が欠落してきた結果、緑地が急速に減少し、多くの環境問題が引き起こされた。都市緑地についても、生態学的側面よりも経済的側面が重視されたためである。

 このような問題認識のもとで、本研究では、以下をおもな目的とした。

 1) 東南アジアの巨大都市であるバンコクおよびマニラとの比較研究を行い、現在のジャカルタの都市化段階を明らかにすること。

 2) Jabotabek地域の緑地の空間分布および減少傾向を、リモートセンシングおよび地理情報システム(GIS)を用いて広域的に把握し、さらにフィールド調査によって緑地の植生構造および機能を解明すること。

 3) GISモデルを用いて広域的に緑地の環境保全機能を評価し、開発適地と保全適地の空間分布を明らかにすること。

 都市化段階の評価(第3章)においては、都市化指標として人口密度をとりあげ、この空間分布変化を3つの東南アジア巨大都市で比較解析するためにClarkモデルとNewlingモデルを用いた。両モデルを当てはめた結果、3つの都市における都市化は、それぞれ異なる段階にあることが明らかになった。ジャカルタにおける都市化は、すでに郊外化の段階にあると位置づけられた。また、時系列的な解析をおこなったところ、ジャカルタの人口密度の変化は、Clarkモデルで表現される密度分布からNewlingモデルで表現される密度分布へと変化していることが明らかになった。都市化の早い段階であると位置づけられたマニラの人口密度分布は、Clarkモデルによく一致した。バンコクは、ジャカルタとマニラの中間の段階にあると位置づけられた。

 土地利用パターンを分析したところ、ジャカルタ中心部(半径10km圏内)における建蔽地の占める割合は、過去数10年にわたって常に80%以上であり、これはすでに郊外に都市化が拡大している段階にあることを反映していると考えられた。ジャカルタ中心部の外縁地域では、最も急速な市街化が起こり、それにともなって緑地が減少していた。一方、バンコクとマニラでは、それよりも緩やかな変化が進行していた。バンコクでは、ジャカルタとマニラよりも広い範囲で都市的土地利用と農村的土地利用の混在(=desakota)が起こっていた。これら3つの大都市における都市化は、郊外スプロールの段階にあると結論づけられた。さらに、都市中心から半径15km以上の郊外地域は、現在もっとも急激な市街地化が進行しており、この地域で都市的土地利用と農村的土地利用を調和的に共存させていくことが、大都市圏全体の環境保全の観点から、重要だと結論づけられた。

 つぎに、ジャカルタとその隣接地域における緑地の現況についての分析(第4章)をおこなった。Jabotabek地域における急激な人口増加および過度の都市開発は、都市気温の上昇、水および大気の汚染、地盤沈下、洪水の発生などのさまざまな問題を引き起こした。これらの問題は、都市化のプロセスにともなって都市緑地が急激に減少していくことにより、いっそう深刻化した。都市緑地は、大気汚染の軽減、都市気温の緩和、水文学的収支の保持、レクリエーションおよび憩いの場の提供など多面的かつ直接的な都市環境改善機能をもつ。しかし、これまでJabotabek地域においては、緑地の減少過程を示す基礎的なデータが十分に整備されておらず、都市緑地のもつ環境改善効果の変化を捉えることは困難だった。このため本研究では、リモートセンシングとGISとを用いて、独自に地理情報を整備し、土地被覆変化の把握および緑被率の推定をおこなった。1972、1983、1990、1997年のLandsatデータより、Jabotabek地域では、急速な都市的開発と、それにともなう緑地の減少が引き起こされてきたことが明らかになった。衛星画像における緑被画素率は、1972年から1997年にかけて23%減少した。また、空中写真を用いて計測した緑被率と比植生指数(RVI: Ratio Vegetation Index)の相関関係より、緑披率の予測式を求めたところ、緑被率[%]=146.04×RVI−134.96となった。ジャカルタ中心部および3つの衛星都市では、緑被率が低く、Jabotabek外縁部の地域では緑被率が高かった。

 また、より詳細なスケールにおいては、Jabotabek地域の都市、郊外、および農村における緑地の植生構造と機能をフィールド調査によって明らかにした(第5章)。9つの土地利用タイプ(官公用地、商業用地、工業用地、公園、都市住宅地、郊外住宅地、農村集落、水田、森林)から、各10箇所、合計90箇所の調査地を選定して、木本植物の毎木調査をおこない、樹種、樹高、胸高直径(dbh)を記録した。また、基底面積をもとに、基底面積被率(CBA)と積算優占度(SDR)を求めた。さらに、それぞれの樹木を用途別に、緑陰樹、観賞用樹木、果樹に分けた。その結果、緑陰樹は、官公用地、水田、公園、森林で優占していた。また、商業用地、工業用地、都市住宅地では、観賞用樹木が優占していた。果樹の優占度は、農村集落および郊外住宅地において、もっとも高かった。Jabotabek地域の農村集落および郊外住宅地において、果樹を植栽することは、経済価値および環境保全の両面から、その重要性が結論づけられた。

 つぎに、緑地の持つ水源涵養、洪水防止、土砂崩壊防止の3つの環境保全機能について、GISモデルを用いて評価をおこなった(第6章)。その結果、急速な市街地の進行によって緑地が不足している地域では、水源涵養機能および洪水防止機能が低いことが明らかになった。一方、水田地域においては、これら2つの環境保全機能が最も高く評価された。このことより、Jabotabek地域全体の環境保全のためには、農村地域のみならず、郊外地域においても、積極的に水田を保全していくことの重要性が示唆された。また、山地地域においては、急傾斜農地および別荘地などでは、いずれの環境保全機能も低く、都市地域とほぼ同等であった。山地地域における違法な森林伐採と農地開発、あるいは別荘地などの都市的開発行為には、規制が必要であると考えられた。さらに、植林などの緑地の再生を進めた場合には、環境保全機能が向上することが示された。以上のような検討の結果、Jabotabek地域における開発適地および保全適地の空間分布を示すことができた。

 以上要するに、本研究では、以下の結論が得られた。

 1) 3つの東南アジア巨大都市では、共通して、その都市化のプロセスにおいて、とくに都市周縁地域で緑地が急速に減少していることが明らかになった。本研究では、この動態を独自のデータを用いて定量的に評価することができた。また、Jabotabek地域における都市化は3都市の中でもっとも進んでおり、すでに郊外化の段階にあることが明らかになった。

 2) 緑地の減少は、環境保全機能の低下に直接的につながることが明らかになった。また、環境保全機能を、GISモデルを用いて評価し、保全が必要である地域と開発が許容される地域を空間的に把握することができた。この知見を、今後のJabotabek地域における環境計画の中で活用していくことが望まれる。

 3) 本研究による手法は、他の大都市においても適用可能であり、とくにバンコクやマニラにおいても、緑地の減少の程度、またそれにともなう環境保全機能の低下を、GISモデルを用いて定量的に評価していくことが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、とくにジャカルタ大都市圏(JABOTABEK地域)に重点を置き、東南アジアの大都市における緑地の分布・構造・機能に対して、都市化がおよぼす影響について分析をおこなったものである。一般に、都市緑地が、社会的および生態学的な側面から、良好な都市環境を維持するのに重要な機能を持つことは、広く認められている。東南アジアの巨大都市において環境の悪化をともなった加速的な都市化が進展するなかで、都市化の過程における都市緑地の分布・機能・構造を把握することの重要性はますます高まっているといえる。

 このような問題認識のもとで、本研究では、1)東南アジアの巨大都市であるバンコクおよびマニラとの比較研究を行い、現在のジャカルタの都市化段階を明らかにすること、2)JABOTABEK地域の緑地の空間分布および減少傾向を、リモートセンシングおよび地理情報システム(GIS)を用いて広域的に把握し、さらに緑地の構造を解明すること、3)GISモデルを用いて広域的に緑地の環境保全機能を評価し、優先すべき保全地の空間分布を明らかにすることを主目的として研究をおこなった。

 都市化段階の評価においては、都市化指標として人口密度をとりあげ、この空間分布変化を3つの東南アジア巨大都市で比較解析するためにClarkモデルとNewlingモデルを用いた。両モデルを当てはめた結果、3つの都市における都市化は、それぞれ異なる段階にあることが明らかになった。ジャカルタにおける都市化は、すでに郊外化の段階にあると位置づけられた。また、土地利用パターンを分析したところ、ジャカルタ中心部(半径10km圏内)における建蔽地の占める割合は、過去数10年にわたって常に80%以上であり、これはすでに郊外に都市化が拡大している段階にあることを反映していると考えられた。ジャカルタ中心部の外縁地域では、最も急速な市街化が起こり、それにともなって緑地が減少していた。一方、バンコクとマニラでは、それよりも緩やかな変化が進行していた。これら3つの大都市における都市中心から半径15km以遠の郊外地域は、現在もっとも急激な市街地化が進行しており、この地域で都市的土地利用と農村的土地利用を調和的に共存させていくことが、大都市圏全体の環境保全の観点から、重要だと結論づけられた。

 つぎに、JABOTABEK地域における緑地の現況についての分析をおこなった。都市緑地は、大気汚染の軽減、都市気温の緩和、水文学的収支の保持など多面的かつ直接的な都市環境改善機能をもつ。本研究では、リモートセンシングとGISとを用いて、独自に地理情報を整備し、土地被覆変化の把握および緑被率の推定をおこなった。1972、1983、1990、1997年のLandsatデータより、JABOTABEK地域では、急速な都市的開発と、それにともなう緑地の減少が引き起こされてきたことが明らかになった。衛星画像における緑被画素率は、1972年から1997年にかけて23%減少した。また、空中写真を用いて計測した緑被率と比植生指数(RVI: Ratio Vegetation Index)の相関関係より、緑披率の予測式を求めたところ、緑被率[%]=146.04×RVI-134.96となった。ジャカルタ中心部および3つの衛星都市では、緑被率が低く、JABOTABEK外縁部の地域では緑被率が高かった。また、JABOTABEK地域の緑地構造をフィールド調査によって明らかにした。9つの土地利用タイプ(官公用地、商業用地、工業用地、公園、都市住宅地、郊外住宅地、農村集落、水田、森林)から、各10箇所、合計90箇所の調査地を選定して、木本植物の毎木調査をおこなった。その結果、緑陰樹は、官公用地、水田、公園、森林で優占していた。また、商業用地、工業用地、都市住宅地では、観賞用樹木が優占していた。果樹の優占度は、農村集落および郊外住宅地においてもっとも高かった。

 さらに、緑地の持つ水源涵養、洪水防止、地表面安定化の3つの環境保全機能について、GISモデルを用いて評価をおこなった。その結果、急速な市街地の進行によって緑地が不足している地域では、とりわけ水源涵養機能および洪水防止機能が低いことが明らかになった。一方、水田地域においては、これら2つの環境保全機能が最も高く評価された。またシミュレーションにより将来予測をおこなった結果、JABOTABEK地域北部の水田地帯の保全を地域南部の畑作地帯の保全よりも優先させることが、地域全体の環境保全機能を維持するために有効であることが示唆された。

 以上要するに、本研究は、東南アジア大都市における都市化の程度による緑地の分布・構造の変化傾向、それにともなう環境保全機能の低下を、GISモデルを用いて定量的に評価し、その保全策を提示する方法を、JABOTABEK地域を事例に示したものである。これらの成果は独創的であり、学術上、応用上の価値も高い。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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