学位論文要旨



No 117160
著者(漢字) 倉持,幸司
著者(英字)
著者(カナ) クラモチ,コウジ
標題(和) 生物活性複素環化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 117160
報告番号 甲17160
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2356号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

 天然有機化合物の合成において、既存の合成手法や合成手法を適用するだけでは効率的な合成は期待できず、標的化合物の構造的特徴に則した新規な合成手法の開発や新たな合成戦略が重要な役割を担うようになってきている。筆者は、新規な反応や独自の方法論を用いて、興味深い生物活性を有することが知られている複素環化合物の合成研究を行った。

1.神経樹状突起伸長作用を有するエポラクタエンの合成

 1995年に掛谷、長田らのグループにより、真菌Penicillium sp. BM1689-Pから単離、構造決定されたepolactaeneは、ヒトの神経芽腫細胞であるSH-SY5Y細胞に対し、神経樹状突起伸長作用を有することから、アルツハイマー病等の老人性痴呆症治療薬として期待されている化合物である。Epolactaeneは、このような魅力的な生物活性に加え、α,β−エポキシラクタムや高度に官能基化されたトリエン部位を有する、特異な構造をしている。

 全合成研究に先立ち、筆者は、エポキシラクトンのα位にアニオンを発生させ、アルデヒドとカップリングさせる反応を開発した。反応は、2工程を経る方法で行った。まずエポキシラクトンのα位にアニオンを発生させ、シリル化した後、再びフッ化物イオンを用いてアニオンを発生させ、アルデヒドと反応させる方法である。この反応を用いてepolactaeneの全合成を行った。

 光学活性β−(−)−アンゲリカラクトンエポキシドは、L−(−)−キシロースから合成し、これを出発原料とした。β−(−)−アンゲリカラクトンエポキシドをシリル化し、このシリル体と別途効率的に合成したテトラエンアルデヒドとを、触媒量のテトラブチルアンモニウムフルオライド(TBAF)存在下で反応させたところ、良好な収率でカップリング体を得ることができた。このカップリング体の水酸基を酸化してケトン体へと導き、アンモニアで開環した後、生じた2級水酸基を再び酸化することで、エポラクタエンを全合成することに成功した。合成したepolactaeneの1H、13C-NMR及び旋光度は、天然のepolactaeneと一致し、その構造を確認した。この収斂的合成法は、現在報告されているエポラクタエンの全合成の中で、最も短工程、高収率の合成法であり、比較的あとの段階で側鎖を導入することから類縁体合成にも適している。

2.インドール系エナミド化合物の合成研究

 筆者は、Curtius転位を基盤としたエナミド合成法を利用し、インドール系エナミド化合物の合成に応用した。この合成法は、Curtius転位により生じるイソシアネートを2−トリメチルシリルエタノールで捕捉しカーバマートとした後、このカーバマートをアシル化、脱保護を経てエナミドとする方法である。この合成法により、海綿Coscinoderma sp.から抗HIV活性を持つ化合物として単離されたcoscinamide類を合成することに成功した。また、E体のカーバマートは、光照射により、Z体のカーバマートに異性化することができ、同様の手法を用いてZ体のエナミドを合成することができ、海綿Plocamissa igzoから単離され、L1210細胞に対して細胞毒性を示すigzamideを合成することができた。

3.サリチレート型マクロラクトンの側鎖部位の合成研究

 近年、oximidine類やlobatamide類などエナミドを含むサリチレート型マクロラクトンが報告されている。これら化合物の構造的特徴は、マクロラクトン部分と、末端にO−メチルオキシム基を有するエナミド側鎖を有することである。エナミドの立体化学はZ体、E体のものが共に報告されているほか、アシル側鎖部分もZ体、E体のものが報告されている。これら化合物の全合成研究に先立ち、エナミド及びアシル側鎖の立体化学を完全に制御し、全合成に適用しうる効率的なエナミド合成法を確立することとした。

 筆者は、Curtius転位と、生成するイソシアネートへの有機金属化合物の付加を利用することにより、立体選択的エナミド合成法を確立した。反応は、アシルアジドから二重結合の立体化学を保持しながら進行し、E体、Z体のエナミドを立体選択的に合成することができた。この方法を天然物の側鎖部分の構築に利用し、エナミド及びアシル側鎖の立体化学を完全に制御した部分合成に成功した。

4.Oximidine類の合成研究

 Oximidine類は1998年に新家、早川、瀬戸らのグループにより、細菌Pseudomonas sp. Q52002株より単離された化合物で、側鎖にZ配置のエナミドとその末端にO−メチルオキシム基を有する12員環ベンゾラクトンである。このような複雑で特異な構造に加え、oximidine類はウイルス癌遺伝子を導入した細胞に対して選択的にアポトーシスを誘導するという興味深い生物活性を示す点で注目を集めている。筆者は、oximidine類の非常に特異な構造と興味深い生物活性に興味を持ち、合成研究に着手した。

 側鎖部分は、3で開発した、立体選択的なエナミド合成反応を利用することとした。12員環マクロラクトンの合成は、モデル化合物を用いた種々の環化条件の検討の結果、オレフィンメタセシスを用いた環化が有効であることがわかった。この場合、オレフィンメタセシスで形成される二重結合はE体のみが得られ、その後の2級水酸基の脱水反応も立体選択的でZ体のオレフィンが形成された。こうして得られたE,Z,E−トリエンから、oximidine類の母核が形成できると考えた。

 そこで、光学活性のアルコールをL−アラビノースから、位置選択的なTES化反応を経て合成した。また、ジエンカルボン酸は、アリルブロミドとインジウムを用いたアリル化反応を鍵反応として合成した。2つのセグメントのカップリング、すなわちエステル化は、光延反応が有効であることがわかった。さらなる条件検討の結果、アゾ試薬としてはジイソプロピルアゾジカルボキシレート、ホスフィンにはトリフェニルホスフィンを用い、トルエン溶媒中60℃で反応させることで、良好な収率でエステルを得ることができた。現在、閉環オレフィンメタセシスの検討中である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は生物活性複素環化合物の合成研究に関するもので4章よりなる。著者は、天然有機化合物の合成研究を通じて新規な反応や方法論の開発し、効率的で実用性に優れる合成法の確立を目指して合成研究を行っている。

 第1章は、神経樹状突起伸長作用を有するエポラクタエンの全合成に関するものである。エポキシラクトン由来のオキシラニルアニオンの反応を開発し、その反応を合成の鍵反応に用いてエポラクタエンの合成を達成した。1,4−ブタンジオールを出発原料とし、14工程7%の収率で合成することができ、工程数、総収率ともに先に全合成を達成した2つのグループを上回る合成法を確立した。この合成法は、合成の最終段階に近いところで側鎖部分を導入することから、より収斂的合成法であると言える。またこの合成法では側鎖を自由に選ぶことができるという利点があり、誘導体合成、さらには生物機能解明の素材の供給などにも応用できる。

 第2章は、インドール系エナミド化合物の合成研究に関するものである。Curtius転位で生成したイソシアナートを2−トリメチルシリルエタノールと反応させカーバマートとした後、アシル化、フッ化物イオンによる脱保護を経てエナミドを合成する方法を開発した。このエナミド合成法により、抗HIV活性を有するcoscinamide類や、マウス白血病細胞株に細胞毒性を有するigzamideの合成に成功している。この合成法では、異性化を全く起こすことなくE体及びZ体のエナミドを合成できる利点を持ち、多くのインドール系エナミド化合物の合成に適用可能と考えられる。

 第3章は、Curtius転位で生成したイソシアナートに有機金属試薬を付加させる、新しいエナミド合成法について述べている。アシルアジドからの一連の反応は二重結合の立体化学を保持しながら進行し、E体及びZ体のエナミドを選択的に合成できる。この合成法を応用して、多くの天然有機化合物に見いだされるN−アルケニルホルムアミド部位やN−アルケニル−N−メチルホルムアミド部位を収率良く構築することに成功している。またこの方法により、エナミドとアシル側鎖の立体化学を制御したサリチラート型マクロラクトンの側鎖の構築法を開発している。

 第4章は、癌遺伝子導入細胞に選択的に増殖抑制を示すoximidine類の合成研究に関するものである。第3章で述べた新反応を利用してOximidine類の全合成を試みている。モデル化合物を用いた多くの条件検討により、12員環のマクロラクトン部分の構築はオレフィンメタセシスによる環化が有効であることを見いだした。ジエンカルボン酸と光学活性なアルコールからオレフィンメタセシスの基質となるトリエンを合成法を確立し、オレフィンメタセシスの検討を行っている。

 以上、本論文は、生物活性複素環化合物の合成研究に関するもので、その過程において効率的で有用な反応や合成戦略を開発し、多くの天然有機化合物の合成に成功しており、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク