学位論文要旨



No 117162
著者(漢字) 佐藤,あゆ子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アユコ
標題(和) パイエル板樹状細胞の免疫応答特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 117162
報告番号 甲17162
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2358号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 我々の身体は筒状の構造物あるいはその集合体に例えることができる。その外側面は皮膚に、その内側面は粘膜によって覆われており、粘膜の表面積は皮膚の約200倍に達する。この粘膜は呼吸、食餌、排泄、生殖などの重要な生命維持活動において、多様でおびただしい異物をその表面から体内に取り込んでいる。腸管粘膜は食物などの生命維持に必要なもののみならず、生体にとって不都合な病原微生物なども多量に取り込んでいる。それらを識別し、必要なものは取り込み、生体にとって害となるものは排除するという腸管粘膜組織の免疫組織としての特性が明らかになるとともに、全身免疫系とは異なる独特な免疫機構を有しているということが明確となった。

 腸管粘膜の免疫機構の中で重要な役割を果たしているのが免疫グロブリンA(IgA)であり、腸管粘膜に侵入する細菌に対して感染阻止に働く。IgA産生応答を始めとする腸管特異的免疫応答の誘導には小腸に存在するリンパ組織であるパイエル板がその役割の一端を担っていると考えられており、パイエル板に存在する免疫担当細胞の解析はその機構を解明する上で非常に重要である。パイエル板の表層に存在するM細胞を介してパイエル板内に抗原が積極的に取り込まれると、樹状細胞などの抗原提示細胞によってCD4+T細胞に提示され、免疫応答の誘導が開始される。パイエル板のドーム領域にはCD4+T細胞を活性化するのに必要なMHC class IIを発現する樹状細胞、マクロファージ、B細胞などの抗原提示細胞が存在している。また、胚中心には高い割合でIgA産生前駆B細胞が認められ、その周辺にはCD4+T細胞の多く存在するT細胞領域がある。このようにパイエル板にはIgA抗体産生に必要な免疫担当細胞が含まれており、腸管におけるIgA抗体誘導において重要な役割を担っていることが示唆されている。

 一方、樹状細胞は、未感作CD4+T細胞を活性化しうる唯一の抗原提示細胞であると言われている。したがってパイエル板樹状細胞の機能を調べることは、IgA産生応答をはじめとする腸管特異的免疫応答の誘導機構の解明において重要である。実際、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞と比較してIgA産生誘導能が高いことが、in vitroの実験により示されている。また、IgAなど抗体の産生にはサイトカインの介助が重要である。IgA産生は、まず、B細胞が形質転換成長因子(TGF)-βおよびCD40からの刺激を受け、その後、インターロイキン(IL)-5あるいはIL-6の効果によりIgA産生細胞に分化することにより誘導される。しかしながら、これらのサイトカイン分泌誘導機構を始めとするパイエル板樹状細胞による免疫応答誘導機構についてほとんど明らかとなっておらず、どのような機構でパイエル板樹状細胞がIgA産生応答など腸管特異的な免疫応答の誘導に関与しているのか不明であった。

 本研究では、パイエル板樹状細胞に焦点を当て、その独自性を調べるために、パイエル板樹状細胞の細胞表面分子の発現、T細胞応答誘導能について代表的な末梢リンパ組織である脾臓と比較した。また、パイエル板樹状細胞のサイトカイン産生能、特にIgA産生細胞の成熟に重要なサイトカインであるIL-6について解析を行った。

第一章 樹状細胞分離方法確立および細胞表面分子発現解析

 組織の免疫細胞における樹状細胞の頻度は1%前後と非常に低いため、最近まで組織特有の樹状細胞は分離することが困難であることから詳細な機能の解析は進んでいなかった。しかし、本研究において従来用いられてきた分離方法を再検討した結果、MACS分離カラムおよびセルソーターを用いて分離することにより、樹状細胞を97-100%の高純度で分離することに成功した。また、樹状細胞には骨髄系樹状細胞であるCD11b+樹状細胞とリンパ球系樹状細胞であるCD8α+樹状細胞というそれぞれ異なる分化経路を持つ樹状細胞群が知られているが、同様の方法でそれぞれについても分離することができた。

 続いて、パイエル板樹状細胞と脾臓樹状細胞の細胞表面分子の発現をフローサイトメトリーを用いて解析した。その結果、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞と比較してMHC class II, CD86, CD40分子の発現が高いこと、また、樹状細胞の成熟マーカーであるDEC-205を高発現している細胞の割合が高いことが明らかとなった。この結果から、パイエル板樹状細胞が脾臓樹状細胞より成熟の度合いが高いことが示唆された。

第二章 パイエル板樹状細胞の誘導するT細胞応答

 まず、パイエル板樹状細胞により誘導される抗原特異的CD4+T細胞の増殖応答を脾臓樹状細胞と比較した。CD4+T細胞はオバルブミン(OVA)特異的T細胞のT細胞抗原レセプター(TCR)を導入したトランスジェニック(tg)マウス(7-3-7 TCR tgマウス)の脾臓細胞から調製した。このtgマウスはOVA323-339残基特異的なTCRを発現しているT細胞の頻度が高いため、このマウスを用いることによりOVA特異的な未感作T細胞の調製が容易となる。このCD4+T細胞をパイエル板および脾臓樹状細胞を抗原提示細胞としてOVAで刺激した。その結果、パイエル板樹状細胞の場合は、脾臓樹状細胞より強いT細胞増殖応答を示し、第一章で示されたようにMHC class IIの発現が高く抗原提示能が高いためにこのような結果になったと考えられた。

 ある種の細菌感染によって、パイエル板においてインターフェロン(IFN)-γの産生が誘導され、病原細菌の排除機構の誘導に働くことが知られている。そこで次に、パイエル板樹状細胞によるtgマウス由来の脾臓未感作CD4+T細胞のサイトカイン産生誘導能を解析した結果、脾臓樹状細胞と比較して、高いIFN-γ, IL-2, IL-6産生誘導が認められ、IL-4産生誘導は認められなかった。さらに脾臓のCD11b+樹状細胞およびCD8α+樹状細胞を分離し同様な実験を行った結果、両細胞群の間でIFN-γおよびIL-4の産生誘導能に差は認められなかった。一方、パイエル板CD11b+樹状細胞を抗原提示細胞とした場合は脾臓樹状細胞とは異なり、高いIL-2, IL-6, IFN-γ産生誘導が認められ、IL-4の産生は認められなかったのに対して、パイエル板CD8α+樹状細胞を用いた場合にはIFN-γ産生は誘導されず、IL-4の産生が誘導された。ここでさらに、パイエル板および脾臓の各樹状細胞群を抗CD40抗体を用いて刺激して培養し、IFN-γ産生誘導に関与するサイトカインであるIL-12 p40の産生量を調べたところ、パイエル板各樹状細胞群による産生量に差は認められなかった。また、第一章においてパイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞よりIL-4産生誘導を増強すると言われているCD86の発現が高いことが示されたが、パイエル板樹状細胞はIL-4の産生を誘導せず、IFN-γ産生を誘導した。

 したがって、パイエル板CD11b+樹状細胞を抗原提示細胞とした場合、IFN-γ産生応答、パイエル板CD8α+樹状細胞を用いた場合にはIL-4の産生応答の誘導がそれぞれ認められ、パイエル板樹状細胞には細胞群により明確なT細胞応答誘導能の違いがあることが明らかになった。そして、パイエル板CD11b+樹状細胞を抗原提示細胞とした場合にIFN-γ産生が誘導され、その誘導にはIL-12以外のサイトカインまたはCD86以外の副刺激因子が関与していることが示唆された。

第三章 パイエル板樹状細胞のIL-6産生

 一方、第二章でパイエル板樹状細胞と7-3-7 TCRtgマウス由来の脾臓未感作CD4+T細胞をOVA存在下で培養すると高いIL-6の産生が認められたが、そのIL-6がパイエル板樹状細胞の作用によりT細胞が分泌しているものなのか、それとも樹状細胞自体が分泌しているものなのかを調べるため、樹状細胞のみを抗CD40抗体を用いて刺激して培養し、IL-6産生量を調べたところ、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞と比較してIL-6を高産生していることが明らかとなった。このことはmRNAの発現レベルでも確認されており、IL-6遺伝子発現に関与する転写因子がパイエル板樹状細胞の方がより強く活性化されていることが推察された。

 次に、パイエル板樹状細胞のIgA産生誘導能の解析を行った。脾臓由来のIgD+B細胞と未感作CD4+T細胞をそれぞれ精製し、樹状細胞存在下または非存在下でOVAを添加して培養した。その結果、樹状細胞非存在下ではIgAの産生が他のクラスの抗体と比較して著しく低く、樹状細胞存在下ではIgAの産生が見られたことから、IgAの産生誘導には樹状細胞が重要であることが、高純度に精製された樹状細胞を用いた実験系では初めて示された。さらに、パイエル板樹状細胞を用いた場合は脾臓樹状細胞を用いた場合と比較してIgA産生量が高いことが示された。そして、B細胞がIgA産生前駆細胞にクラススイッチするのに必要なサイトカインであるTGF-βを添加するとIgA産生量は増加し、さらに抗IL-6抗体を添加した場合は著しく減少した。この結果から、パイエル板樹状細胞はIL-6産生することにより、IgA産生応答に重要な役割を担っていることが示された。

 続いてパイエル板からCD11b+樹状細胞およびCD8α+樹状細胞を分離し、抗CD40抗体を用いて刺激して培養した結果、パイエル板CD11b+樹状細胞がCD8α+樹状細胞と比較してIL-6を高産生していることが示され、CD11b+樹状細胞がIgA産生応答に重要であることが示唆された。

 以上より、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞と比較して高いT細胞活性化能を有し、全身免疫系の主要な器官である脾臓の樹状細胞とは異なるサイトカイン産生応答を誘導することが示された。また、パイエル板樹状細胞はIgA産生細胞の分化・成熟において重要なサイトカインであるIL-6の産生能が高いことが本研究により初めて示され、IL-6を介してIgA産生応答において重要な役割を有していることが示された。得られた結果は、パイエル板特有のサイトカイン分泌応答機構および腸管特異的免疫応答の一つであるIgA産生応答誘導機構の解明における重要な知見である。

審査要旨 要旨を表示する

我々の身体は広大な粘膜表面を介して常に多様でおびただしい異物をその表面から体内に取り込んでいる。中でも腸管粘膜には他の組織とは異なり、口から食物を摂取する際に、生命維持に必要な栄養分は取り込み、生体にとって不都合な病原微生物などは排除する必要があるため、他の免疫系とは異なる巧妙で独特な免疫機構が備わっている。

 腸管粘膜の免疫機構の中で重要な役割を果たしているのが免疫グロブリンA(IgA)であり、腸管粘膜に侵入する細菌に対する感染阻止に働く。小腸に存在するリンパ組織であるパイエル板にはIgA産生に必要な免疫担当細胞が含まれており、腸管におけるIgA産生の誘導組織であると考えられてきた。しかしながら、どのような機構でIgA産生応答が誘導されるのかについてその機構は不明であった。

 そこで本論文では、IgA産生応答など腸管特異的免疫応答におけるパイエル板の機能を解明するため、抗原特異的免疫応答の誘導開始において抗原提示を行う細胞である樹状細胞に焦点を当て、その免疫応答特性を解析し、代表的な末梢リンパ組織である脾臓と比較した。

 組織の免疫細胞における樹状細胞の頻度は1%前後と非常に低いため、最近まで組織特有の樹状細胞は分離することが困難であることから詳細な機能の解析は進んでいなかった。

 そこで第一章において、従来用いられてきた分離方法を再検討した結果、MACS分離カラムおよびセルソーターを用いて分離することにより、パイエル板と脾臓から樹状細胞およびその細胞群であるCD11b+樹状細胞とCD8α+樹状細胞を97-100%の高純度で分離することに成功した。続いて、パイエル板樹状細胞の細胞表面分子の発現についてフローサイトメトリーを用いて解析し、脾臓樹状細胞と比較してMHC class II, CD86, CD40分子の発現が高いこと、また、樹状細胞の成熟マーカーであるDEC-205を高発現している細胞の割合が高く、成熟の度合いが高いことを明らかにした。

 そして第二章ではCD4+T細胞に対する増殖応答を解析した。その結果、パイエル板樹状細胞の場合は、脾臓樹状細胞より強いT細胞増殖応答を示し、第一章で示されたようにパイエル板樹状細胞はMHC class IIの発現が高く抗原提示能が高いためにこのような結果になったと考えられた。続いて未感作CD4+T細胞によるサイトカイン産生誘導能について解析した結果、パイエル板樹状細胞を抗原提示細胞とした場合に誘導されるサイトカイン産生応答は脾臓樹状細胞とは異なっていた。特にパイエル板CD11b+樹状細胞はIFN-γを産生し、IL-4の産生は低いTh1型応答を誘導するのに対し、CD8α+樹状細胞はIFN-γ産生の誘導は低く、IL-4を産生するTh2型応答が誘導することが示され、細胞群間の明確な機能の違いが明らかとなった。これらより、CD11b+樹状細胞は細胞内寄生性微生物の感染防御に関与し、CD8α+樹状細胞は抗体産生応答の誘導に関与していることが示唆された。

 一方、第三章において、パイエル板樹状細胞のIgA産生誘導能について検討した。その結果、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞よりIgA産生細胞への分化成熟を誘導するサイトカインであるIL-6を多量に産生することが明らかにされた。そして実際に、パイエル板樹状細胞を抗原提示細胞とした場合、脾臓樹状細胞の場合と比較して、IgA産生が強く誘導され、抗IL-6抗体によりそれが抑制されることが示された。IgAの産生誘導においてパイエル板樹状細胞がIL-6を産生することにより重要な役割を担っていることが、高純度に精製された樹状細胞を用いた実験系では本論文で初めて明らかにされた。

 続いてパイエル板からCD11b+樹状細胞およびCD8α+樹状細胞を分離して解析した結果、パイエル板CD11b+樹状細胞がCD8α+樹状細胞と比較してIL-6を高産生していることが示され、CD11b+樹状細胞がIgA産生応答に重要であることが示された。

 以上より、パイエル板樹状細胞は脾臓樹状細胞と比較して高いT細胞活性化能を有し、異なるサイトカイン産生応答を誘導することから、パイエル板で誘導される免疫応答の特異性をもたらす大きな要因であることが示された。また、パイエル板樹状細胞が、IL-6を介してIgA産生応答において重要な役割を有していることが示され、本論文は、腸管において最も重要な病原微生物防御機構であるIgA産生応答誘導機構を解明するために重要な知見であるだけでなく、IgA誘導経口ワクチンの開発など応用技術の開発にも貢献するものと考えられる。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51147