学位論文要旨



No 117167
著者(漢字) 笹川,裕史
著者(英字)
著者(カナ) ササカワ,ヒロシ
標題(和) 人工二段林を対象とした距離従属型成長モデルの開発
標題(洋)
報告番号 117167
報告番号 甲17167
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2363号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 八木,久義
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 石橋,整司
内容要旨 要旨を表示する

 国民の森林に対する要求が変化する中で、二段林はこれからの森林の一形態として注目されている。しかし、一斉林と比べて二段林の成長は十分に把握されていない。そのような状況から、二段林施業を確立するために必要な二段林成長モデルが求められている。そこで、本研究では長期の予測が行え、成長のメカニズムにのっとった、二段林を対象とした距離従属型成長モデルの開発を目的とした。本モデルは上木および下木の材積連年成長量を予測する。自然界のメカニズムの部分部分に関しては様々なモデルが報告されている。しかし、それらのモデルの多くは対象としている事象を説明することにのみ用いられており、相互関連性が希薄であるといえよう。本研究では手法として、各分野において一般的とされる既往のモデルを最大限に利用して、有機的に統合するというアプローチを採用した。ある林木の成長は競争状態など、その林木を取り巻く環境およびその林木の個体維持特性によって決定される。また、両者は相互に関連しあっていると考えられる。本モデルの特徴は、一つの成長モデルの中に3つのサブモデルをもち、そのサブモデルが相互に関連し合うということで、樹木の成長メカニズムを表現する点にある。

 第1章では人工二段林がおかれている背景および研究の目的を明らかにしながら、二段林を対象とした成長モデルの既往の研究について整理し、手法およびモデルの特徴を述べている。

 第2章では中部森林管理局管内のヒノキ・ヒノキ人工二段林の資料を用いて樹冠モデルを構築した。樹冠モデルは隣接樹冠と接触した高さ(樹冠接触高)以上を陽樹冠として、樹冠に関するアロメトリー式cw=α*cdβ(1)で囲まれた放物線体の表面積から樹冠接触高以下の隣接樹冠にくい込んでいる対象木樹冠の表面積をひくことで導いた。ただし、cd:梢端からの長さ、cw:その位置の樹冠半径である。cdを樹冠長clとすることで、cwは基底樹冠半径crとなり、その値を放物線体の表面積を計算する式にあてはめることで、全樹冠表面積が計算される。clはCCRから求めた。ここで、CCRとはパイプモデル理論から導かれたモデルで、枝下部分では高さに関わらず断面積成長量が一定となるという理論を応用した、幹材積成長量を断面積成長量で割った値(樹冠重心)と樹高の比率である。一方、(1)式のαは〓(2)と導くことを考案した。ここで、APAとは対象木と周囲木を結んだ線を2等分、もしくは特性値の比によって分割する垂線で囲まれた面積である。ただし、(2)式は閉鎖林を対象としている。一方、二段林上木および幼齢の下木は疎開状態にある場合がある。(2)式を閉鎖していない林分にあてはめる場合にはclではなく、閉鎖林における樹冠長clcを推定して変数としなければならないと考えた。閉鎖林の樹冠長は本数密度が高くなるに連れて短くなると考えたので、閉鎖林の樹冠長率は対象木の周囲密度に応じて対象木が到達するであろう最大樹高の40〜60%とした。βは樹高が10mになるまで1から0.5に0.05/mで減少するとした。以上のことから単木陽樹冠表面積scを推定した。推定されたscは次章、材積成長モデルの入力値となる。

 CCRを求めたところ試料木の中には1.0を越えたり、0.5を下回る林木が存在した。CCRが1.0を越えるという状態は理論的には樹冠が存在していない状態ということになる。逆にCCRが0.5を下回るという状態は樹高よりも樹冠長が大きくなる状態を示すことになる。これは幹材積成長量の垂直的配分が偏った林木が存在している結果で、実際の樹幹形はパイプモデル理論では説明しきれないと考えた。そこでclは実測値とした。推定crは実測crに比べて過大であったが、推定crから求めたscは実測crから計算されたscの値にとても近いという結果になった。以上の結果より、樹冠モデルは妥当なものだと考えた。また、競争状態におかれている林木の樹冠形は競争がない状態であれば拡張しているであろうと考えた。

 第3章では前章で構築した樹冠モデルから出力された陽樹冠表面積を用いて幹材積連年成長量を求める材積成長モデルを構築した。材積成長モデルで出力された結果は樹冠モデルにフィードバックするか、もしくは次章、光環境モデルに与えられるとした。資料には千葉演習林内スギースギ二段林試験区において行った樹幹解析データを用いた。この試験区は同一林分で間伐率を変えることにより上木の密度が異なる林分を作り、これらの林分内に樹下植栽を試みたもので、上木の密度がha当たり150本、100本、50本の区画と皆伐地の4区画となっている。解析木は下木について優勢木から劣性木までの各胸高直径階から1本ずつ、合計10本を選出し、4プロットで40本を伐採した。梶原は単木における各部分でのエネルギー収支について仮定をおき、Δv=a*sc-b*ss(3)で表される幹材積成長モデルを報告している。ただし、ss:幹表面積である。本研究では幹材積の2/3乗をもってssとした。パラメータの推定は1.収穫表に基づくモデル林分の設定、2.パラメータbの算定、3.パラメータaの追跡の手順で行うことにした。モデル林分は収穫表の主林木の胸高直径、樹高、本数の各時点の値を使用する。立木位置は本数の変化に合わせて碁盤目上に等間隔と設定した。モデル林分設定の際に使用した収穫表は木曽地方ヒノキ、千葉演習林スギ、茨城地方スギの各収穫表である。千葉演習林の収穫表に関しては幼齢の値が記載されていないので、皆伐区の樹幹解析資料から各時点における平均値を利用してモデル林分の設定を行った(以降、千葉データと記す)。各収穫表からscを計算した。仮定から閉鎖林分では(3)式から〓=A-bS(4)が導かれる。ただし、A:定数、S=Σssである。樹冠閉鎖が始まる時点からの幹表面積の合計および材積連年成長量から各モデル林分におけるbを求めた。次に、求められたbとsc、ssから各時点のaを求めた。収穫表の値は様々な同齢林分の平均値であり、一つの林分の成長を追った値ではない。本来ならば、実測値と収穫表の比較は無意味なものであるが、パラメータaは具体的な数値ではなく、抽象化された値なので、実測値と収穫表で比較を試みたところ、類似の変化過程をたどるということがわかった。そこで、本研究では現実から求められたaと収穫表から求められたaは類似の変化過程をすると仮定した。個々の単木のaの変化は実測値から求められたaと収穫表から求められたaの差をraとして、収穫表から求められたaの変化にraをたして求めると仮定した。以上で、材積成長モデルを構築した。

 第4章光環境モデルでは立木位置と太陽軌道からフーリエ型減衰式を用いて局所相対照度を導くサブモデルを考案した。フーリエ型減衰式は〓(5)で表され、変数〓(6)は周期Tおよび区間uで求められる。〓(7)を相対照度と考えると、一般に相対照度を求めるのに用いられている門司−佐伯の指数型減衰式とは対照をなす。本研究では1日を区間、太陽光線が樹冠内を通過する距離の合計を周期と考え、局所相対照度を求めたところ、門司−佐伯式から求められる局所相対照度と近い値が得られた。フーリエ型減衰式は太陽の動きと上木位置の関係を連続的に捉えられ、1カ所の局所相対照度がわかっており、周期、期間、θを適切に設定すれば門司−佐伯式よりも簡便に林分全体の局所相対照度が求められるので、相対照度推定の一つの新しい方法として提案できると考えた。局所相対照度が求められたところで、1.太陽軌道から林外全天日射量Rを求め、2.Rから林外照度I0を求め、3.先に求めた局所相対照度とI0から局所林内照度Iを求めた。以上のことにより、光−光合成曲線から光合成量(P)が求められる。一般に、Iと光合成量の関係はP=〓(8)の双曲線で表される。ただし、aおよびbはパラメータである。林外照度と林内照度から求められるそれぞれの光合成量の比は(8)式から〓(9)と表導かれる。本研究では(9)式をもって成長割合とし、成長割合を材積成長モデルから求められた材積連年成長量にかけることによって、下木の材積連年成長量となると考案した。

 第5章では樹冠モデル、材積成長モデル、光環境モデルを統合した「統合モデル」によってシミュレーションを行い、樹幹解析データと比較して、モデルの妥当性について考察を行った。千葉演習林二段林試験地の過去の状態を推定して、その値を初期値とし、統合モデルで現在までシミュレーションを行った。樹高成長推定値は樹幹解析から得られた樹高の値と相関が高く、樹高を変数とする回帰式で求められる各種必要変数およびその初期値の値は妥当であると考えた。シミュレーションの結果、林分レベルでは上木の平均樹高、材積合計、平均胸高直径の成長予測値はおおむね良好であった。下木の平均樹高、平均胸高直径の成長予測値はおおむね良好であったが、材積合計では枯死木と考えられる状態の林木が発生したために林分総材積が減少した。しかし、単木レベルにおいて樹幹解析から得られた材積および胸高直径の値と成長予測値を比較したところ、相関が高かった。

 このことから、材積成長モデルにおけるパラメータaは今回あてはめたパターンに類似しないものが存在することが明らかになった。しかし、統合モデルと樹幹解析から得られた材積の相関は高いものであったので、統合モデルは妥当なものであることが明らかになった。

 第6章では第5章までの成果を整理し、さらに今後の課題や応用化への展望について述べ,本研究のまとめとした。

審査要旨 要旨を表示する

 国民の森林に対する要求が変化する中で、二段林はこれからの森林の一形態として注目を集めつつある。しかし、一斉林と比べると、二段林の成長過程は十分に把握されていない。そこで、本研究では、そのような状況を改善するために、各分野において一般的とされる既往のモデルを吟味し、それらを有機的に統合することにより、樹冠形成モデル、材積成長モデル、光環境モデルから成る新たな二段林距離従属型の成長モデルの構築を目指している。本研究の特徴は、一つの成長モデルの中に3つのサブモデルを組み込み、サブモデル同士がそれぞれの情報の入力・出力を介して相互に関連し合う形にしたこと、林木間の距離という因子を導入して距離従属型の二段林の成長メカニズムをモデル化した点にある。

 第1章では、人工二段林を取り巻く背景に言及し、二段林を対象とした成長モデルの既往の研究について整理すると共に、研究目的及び研究手法を明らかにしている。

 第2章では、中部森林管理局管内のヒノキーヒノキ人工二段林の資料を用いて陽樹冠表面積を求める樹冠モデルを構築している。まず、著者は陽樹冠表面積を対象木の全樹冠表面積から隣接樹冠にくい込む表面積を除くことで導く方法を提案した。さらに、樹冠長を求める過程でCCRという指標を開発した。CCRとはパイプモデル理論から導かれたモデルで、樹冠重心と樹高の比率である。また、局所密度指標APAおよび閉鎖林における樹冠長からアロメトリー式におけるパラメータを求める方法を導いている。続いて、対象木の周囲密度に応じて変化する閉鎖林における樹冠長推定式を提案した。本章で推定された陽樹冠表面積は次章の材積成長モデルの入力値となる。

 モデルからの陽樹冠表面積の推定値は実測値にほぼ等しく、本章で構築した樹冠モデルの有効性が確認されている。

 第3章では、前章で構築した樹冠モデルからの出力値・陽樹冠表面積を用いて幹材積連年成長量を推定する材積成長モデルを構築している。資料としては、千葉演習林内二段林試験区において採取した樹幹解析データおよび収穫表の値が用いられている。梶原は単木における各部分でのエネルギー収支について仮定をおき、Δv=a*sc-b*ssで表される幹材積成長モデルを報告している。ただし、sc:陽樹冠表面積、ss:冠表面積である。本論でのパラメータの推定は、1.収穫表および樹幹解析データに基づくモデル林分の設定、2.パラメータbの算定、3.パラメータaの追跡の手順で行われている。まず、各モデル林分から計算された幹表面積の合計および材積連年成長量からパラメータbを求め、それを材積成長モデルにあてはめて各時点のパラメータaを求めた。実測値と収穫表からの推定値を比較したところ、両者は類似の変化過程をたどるということがわかった。そこで、本研究では現実のデータから求められたaと収穫表から求められたaは類似の変化過程をすると仮定し、単木に関する材積成長モデルを開発した。

 第4章では、光環境モデルとして、立木位置と太陽軌道からフーリエ型減衰式を用いて局所相対照度を導くサブモデルを考案した。フーリエ型減衰式はF(ω)=u・〓=uφで表され、変数θ=〓は周期Tおよび区間uで求められる。φを相対照度と考えると、一般に相対照度を求めるのに用いられている門司−佐伯の指数型減衰式とは好対照をなす。フーリエ型減衰式から局所相対照度を求めたところ、門司−佐伯式から求められる局所相対照度と近い値が得られた。局所相対照度が求められたところで、1.太陽軌道から林外全天日射量Rを求め、2.Rから林外照度I0を求め、3.先に求めた局所相対照度とI0から局所林内照度Iを求めた。I0およびIを光−光合成曲線に当てはめて比をとると〓と導かれる。以上より、本章では、この比をもって成長割合とし、成長割合を材積成長モデルから求められた材積連年成長量に掛けることにより、下木の材積連年成長量を推定する新しい光環境モデルを考案している。

 第5章では、千葉演習林二段林試験地のデータを用いて、樹冠モデル、材積成長モデル、光環境モデルを統合した「統合モデル」のシミュレーションを行い、樹幹解析から得られた樹高、材積、胸高直径の値と成長予測値を単木レベルで比較したところ、両者の相関は高く、統合モデルの妥当性が確認された。

 第6章では第5章までの成果を整理し、さらに今後の課題や応用化への展望について述べている。

 以上、本論文は、理論とシミュレーションの両面から様々な成長モデルを検討することにより、新たな知見を含む人工二段林の距離従属型の統合モデルを開発したもので、これからの人工二段林の研究に資するものと考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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