学位論文要旨



No 117171
著者(漢字) 對木,英幹
著者(英字)
著者(カナ) ツイキ,ヒデミキ
標題(和) サザエの混獲を考慮したイセエビ刺網漁の漁業管理
標題(洋)
報告番号 117171
報告番号 甲17171
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2367号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 杉本,隆成
 東京大学 教授 白木原,国雄
 東京大学 助教授 松田,裕之
 東京大学 助教授 山川,卓
内容要旨 要旨を表示する

 イセエビ刺網漁業は本邦沿岸域における重要な漁業であり,漁獲の対象であるイセエビでは若齢期に水深の浅い海域に多く分布するという成長段階別の分布特性が報告されている。その分布特性を利用し,操業する漁場・水深の調整を行うことで若齢のイセエビ資源を生残,成長させ,漁業管理の効果が期待できる。一方,現実の漁業では混獲されるサザエを主対象として操業を行う場合もあることから,漁業管理を検討するに当たっては混獲されるサザエの漁獲への影響も考慮する必要がある。本論文では三重県和具地区におけるイセエビ刺網漁業を対象に,漁場・水深別の操業を行った場合のイセエビとサザエの漁獲金額の推移をシミュレーションによって比較し,管理効果を検討した。

1.イセエビの資源評価

(1)イセエビの成長と漁獲物の年齢組成

 シミュレーションに必要なイセエビに関する知見を得るため,1998年及び1999年漁期の各5ヶ月分(10〜12月,3〜4月)のイセエビの雌雄別体長組成データを用いて体長組成解析を行い,最尤法によって成長式を求めた。1996,97,98年着底群を対象に季節的成長を含む以下の成長式を用い,雌雄別に成長の検討を行った。

 この式において,式(2)によって成長の季節変動が表わされる。Ljはj齢時点の頭胸甲長(mm),Richards式のパラメーターrは-1(=von Bertalanffy式)とし,jは年齢(8月1日から起算),L∞は極限体長,Kは成長係数,j0は成長式の変曲点,Aは季節的成長の大きさ,j1は季節的成長を調節するパラメーターである。成長式から推定された頭胸甲長の平均値は雄では1齢で41.3mm,2齢で61.3mm,3齢で75.4mm,雌では1齢で40.5mm,2齢で57.1mm,3齢で68.8mmとなり,成長に雌雄差が見られた。

 また,体長組成解析から得られた漁獲物の年齢組成によると,イセエビの漁獲の主体は雌雄共に2齢群であるが,多数の1齢群が漁獲されていることがわかった。

(2)イセエビ1齢群の分布特性

 イセエビ1齢群の分布特性を調べるため,和具の6つのイセエビ漁場を3つ(主にイセエビが漁獲される漁場1〜4の0〜15m海域(漁場A),主にサザエが漁獲される漁場5〜6の0〜15m海域(漁場B)及び漁場1〜6の15〜30m海域(漁場C))に区分した。1999年漁期の10月及び11月の漁獲記録及び操業記録からイセエビ1齢群に相当する銘柄「小」と銘柄「特小」の漁場別の漁獲量を調べ,DeLury法により初期資源尾数の推定を行った。その結果,漁場A及びBにおけるイセエビ1齢群の合計尾数は雌雄共に漁場Cの資源尾数の2倍近くとなり,イセエビ1齢群は浅海域に多く分布することがわかった。雄と雌の合計尾数の比率は1.8:1で,漁場(A,B,C)毎の分布比率は雌雄合計で0.52:0.13:0.35となった。

2.サザエの資源評価

(1)サザエの成長

 サザエにおいては年齢形質による成長の推定が可能であり,体長組成解析による成長の検討にその情報を組み込むことで,より信頼性の高い結果を得られると考えられた。そこで,1998年の11〜12月,1999年の3〜4月,10〜12月及び2000年の1〜4及び11〜12月に和具のイセエビ刺網漁業で漁獲されたサザエ(殻高(mm))の体長組成解析の尤度と1999年11月及び2000年1,3,4,8月に採集した176個体のサンプルから日周輪を用いて推定された月別の体長組成解析の尤度をもとめ,両尤度の合計を最大とする成長式のパラメーターをもとめた。日周輪による検討から成長に季節性が見られたため,成長式にはイセエイセエビと同様に(1),(2)式を用いた。サザエは外見から性別が判定できないので雌雄の区別なしで成長式の検討を行うこととし,パラメーターrの値の推定も含めて1995〜99年着底群を対象に解析を行った。成長式から推定された1995〜99年着底群の平均殻高は1齢で27.3mm,2齢で56.3mm,3齢で83.6mm,4齢で104.9mmとなった。得られた成長式を和具で行った標識放流の結果と比較したところ,ほぼ同じ成長を示していた。

 また,体長組成解析から得られた年齢組成によると,漁獲の主体は2齢群であった。

(2)イセエビ刺網漁業によるサザエに対する漁獲特性

 漁場をイセエビの場合と同様に漁場をA,B,Cの3つに区分し,各漁場におけるイセエビ刺網で漁獲されたサザエの2,3齢群の比率から全減少係数Zをもとめることとした。1999年10月〜2000年4月のデータから,各漁場におけるZはそれぞれ2.00, 1.05, 0.99となった。自然死亡係数M=0.1,0.2,0.3を仮定し,各漁場における漁獲努力量からM毎の漁具能率qの値を検討し,以下のシミュレーションモデルに適用した。

3.イセエビ刺網漁業の漁業シミュレーション

 以下の(3)〜(5)式のモデルと先述のパラメーター推定値を用いて漁獲シミュレーションを行った。先述の3つの漁場A,B,Cへの出漁時期を変えた6パターンを設定し,各パターンで3年間操業を行った場合の漁獲金額を比較することとした。

 漁獲開始からt年目,i日目のj齢群の漁獲尾数Ctij,資源尾数Ntij,漁獲金額Ytijはイセエビ,サザエ共に以下の式でもとめた

 この式で,p(Ltij)は体長Ltijに対する漁獲選択率,qtijは漁具能率,Xtiは出漁隻数(1999年漁期の各月の日別平均出漁隻数を適用し,全漁船が指定漁場で操業すると仮定),Mtijは自然死亡係数,Ptijは年齢に該当する銘柄の価格(1999年漁期の各銘柄の月別平均価格を適用),Wtijは体重(g)である。

 イセエビに関しては,雌雄共に漁獲の主体となる1〜3齢群までを漁獲の対象とした。M=0.2で各年齢共通,qは環境変化を考慮した山川(1997)のモデルに過去の環境データの平均値を適用して計算した。1齢群の毎年の総加入尾数は雄で4,6,8,10万尾(雌の尾数は雄:雌の比1.8:1より計算)を仮定し,雌雄共に各漁場に0.52:0.13:0.35の比率で加入するとした。また,移動の小さい1齢群の間は各漁場内に留まる独立した資源とした。漁獲されなかったイセエビは翌年以後3齢群まで漁獲されるとして計算を行った。移動の大きい2齢群以上のイセエビは全漁場内共通の資源として扱い,1年目の2,3齢群の雌雄の初期資源尾数は2齢で各3万及び2万尾,3齢で各1万尾,7500尾で一定とした。

 サザエに関しては漁獲対象を漁獲の主体である2齢のみとし,各漁場独立の資源とした。生き残りのサザエの翌年への繰越しは考慮しなかった。q及び初期資源尾数として,各漁場でM=0.1〜0.3の場合に推定された値を各年の計算に適用した。

 その結果,イセエビ及びサザエの初期資源尾数が変動しても,漁期初期(10〜12月)には漁場Bで操業を行う方が,漁場Aで操業する場合よりもイセエビとサザエの合計漁獲金額が増加する結果が得られた。三年間の合計漁獲金額が最大及び最小になる操業パターンで比較したところ,その差はイセエビ1齢群雄の加入尾数が4万尾の場合に634〜668万円(サザエのM=0.1〜0.3で変動),10万尾の場合に1266〜1300万円で,初期資源尾数が多くなるほど大きな効果が得られた。

 資源の再生産への影響を検討するため,各パターンにおいて1〜3年目の漁期で生き残ったイセエビ1〜3齢群による齢毎の産卵数を各齢の頭胸甲長(CL:mm)から以下の式

E=1.43CL−50.92 (6)

で計算し,各齢による産卵数の3年間の合計を比較したところ,漁獲金額同様,漁期初期(10〜12月)に漁場Bで操業を行う方が,漁場Aで操業する場合より産卵数が増加した。

 現実の漁業では,漁期始めに漁場Aへの出漁隻数が多く,最も漁獲金額及び産卵数の少ないパターンに近くなっていることから,操業方法の変更による効果が期待できることがわかった。

 本研究において操業場所の調整のみでも管理効果を期待できることが示されたが,今後はさらに他の混獲物の漁獲やイセエビの漁期中・漁期間の移動についての検討を加え,漁場の資源をより有効に利用する操業方法を検討することが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 イセエビ刺網漁業は本邦沿岸域における重要な漁業である。そして、現実の漁業では混獲されるサザエを主対象として操業を行う場合もあることから,漁業管理を検討するに当たっては混獲されるサザエの漁獲への影響も考慮する必要がある。本論文では三重県和具地区におけるイセエビ刺網漁業を対象に,漁場・水深別の操業を行った場合のイセエビとサザエの漁獲金額の推移をシミュレーションによって比較し,管理効果を検討した。

1.イセエビの資源評価

 イセエビの雌雄別体長組成データを用いて体長組成解析を行い,最尤法によって季節的成長を含むRichardsの成長モデルを適用して成長を推定した。成長式から推定された頭胸甲長の平均値は雄では1齢で41.3mm,2齢で61.3mm,3齢で75.4mm,雌では1齢で40.5mm,2齢で57.1mm,3齢で68.8mmとなり,成長に雌雄差が見られた。また,体長組成解析から得られた漁獲物の年齢組成によると,イセエビの漁獲の主体は雌雄共に2齢群であるが,多数の1齢群が漁獲されていることがわかった。

 漁獲記録及び操業記録からイセエビ1齢群に相当する銘柄「小」と銘柄「特小」の漁場別の漁獲量を調べ,DeLury法により初期資源尾数の推定を行った結果,イセエビ1齢群は浅海域に多く分布することがわかった。

2.サザエの資源評価

 イセエビ刺網漁業で漁獲されたサザエの体長組成解析の尤度と日周輪を用いて推定された月別の体長組成解析の尤度をもとめ,両尤度の合計を最大とする成長式のパラメーターをもとめた。成長式にはイセエビと同様の成長モデルを用いた。成長式から推定された平均殻高は1齢で27.3mm,2齢で56.3mm,3齢で83.6mm,4齢で104.9mmとなった。また,体長組成解析から得られた年齢組成によると,漁獲の主体は2齢群であった。

 イセエビ刺網で漁獲されたサザエの2,3齢群の比率から全減少係数Zを求めた。各漁場におけるZはそれぞれ2.00, 1.05, 0.99となった。自然死亡係数M=0.1,0.2,0.3を仮定し,各漁場における漁獲努力量からM毎の漁具能率qの値を検討し,以下のシミュレーションモデルに適用した。

3.イセエビ刺網漁業の漁業シミュレーション

 以上の解析から得られたパラメーター推定値を用いてイセエビおよび混獲されるサザエの漁獲シミュレーションを行った。漁場への出漁時期を変えた6パターンを設定し,各パターンで3年間操業を行った場合の漁獲金額を比較することとした。

 イセエビに関しては,雌雄共に漁獲の主体となる1〜3齢群までを漁獲の対象とした。自然死亡係数は0.2で各年齢共通,漁具能率は環境変化を考慮して過去の環境データの平均値を適用して計算した。漁獲されなかったイセエビは翌年以後3齢群まで漁獲されるとして計算を行った。サザエに関しては漁獲対象を漁獲の主体である2齢のみとし,生き残りのサザエの翌年への繰越しは考慮しなかった。

 シミュレーションの結果,イセエビ及びサザエの初期資源尾数が変動しても,漁期初期にはサザエが多い漁場で操業を行う方が,若齢イセエビが多く分布する漁場で操業する場合よりもイセエビとサザエの合計漁獲金額が増加する結果が得られた。三年間の合計漁獲金額が最大及び最小になる操業パターンで比較したところ,その差はイセエビ1齢群雄の加入尾数が4万尾の場合に634〜668万円,10万尾の場合に1266〜1300万円で,初期資源尾数が多くなるほど大きな効果が得られた。資源の再生産への影響を検討するため,各パターンにおいて1〜3年目の漁期で生き残ったイセエビ1〜3齢群による齢毎の産卵数の3年間の合計を比較したところ,漁獲金額が多いときの操業パターンの場合に産卵数も増加した。現実の漁業では,むしろこの逆の操業パターンに近くなっていることから,操業方法の変更による効果が期待できることがわかった。

 以上、本論文は、イセエビ漁業の現場調査によりイセエビとサザエの成長と分布を明らかにした。そして、それに基づく漁獲シミュレーションにより、操業場所の調整のみでも管理効果を期待できることを示したもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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