No | 117179 | |
著者(漢字) | 小谷,真也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コダニ,シンヤ | |
標題(和) | 殺藻細菌の産生する抗藻物質に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on antialgal compounds of algicidal bacteria | |
報告番号 | 117179 | |
報告番号 | 甲17179 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2375号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 夏場湖沼において形成されるアオコは、主に藍藻類の異常増殖によって引き起こされ、肝臓毒やカビ臭を産生することで環境上問題となっている。凝集剤などを用いたアオコの制御に関する試みは1950年代から取り組まれているが、より環境に負荷の少ない防除方法として拮抗微生物を用いた方法が注目を浴びている。藍藻に対する拮抗微生物にはアメーバ、細菌、カビ、シアノファージなどに関して多数報告があるが、特に藍藻を溶解する細菌に関しては、その殺藻特異性の広さから環境への応用が期待されている。これまでの研究で殺藻細菌のバイオマスと湖沼中の植物プランクトン量は密接な関係があり、殺藻細菌がアオコの消滅に関与していることが明らかとなっている。現在までに、アオコの防除を目的として殺藻細菌の殺藻機構を解明する試みが多数行われている。その中で、プロテアーゼ、グルコシダーゼなどの酵素類、β−ラクタム系の抗生物質などが殺藻に関与していると推定されているが、抗藻物質の単離、構造決定に関しては、研究報告が少ないのが現状である。このような背景のもとに、本研究では、藍藻の発生の顕著な湖沼から殺藻細菌を単離し、殺藻細菌の培養液および菌体から抗藻物質の単離、同定を行った。 1.殺藻細菌のスクリーニング 殺藻細菌のスクリーニングに関しては2つの方法を用いた。第一の方法として、1999年の3月から5月にかけて、藍藻の発生の顕著な千葉県手賀沼および東京都上野不忍池において表層水のサンプリングをおこなった。その後、表層水からワックスマン培地を用いて64株の細菌を単離した。それぞれの菌株を5mLの液体培地で3日間培養したのちに、15mLのMeOHを加え抽出した。得られた抽出液を濃縮後、藍藻Anabaena cylindrica (NIES-19)に対する抗藍藻アッセイ(ペーパーディスク法)に付した。その結果、活性が見られたのはM1株と命名した株1株のみであった。第二の方法として、2000年1月から10月まで上野不忍池および九段下皇居外堀において表層水のサンプリングを行った。サンプリングした表層水約100μLを0.5%カシトンCB寒天培地に塗布し、5日間25℃でインキュベートした。出現してきたコロニーをA. cylindricaを含むCB寒天培地上に白金耳を用いてそれぞれ接種した。その後、5日間インキュベートし、プラーク形成能の有無により抗藍藻活性を判断した。その結果、14株の殺藻細菌を得ることが出来た。また、2001年3月中にワックスマン培地を用いて上野不忍池表層水および底泥から、同様の方法により15株の殺藻細菌を単離した。 2.16S rDNAによる殺藻細菌の同定 得られた殺藻細菌30株に対してコロニーPCR法を行った。PCRのプライマーに関しては大腸菌の16S rDNAから細菌間でよく保存されている領域を用いてデザインした。すなわち、5'末端の8番目から27番目までの塩基配列27F(5'-AGAGTTTGATCATGGCTCAG-3')、3'末端の1510番目から1492番目までの塩基配列1492R(5'-GGTTACCTTGTTACGACTT-3')の2つのプライマーを用いた。殺藻細菌30株の内16株については、ほぼ全長1.5kbpをDNAシーケンサーを用いて解析した。また、残りの14株についても約500bpの部分配列の解析を行った。その結果、30株の内、15株がPseudomonas属、8株がBacillus属、3株がArthrobacter属、2株がStreptomyces属に含まれる細菌であることが明らかとなった。また、残りの2株の内、1株がCytophaga-Flavobacterium groupに含まれる細菌で、もう1株がPaenibacillus属に近い細菌であることが明らかとなった。 3.二次スクリーニング 得られた殺藻細菌30株に関して二次スクリーニングを行った。すなわち、それぞれの菌株を500mLの液体培地で培養し、MeOH抽出後、H2O/EtOAcを用いた二層分配を行い、脂溶性画分および水溶性画分に分画した。それぞれ得られた画分をペーパーディスクを用いた抗藍藻試験に付したところ、脂溶性画分では、Pseudomonas属の細菌から5株、Bacillus属の細菌全てに活性が見られた。また、Paenibacillus sp. S4株は水溶性、脂溶性ともに抗藍藻活性を示した。 4.Psedomonas sp. K44-1株の産生する抗藍藻物質の単離と同定 二次スクリーニングで脂溶性画分に活性の見られたPseudomonas sp. K44-1株について0.5%カシトンCB培地で大量培養を行った。得られた全培養液を超音波処理によって細胞を破砕した後にEtOAcで抽出を行った。その結果、20Lの全培養液から1.52gの粗抽出物を得た。EtOAc粗抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに吸着させ、順次CH3Cl3、CHCl3/MeOH(9:1)、CHCl3/MeOH(8:2)、CHCl3/MeOH(6:4)の溶媒系で溶出した結果、CHCl3/MeOH(9:1)の画分に抗藍藻活性が見られた。活性画分をODSを用いた逆相HPLCで分取することにより、活性成分であるharmane(1-methyl-β-carboline)を2.1mg得ることが出来た。harmaneの同定については1H NMRおよびHRFABMS、1H-1H COSY、HMBC、HMQC、NOESYを含む各種二次元NMRの解析により行った。harmaneおよび標品のnorharmane(β-carboline)はともにA. cylindricaおよびMicrocystis aeruginosaに対して、30μg/diskで活性を示した。 5.Bacillus sp. M1株の殺藻活性と産生する抗藍藻物質の同定 Bacillus sp. M1株をA. cylindricaを含む寒天培地上に接種した結果、強いプラーク形成能を示した。そこで、二者培養実験を行うため7日間前培養しておいたA. cylindricaの液体培養液に対して104から107cells/mLの細胞密度でM1株を接種した。その結果、M1株は105から107cells/mLの接種濃度で、殺藻活性を示すことが明らかとなった。抗藍藻物質を得ることを目的として、M1株をワックスマン培地で大量培養し、菌体を遠心分離により回収した。乾燥菌体9.8gに対して2Lの80%MeOHで三回抽出を行った後、2LのMeOHで抽出を行った。80%MeOHとMeOH抽出物を合一後、ODSカラムクロマトグラフィーに付し、20%MeOH、50%MeOH、70%MeOH、MeOHの含水系溶媒で順に溶出した。活性の見られたMeOH画分に関して、ODSを用いた逆相HPLCによる分取を行い、活性物質であるsurfactinを22.8mg得ることが出来た。surfactinの同定は、アミノ酸分析、各種NMRの測定、HRFABMSの測定によって行った。HRFABMSの測定により分子式は、C53H93N7O13と決定された。surfactinの加水分解物をアミノ酸分析に付したところ、4モルのLeu、1モルのVal、Glu、およびAspを検出した。さらに0.5%の無水TFAを含むDMSO-d6中で1H NMRを測定した結果、β−ヒドロキシ脂肪酸の存在が示唆された。1H-1H COSY、HMBC、HMQC、NOESYを含む各種二次元NMRの測定を行ったところ各ユニットの配列が決定され、1968年にBacillus subtilisより単離された抗生物質surfactinの構造と一致することが明らかとなった。surfactinは、藍藻類A. cylindrica、Oscillatoria agardhii、M. aeruginosa、M. viridisに対して、30μg/diskで活性を示した。一方緑藻類Chlorella vulgarisとChlamydomonas tetragamaに対しては30μg/diskで活性を示さなかった。surfactinはグラム陰性菌外膜に対して作用することが知られており、藍藻類もグラム陰性菌に近い膜構造を持つことから、その特異的な活性が説明できると考えられた。 6.Paenibacillus sp. S4株の産生する抗藍藻物質の単離と同定 二次スクリーニングで脂溶性および水溶性画分に活性の見られたPaenibacillus sp. S4株について、ワックスマン寒天培地上で固体培養を行った。5Lの培養寒天を凍結乾燥後、粉末状にし、2LのMeOHで3回抽出を行った。MeOH抽出物を減圧濃縮後、H2O/EtOAcで二層分配を行い、さらに活性の見られたH2O画分を等量のn-BuOHで抽出した。得られたn-BuOH画分をODSカラムクロマトグラフィーに付し、順次20%MeOH、40%MeOH、60%MeOH、80%MeOH、MeOHの含水系の溶媒で溶出した。活性の見られた80%MeOH画分から、ODSを用いた逆相HPLCにより既知化合物であるpermetin AおよびYM-28160をそれぞれ3.5および4.4mg得ることが出来た。permetin AおよびYM-28160の同定はsurfactinの同定と同様にして加水分解物のアミノ酸分析、HRFABMS、各種NMRスペクトルデータの解析によって行った。permetin AおよびYM-28160は藍藻類A. cylindrica、O. agardhii、M. aeruginosa、M. viridisに対して、30μg/diskで活性を示した。一方緑藻類C. vulgarisとC. tetragamaに対しては30μg/diskで活性を示さなかった。 以上のように殺藻活性を持つPseudomonas属の細菌、Bacillus属、およびPaenibacillus属の細菌から、4種類の抗藍藻物質を得ることが出来た。これらの細菌は環境水中に広く存在することが知られており、菌自体が藍藻の防除に対して有効なのはもとより、本研究によりその産生する物質が有効である可能性が示された。 | |
審査要旨 | 夏場湖沼において形成されるアオコは、主に藍藻類の異常増殖によって引き起こされ、肝臓毒やカビ臭を産生することで環境上問題となっている。凝集剤などを用いたアオコの制御が行われているが、より環境に負荷の少ない防除方法として拮抗微生物を用いた方法が注目を浴びている。藍藻に対する拮抗微生物にはアメーバ、細菌、カビ、シアノファージなどに関して多数報告があるが、特に藍藻を溶解する細菌に関しては、その殺藻特異性の広さから環境への応用が期待されている。しかしながら、抗藻物質の単離、構造決定に関しては、研究報告が少ないのが現状である。このような背景のもとに、本研究では、藍藻の発生の顕著な湖沼から殺藻細菌を単離し、殺藻細菌から抗藻物質の単離、同定を行った。 まず、殺藻細菌のスクリーニングを行った。第一の方法として、藍藻の発生の顕著な千葉県手賀沼および東京都上野不忍池において表層水のサンプリングをおこなった。その後、表層水からワックスマン培地を用いて64株の細菌を単離した。培養菌体をMeOHで抽出し、得られた抽出液を濃縮後、藍藻Anabaena cylindrica (NIES-19)に対する抗藍藻アッセイ(ペーパーディスク法)に付した。その結果、活性が見られたのは1株のみであった。第二の方法として、サンプリングした表層水約100μLを0.5%カシトンCB寒天培地に塗布し、5日間25℃でインキュベートし、出現してきたコロニーをA. cylindricaを含むCB寒天培地上に白金耳を用いてそれぞれ接種した。その後、プラーク形成能の有無により抗藍藻活性を判断した。その結果、14株の殺藻細菌を得ることが出来た。また、ワックスマン培地を用いて上野不忍池表層水および底泥から、同様の方法により15株の殺藻細菌を単離した。 このようにして得られた殺藻細菌30株に対してコロニーPCR法を行った。プライマーに関しては大腸菌の16S rDNAから細菌間でよく保存されている領域を用いてデザインした。その結果、30株の内、15株がPseudomonas属、8株がBacillus属、3株がArthrobacter属、2株がStreptomyces属に含まれる細菌であることが明らかとなった。また、残りの2株の内、1株がCytophaga-Flavobacterium groupに含まれる細菌で、もう1株がPaenibacillus属に近い細菌であることが明らかとなった。 次に、得られた殺藻細菌30株に関して二次スクリーニングを行った。すなわち、それぞれの菌株をMeOH抽出後、二層分配を行い、脂溶性画分および水溶性画分に分画した。それぞれ得られた画分をペーパーディスクを用いた抗藍藻試験に付したところ、脂溶性画分では、Pseudomonas属の細菌から5株、Bacillus属の細菌全てに活性が見られた。また、Paenibacillus sp. S4株は水溶性、脂溶性ともに抗藍藻活性を示した。 二次スクリーニングで脂溶性画分に活性の見られたPseudomonas sp. K44-1株について0.5%カシトンCB培地で大量培養を行った。菌体をEtOAcで抽出し、各種クロマトグラフィーにより殺藻物質を単離し、機器分析の結果、活性物質をharmaneと同定した。Harmaneおよび標品のnorharmane(β-carboline)はともにA. cylindricaおよびMicrocystis aeruginosaに対して、30μg/diskで活性を示した。 Bacillus sp. M1株はA. cylindricaを含む寒天培地上に接種した結果、強いプラーク形成能を示した。そこで、二者培養実験を行うため7日間前培養しておいたA. cylindricaの液体培養液に対して104から107cells/mLの細胞密度でM1株を接種した。その結果、M1株は105から107cells/mLの接種濃度で、殺藻活性を示すことが明らかとなった。さらに大量培養菌体をMeOHで抽出し、各種クロマトグラフィーにより分画した結果、活性物質としてsurfactinを22.8mg得ることが出来た。Surfactinの同定は、アミノ酸分析、各種NMRの測定、HRFABMSの測定によって行った。その結果、Bacillus subtilisより単離された抗生物質surfactinの構造と一致することが明らかとなった。Surfactinは、A. cylindrica、Oscillatoria agardhii、M. aeruginosa、M. viridisに対して、30μg/diskで活性を示した。 最後に、二次スクリーニングで脂溶性および水溶性画分に活性の見られたPaenibacillus sp. S4株について、ワックスマン寒天培地上で固体培養を行った。MeOH抽出物を減圧濃縮後、各種クロマトグラフィーによりpermetin AおよびYM-28160をそれぞれ3.5および4.4mg得ることが出来た。Permetin AおよびYM-28160はA. cylindrica、O. agardhii、M. aeruginosa、M. viridisに対して、30μg/diskで活性を示した。 以上のように本論文は、抗藍藻活性を指標とした幅広いスクリーニングの結果、殺藻活性を持つPseudomonas属の細菌、Bacillus属、およびPaenibacillus属の細菌から、4種類の抗藍藻物質を単離・構造決定した。これらの細菌は環境水中に広く存在することが知られており、菌自体が藍藻の防除に対して有効なのはもとより、本研究によりその産生する物質が有効である可能性が示されたものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。 | |
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