学位論文要旨



No 117189
著者(漢字) 望月,秀俊
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,ヒデトシ
標題(和) 砂および粘土の熱伝導率の水分・塩類濃度依存性に関する研究
標題(洋)
報告番号 117189
報告番号 甲17189
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2385号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 助教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
内容要旨 要旨を表示する

 現代の重大な環境問題には,地球温暖化と土壌の塩類化がある.土壌の塩類化が解決されれば,農地を大量に回復することができ,食糧を増産することができる.土壌の塩類化に関する基礎研究に,土壌中の水・熱・塩類の同時移動解析がある.同時移動の解析は各要素の連立微分方程式を構築し,それを解くことによってなされる.連立微分方程式を解くには,それぞれの移動係数を正確に把握する必要がある.本研究では,土壌中の水・熱・塩類の同時移動解析に必要な移動係数の中から土壌の熱伝導率に着目した.

 土壌の熱伝導率は,土壌に固有の物性値で,水分・温度・乾燥密度などに依存する.また,土壌溶液中に溶解している塩類やその濃度にも依存する.土壌の熱伝導率の水分依存性については,多くの研究がなされているが,塩類濃度依存性に関する研究は少なく,特に土壌中の微生物や有機物の影響のない単純な系を仮定した研究は見当たらない.この単純な系は,試料に砂と粘土を用いることで構築できる.そこで,本研究の目的を,砂および粘土の熱伝導率の水分・塩類濃度依存性を明らかにすること,とした.また,Cass et al. (1984)の方法を用いて,圧力依存性から見かけの熱伝導率を伝導成分と水蒸気成分に成分分離し,それぞれの成分の水分・塩類濃度依存性を評価した.本研究では塩類化土壌で確認される代表的塩類,NaClを用いることとした.

 本研究では,恒温恒湿チャンバー内に設置した加圧チャンバー内に試料を静置し,ガスボンベで圧力を調整し,試料が設定した温度になるのを待った後,Kasubuchi (1977)の開発した双子型プローブ法を用いて熱伝導率を測定した.実験試料には,以前に日本の標準砂であった豊浦砂と,豊浦砂の粒径分布の最頻値と同じ粒径を持つガラスビーズ(以下GB015),代表的非膨潤性粘土カオリンと代表的膨潤性粘土モンモリロナイトを含むクニゲルV1を用いた.

 測定を行った結果,豊浦砂,GB015,カオリンについてはよく似た水分・NaCl濃度依存性が確認されたが,クニゲルV1については,全く異なる依存性が確認された.

豊浦砂・GB015・カオリンの熱伝導率の水分依存性

 豊浦砂,GB015,カオリンの熱伝導率の水分依存性をFig. 1に示した.豊浦砂,GB015,カオリンの見かけの熱伝導率は伝導成分が非常に大きく,水蒸気成分は小さかった.このため,見かけの熱伝導率の水分依存性は伝導成分の水分依存性によって決定されることがわかった.

 伝導成分は水分量の増加に伴って三段階の上昇を示し,試料によって各段階に含まれる水分域が異なることがわかった.風乾からある体積含水率θ1までは,伝導成分は水分量の増加に伴って急激に上昇する.(第一段階)体積含水率θ1−θ2では,伝導成分は水分量の変化に対して直線的に上昇した.(第二段階)θ2以上の高水分域は,見かけの熱伝導率の測定結果のバラツキが非常に大きく,統一した傾向は明らかにできなかった.(第三段階)水分依存性の傾向はNaCl濃度が高くなっても同様の傾向を示した.

 一方,水蒸気成分は,NaClを含まない場合,風乾状態の試料では確認されないが,水分量が増加するのに伴って直線的に上昇し,θvMaxで最大値を取ると,それ以上の水分量では直線的に低下し,θvLmt以上になると確認されなかった.また,NaCl濃度が高くなるにつれて,水蒸気成分は小さくなった.

 各試料のθ1,θ2,θvMax,θvLmtはTable 1に示したとおりである.

豊浦砂・GB015・カオリンの熱伝導率のNaCl濃度依存性

 本研究では,含水比を一定にした時の,豊浦砂,GB015,カオリンの熱伝導率のNaCl濃度依存性は,水分依存性で示した第二段階のみについて詳しく検討した.なぜなら,第一段階は水分量変化に対する熱伝導率の変化が大きく,第三段階は測定値のバラツキが非常に大きかったためである.

 豊浦砂の熱伝導率のNaCl濃度依存性をFig. 2に示した.水分依存性の第二段階に相当する含水比では,NaCl濃度依存性は二つのパターンに分けられる.豊浦砂の場合,第二段階の低水分域では伝導成分は上昇する.これはNaClを豊浦砂に加えると体積含水率が増大するためであると考えられる.水蒸気成分は,NaCl添加による相対湿度の低下や,体積含水率の増大による気相率の低下によって低下するが,見かけの熱伝導率への寄与が非常に小さいために,見かけの熱伝導率は上昇した.第二段階の高水分域では,伝導成分はNaCl濃度が高くなるのに伴って低下する.これはNaCl水溶液の熱伝導率の濃度依存性によると考えられた.また,水蒸気成分は,低水分域と同様に低下する.両成分の依存性を合わせ,見かけの熱伝導率はNaCl濃度の上昇に伴って低下する.GB015とカオリンの場合は,豊浦砂の場合と逆に,低水分域で見かけの熱伝導率は低下し,高水分域で上昇した.しかし,全ての試料の熱伝導率は,第二段階に相当する含水比では,NaCl濃度の上昇に対して直線的に変化した.Noborio and McInnes (1993)が,含水比一定の熱伝導率のNaCl濃度依存性を曲線で表現したのとは,対照的な結果となった.また,Noborio and McInnesは土壌の熱伝導率は,水分量に依らずNaCl濃度が高くなると,低下することを示したが,本研究では逆に上昇することがあることがわかった.

クニゲルV1の熱伝導率の水分依存性

 クニゲルV1は膨潤性粘土で,豊浦砂などとは同様の実験条件を設定することができず,水分飽和に近い高水分量(ω=100-1000%)と粘土が凝集・沈降しない低濃度に限定して測定を行った.その結果,クニゲルV1では水蒸気成分がほとんど確認されず,見かけの熱伝導率は伝導成分のみで構成されることがわかった.

 クニゲルV1の伝導成分は含水比に反比例して低下し,水の熱伝導率に漸近した.クニゲルV1の水分量は飽和に近い高水分量であるため,伝導成分は固相率(すなわち乾燥密度)に大きく依存することがわかった.測定を行った水分域では,クニゲルV1の熱伝導率は含水比の逆数と直線関係にあり,直線近似により外挿したY切片,すなわち乾燥密度0Mg/m3のときは,水の熱伝導率(0.620W/m K)と非常に近い値を示した.得られた近似直線はEq.(1)である.

クニゲルV1の熱伝導率のNaCl濃度依存性

 クニゲルV1の熱伝導率はNaCl濃度に関わらず,ほぼ一定であった.これは,実験を行うことができたNaCl濃度の幅が狭く,NaCl水溶液の熱伝導率の変化は非常に小さいことや,水分飽和状態に近い水分量では熱伝導率は土壌溶液よりの熱伝導率よりも乾燥密度に大きく依存することによると考えられる.

熱伝導率の水分・NaCl濃度依存性のモデル化

 クニゲルV1は他の三試料と全く異なる熱伝導率の水分・NaCl濃度依存性を示したため,モデル化はEq.(1)で行った.水分依存性の第二段階では,豊浦砂,GB015,カオリンの熱伝導率は,NaCl濃度の上昇にともなって直線的に変化したので,この特性を利用したモデル化を試みた.熱伝導率λは直線的に変化したので,傾きmとNaCl濃度C,NaCl濃度が0mol/kgの時の熱伝導率λ'を用いて,Eq.(2)で表現される.

傾きmとλ'の含水比依存性を調べたところ,mとλ'も第二段階にあたる含水比では直線的に変化したため,Eq.(2)はEq.(3)となり,含水比:ωとNaCl濃度:Cを変数とした,非常に簡単なモデルを構築することができた.各パラメータはTable 2に示した.

 このモデルと既存の熱伝導率予測モデルを用いて熱伝導率の予測値と測定値を比較したところ(Fig. 5),新モデルは,試料に関わらず,既存のモデルと同等以上によく測定値をよく再現することがわかった.Table 3に豊浦砂の場合の相関係数を示した.また,既存のモデルに比べて,計算が簡便で,かつ汎用性が高いことを示すことができた.

 本研究で熱伝導率の水分・NaCl濃度依存性を表現するモデルを構築したことによって,これまでよりも簡便かつ正確に熱伝導率を予測できる.また,このモデルを用いれば,土壌中の水・熱・塩類の同時移動を以前より簡便かつ正確に解析できると考えられる.低・高含水比の水分・NaCl濃度依存性を明らかにし,全水分域での依存性を明らかにすることや本研究のモデルを用いてシミュレーションを行うことは今後の課題として残す.

Fig. 1 豊浦砂(左),GB015(中),カオリン(右)の熱伝導率の水分依存性

Table 1 各試料の体積含水率の代表値(%)

Fig. 2豊浦砂の熱伝導率のNaCl濃度依存性

(左:ω=4%,右:ω=12%)

Fig. 3クニゲルV1の熱伝導率の水分依存性

Fig. 4mとλ'の含水比依存性(豊浦砂)

Table 2 新モデルのパラメータ

Table 3 モデルの相関係数(豊浦砂)

Fig. 5モデルの予測値と実測値の比較(豊浦砂)

審査要旨 要旨を表示する

 土壌表面に塩類が集積すると、作物生育を阻害し、農業生産を不可能にさせるだけではなく、その土地の物質循環やエネルギー収支にも著しい影響を及ぼすので、塩類集積問題は地球的規模の環境問題として特に重視されている。中でも、塩類集積を起こした土地の熱環境の変化は、マクロな気象環境にも影響を及ぼす重大問題であるが、これまでのところ、こうした熱環境問題へのアプローチは極めて少ない。

 本論文は、塩化ナトリウムNaClが土壌の熱伝導率へ及ぼす影響を、高い精度で測定し、さらに土壌の熱伝導率のNaCl濃度依存性を表す実用性の高いモデルを新規に提案し、これをもって塩類集積を起こした土地の熱環境変化を解析するための基礎的貢献を意図したものである。

 第1章では、序論として研究の背景、既往の研究、および本研究の目的を述べた。特に、土壌の熱伝導率の水分依存性の研究蓄積が多いことに比較して、塩分依存性研究が著しく立ち後れていることを説明した。

 第2章では、研究に用いた試料と実験方法を述べた。従来の研究例では多くが砂質土に止まっているので、本研究では砂質土以外に模擬試料としてのガラスビーズを用い、さらに全く異なる物理性を有すると考えられる非膨潤性粘土(カオリン)、膨潤性粘土(クニゲルV1)を用いたことを述べた。これら粘土試料の熱伝導率の測定例は極めて少なく、その塩分依存性のデータに至っては、世界的にも見あたらない。

 第3章では、豊浦砂の熱伝導率のNaCl依存性を述べた。まず、NaCl水溶液の濃度が増加すると、(1)溶液の熱伝導率が低下し、(2)平衡水蒸気圧が低下し、(3)同一含水比における水溶液体積が増加すること、を既往の文献値などから明らかにした。以上(1)(2)(3)の要因は、豊浦砂以外の、本研究で用いた試料全てにおいて共通する影響因子である。測定結果によれば、豊浦砂の熱伝導率はNaCl濃度によって増加する場合も低下する場合もあり非常に複雑であるが、その理由は上記(1)(2)(3)の要因が同時並行的に作用する結果であることを述べた。

 第4章では、ガラスビーズの熱伝導率のNaCl依存性を述べた。ガラスビーズにおいても、豊浦砂同様、熱伝導率はNaCl濃度によって増加する場合も低下する場合もあったが、どちらかというと増加傾向の方が多かった。

 第5章では、非膨潤性粘土(カオリン)と膨潤性粘土(クニゲルV1)の熱伝導率のNaCl依存性を述べた。カオリンの熱伝導率は、含水比が10%程度の時はNaCl濃度増加に伴って低下したが、含水比が20%またはそれ以上に増加すると変化が少なくなり、むしろ熱伝導率が上昇傾向に変化した。一方クニゲルV1の熱伝導率は、NaCl濃度変化によってほとんど変化せず、含水比変化に伴う体積変化(膨潤と収縮)の影響が支配的であることが分かった。

 第6章では、熱伝導率の水分・NaCl濃度依存性のモデル化を試みた。まず、豊浦砂、ガラスビーズ、カオリン、クニゲルV1において、土壌溶液のNaCl濃度増加に対して熱伝導率は増加または減少することが明らかとなったが、これら増減の全てにおいて直線近似が可能であることを見いだした。そこで、熱伝導率λを、溶液のNaCl濃度Cの1次関数として表した。次に、その1次関数における2つの係数が含水比ωの1次関数であることを実験データで証明した。最後に、NaCl濃度Cの1次関数の係数に含水比ωの1次関数を代入することにより、非常にシンプルで実用性の高いモデル式を得ることに成功した。この式に含水比と塩分濃度を代入するだけで、対象とする試料の熱伝導率が予測できることがわかった。なお、膨潤性粘土クニゲルV1の熱伝導率においては、NaCl濃度依存性が小さく、含水比依存性が大きかったので、含水比のみを変数とするモデル式を別途提案した。

 以上要するに、本論文は土壌溶液のNaCl濃度が土壌の熱伝導率に及ぼす影響を実験的に明らかにし、世界的に見ても最先端の成果を挙げたものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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