学位論文要旨



No 117190
著者(漢字) 飯山,一平
著者(英字)
著者(カナ) イイヤマ,イッペイ
標題(和) 排水に伴う泥炭地盤の沈下機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 117190
報告番号 甲17190
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2386号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 助教授 塩沢,昌
 東京大学 助教授 溝口,勝
内容要旨 要旨を表示する

 泥炭地を開墾するためには過剰水の排水が必須であるが、排水に伴って生じる、長期にわたる著しい沈下が問題とされてきた。泥炭地盤の沈下に関しては、圧密試験に基づく検討がなされてきており一定の成果をあげているものの、泥炭地を開墾してできた農地における沈下については、沈下過程の全容を把握した上での沈下予測が適切に行われてきたとはいえない。そこで本研究では、排水に伴う泥炭地盤の沈下現象を把握し、その沈下機構をモデル化すること、及び実際の地盤沈下現象にモデルを適用し、沈下予測の方法について考察することを目的とした。

 まず、排水に伴う泥炭地盤の沈下現象を室内において再現し、沈下の全容を把握することを目的とした沈下実験を行った。実験に用いた泥炭土試料は、北海道農業研究センター生産環境部水田土壌管理研究室美唄分室敷地内の湿原より採取した高位泥炭土、及び隣接する防風林より採取した中間泥炭土であった。そして、不攪乱で採取した泥炭土試料から柱状供試体を作成し、水を張った容器内に安置してこれを飽和させた後、容器からの排水によって柱状供試体周囲の水位を低下させた。水位低下終了の後は、柱状供試体底面に一定の負圧を与え続けた。水位低下開始の時点を実験開始時刻とし、柱状供試体各部の変位、供試体内部の間隙水圧、供試体からの排水量をそれぞれ経時的に測定した。

 その結果、排水に伴う泥炭土の沈下挙動は、著しい初期沈下、供試体からの排水を伴う緩慢な沈下、水分移動がほぼ終了した後に生ずる極めて緩慢な一定速度での沈下の3つの過程からなることを見出した(Fig.1)。また、2〜10週間の実験期間で生じた全沈下量は、供試体初期高さに対するひずみに換算して、高位泥炭土供試体で3.7〜11.5%、中間泥炭土供試体で2.4〜2.9%であり、全沈下量の3割から5割を開始から数分のうちに生ずる初期沈下が占めていることを明らかにした。排水がほぼ終了した後の一定速度沈下過程における沈下速度は、高位泥炭土供試体で2.5〜3.7cm/yr.、中間泥炭土供試体で1.2〜2.9cm/yr.であり、時間に対する線形性の高さ、及び既往の研究に見られる野外調査結果から、有機物の分解消失が主因とする沈下過程であることが示唆された。さらに、水位履歴を与えた沈下実験により、排水に伴う沈下は非常に不可逆性が高く、水位履歴に伴って進行する沈下は排水過程において生じていること、沈下は水位の回復により抑制できることを明らかにした。

 続いて、全沈下量に対して大きな割合を占め、且つこれまで沈下解析の対象外とされてきた初期沈下の機構を明らかにすることを目的として、初期沈下実験を行った。初期沈下はその量が大きく、また極めて短時間のうちに生ずることが予想されたため、実験の再現性を重視し、外乱の少ない均質な試料としてペーパータオルを積み上げたものを泥炭土の模擬試料として用いた。初期沈下実験として、沈下挙動に焦点を当てた沈下測定実験、初期沈下過程における有効応力変化の把握を目的とした自重測定実験、及び間隙水圧分布変化の把握を目的とした水圧測定実験の3種類の実験を行った。

 沈下測定実験の結果、水位低下の終了する前後で供試体の沈下挙動が明らかに異なっていたことから、初期沈下過程を水位低下中の沈下過程と定義した。また、初期沈下過程におけるひずみの増加が供試体各部において同時に生じていることを確認した(Fig.2)。自重測定実験の結果、供試体底面における、水位低下と浮力の喪失による有効応力の増加との関係を明らかにした。水圧測定実験の結果、初期沈下過程中の間隙水圧分布の変化を把握した。さらに、水圧測定実験によって得られた初期沈下過程中の間隙水圧分布の変化から、初期沈下過程において供試体内の透水係数及び間隙水圧勾配が一定である、という近似をおいて間隙水圧分布の変化モデル化し、これに有効応力の原理を適用して初期沈下過程における有効応力分布の時間変化を定式化した。

 初期沈下実験の結果に基づいて、初期沈下挙動のモデル化を行った。まず、定式化した有効応力分布の時間変化から、水位低下速度に有効応力の時間増加率は比例する、という関係式を導いた。続いて、沈下測定実験の結果を基に、有効応力の増加に供試体のひずみの増加は比例する、という仮定をおいて、初期沈下挙動を表すモデルを導いた。

 得られた初期沈下モデルは、初期沈下実験による実測の沈下曲線をよく表した。また、モデル中の変形係数と供試体初期層厚との間の比例関係を見出し、これを実験的に確認することによって、モデルの実際の地盤層厚への適用法を得た。さらに、初期沈下モデルが泥炭土供試体の初期沈下挙動に対して適用できることを実測によって確認し、高位泥炭土の変形係数を定めた(Fig.3)。

 続いて、初期沈下モデルを用いて実際規模の地盤沈下量の予測を行った。初期沈下モデルは、水位低下量から沈下量を予測するモデルであることから、Dupuit-Forchheimer仮定による楕円公式を用いて排水路掘削時の水位低下量を予測し、初期沈下量を求める方法を提案した。さらに、既往の研究による値及び不攪乱泥炭土柱状供試体を用いた沈下実験の結果から水位低下後の分解消失による沈下速度を3cm/yr.として初期沈下量に加え合わせ、野外試験における15年間での沈下量と予測沈下量とを比較した。

 その結果、高位泥炭地に46m間隔で深さ1.5mの排水路を掘削した場合の初期沈下量の予測値は、排水路間中央で9.0cm、排水路近傍で14.3cmとなった。また、排水路掘削後15年での全沈下量の予測値は、排水路間中央で54.0cm、排水路近傍で59.3cmであったことから、全沈下量のうち16.7〜24.1%が初期沈下、残りが分解消失沈下であると評価された。また、この沈下予測に基づく地表面分布は実測の地表面分布をよく再現した(Fig.4)。

 さらに、予測沈下量に対して初期沈下モデル中の定数及び泥炭土層の飽和透水係数がどのように影響するかを検証したところ、排水路を深く掘削する場合にはモデル中の定数の評価が、浅い排水路の場合には泥炭土層の飽和透水係数の評価が厳しく問われるという留意点を得た。

Fig.1 高位泥炭土供試体(H)及び中間泥炭土供試体(T)の時間沈下曲線.初期沈下、沈下速度を減じながらの沈下、ほぼ一定速度での沈下の3過程.

 Subsidence curves of high moor peat (H) and transition peat (T) specimens. There are 3 processes such as Initial subsidence, intermediate subsidence and const ant rate subsidence.

Fig.2 ペーパータオル供試体の初期沈下挙動.供試体各部のひずみと水位の時間変化.

 Initial subsidence behaviror of a papertowel specimen. Changes of strain of each part of a specimen and water table level.

 Fig.3 高位泥炭土供試体の実測沈下曲線への初期沈下モデルの適用.

 Application of the initial subsidence model to measured data for high moor peat secimens.

 Fig.4 排水路掘削後15年での予測地表面と野外試験結果(北海道農事試験場,1937)との比較.○、●はそれぞれ実測の地表面及び地下水位.

 Comparison between predicted ground surface 15 years after digging ditches and measured data in Hokkaido Agric. Res. Center (1937b). ○ and ● show measured data set of ground surface and ground water table, respectively.

審査要旨 要旨を表示する

 泥炭地の土地改良においては過剰水の排水と土地の乾燥化が必須であるが、排水に伴って生じる、長期にわたる著しい地盤沈下が問題となる。この種の地盤沈下は、土質力学における圧密沈下問題の中でも特殊な現象と位置づけられ、必ずしも充分な解析と対策が講じられてきたとはいえない。

 本論文は、排水に伴う泥炭地盤の沈下現象を実験的に把握し、その沈下機構をモデル化した上で実際の地盤沈下現象にこのモデルを適用し、沈下量を予測すること目的としている。

 第1章、序論では、研究の背景と目的を述べた。

 第2章、既往の研究では、従来の泥炭地盤沈下だけでなく、圧密理論の適用性についても言及した。

 第3章では、泥炭土試料採取地の状況と採取した試料の特性を述べた。

 第4章では、泥炭地におけるミズゴケ泥炭(高位泥炭)と中間泥炭の不攪乱試料を用いた室内沈下実験について述べている。地表面近くにある地下水位を、排水によって人為的に急速に低下させると、水位低下に伴って泥炭試料が収縮沈下を始めるが、その沈下は数週間〜1ヶ月以上測定を続けても継続する。その沈下過程を分析すると、急激な初期沈下過程、沈下速度を減じながらの沈下過程、排水がほぼ終了した後の一定速度沈下過程の3段階に分類することができ、全沈下量の3割から5割を開始から数分のうちに生ずる初期沈下が占めていることを明らかにした。地下水位を上下させた場合、泥炭試料も膨張・収縮を起こすが、全体としては不可逆的な沈下傾向をもつことも解明した。

 第5章では、泥炭の模擬試料としてペーパーダオルを選定し、排水に伴う初期沈下過程をさらに精密に実験し、その沈下過程を力学的に解析した。すなわち、水圧測定実験によって得られた初期沈下過程中の間隙水圧分布変化のデータを根拠として、初期沈下過程において供試体内の透水係数及び間隙水圧勾配が一定である、という近似をおいてよいと判断した。そこで、間隙水圧分布をそのように近似した上でこれに有効応力の原理を適用し、初期沈下過程における有効応力分布の時間変化を定式化した。

 第6章では、第5章で定式化した、排水に伴う初期沈下過程のモデルをさらに展開した。まず、定式化した有効応力分布の時間変化から、水位低下速度に有効応力の時間増加率は比例する、という関係式を導いた。続いて、沈下測定実験の結果を基に、有効応力の増加に供試体のひずみの増加は比例する、という仮定をおいて、初期沈下挙動を表すモデルを導いた。得られた初期沈下モデルは、初期沈下実験による実測の沈下曲線をよく表した。また、モデル中の変形係数と供試体初期層厚との間の比例関係を見出し、これを実験的に確認することによって、モデルの実際の地盤層厚への適用法を得た。さらに、初期沈下モデルが泥炭土供試体の初期沈下挙動に対して適用できることを実測によって確認し、高位泥炭土の変形係数を定めた。

 第7章では、初期沈下モデルを用いて実際規模の地盤沈下量の予測を行った。初期沈下モデルは、水位低下量から沈下量を予測するモデルであることから、Dupuit-Forchheimer仮定による楕円公式を用いて排水路掘削時の水位低下量を予測し、初期沈下量を求める方法を提案した。さらに、既往の研究による値及び不攪乱泥炭土柱状供試体を用いた沈下実験の結果から水位低下後の分解消失による沈下速度を3cm/yr.として初期沈下量に加え合わせ、野外試験における15年間での沈下量と予測沈下量とを比較した。その結果、この沈下予測に基づく地表面分布は実測の地表面分布をよく再現した。さらに、予測沈下量に対して初期沈下モデル中の定数及び泥炭土層の飽和透水係数がどのように影響するかを検証したところ、排水路を深く掘削する場合にはモデル中の定数の評価が、浅い排水路の場合には泥炭土層の飽和透水係数の評価が強く影響することを見いだした。

 第8章において結論を述べた。

 以上要するに、本論文は、地下水排水に伴う泥炭地の沈下における初期沈下過程の重要性を明らかにし、その原因を理論的に突き止め、さらに排水と初期沈下の関係をモデル化することに成功したものであり、学術応用上寄与するところが大きい。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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