学位論文要旨



No 117193
著者(漢字) ムハマッド イムラン アルーハック
著者(英字) Muhammad Imran Al-Haq
著者(カナ) ムハマッド イムラン アルーハック
標題(和) 薬剤に依らないモモの灰星病および西洋ナシの輪紋病の防除方法に関する研究
標題(洋) Non-fungicidal Methods for Controlling Postharvest Brown Rot of Peaches and White Rot of Pears
報告番号 117193
報告番号 甲17193
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2389号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 宇都宮大学農学部 助教授 八巻,良和
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 要旨を表示する

 青果物の市場病害は収穫前及び後の病原菌の感染により生じる。収穫後の市場病害は経済的な損失となる。青果物の市場病害はカビが主な原因である。モモの場合、Monilinia fructicolaによる収穫後の灰星病の発生は50%に達することもめずらしくない。病原菌の付着量が多いほどモモの腐敗は速く大きくなる。また、果実の傷は腐敗を促進する。カビによる病害を防除することは果実の貯蔵効果を上げる上で不可欠である。多くの国では収穫後の果実の病害防除に広く薬剤が使われている。

 病害防除剤は広く使用されてきたが、一方で病原菌に耐性ができたしまった。1996年以前は、benomyl, iprodione, friforineは収穫後の果実の防カビ剤として登録されていた。しかし、benomylは耐性のため使用されなくなり、iprodioneは1996年に自発的に製造が中止された。この様な状況の下、貯蔵中の病害を薬剤に依らないで防除する方方法の開発が必要とされている。

 薬剤を使用しない防除方法としては化学的な方法と非化学的な方法に分けられる。化学的な方法として塩素処理、irradiationまた(i)10%のアルコールを含んだ温湯、(ii)炭酸ガス薫蒸、酢酸薫蒸、モモからの揮発成分による薫蒸(iii)その他がある。一方、非化学的な方法として予冷、冷蔵、高温(温水、蒸気)処理などがある。

 塩素処理は表面に付着しているカビに有効である。塩素は接種したあるいは感染したカビに対してはあまり効果はなく、低温下では更に効果が低下する。実験室のテストで使われる濃度の20-300倍の濃度がカビ活動を迅速に抑えるためには水槽タンクや水路では必要である。更に、そのレベルの塩素は果実表面の浅い傷の病原菌を低下させ障害の発生を遅らせる。収穫後の塩素処理は収穫後のリンゴの殺虫剤の残留を低下させることが示されている。

 本研究では以下の3つの方法がモモおよび西洋ナシのカビによる病害の防除方法として検討された。

 1.温湯処理

 2.電解陽極(EO)水処理

 3.オゾン・負イオン混合空気(MAONI)処理

 本研究の目的はモモの灰星病および西洋ナシの輪紋病の薬剤に依らない防除法を確立することにある。温湯処理は他の方法の効果を比較するためのものである。日本で開発されたEO処理とMAONI処理が薬剤を使用しない防除法としてとりあげた。EO水は1980年代に使用されるようになり、細菌処理に効果があることが知られるようになった。だだし、本研究で対象にするカビに対しての効果はあまり研究されていない。一方MAONIに関しては全く新しい概念である。

 本研究の主な目的はM. fructicolaによるモモの灰星病とB. berengerianaによる西洋ナシの輪紋病に対するEO水とMAONIの防除効果を評価することである。特に、病害発生率および病害の程度を尺度とする評価について検討する。また、一部果皮色の変化を処理効果の評価に使用した。上記2つのカビに対するEO水の適用例は初めてであり、また西洋ナシの輪紋病B. berengerianaに対する温湯処理に関しても報告例はない。

 カビによるモモの病害に対するEO水の防除効果を検討した。果実にカビ胞子を接種し実験を行った。接種方法として、傷を付けた果実と傷を付けない果実にMonilinia fructicolaの胞子懸濁液(濃度:5×105個/mL)をマイクロピペットで滴下してする場合と、スプレーで果実に接種する場合が採られた。実験区としてコントロール区では果実を26℃の水道水に5分または10分浸漬した。EO水区ではORP(Oxidation Reduction Potential)、pH、FAC(Free Available Chlorine)の条件を変えた。果実は実験処理後店頭の条件を想定して20℃,>95%RHの条件下で10日間以上置かれた。病害発生率は病害が発生した果実の割合で表し、病害の程度は病害の直径(cm)で表した。EO水は傷を付けたモモの灰星病の発生を完全に抑えることはできなかったが、発生割合を抑える効果はあった。スプレーで接種されたモモの灰星病の発生は傷を付けないでピペットで摂取した果実に比べて遅くなった。EO水で処理され2℃、50%RHに8日間貯蔵されたモモは20℃、95%RH条件下に移すまで病害の発生は見られなかった。最も病害発生率および程度の低かった区はEO水5分間処理区であった。pH4.0、ORP1,100mV、FAC 290mg/LのEO水で処理したモモは7日間灰星病の発生が遅れた。これは選果場から消費者までの流通の日数に相当する。塩素による果実に対するマイナス効果は観察されなかった。この結果、EO水は果実表面のカビに対して効果があり病害の発生を遅らせることが明らかにされた。

 西洋ナシ(品種:ラ・フランス)を用い、条件の異なるEO水をで4回の実験を行った。傷を付けた果実にBotryosphaeria berengerianaの胞子懸濁液(濃度5×105個/mL)20μLを接種しEO水処理を行い、20℃、>90%RHの環境下に置き病害発生を調べた。モモの場合と同様、塩素による果実へのマイナス効果は見られなかった。また、EO水は輪紋病の発生を抑えることが明らかになった。最も効果のあった処理区はEO水10分間処理区であった。西洋ナシに対してもEO水は表面のカビに対して効果があることが分かった。

 温湯処理の西洋ナシ(ラ・フランス)の輪紋病防除効果について検討した。

40,45,48,50℃の温湯を用い、浸漬時間を変えて処理を行い、処理後は20℃、>90%RHの環境下に置いて病害は発生状況を調べた。処理による品質への影響を調べるため果皮色の変化をL*a*b*で測定した。温湯浸漬温度および時間は果皮色変化に大きく影響した。45℃で30分間まで、および48℃で20分間までの温湯処理による果皮色の変化は許容できる範囲であった。50℃、20分間処理では輪紋病を完全に抑えることができたが、色の変化は許容範囲を超えており、実用化には適用できないものと思われる。処理後7日間の病害発生状況から48℃、20分間処理区で25%の病害発生率で、果皮色も良好に保持された。

 MAONI処理に関しては、in vitroとin vivoで実験を行った。in vitroではカビを培養してディスク状に切り取ったものをMAONIチャンバ中でオゾンと負イオン混合空気(オゾン0.05ppm、負イオン2.8×106個/cm3)に4,8,12,16日間曝し、その後20℃に移してカビの成長を調べた。その結果、16日間の曝露はB. berengerianaの生育を完全の抑えることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 果実の品質低下の主要因子はカビである。収穫後におけるMonilinia fructicolaによるモモの罹病率は、収穫前の防除にも拘わらず50%に達することもあるが、最近では収穫後の薬剤を用いた防除が制限され、それに替わる防除方法が求められている。そこで、本研究では、薬剤の代替防除方法として(1)温湯処理、(2)電解水処理、(3)オゾン・負イオン混合空気処理を取り上げ、各処理の防除に対する有効性を検討することを主要な目的とした。

 本研究では、モモ[Prumus persica(L.)Batsch.]と西洋ナシ[Pyrus communis(L.)]を供試材料として用いた。また、カビ病菌はモモの灰星病の原因となるMonilinia fructicola[(G. Wint.)Honey]と西洋ナシに輪紋病を起こすBotryosphaeria berengeriana(de Notaris)を対象とした。本研究における実験では、多くの場合、果実に傷を付け、そこにカビ胞子5×105個/Lの懸濁水を20μL滴下し病菌接種をおこなった。接種部分を乾燥後、処理を行い店頭の環境条件を想定してカビの発生状況を調べた。

1.温湯処理法

 モモでは,カビを接種した果実を48、50℃の温湯に5、10、15分間浸漬して処理を行った。その結果、48℃、5分間処理が灰星病の発生を抑えることが確認された。西洋ナシ(ラ・フランス)では、50℃、20分間処理がカビを完全に防除したが、果皮変色が顕著で実用に適さないことが分かった。一方、54℃、3分間処理では果皮色は保持され、防除の面でも有効な方法であることが認められた。

2.電解水処理法

 1)モモ:対照区は水道水に10分間浸漬した。電解水処理区では、酸化還元電位(ORP)、pH、有効塩素(FAC)濃度を変えて1、2、5、10、30分間の処理を行った。その結果、電解水処理はカビ発生抑制効果が認められた。1分間処理が最も抑制効果が、30分間処理では効果が見られなかった。また、ORPが高い処理で、カビの生育が抑えられた。pH5.8、ORP 990mV、FAC 270mg/Lの電解水処理の場合、傷を付けた区では対照区とカビ発生に有意差はなく、3日後100%の果実にカビが発生した。無傷区は5日後であった。スプレによる接種では、電解水(pH4.0,ORP 1,100mV,FAC 290mg/L)処理で対照区で3日後に灰星病の兆候が現れたが、2分間および5分間処理区では9日、7日後に兆候が認められた。

 2)西洋ナシ:果実に傷を付けEO水のORPは1000mg/L以上とした。電解水(pH4.8,ORP 1020mV,FAC 250mg/L)で処理した場合、4日後にすべての区で輪紋病が発生した。統計処理の結果、電解水処理区は対照区に比べて発生の程度が抑えられた。

3.オゾン、負イオン混合空気(MAONI)処理

 7-10日間培養したM. fructicolaおよびB. berengerianaから直径4mmの菌叢を採りPDA培地に移してチャンバーの中でMAONI処理を行い防除効果を検討した。MAONI処理は4,8,12,16,20日間行った。チャンバー内のオゾン濃度は0.3-0.5ppm、負イオン濃度は2.6-2.8×106個/cm3であった。また、温度は2℃、RHは95%±1%に維持された。M. fructicolaに対して、処理期間を長くするほどカビ発生抑制効果が高まり、20日間の処理では完全に発生を抑えることができた。モモ果実を用いた処理実験においても同様の結果が得られた。B. berengerianaに対しては、M. fructicolaより抵抗力が強く20日間処理でも完全に発生を抑制することはできなかった。

 以上、本研究は薬剤によらない収穫後の果実の防除方法に関する新知見を基礎および技術の面から検討したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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