学位論文要旨



No 117195
著者(漢字) ロレンソ リコ グチェーレス
著者(英字) Lorenzo Rico Gutierrez
著者(カナ) ロレンソ リコ グチェーレス
標題(和) 真空予冷における圧力および温度ストレスが葉菜類の品質に与える影響
標題(洋) INFLUENCE OF PRESSURE AND TEMPERATURE STRESS DURING VACUUM PRE-COOLING ON THE QUALITY OF FRESH LEAFY VEGETABLE
報告番号 117195
報告番号 甲17195
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2391号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 大下,誠一
 東京大学 助教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

 真空予冷ではチャンバ内の圧力を下げることにより水分蒸発を促し急速に青果物を3-5℃まで冷却する。レタス、ホウレンソウなどの葉菜類の予冷に広く使われている。真空予冷では急激な圧力および温度変化が青果物にマイナスの影響を与えることが考えられる。

研究の目的

 本研究の真空予冷下の急激な圧力及び温度変化が青果物の品質に与える影響を明らかにすることである。

 この目的を達成するために、温度と圧力の影響を分離することが要求される。そのためにホウレンソウを使い以下の実験を行った。

 1.ホウレンソウの真空冷却下の温度と圧力の関係を表すための圧力変化をモデル化する。

 2.ホウレンソウの品質に与える圧力の影響を分離するために、異なった圧力下で同じ温度変化履歴をつくりだす。

 3.ホウレンソウの品質に与える温度の影響を分離するために、ホウレンソウを異なった初期温度下で同じ圧力条件をつくりだす。

 4.上記の実験条件下で真空予冷中およびコールドチェーンを想定した温度下でのホウレンソウの品質評価をする。

 実験に使用したホウレンソウは千葉、群馬、埼玉から現地に出向き入手した。ホウレンソウは不適当に葉を摘み正常な葉のみを実験に供した。ホウレンソウは実験に供試する前に20℃のチャンバに2時間程度入れて初期温度をそろえた。ホウレンソウのビタミンC(L−アスコルビン酸)含量の分布は同じホウレンソウでも葉によりまた葉の部位により異なるため、実験には2本のホウレンソウの株を使い各葉を半分に切ってそれぞれの部分を異なった実験に供した。L−アスコルビン酸はホウレンソウの品質評価の指標とした。また、ホウレンソウの呼吸速度は生理活性の指標とした。

 研究1:ホウレンソウの真空予冷中の圧力変化のモデル化について

 予備実験で温度・圧力、減圧速度、温度変化が品質に影響を与えることが明らかになっている。これらの要因は青果物にストレスを与えん品質低下につながるものと考えられる。したがって、減圧パターンをモデル化して限界条件を決定できる可能性を検討する。

 減圧パターンとして、直線(y=At+B)、指数関数(y=Ae-Bt)、実際の減圧パターンを使った。直線と指数関数のパターンでは2.4kPaの時点以降に設定し30分まで継続した。実際の減圧パターンでは最終圧力を0.61, 0.8, 1.0kPaに設定した。

 指数関数パターンの減圧は、実際のパターンに比べて最終圧力が0.61kPaのとき品質の影響を与えた。しかし、直線パターンではビタミンC(L−アスコルビン酸)の低下は見られなかった。また、0.8, 1.0kPaにおいても同様であった。目減りについては実際の真空予冷の減圧パターンが最大であった。目減りはフラッシュポイント後直ちに起こる。また、累積圧力が高くなるほどビタミンCの低下が減少することが分かった。

 以上から(1)ビタミンCの減少は、緩慢な減圧および最終圧力が0.8kPa以上では生じない。また予冷時間(10-30分間)では影響がない。(2)予冷時間が長くなると目減りが大きくなる。(3)ホウレンソウの品質に影響を与える限界圧力が存在することが示唆された。

 研究2 予冷中のホウレンソウの品質に与える温度の因子の分離

 予冷中の品質に与える温度の影響だけ分離し実験を行った結果、予冷中のホウレンソウのビタミンC含量に影響を与えることが明らかになった。さらに、最終圧力の分布の解析から、0.653kPa以下の圧力に限界圧力があることが示唆された。

 目減りについては、初期温度の高いホウレンソウが低いものより目減りが大きいことが分かった。これは、温度低下により多くの水分蒸発が必要なことによる。また、温度の変動のみならず、圧力の変動によるホウレンソウの凍結がビタミンCの減少に関わりがあることが示唆された。

 以上の結果から温度の品質に与える影響として、(1)ビタミンCは最終圧力が0.61kPaのとき、減圧開始2-3分間で15℃の温度低下によって減少する。(2)予冷中の目減りは初期温度が高いほど大きい。(3)最終圧力0.6-0.635kPaの広がりがビタミンCの低下に影響を与えることおよび限界圧力は0.635kPa以下である。

 研究3 予冷中のホウレンソウの品質に与える圧力の因子の分離

 大気圧下で実際の予冷中の温度変化を模倣することにより圧力因子だけの品質に与える影響を検討した。その結果、(1)ビタミンCは最終圧力0.61kPa下では減少しない(2)圧力は温度ほど品質に影響を与えない(3)圧力の影響は他の因子と一緒になったとき顕著になることが示された。

 研究4 予冷中および流通過程の品質評価

 ビタミンC含量をホウレンソウの品質評価の指標として、真空予冷中およびその後の流通過程を想定した環境下でのホウレンソウのビタミンC含量の変化を測定して真空予冷の流通過程の品質に及ぼす影響を検討した。

 ビタミンCの減少は予冷最終圧力が0・61kPaの場合にみられたが、0.8およべ1.0kPaではみられなかった。いずれの圧力下でも10, 20, 30分間ではビタミンCのみられなかった。予冷をしないホウレンソウと最終圧力0.61および0.8kPa下で予冷したホウレンソウの呼吸速度は50mg/kg/hであった。0.61kPa下で真空予冷したホウレンソウの呼吸速度は、最初の6時間を除いて変化がなかった。5℃、6時間の貯蔵下では呼吸速度は増加しなかったが、その後の25℃、12時間の貯蔵では呼吸速度は増加した。

結論

 研究1では、最終圧力0.61kPaの真空予冷下ではホウレンソウのビタミンCが減少するが、目減りはビタミンCの減少と関係ないことが分かった。

 研究2では、ホウレンソウの品質に影響を与える限界圧力の上限は0.635kPaであることが分かった。また、温度の低下はビタミンCの減少に影響を与えることが明らかにされた。

 研究3では、圧力はビタミンCの減少には関わっていないことが明らかになった。

 研究4では、低温貯蔵中および最終圧力0.61kPaの真空予冷下のビタミンCの減少が見られた。また、想定される流通過程では、高温の環境下でのビタミンCの低下が見られた。

 結論として以下のように要約される。

 予冷中の真空槽の制御は槽内の空気および蒸気の熱物性に影響を及ぼす。圧力の減少に伴って青果物の表面から蒸気が蒸発し冷却される。ホウレンソウのビタミン含量は真空予冷の平均最終圧力が0.635kPa以上ではあれば影響されない。温度は圧力よりビタミンCの減少に与える影響は大きい。圧力の変化は温度の変化に影響を及ぼす。真空予冷におけるcritical parameterは圧力変化速度(つまり温度変化速度)、外観を損ねる目減りおよびそれぞれの青果物の圧力−温度限界である。

審査要旨 要旨を表示する

 現在広く行われている真空予冷では冷却される青果物は短時間に急激な圧力と温度の低下による強いストレスを受ける。本研究の目的は、この圧力および温度ストレスが予冷中、予冷後の青果物の品質にどのような影響を及ぼすか明らかにすることである。

 本研究では供試材料としてホウレンソウを使用した。ホウレンソウの品質評価の指標としてL−アスコルビン酸(AsA)を用いた。AsA含有量はホウレンソウ個体の大きさに左右されるため長さ22-25cm、質量20-25gの株を選んで供試した。同じ株においても葉によりAsA含有量に差があるため、1枚の葉を半分に切り分けそれぞれ異なる条件の実験に供試して比較した。

 真空予冷の最終圧力を0.6、0.8、1.0kPaに設定して、最終圧力の品質に与える影響および最終圧力に達する過程を従来法、直線、指数関数で変化させて、減圧速度の品質に与える影響を検討した。その結果、最終圧力0.6kPaでは真空予冷前後でAsA含有量の減少が見られたが、0.8kPaでは見られなかったことから、両者の間の圧力にホウレンソウの品質に影響を与えるcritical pointがあることが示唆された。また、減圧速度の速い従来法と指数関数的減圧において予冷前後でAsA含有量の減少が見られた。従来法におけるAsA含有量の減少は、予冷初期の急激な圧力低下によるものと考えられた。

 真空予冷では圧力と温度は同時に低下するため、2つのファクタが同時に品質に影響を与えていることになる。それぞれのファクターがどのような影響を与えているのか知るためには、一方のファクターの影響を除く必要がある。

 温度のみのAsA含有量に与える影響を知るために、真空予冷の最終圧力に対応した飽和蒸気温度にホウレンソウを低温水槽中で冷却し、それを真空チャンバー内に移し予冷操作を行ない圧力の影響を除いた。このようにな処理を行ったホウレンソウと真空予冷を行ったホウレンソウのAsAの含有量を比較して温度の影響を検討した。

 また、圧力の影響を知るために、真空予冷中の圧力変化に対応した飽和蒸気温度変化をコンピュータを介して水槽の水温変化として再現し、ホウレンソウをその水槽中で冷却することにより、圧力の影響を受けることなく真空予冷されたホウレンソウと同じ温度変化を作り出して、圧力の影響を除いた。

 本実験から、真空予冷における急激な温度低下はAsA含有量の低下を招くことが明らかにされた。一方、圧力はAsA含有量にはほとんど影響を及ぼさないことが分かった。

 真空予冷を行ったホウレンソウが、その後の流通過程で真空予冷による品質への影響を予冷をしていないホウレンソウと比較することにより調べた。真空予冷後の流通過程における集荷場での保冷、市場までのトラック輸送、店頭を想定して、真空予冷したホウレンソウを6時間6℃に置いた後、5,10,25℃に4日間保持して、この間の品質(AsA)変化および生理的変化を調べた。生理変化はホウレンソウの累積炭酸ガス放出量を測定して検討した。

 本実験から、真空予冷したホウレンソウは、真空予冷をしなかったホウレンソウに比べてAsA含有量の減少が大きくなるということはなかったが、累積炭酸ガス放出量が大きくなる傾向が見られ、流通過程における生理的な損耗が大きいことが示唆された。

 以上、本論文は真空予冷による圧力および温度ストレスが青果物の品質に及ぼす影響を明らかにし基礎的および技術的な展開に新知見を与えるものであり、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は博士(農学)に値するものと認めた。

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