学位論文要旨



No 117196
著者(漢字) 青井,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) アオイ,ヒデキ
標題(和) 木材および木質接合部の損傷進展に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 117196
報告番号 甲17196
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2392号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

 一般に,我が国の住宅が建てられてから除却されるまでの平均期間はおよそ25年程度であると言われている.この期間が長いか短いかは別として,我が国は台風の通り道であり,なおかつ地震大国であることを考慮すると,およそ25年もの間に地震や台風を全く経験しないということはまず無いと言って良い.従っていずれの住宅においても,少なからず地震や台風などの外的要因による負荷を経験することとなる.

 基本的に建築物の耐力は,接合部の耐力に支配されていると言える.木質構造において地震や台風などの外力が作用したとき,接合部における軸材どうしの摩擦あるいは接合具による部材へのめり込みなどによって外力に抵抗する.しかし建築物が長期に渡って存在するとなると,外力が繰り返し作用することによって接合部に損傷が徐々に蓄積していくと考えられる.そして最終的に外力が残存耐力を上回ったとき破壊に至る.

 これまでの木質構造接合部の強度性能に関する研究において,接合部の損傷を評価する,あるいは残存耐力を評価するというテーマの研究はあまり見当たらない.非木質接合部に目を向けると,損傷を受けた接合部に何らかの補修するということについてはいくつかの研究が見られるが,どちらかというと,破壊されていない接合部の耐力を評価するということはこれまでの研究においてはあまり行われていないと言える.しかし,仮にどんなに強度性能の優れた接合部があったとしても,何らかの理由によってその性能が施工直後のまま長期間維持されるとは限らない.たとえば,補修を要する接合部は見た目にもかなり損傷を受けていると判断できるが,そこまで目立った損傷を受けていないとしても今後の地震や台風に耐えられない場合もありうる.となると,建築物の存続する期間での接合部の耐力をいかに評価するかということは重要な課題であると言える.

 本研究では,木材および木質接合部における負荷過程での損傷発生および損傷蓄積を評価することを目的として,第1章から第5章までの実験を行った.以下に各章で行った実験の目的,内容および結論について記す.

 第1章では,木質構造における主要軸材料である集成材のラミナとして用いられる場合を想定した.一般に,集成材の曲げ破壊は引張側最外層ラミナの欠点部分を起点として破壊に至るとされる.そこで節を持つ材に引張荷重を作用させたとき,どの部分からどのように破壊するかについて検討した.評価手法としては赤外線画像システムを使用した.この機器の計測原理は,応力負荷時の材の体積変化は応力と関連があるという関係式が元になっており,温度が増減した部分は応力の発生が見られるとされる.これまでに木材については未適用であるが,プラスチックやコンクリートなどの均質材料において応力分布を計測した実績がある.ところで材料が最終的な破壊に至るまでには必ず弾性域を通過するが,見方を変えれば弾性域もまた一損傷過程であると言える.もちろん弾性域ではほとんど損傷は発生しないとされるが,その時のひずみ分布を観察することで破壊形態を予測する重要な手がかりが得られるとするならば,ひずみ分布の観察は損傷過程の評価に有効であると言える.同システムでの計測の結果,以下の結論を得た.

・ 赤外線画像システムによって材表面を測定した結果,温度の低下が認められた.また節を有する木材においては温度低下量にばらつきが認められ,節付近や目切れ付近の早材では著しい温度低下が観察された.

・ 引張ひずみ(Δε)と温度変化量(Δt)との関係を検討した結果,Δεが増加するに従ってΔtが比例的に減少することが認められた.

・ 赤外線画像の特徴から破壊形態との関連性が示唆された.つまり赤外線画像において,節と隣り合う部分,あるいは早材・晩材の境界でどの程度のひずみの集中が見られるかによって破壊形態の分類が可能であると考えられる.

 次の第2章から第4章での評価手法としては,動的観察に優れるアコースティック・エミッション(以下,AEと略す)法を用いた.ここで,AEとは材料内部での微小破壊に伴って放出される弾性波の総称を言う.

 第2章では,実験の焦点を明確化するため,実大の木造軸組筋違い耐力壁を作製し,負荷を与えた際の接合部での損傷過程を評価することとした.試験体には圧縮筋違い,引張筋違いをそれぞれ持つ試験体にて実験を行った.AEのセンサは筋違い接合部,圧縮側柱脚,引き抜き側柱脚に設置した.圧縮筋違い試験体においてはカイザー効果を検証するため,二度の加力を行い,二度目の加力時に破壊に至らしめた.以下に実験結果から得られた結論を示す.

・ いずれの試験体においても,両柱脚(圧縮側および引き抜け側)では目立ったAE発生は見られない.この理由として,基本的に柱はモーメントに対して抵抗しないため,摩擦や軽微なめり込みによってしかAEが発生しないことによると思われる.

・ 圧縮筋違い試験体における筋違い接合部では,破壊間近になって顕著なAE発生が見られる.AEの発生原因としては,筋違いが座屈破壊したことに起因すると考えられる.

・ 引張筋違い試験体における筋違い接合部では,変位増加に伴って段階的にAE計測率が増加する傾向が見られる.この現象はボルトのめり込みによる圧壊から割裂に至る破壊過程の進展度合いと関連があると考えられる。

・ 接合部におけるAE挙動についてもカイザー効果が見られる.

 第3章では,筋違いや柱,梁などの軸材料どうしが金物によって接合具によって緊結される接合部を想定した.接合具には木質接合部で広く用いられるドリフトピンを使用した.この種の接合部に外力が作用した場合,接合具が木材にめり込むことによって耐力を発揮する.しかしあるところまで達すると大規模な割裂が発生し,耐力が激減するという現象が見られる.この場合の材内部での一連の微小破壊は,AE挙動の面からも何らかの変化が現れるものと期待される.よって本章では,接合具が外力の作用によって木材にめり込む過程でのAE挙動を観察し,損傷過程での変位および面圧強度と微小破壊との関連性について検討した.実験の結果,以下の結論を得た.

・ 接合具から材端までの距離が短いと,破壊までの変位量が少ないため,AEは荷重初期の塑性域から活発に発生した.逆にその距離が長いとAE発生は比較的小さかった.またドリフトピンの径による違いは見られなかった.

・ 高振幅AEの発生割合については,塑性域において顕著であった.またAE計測率の増減に伴ってその割合も変動した.特にAE計測率が100(event/sec)以下の領域ではその割合はほとんど0であった.

・ ASTM-D5764による面圧強度評価値と,EN383による値を比較した結果,両者の値に有意差は見られなかった.これらの値から算出した長期許容応力度および短期許容応力度ではほとんどAE発生を伴わない領域であることが示唆された.

 第4章では,柱−土台接合部に代表される,軸材料が直交して組み合わさった接合部を想定した.土台に掛かる荷重は,通常,建物の自重や家具などの固定荷重であるが,積雪あるいは地震や台風などの外力によって一時的に増加する.木質構造設計基準では荷重が作用する期間によって異なった許容応力度を設けているが,変位については「許容めり込み応力度を状況に応じ低減する.(木質構造設計基準 403.4)」という表現に留まっており,具体的な基準値は無い.そのため長期にわたる積雪の場合にはドアの開閉が困難になる,あるいはフロアが不等沈下するなどの影響が見られており,その損傷評価が課題となっている.本章では荷重レベルを変化させた際の変位の推移とAE挙動,ならびに温湿度が変動した際の変位の推移とAE挙動について検討し,柱−土台接合部に与えられる損傷と変位との関係を考察することを試みた.その結果,以下の結論を得た.

・ 木材への脱湿・吸湿が行われた場合,吸湿に伴ってめり込み変形は増加し,脱湿に伴ってめり込み変形は減少する.しかし吸脱湿に伴って変位が変動してもAE発生は極めて少ないことから,吸脱湿による変位の変動は接合部への損傷とはならない可能性が高い.

・ 一定荷重載荷によって柱−土台接合部はめり込み変形が発生するが,その際にAEが発生する.ただし,AEの発生頻度は各荷重レベル(長期許容応力度〜短期許容応力度)間において顕著な違いは見られない.

・ 荷重レベル変更直後には瞬間的な変位増加が生じる.しかし変位の増加割合に対してAEがほとんど発生しないことから,瞬間的な荷重増加は即時的に塑性変形に結びつくのではなく,弾性変形に置き換わっている.

 実際の木質接合部に作用する荷重様式を単純化すると「(接合具による)部分縦圧縮」,「割裂」,「部分横圧縮」の3種類となる.第5章ではそれらの荷重様式におけるAE振幅を比較することによって,AE振幅の面から微小破壊の内容を識別することを試みた.その結果,以下の結論を得た.

・ 荷重様式が異なることによって,AE振幅の分布も異なる.

・ 大振幅AEは割裂試験時において特に顕著に見られる.

 今後の検討課題としては,どの程度耐力が低下したかを明らかにするために,まず接合部の耐力をAE挙動の面から定量化することが必要である.次に接合部が受けた損傷についても同様に定量化することが必要である.前者を分母,後者を分子とすることで,どのくらいの割合の耐力が残っているかを示すことができると考えられる.また,実際の建築物の接合部近辺にセンサを設置することで,実際の地震による損傷度合いを計測することも重要である.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,木材および木質接合部における負荷過程での損傷発生および損傷蓄積を評価することを目的として実験的解析と検証を行ったものである。

 木質構造において地震や台風などの外力が作用したとき,接合部における軸材どうしの摩擦あるいは接合具による部材へのめり込みなどによって外力に抵抗する。しかし建築物が長期に渡って存在するとなると,外力が繰り返し作用することによって接合部に損傷が徐々に蓄積していくと考えられる.そして最終的に外力が残存耐力を上回ったとき破壊に至る.木質構造接合部の強度性能に関する研究において,接合部の損傷を評価する,あるいは残存耐力を評価するという研究はあまり見当たらない。破壊されていない接合部の耐力を評価し,建築物の存続する期間での接合部の耐力をいかに評価するかということは重要な課題である。以下に各章で行った実験の目的,内容および結論について記す。

 第1章では集成材の曲げ破壊は引張側最外層ラミナの欠点部分を起点として破壊に至ることに注目し、節を持つ材に弾性領域内の繰り返し引張荷重を作用させたとき,赤外線画像システムによって温度の分布を計測した。その温度分布と破壊形態を比較検証し、荷重作用によって材表面温度の低下が認められ、節付近や目切れ付近の早材では著しいことが観察された。引張ひずみと温度変化量との関係を検討した結果,直線関係が認められ、赤外線画像の特徴から破壊形態との関連性が示唆された。節と隣り合う部分,あるいは早材・晩材の境界でのひずみの集中から破壊形態の分類が可能であることが認められた。

 第2章では,実大の木造軸組筋違い耐力壁を作製し,負荷を与えた際の接合部での損傷過程をアコースティック・エミッション(以下,AEと略す)法を用いて評価した.試験体は圧縮筋違い,引張筋違いを組み込んだ軸組壁で、AEのセンサは筋違い接合部,圧縮側柱脚,引き抜き側柱脚に設置して各部から発生するAEをその荷重レベルごとに検証しその変形挙動との関係を明らかにした。圧縮筋違い試験体においてはカイザー効果を検証するため,二度の加力を行い,二度目の加力時に破壊に至らしめた。接合部におけるAE挙動についてもカイザー効果が見られた。いずれの試験体においても,両柱脚(圧縮側および引き抜け側)では目立ったAE発生は見られず、柱は摩擦や軽微なめり込みによってしかAEが発生しないことが明らかになった。圧縮筋違い試験体における筋違い接合部におけるAEの発生原因としては,筋違いが座屈破壊したことに起因する各種の損傷が考えられた。引張筋違い試験体における筋違い接合部では,変位増加に伴って段階的にAE計測率が増加する傾向が見られ、ボルトのめり込みによる圧壊から割裂に至る破壊過程の進展度合いと関連があると考えられた。

 第3章では,筋違いや柱,梁などの軸材料が金物で緊結される接合部を想定し、ドリフトピンの木材へのめり込み、割裂の発生にいたる材内部での一連の破壊進展をAE挙動の面から観察し,損傷過程での変位および面圧強度と微小破壊との関連性について検討した。接合具から材端までの距離が短いと,破壊までの変位量が少ないため,AEは荷重初期の塑性域から活発に発生した。逆にその距離が長いとAE発生は比較的小さかった.またドリフトピンの径による違いは見られなかった。高振幅AEの発生割合については,塑性域において顕著であった。またAE計測率の増減に伴ってその割合も変動し、特にAE計測率が100(event/sec)以下の領域ではその割合はほとんど0であった。ASTM-D5764による面圧強度評価値と,EN383による値を比較した結果,両者の値に有意差は見られなかった。これらの値から算出した長期許容応力度および短期許容応力度ではほとんどAE発生を伴わない領域であることが示唆された。

 第4章では,柱−土台接合部に代表される,軸材料が直交して組み合わさった接合部の荷重レベルを変化させた際の変位の推移とならびに温湿度が変動した際の変位の推移とAE挙動について検討した。木質構造設計基準では荷重が作用する期間によって異なった許容応力度を設けているが,変形に関しては長期にわたる積雪の場合にはドアの開閉が困難になる,あるいはフロアが不等沈下するなどの影響が見られており,その損傷評価が課題となっている。本結果によれば、脱湿・吸湿によってめり込み変形は増減少するが、AE発生は極めて少なく、損傷とは言いがたいことが認められた。一方、一定荷重載荷によるクリープめり込み変形が発生に伴うAEの発生頻度は各荷重レベル(長期許容応力度〜短期許容応力度)間において顕著な違いは見られず、変形に伴う発生が認められた。また、荷重レベル変更直後の瞬間的な変位増加に対してAEがほとんど発生しないことから,瞬間的変位増加は塑性変形ではなく,弾性変形に置き換わったと考えられた。

 以上本論文は木材および木質接合部における負荷過程での損傷発生および損傷蓄積の実験的解析と検証を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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