学位論文要旨



No 117198
著者(漢字) 相馬,智明
著者(英字)
著者(カナ) ソウマ,トモアキ
標題(和) 超音波およびマイクロ波による木材・木質材料の内部探査に関する研究
標題(洋)
報告番号 117198
報告番号 甲17198
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2394号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

 木材は成長過程で炭素を固定しており,焼却・分解されない限り炭素を貯蔵しているとみなすことができるため,長期的な木材利用そのものが森林と同様に炭素を多量に貯蔵する方法になりうる。また,木造建築物および木材を用いたエクステリアウッド等の外構部材の耐用年数を伸ばすことは,森林における樹木の成長に時間的余裕を与え,人間活動における生物資源の持続的利用の実現を助けるものとなる。しかしながら,木材が生物材料であることに由来する腐朽が,木材利用の長期化を妨げる大きな要因となっている。そして,腐朽によって住宅運用時に部材の強度低下が起きれば,阪神大震災規模の大地震時に倒壊等の大きな被害をまねくことになるため,住宅部材の腐朽は重大な問題と判断される。腐朽菌の繁殖に最も適しているのは湿度の高い場所であり,高温多湿な気候の我が国は,木材を腐朽から守ることが非常に難しい環境にある。本論文では,木造建築物や木質外構部材の安全性確保を達成するために,木材と水との係わりに注目し,超音波およびマイクロ波を用いた簡易的な木材のメンテナンス方法を探求し,非破壊手法を用いた部材内水分の評価方法を検討することを目的とした。木材の諸物性と超音波の伝播速度,マイクロ波の減衰との関係といった基礎物性を調査するとともに,木質材料の非破壊的評価としての超音波およびマイクロ波の応用可能性を検討した。以下に本論文の各章における実験結果の概要を示す。

 第3章においては,木材の基本的な物性である密度,含水率および含水率分布と超音波伝播速度,マイクロ波減衰との関係について調べたところ,以下の結果が得られた。伝播速度は,木材の密度の増加に伴って増加傾向を示したが,高い相関は認められなかった。低含水率領域においてL,R,T方向の伝播速度は,含水率の増加にともなって含水率5〜10%までは緩やかに増加し,その後緩やかに減少した。また,高含水率領域においては,含水率の増加に対して対数関数的に減少した。マイクロ波の減衰は密度の増加に伴って直線的に増加した。マイクロ波減衰は,低含水率領域においては,木材の含水率の増加に伴い増加した。その増加傾向は2次関数的であった。高含水率領域においては,減衰はある程度の水分量までは直線的に増加傾向を示したが,それ以上では一定値を示した。これは測定器の出力限界によるものと考えられる。繊維飽和点以下の低含水率領域において,含水率傾斜がマイクロ波の照射方向に対して平行にあるとき,照射側よりも遠い位置に高含水率部位があるとき最も減衰が大きくなった。含水率傾斜がマイクロ波の照射方向に対して垂直にあるとき,照射スポットの中心に高含水率部位があるときに最も減衰が大きくなった。

 第4章においては,超音波伝播速度測定を用いて木材の繊維傾斜角を推定することを試みた。超音波伝播速度はみかけの伝播距離と伝播時間とから算出される値であり,超音波を用いて実際に測定される物理量は伝播時間である。超音波が木材中を伝播するとき,計測される最も速い波がある伝播経路を持つと仮定すると,伝播経路において木材を構成する各要素を伝播するのにかかる時間の総和が伝播時間になると考えられる。そこで,超音波の伝播経路を細胞モデルを用いて表し,L,R,T方向の伝播時間を用いて,繊維傾斜角を推定する計算式を提案した。また,計算式の適合性を,木材の球形試験体を用いて実験的に検討したところ,以下のことが認められた。(1)ヒノキ,タモ,ケヤキの球形試験体のL-R,L-45T,L-T,L-45RおよびR-T面において,任意の方向の実測された伝播時間は,提案された計算式による計算値とほぼ一致した。(2)任意の方向の伝播速度は,L,R,T方向の伝播速度を3次元に拡張されたn=2のHankinsonの式に代入することで表される。被測定対象の温度,含水率および測定する超音波の周波数で伝播速度を補正することができれば,より広い測定条件で繊維傾斜角の推定が可能になるであろう。

 第5章においては,現場における超音波およびマイクロ波の適用の際の問題点を調べるため,ポールコンストラクションとして建築された木造住宅のポールの含水率分布と超音波伝播速度の測定,木造住宅2階の木製欄干の含水率分布と超音波伝播速度およびマイクロ波の減衰の測定の,ふたつの現場での調査および実験を行った。ポールコンストラクション調査より以下の結果が得られた。(1)超音波伝播速度は割れや節に影響されるものの,ポールの表面含水率と負の相関傾向を持っていた。(2)周囲に十分な空間のあるポールの表面含水率は,方角による差はほとんど認められなかった。(3)北面に位置したポールX5Y0の表面の平均含水率は,X0Y0,X2Y0と比べて高かった。(4)表面含水率は地面近くで最も高かった。(5)ポール内部の含水率は,高さ−10cm付近で最も高くなっていた。高さ−10cm付近では,ポールが地上に出る"きわ"部分から侵入した雨水が停滞していたためと考えられる。(6)腐朽は高さ0cm付近でみられ,地中部分においては確認されなかった。地中では空気が遮断されていたために腐朽が起きなかったと考えられる。また,木製欄干調査より以下の結果が得られた。(1)対象家屋における手すり部の平均含水率は,手すりの下面の方が上面よりも高い値であった。(2)手すり部の含水率分布から,上面および下面とも,欄干を固定している壁際ならびに支柱付近で高い値となった。(3)超音波が伝播できない腐朽した材料の評価するためには,マイクロ波の減衰測定が有効な手段となる可能性がある。(4)欄干支柱の含水率分布と超音波伝播速度分布には高い相関が認められた。(5)腐朽は支柱木材の吸水性能によらず,施工状態あるいは施工場所などの外的要因によって大きく影響されたものと考えられる。

 以上の結果から,超音波は高含水率を評価することができないことが問題点としてあげられる。また,マイクロ波においては,(1)測定対象の表面の状態に影響を受けること,(2)材端部効果が非常に大きいことが実用上の問題となるであろう。

 第6章においては,高含水率領域の木材の含水率を評価するために,高含水率の木材に凍結処理を施すことを試み伝播速度に対する効果を検討した。また,放射方向の含水率分布を評価する計算式を提案し,モデルを用いて検証する実験を行った。高含水率領域において,自由水を凍結させることで超音波伝播速度は上昇した。含水率が高ければ高いほど,超音波伝播速度の上昇は大きかった。R,T方向において凍結処理前と凍結処理後との伝播速度差は含水率に対して指数関数的に増加した。自由水分布が超音波伝播方向に直列に配する場合のR方向の自由水分布を算出する簡単な式を提案した。その式を検証するためのモデル実験を行ったところ,複合則の成り立つモデル試験体においては,1〜2割程度の差が看取された。複合則が完全に成り立つとき,算出式は正しい値を示すことが解析によって確かめられた。また,凍結処理によって含水率に対する伝播速度変化が大きくなることから,算出式の凍結処理後の値は凍結処理前の値と比べてより正確になることが確認された。提案された式は木材の自由水分布を実用的に測定する上での基礎となる算出式であると思われる。また,その式を使用する際に凍結処理後の値を用いることでより正確な値を得ることができ,超音波を用いた含水率分布評価における凍結処理は有効な手段であるといえる。

 第7章においては,マイクロ波を用いて木質材料内の接着層の硬化の観測を試みた。非接触に測定を行うことができる自由空間法によるマイクロ波の減衰測定を用いて,接着層の硬化状況を非破壊的に観測することを目的として,実験的考察からその可能性を検討したところ,以下の結果が得られた。(1)接着剤の硬化過程において,マイクロ波の照射方向と接着層が平行にあり,かつ電場方向が木材の繊維方向で,接着層と平行にあるとき最も減衰変化が大きい。(2)減衰変化が増加するに従って,接着強さは増加した。(3)減衰は接着剤の硬化に伴う接着剤成分の揮発による重量変化に影響されている可能性が強く,間接的にその硬化状況を表しているものと考えられる。(4)イソシアネート接着剤,レゾルシノール接着剤などの塗布後から硬化までの重量変化が大きい接着剤に対して,マイクロ波減衰測定はより有効である。(5)初期段階のマイクロ波の減衰分布測定を用いて,木質材料の接着層における接着剤の塗り斑を検知できる。さらに接着剤塗布直後の減衰値から各養生時間における減衰値を差し引くことで接着層の接着強さ分布を予測できる。以上から,接着層を有する木質材料の製造段階において接着剤の塗り斑,接着不良を探査するために,マイクロ波の減衰測定は非常に有効な非破壊・非接触手法になるといえる。

 以上の実験から,超音波測定において,高含水率材の評価をする場合や伝播経路の解明をする場合には,超音波の振幅やその減衰の測定が必要であると考えられる。マイクロ波の測定には,非測定対象の表面状態の補正方法の確立,より簡易的に測定が行えるような可搬型測定器の開発が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は木造建築物や木質外構部材における木材と水との係わりに注目し、木材の諸物性と超音波の伝播速度,マイクロ波の減衰との関係を調査して木質材料の非破壊的評価の可能性を検討したものである。各章の結果は以下のとおりである。

 第3章においては,木材の基本的な物性である密度,含水率および含水率分布と超音波伝播速度,マイクロ波減衰との関係について調べた。伝播速度は,木材の密度の増加に伴って増加傾向を示したが,高い相関は認められなかった。低含水率領域において繊維,半径,接線方向の伝播速度は,含水率の増加にともなって含水率5〜10%までは緩やかに増加し,その後緩やかに減少した。また,高含水率領域においては,含水率の増加に対して対数関数的に減少した。マイクロ波の減衰は密度の増加に伴って直線的に増加した。マイクロ波減衰は,低含水率領域においては,木材の含水率の増加に伴い増加した。その増加傾向は2次関数的であった。高含水率領域においては,減衰はある程度の水分量までは直線的に増加傾向を示した。

 第4章においては,超音波伝播速度測定を用いて木材の繊維傾斜角を推定することを試みた。超音波が木材中を伝播するとき,計測される最も速い波がある伝播経路を持つと仮定すると,伝播経路において木材を構成する各要素を伝播するのにかかる時間の総和が伝播時間になると考えられる。そこで,超音波の伝播経路に細胞モデルを用いて表し,繊維,半径,接線方向の伝播時間を用いて,繊維傾斜角を推定する計算式を提案した。また,計算式の適合性を,木材の球形試験体を用いて実験的に検討したところ,任意の方向で実測された伝播時間は,提案された計算式による計算値とほぼ一致した。任意の方向の伝播速度は3次元に拡張されたn=2のHankinsonの式に代入することで表される。

 第5章においては,現場における超音波およびマイクロ波の適用の問題点を調べるため,ポールコンストラクションとして建築された木造住宅のポールの含水率分布と超音波伝播速度の測定,木造住宅2階の木製欄干の含水率分布と超音波伝播速度およびマイクロ波の減衰について2現場での調査および実験を行った。ポールコンストラクションの調査から(1)超音波伝播速度は割れや節に影響されるものの,ポールの表面含水率と負の相関傾向がある。(2)周囲に十分な空間のあるポールの表面含水率は,方角による差はほとんど認められなかった。(3)北面に位置したポールの表面の平均含水率は他の方位に比較して高かった。(4)表面含水率は地面近くで最も高かった。(5)ポール内部の含水率は,高さ−10cm付近で最も高くなっていた。高さ−10cm付近では,ポールが地上に出る"きわ"部分から侵入した雨水が停滞していたためと考えられる。(6)腐朽は高さ0cm付近でみられ,地中部分においては確認されなかった。地中では空気が遮断されていたために腐朽が起きなかったと考えられる。また,木製欄干調査より(1)対象家屋における手すり部の平均含水率は,手すりの下面の方が上面よりも高い値であった。(2)手すり部の含水率分布から,上面および下面とも,欄干を固定している壁際ならびに支柱付近で高い値となった。(3)超音波が伝播できない腐朽した材料の評価するためには,マイクロ波の減衰測定が有効な手段となる可能性がある。(4)欄干支柱の含水率分布と超音波伝播速度分布には高い相関が認められた。(5)腐朽は支柱木材の吸水性能によらず,施工状態あるいは施工場所などの外的要因によって大きく影響されたものと考えられる。

 以上の結果から,超音波は高含水率を評価することが困難であり、マイクロ波は,測定対象の表面の状態に影響を受け、材端部効果が非常に大きいことが実用上の問題となる。

 第6章においては,高含水率領域の木材の含水率分布を評価するために凍結処理を施すことを試み、伝播速度に対する効果を検討した。また,放射方向の含水率分布を評価する計算式を提案し,モデルを用いて検証実験を行った。高含水率領域において,自由水を凍結させることで超音波伝播速度は上昇した。含水率が高いほど,超音波伝播速度の上昇は大きかった。半径,接線方向において凍結処理前と凍結処理後との伝播速度差は含水率に対して指数関数的に増加した。自由水分布が超音波伝播方向に直列に配する場合の半径方向の自由水分布を算出する簡単な式を提案した。その式を検証するためのモデル実験を行ったところ,複合則の成り立つモデル試験体においては,1〜2割程度の差が看取された。複合則が完全に成り立つとき,算出式は正しい値を示すことが解析によって確かめられた。また,凍結処理によって含水率に対する伝播速度変化が大きくなることから,算出式の凍結処理後の値は凍結処理前の値と比べてより正確になることが確認された。提案された式は木材の自由水分布を実用的に測定する上での基礎となる算出式であると思われる。また,その式を使用する際に凍結処理後の値を用いることでより正確な値を得ることができ,超音波を用いた含水率分布評価における凍結処理は有効な手段であることを認めた。

 第7章においては,マイクロ波を用いて木質材料における接着層の硬化状態の観測を試みた。実験的考察からその可能性を検討したところ,(1)接着剤の硬化過程において,マイクロ波の照射方向と接着層が平行にあり,かつ電場方向が木材の繊維方向で,接着層と平行にあるとき最も減衰変化が大きい。(2)減衰変化が増加するに従って,接着強さは増加した。(3)減衰は接着剤の硬化に伴う接着剤成分の揮発による重量変化に影響されている可能性が強く,間接的にその硬化状況を表しているものと考えられる。(4)水性高分子イソシアネート接着剤,レゾルシノール接着剤などの塗布後から硬化までの重量変化が大きい接着剤に対して,マイクロ波減衰測定はより有効である。(5)初期段階のマイクロ波の減衰分布測定を用いて,木質材料の接着層における接着剤の塗り斑を検知できる。さらに接着剤塗布直後の減衰値から各養生時間における減衰値を差し引くことで接着層の接着強さ分布を予測できる。以上から,接着層を有する木質材料の製造段階において接着剤の塗り斑,接着不良を探査するために,マイクロ波の減衰測定は非常に有効な非破壊・非接触手法になることが認められた。

 以上本論文は木材、木質材料の基礎物性と超音波とマイクロ波特性の関係を明らかにして現場における非破壊試験としての展開を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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