No | 117199 | |
著者(漢字) | 樋口,暁浩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒグチ,アキヒロ | |
標題(和) | 熱帯産イネ科植物の細胞壁化学構造と消化性に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Structural Feature and Biodegradability of Cell Walls of Tropical Grasses | |
報告番号 | 117199 | |
報告番号 | 甲17199 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2395号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 緒言 全世界には約3.4億ヘクタールの草地が存在している。これらの草地のバイオマス量は非常に莫大であるが、バイオマスとしてのイネ科植物はその低消化率のため、すべてが飼料として利用されたとしてもわずか20-30%ほどが反芻家畜の飼料として利用されているに過ぎない。特に熱帯産イネ科植物の細胞壁消化性は温帯産イネ科植物に比べ低いことが知られている。家畜生産性の向上の目的で配合飼料の利用が考えられるが、熱帯地域に存在する国の多くが発展途上国であり、コスト面から利用は困難である。また、我が国でも牛海綿状脳症(狂牛病)の感染が報告され、飼料の安全性が求められている。このような状況下、高品質(高消化性)の牧草の開発が求められている。消化性を阻害する因子に関する研究は温帯産イネ科植物について多く行われてきており、これまでリグニン量が消化率を阻害する因子として考えられていた。しかし、リグニン定量法をはじめとする飼料分析法への疑問や試料サンプリング方法などの問題点が指摘され研究が進められた結果、近年、フェルラ酸を介したリグニン−多糖架橋結合が消化性を阻害する因子として考えられてきている。一方、光合成機構が異なり、構成成分組成も異なる熱帯産イネ科植物の消化性に関する研究は温帯産イネ科植物に比べ少ないのが現状である。本研究では植物細胞壁科学の分野で用いられている分析方法を用いて、細胞壁化学成分、組織構造、細胞壁化学構造など様々な観点から細胞壁消化性を阻害する因子を検討した。 第2章 熱帯産イネ科牧草の最適刈り取り間隔の検討および家畜の嗜好性因子の検討 沖縄県西表島において、熱帯産イネ科植物{セタリアグラス(Setaria sphacelata (schumach.) Staph & Hubbard ex M.B. Moss)とギニアグラス(Panicum maximum Jacq.)}を刈り取り間隔を変えて収穫量の変化を調べた。いずれの牧草も刈り取り間隔を長くすると収穫量は増加し、年間最大収穫量は43t/haに達し、二酸化炭素固定の中心的役割を果たしていると考えられている熱帯雨林の年間成長量(15〜6t/ha)の2倍以上に達した。熱帯産牧草は地球環境保全という観点からも注目に値する。しかし一方で、牧草の消化率は刈り取り時期および刈り取り間隔によって変化した。これらの、収穫量と消化率およびタンパク質含有量から年間の可消化養分総量を算出することにより、セタリアグラスで60日、ギニアグラスで30日間隔で刈り取りを行うのが家畜生産量の増大をはかる上で最も有効的な刈り取り間隔であることを明らかにした。また、放牧地においては侵入した雑草を家畜が採食しないことにより草地が荒れることが放牧地を維持する上で大きな問題となっている。これらは家畜(放牧牛)のイネ科植物に対しての採食嗜好性によっているが、この嗜好性に関して、消化性および化学成分との関係を検討した結果、嗜好性の低いイネ科植物では消化性が低い傾向にあった。 第3章 細胞壁消化性と細胞壁化学成分の関係 セタリアグラス及びギニアグラスの葉部と茎部について、ペプシンおよびブロードスペクトルのセルラーゼを用いた好気条件下でのin vitro細胞壁消化率と化学成分分析を行い相関を検討した。葉部の細胞壁消化性は成熟するにつれ減少する傾向があった。また、刈り取り日が夏に近づくにつれ葉の消化率は減少する。茎部では逆の傾向がみられた。主要構成糖の消化率を検討した結果、茎部のキシロース残渣の消化率はセルロース等、他の多糖に比べて低い結果となった。これはキシラン主鎖へのアラビノース残基、ヒドロキシ桂皮酸およびアセチル基がキシラン主鎖の酵素分解を阻害しているためと考えられる。ヒドロキシ桂皮酸類の定量を行ったところ、葉部及び茎部とも温帯産イネ科植物と異なりp-クマル酸がフェルラ酸より多く結合していた。温帯産イネ科植物では消化性を阻害する因子としてフェルラ酸によるリグニンー多糖架橋結合が主要な要因となることが知られているが、熱帯産イネ科植物ではp−クマル酸の関与が推定された。葉部ではp−クマル酸、フェルラ酸共に消化後の値が減少していた。一方、茎部ではフェルラ酸は消化後に減少しているのに対し、p−クマル酸はあまり減少していなかった。これは、フェルラ酸が酵素処理によって糖とともに可溶化しているためと考えられる。これまで、消化率とリグニン量が高い相関を示すと言われていたが、本研究の結果ではギニアグラスの茎部(R2=-0.84)を除いてリグニン量と消化率の相関は高くない。また、温帯産イネ科植物でリグニンと多糖の架橋結合に関与している(リグニンにエーテル結合している)フェルラ酸に関しては消化性との間に全く相関は見られなかった。一方で、細胞壁をあらかじめ酵素処理した後に残存するヒドロキシ桂皮酸類、特にエステル結合タイプのp−クマル酸が非常に高い相関を示した。この結果から、単純な成分量ではなく、ある特定の構造をした成分が消化を阻害する因子の一つとして働いている事が示唆された。 第4章 節間部位組織構造の消化性の違いおよび化学成分の検討 セタリアグラス節間部位の組織構造の違いによる消化性を光学・電子顕微鏡により観察をした。茎中央部に分布する柔組織は酵素処理により速やかに分解されていく。表皮、厚壁、維管束と一部の柔組織はほとんど分解されなかった。この結果は既往の報告と一致する結果だった。また、熱帯産イネ科植物では温帯産のものに比べ、維管束の割合が高く、これが熱帯産イネ科植物の低消化性の一因と考えられる。これらの組織を光学顕微鏡下で分離し、熱分解ガスクロマト・マススペクトログラフィ分析した。各組織から数種の芳香核生成物を検出し、主要ピークは、4-vinylphenolと4-vinylguaiacolであった。これらはリグニンおよびヒドロキシ桂皮酸の熱分解生成物であるが、主にヒドロキシ桂皮酸に由来していると考えられる。これは、アルカリ加水分解によるヒドロキシ桂皮酸量の測定結果とも一致していた。最も消化された柔組織にはほとんどp−クマル酸は検出されず、第2章の結果同様に、消化性とp−クマル酸の関係が示唆された。 第5章 Lignin-Carbohydrate Complex (LCC)の単離 Bjorkman (1956)の方法に準じ、有機溶媒によるLignin-Carbohydrate Complex (LCC)の単離を試みた。分析に用いたイネ科植物はギニアグラス、セタリアグラスおよびチガヤ(Imperata cylindrica Beau. Var major C.E. Hubb)である。消化率はそれぞれ、38.2%、34.1%、17.2%であった。未処理試料の消化率と各区分の収率との関係は見られなかった。しかし、消化残渣に対する溶媒抽出では、ほぼ全量が抽出された。このことから、酵素処理で分解できずに残存している細胞壁多糖は、リグニンとの結合を持つ構造を形成していると考えられる。 各区分の構成糖分析を行った結果、90%ジオキサン(DS90)可溶区分にはアラビノキシラン由来と考えられる中性糖組成を示した。一方、DMSO (DMS)可溶区分ではグルコース量が多く、キシロース量は少ない結果となった。リグニン量は未処理試料ではDS90区分が最も多く、既往の報告で言われているようなアラビノキシランとリグニンからなるLCCを形成していると考えられる。この区分の分子量分布をHPSECにより検討した。ポリスチレンスタンダードで分子量約65500〜1260の広い範囲で6つの区分からなることがわかった。また、酵素処理残渣の同区分の分子量分布は低分子側にシフトしている。これは酵素処理により、LCCを構成する一部の糖が分解され低分子化したためと考えられる。分子量の変化からリグニンに結合した糖鎖は最低でも重合度数百と推定された。 今回用いた溶媒抽出によるLCC区分の単離法は、各溶媒で特徴的なLCCが単離され、今後、LCCの化学構造分析などを詳細に進める上で有効な方法である。 6.総括 収穫量と消化率から可消化養分総量を求めることにより効率的な飼料刈り取り間隔を求めることができた。また、牧草地に混入する雑草と牧草に対する家畜の嗜好性について消化率および化学成分との関係を調べた結果、嗜好性の高い草は消化性が高かった。 細胞壁消化性と化学成分の関係を検討したところ、リグニン量と消化率に有意な相関は見られなかった。また、温帯産イネ科植物で報告されているフェルラ酸量に関しても相関は見られなかった。一方で、細胞壁をあらかじめ酵素処理した後に残存するヒドロキシ桂皮酸類、特にエステル結合タイプのp−クマル酸が非常に高い相関を示した。この結果から、単純な成分量ではなく、ある特定の構造をした成分が消化を阻害する因子の一つとして働いている事が示唆された。 播種後40日のセタリアグラス節間部位の組織構造の違いによる消化性を光学・電子顕微鏡により観察をした。中央の柔組織は酵素処理により速やかに分解されていく。表皮、厚壁、維管束と一部の柔組織はほとんど分解されなかった。熱帯産イネ科植物では温帯産のものに比べ、維管束の割合が高く、これが熱帯産イネ科植物の低消化性の一因と考えられる。また、各組織の化学成分分析の結果、最も消化された柔組織にはほとんどp-クマル酸は検出されず、上述の結果同様に、消化性とp−クマル酸の関係が示唆された。 上述の結果から、微粉砕試料から有機溶媒抽出によりp-クマル酸を含むLignin-carbohydrate complex (LCC)の単離を試みた。単離されたLCCには有意な量のヒドロキシ桂皮酸類が含まれており、今回用いた方法はLCC単離法として有効であった。得られたLCCは各区分で異なっており、DS90区分の分子量分布をHPSECにより検討した結果、分子量約65500〜1260の広い範囲で5つの区分からなることがわかった。今後、これら単離されたLCCを詳細に分析することにより、細胞壁消化阻害機構が明らかになると思われる。 | |
審査要旨 | 本論文の骨子は、次のとおりである。 全世界には約34億haの草地が存在している。このバイオマス生産量は年間100億トンを超すと推定される。草地の植生の多くは反芻家畜および野生動物の飼料として使われているが、草地の主要植物群であるイネ科植物の消化率の低さから、バイオマス生産の20-30%が利用されているに過ぎない。特に熱帯産イネ科植物の細胞壁消化性は温帯産のものに比べ低く、熱帯・亜熱帯地域での反芻家畜生産性が制限されるとともに、野生動物繁殖の大きな障害ともなっている。 先進諸国の家畜飼育では、その生産性を高めるため配合飼料が広く利用されている。我が国でも牛海綿状脳症(狂牛病)の問題などから配合飼料の安全性が問題となり、安全な飼料(牧草)への全面的な切り替えが望まれるとともに、高消化率および高タンパク含量牧草の開発が強く求められている。 イネ科植物飼料の消化性を阻害する因子として、これまで植物細胞壁の主要成分の一つであるリグニンが考えられてきたが、近年、温帯産イネ科植物細胞壁に関する詳細な研究が進められ、ヒドロキシ桂皮酸であるフェルラ酸を介したリグニン−多糖架橋結合が注目されてきている。本研究では、植物細胞壁科学研究で用いられている手法を用いて、沖縄県西表島で栽培および自然植生している熱帯産イネ科植物について細胞壁化学成分その化学構造および組織構造など、様々な観点から消化性を阻害する因子について検討した。 まず、沖縄県西表島に導入され、放牧用および乾草用に栽培されている熱帯産イネ科植物セタリアグラス(Setaria spacelata (Schmach.))およびギニアグラス(Panicum maximum Jacq.)について、乾草として収穫する際の最適条件の検討を行った。バイオマス収量および個体の飼料としての品質はともには収穫間隔の関数であるが、これまで科学的データがほとんどなく、牧畜農家が経験に基づいて収穫してきた。本研究では収穫量と消化率および植物体の化学成分から、ギニアグラスでは30日、セタリアグラスでは60日間隔で収穫を繰り返すことにより、年間可消化養分総量を最大にすることが出来ることを明らかにした。本研究の成果は、直ちに現地牧畜農家への指導に活用されている。つづいて牧草地に混入する雑草と牧草に対する家畜の嗜好性について消化率および化学成分との関係を検討し、嗜好性と可消化養分の間に正の相関があることを明らかにした。 熱帯産イネ科植物の細胞壁化学成分と消化性についての研究は、これまでメイズなどに限られてきた。本研究では、C4植物のセタリアグラス、ギニアグラスおよび熱帯草地に広く分布するチガヤ(Imperata cylindrica)を試料として細胞壁成分と消化性について検討した。近年C3植物である温帯産イネ科植物の消化性はリグニンにエーテル結合したフェルラ酸量に関して負の相関があることが示されたが、本研究で用いた試料では、その消化性とフェルラ酸量との相関は見られず、エステル結合したp−クマル酸が消化性と非常に高い負の相関を示した。さらに細胞壁を酵素処理した後に残存する成分の分析から、熱帯産イネ科植物細胞壁の消化を阻害する因子は、単純な成分量ではなく、p−クマル酸を介した細胞壁高分子間の結合であることを示唆した。 さらにセタリアグラスを栽培し、光学および電子顕微鏡により播種40日後の節間部位組織構造の違いと消化性との関係を考察した。節間の柔組織の大部分は酵素処理により速やかに分解されていくが、表皮、厚壁、維管束および一部の柔組織はほとんど消化されない。熱帯産イネ科植物では温帯産のものに比べ、維管束の割合が高く、これが熱帯産イネ科植物の低消化性の一因あると結論した。顕微鏡下で各組織を分離し、その化学成分分析を行うことにより、容易に消化される柔組織にはp−クマル酸は検出されないことから、p−クマル酸が細胞壁の消化性と強く関係していることを証明した。 p−クマル酸を介した結合と消化性とが高く相関していると示唆されたことから、セタリアグラス、ギニアグラスおよびチガヤ細胞壁を微粉砕し、有機溶媒抽出によりp−クマル酸を含むリグニン−多糖結合体(LCC)を単離した。そのLCCの成分分析を行うとともに、NMRによる構造解析および物性解析を行った。その結果、リグニンはヘミセルロースだけでなくセルロースとも結合していること、消化中に結合部位に近いところでは多糖は消化されないことを明らかにした。さらにリグニンに結合した多糖は極めて高分子であり、消化中に切り取られる多糖の重合度200から250に相当することを明らかにした。 以上のように、本研究は熱帯産イネ科飼料植物の消化性について、実用面からもまた細胞壁構造に関する基礎的研究の面からも数多くの新知見を与えており、応用上、学術上貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。 | |
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