No | 117200 | |
著者(漢字) | かんたやーぬうぉん,そむわん | |
著者(英字) | Khantayanuwong,Somwang | |
著者(カナ) | カンタヤーヌウォン,ソムワン | |
標題(和) | 新規な手法を用いた繊維・紙特性に対するリサイクル効果に関する研究 | |
標題(洋) | An Investigation of Recycling Effects on Fiber and Paper Properties by Novel Means | |
報告番号 | 117200 | |
報告番号 | 甲17200 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2396号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [1章]緒言 古紙の再生紙としての利用において強度低下は大きな問題であるが、繊維間結合の強度低下が再生紙の強度低下に影響する主な要因であることが従来報告されている。また、繊維交点での結合面積の減少が繊維間結合の強度低下には決定的な影響を及ぼすようである。繊維交点での結合が不十分であるのは、おそらくリサイクル繊維が柔軟性を失い、堅くなることにより、湿紙形成過程で悪影響を及ぼすためであろう。しかし、繊維の柔軟性や堅さは、通常繊維の膨潤能力で推測される。そして、その膨潤能力は間接的に繊維の保水値、繊維飽和点及び浸透圧によって知ることができる。そこで、リサイクル繊維の正確な柔軟性や堅さと、そのようになる原因を共焦点型レーザー走査顕微鏡、示差走査熱量計、フーリエ変換ラマン分光法、走査型超音波顕微鏡及びX線回折装置のような総合的な手法を用いて明らかにすることを、本研究の主な目的とした。一方、リサイクル処理が繊維及び繊維間結合の強度に及ぼす影響し、再生紙の紙力低下を引き起こすメカニズムについても明らかにした。 [2章]超音波顕微鏡を用いたパルプ繊維壁の弾性係数測定 走査型超音波顕微鏡(SAM)を用いてパルプ繊維壁の弾性係数を測定した。超音波材料シグニチャ(AMS)と呼ばれる、材料に特有の超音波の干渉図からこの計算が可能となる。熱処理した繊維及び未処理の繊維の横断面を調製し、この断面の表面を走るレイリー波の速度を測定すると、それぞれ3,520±170m/s及び3,240±180m/sであった。これは、レイリー波の速度が速いほど弾性係数(C44)が大きくなることから考えて、熱処理した繊維の繊維壁は未処理の繊維に比べて堅くなったことを意味する。さらに、繊維は放射方向に等方体と考えられるS2層が主成分であると考えると、レイリー波の速度は、剪断波の速度の0.93倍に相当し、セルロースの真密度が1.5g/cm3であるという条件を適用することができる。すると、熱処理した繊維及び未処理の繊維の繊維壁弾性係数(C44)は、それぞれ22±2GPa及び18±2GPaであることがわかった。これは熱処理によって弾性率が増加することを意味するが、未叩解の熱処理した繊維から調製したシート全体の面内剪断弾性率は未処理の場合と比べて低い値を示した。ここでの結果は、繊維壁の弾性係数を増加させる熱処理の効果を表しており、一般に角質化として知られているものである。 [3章]リサイクルにおける繊維の角質化が繊維交点の潜在結合力に及ぼす影響:共焦点型レーザー走査顕微鏡を用いて 広葉樹クラフトパルプから調製した手すき紙に、リサイクル処理をモデル化した熱処理を施し、リサイクルを行った。4回のリサイクルによって密度は0.67から0.51g/cm3に、比引張り強さは46.3から12.9Nm/gにそれぞれ低下した。リサイクル手すき紙の全体的な結合強度の低下と関係のある微細繊維量の減少と繊維の角質化は、密度と引張強さの低下に影響を及ぼす要素になっていると考えられるため、それらの挙動を調べた。共焦点型レーザー走査顕微鏡(CLSM)を用いた観察によって、微細繊維が繊維表面を覆ったり、繊維間結合部の周囲を埋めたりすることによって紙力を向上させる役割を果たしている可能性が示された。広葉樹クラフトパルプ繊維の断面のCLSM写真は、角質化が起これば湿潤状態での繊維の再膨潤が妨げられることを明らかに示していた。その結果、手すき紙のリサイクルのどの段階においても角質化は紙層形成過程の繊維の柔軟性低下に大きな影響を及ぼしていた。リサイクル繊維は膨潤性と柔軟性に劣るため、リサイクル手すき紙では十分な繊維間の接触がないということもCLSM写真ははっきりと示していた。手すき紙のリサイクルでは、十分な微細繊維量の減少は検出されなかったことから、非結合面積の増加は、再湿潤リサイクル繊維の再膨潤能力又は柔軟性の低下に因ることが示唆された。CLSM観察でも、リサイクル手すき紙の強度低下は明らかに繊維交点の非結合面積の増加に起因するものであることがわかった。 [4章]リサイクル処理によるパルプ繊維の結晶化度及び再膨潤能力の変化 各種分析技術を総合的に用いることによって、リサイクル処理による非晶及び結晶領域量の変化を明らかにし、同時にそれらが不可逆的に転換する可能性を評価した。X線回折法で観察されるように、リサイクル処理によって繊維の結晶化度は幾分変化した。繊維の大部分は、リサイクル処理による影響をほとんど受けない安定した結晶領域からできているので、結晶化度の変化は、おそらくリサイクル中に非晶領域がわずかに結晶化することに起因するのであろう。リサイクル処理による非晶領域量の減少は、繊維の水分吸着能力に影響するが、これが示差走査熱量計によって間接的に検出された。リサイクル繊維のルーメンは、湿潤状態でも潰れたままであり開くことは少ないので、繊維壁に吸着する結合水の量は、リサイクル繊維の再膨潤能力に多大な影響を与えていることがわかった。湿潤リサイクル繊維の再膨潤能力の低下は、非晶領域量の減少によると考えられる、形態変化には現れないような繊維壁の微小な変化に対応していた。本研究では、フーリエ変換ラマン分光法によって、リサイクル処理が繊維の結晶及び非晶領域量の変化に与える影響を決定することはできなかった。 [5章]叩解及びリサイクルがパルプ繊維の強度に与える効果 叩解とリサイクル処理が繊維及び手すき紙の強度に与える効果を確かめた。手すき紙のゼロスパン引張強さは、繊維そのものの強度に対応するが、それは叩解とリサイクル処理により上昇する傾向を示した。したがって、リサイクル手すきシートの強度低下は、Pageの式が示すとおり、繊維間結合強度の低下に起因するものであることわかった。リサイクル処理は繊維間結合の固有の強度には影響を与えないので、繊維間結合強度低下は繊維間結合面積が減少するためだけに由来することがわかった。 [6章]結論及び提言 リサイクル処理は、紙のみかけ密度と引張強さを低下させる。この現象は、リサイクル繊維の再膨潤能力の喪失に由来する繊維間結合の強度低下によって顕著に引き起こされる。リサイクル処理は、繊維間結合の固有の強度には影響しないので、繊維間結合の強度低下は、繊維間結合面積が減少するためだけに由来することがわかった。リサイクル繊維の再膨潤能力及び柔軟性の喪失は湿紙内の繊維間の接触を不十分なものにする。そのため、抄紙工程中で十分な繊維間結合が自発的に生成することがない。したがって再生紙の強度低下は、リサイクル工程での繊維の角質化を抑制するとともに、リサイクル繊維の再膨潤能力を回復させること及び紙層構造中で繊維間結合の固有の強度を増加させることによって抑えることができるであろう。 | |
審査要旨 | 紙の消費の伸びを牽引する主な要因は経済成長と人口増であるが、21世紀における世界の紙の需要増を資源問題として考えると古紙のリサイクルの重要性が今後益々増大するので、リサイクル繊維の特性低下の要因を明らかにし、低下を防ぐ方法を開発しなければならない。 古紙リサイクルの研究は従来多面的に行われてきたが,測定法の限界から繊維のミクロなレベルで特性低下の要因を究明したものはない。 そこで本研究では古紙のリサイクル処理過程での繊維と紙の物性変化を最近の先端的な分析機器や計測機器で定量し、従来の手法では不可能であった古紙処理過程におけるパルプ繊維のミクロな挙動を観察し、シートの物性変化のメカニズムを明らかにすることを目的とした。 本論文は6章より成る。第1章は緒論であり、古紙のリサイクルにかかわる従来の研究の概要を記述し、本研究の開始にいたった経緯と問題の提起および本研究の目的を総括している。第2章から5章までが論文の本題である。 第2章は<超音波顕微鏡を用いたパルプ繊維壁の弾性係数の測定>を扱い、レイリー波の速度から材料に特有の超音波干渉図から繊維の弾性係数を計算した。古紙処理過程のモデルとしての繊維の熱処理により弾性係数が増大することから、古紙処理過程では処理回数が増大すると共に繊維の角質化が進行と共に繊維の堅さが増大し、再シート化における繊維間結合の可能性が次第に減少、すなわち紙力強度が減少することを明らかにした。 第3章は<共焦点型レーザー顕微鏡を用いたリサイクルにおける繊維の角質化が繊維交点の潜在結合力に及ぼす影響>を扱い,リサイクル処理前後の繊維の三次元的情報を非接触的に得て、リサイクルによる繊維の膨潤能力の変化を検討した。リサイクル処理と共に繊維の膨潤能力は減少し、均一なシート化能力(conformability)が減少することを示した。また光学物性のデータから散乱係数の増大が示され、リサイクル過程では非結合面積の増大、すなわち結合面積が減少し、リサイクルの進行と共に密度が減少し、引張強度が減少することが示唆された。その要因は再膨潤能力と柔軟性の低下と解釈した。 第4章では<リサイクル処理によるパルプ繊維の結晶化度および再膨潤能力の変化>を扱い、繊維のリサイクル過程での結晶領域と非結晶領域の変化から、水分吸着能、すなわち再膨潤能力の変化を検討した。X線回折強度の変化からリサイクル過程で結晶化度が増大し、示差熱分析による脱水熱の測定から非晶領域量が減少し、水分吸着能が減少することを明らかにした。さらに脱水熱量と結晶化度、繊維のアスペクト比と水分吸着能の関係を明らかにした。 第5章では<叩解およびリサイクルがパルプ繊維の強度に与える効果>を扱い、リサイクル前後の繊維およびシートの力学物性の変化を検討した。叩解により繊維間結合面積が増大するので引張強度は増大するが、リサイクルにより減少する。またゼロスパン引張り強さの測定から叩解とリサイクルで単繊維強度が上昇することが示唆された。リサイクル処理による繊維壁構造の変化のモデルからリサイクルにより非結合面積は減少することが説明された。さらにシート強度と非結合面積の関係を表わすPageの式からリサイクルシートの強度低下は繊維間結合面積の減少による繊維間結合強度の低下に因ることが判った。 第6章は本論から得られた<結論および今後の研究への提言>を扱っており、リサイクル処理は繊維の再膨潤能力を低下させ、紙のみかけ密度と引張強度を低下させることを指摘している。リサイクル処理は一般的に結合面積を減少させるので、リサイクル処理においては角質化の抑制と再膨潤能力の回復が重要であり、さらに繊維間結合の固有の強度の増大が重要と結論づけている。 以上、本論文は繊維およびシートの熱処理という古紙リサイクルのモデル系に新たな先端的な分析機器を応用することにより、従来得られなかった繊維に関する非接触的なミクロレベルのデータが得られることが判り、古紙のリサイクル過程での強度低下の原因を明らかにし、低下を防止・回復するための新たな方法を示唆している。 よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。 | |
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