学位論文要旨



No 117203
著者(漢字) 原田,真樹
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,マサキ
標題(和) 円形断面鋼棒による木質接合部のめり込み変形挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 117203
報告番号 甲17203
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2399号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有馬,孝禮
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 助教授 信田,聡
 東京大学 助教授 安藤,直人
 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
内容要旨 要旨を表示する

 近年、木質構造は発展の一途を遂げ、不可能な架構形式はないというほど、複雑化、多様化している。木質構造物が複雑になればなるほど、接合部に発生する応力も複雑になってくる。

 このように、接合部は種々の外力に対応して様々な変形挙動を呈するが、集約すれば、接合具が木材中にめり込んでゆくことで耐力が発現される。更に言えば、木材の細胞が潰れることによって耐力を発現していると言える。

 木質接合部の性質を決定する因子としては、数多くのものが挙げられるが、大きく分けて、接合部自体に由来するものと外的要因によるものとの2つに区分できる。接合部自体に由来する因子は、更に、接合具に起因するものと部材としての木質材料に起因するものとに分けることが出来る。前者としては、接合具の種類、材質、形状(直径、長さ等)、配置等の因子が、後者としては、材のMOE、密度、含水率等が挙げられる。また、外的要因によるものとしては、変形速度や荷重継続時間といった因子が挙げられる。実際の設計においては、構造物および接合部に要求される性能に合わせて各因子を決定していく。

 従って、これら各因子とめり込み挙動との関係を明らかにすることは、複雑な木質構造物を安全かつ合理的に設計するための基礎データとして大変重要であると考える。

 本研究は、木質構造物に用いられる接合具のうち、ボルト、ドリフトピンといった円形の断面をもつ鋼棒に着目し、それらによる木材の変形挙動について検討したものである。

 通常の木質接合部の形式には、外力によって生じるせん断面の数によって1面あるいは2面せん断型の2つのタイプがある。この形式では、割裂型とせん断型の2つの破壊形態が存在する。割裂型は、先孔から繊維平行方向に1本の割裂線が生じ、それがそのまま材端まで成長して破壊に至るものである。これに対してせん断型は、先孔の両端から繊維平行方向に2本の割裂線が生じ、それが材端まで成長するもので、材端に先孔の直径と同程度の幅の突出が出来るのが特徴である。

 一方、破壊までの変形挙動に着目すれば、接合具による木材のめり込み挙動は、局部的な部分圧縮と言い換えることが出来る。

 ここで、木材、特に針葉樹材を複合材料としてみるとき、その主要構成要素は仮道管である。仮道管を中空パイプと見立て、針葉樹材をごく単純化すると、細胞壁の厚さに等しい肉厚をもつ、長軸方向を繊維平行方向と一致させて束ねた異方性をもつパイプの集合体としてモデル化することが出来る。

 従って、木質接合部のめり込み変形挙動に影響をおよぼす因子について考える場合、このパイプの潰れ方が各因子の影響によってどのように変化するかという観点に置き換えることが出来る。

 そこで、木材のめり込み挙動に影響をおよぼす因子として、接合部を構成する部材のMOE、接合具直径、荷重角度(加力方向)、接合具の位置(材端からの距離)、含水率、変形速度、応力レベルを取り上げ、既往の研究成果の整理を行い、それを踏まえて、木材をパイプ構造とした場合の各因子の効果について推測を行った。

 次に、実際に各因子を変化させた接合部を作成してめり込み試験を行い、得られた変形挙動を解析することによって、めり込み変形挙動に影響を与える因子の抽出を行った。

 抽出した因子について、更にめり込み変形挙動に対する影響を明らかにするために変形エネルギーの観点から塑性化に関する指標を導入し、各因子の効果を検討した。また、粘弾性模型を適用し、モデルによる因子の効果の説明を試みた。

【第3章】

 接合部の曲げを伴わない面圧試験として、まず、MOEの異なるカラマツ、スギ集成材を用いて面圧試験を行い、面圧特性と接合具直径との関係について検討した。その結果、5%オフセット応力(ASTMによる降伏応力の推定値)と接合具直径との関係は明確ではなかったが、初期剛性(応力−変形量曲線における、最大応力の10%と40%の2点を結んだ直線の勾配)と接合具直径との関係は、横圧縮タイプにおいて明確な傾向を示し、接合具直径の増加とともに値が減少することが明らかとなった。

 次に、スギ、サザンパイン、ベイマツ、ベイツガの製材にドリフトピン1本を打ち込んだ接合部のモデル試験体を作成し、割裂長さ(接合具を打ち込んだ中心から試験体端部までの距離を繊維平行方向に測った距離。実際の試験では、この部分で割裂が生じる)、荷重角度(負荷方向と木材の繊維方向とのなす角度)を変化させ、これらのパラメータが木材のドリフトピンによるめり込み挙動に与える影響について検討した。その結果、最大応力は荷重角度により逆S字形を示して減少し、その傾向はほぼハンキンソン式で表現できること、初期剛性は、荷重角度の増加とともに減少すること、最大応力時変計量は、荷重角度が45°あるいは60°の場合に最小値を示すような、下に凸の傾向を示すこと、また、その場合、割裂長さが2dとそれ以上のものとでは、傾向が異なること、割裂長さの影響は、最大応力時変計量にのみ見られ、割裂長さの増加とともに値が増加する傾向であることが明らかとなった。

 更に、ラジアータパイン、アカマツ、ベイモミのLVLを用いてドリフトピン接合部を作成し、その力学特性におよぼす変形速度の影響について検討した。その結果、最大応力は、変形速度の増加に伴って値が増加すること、初期剛性は、ある変形速度で最小値を示す、下に凸の傾向を示すこと、最大応力時変形量は、ある変形速度に対して最大値をもつ、上に凸の傾向を示すこと、めり込みエネルギーは、最大応力時変位と同様に、ある変形速度に対して最大値を示すこと、が明らかとなった。

【第4章】

 接合具の曲げを伴う接合部せん断試験として、まず、MOEの異なる集成材を用いて鋼板挿入式ドリフトピン接合部を作成して2面せん断試験を行い、異方度に対するMOEの影響を検討した。その結果、5%オフセット応力、初期剛性ともに部材のMOEの増加とともに値が増加すること、繊維平行方向加力による5%オフセット応力および初期剛性と直交方向によるこれらの値の比(異方度)は、MOEの増加とともに値が増加することが明らかとなった。

 また、含水率の異なる製材を用いてボルト、釘接合部を作成し、接合部の強度性能におよぼす影響を検討した。その結果、最大応力は、ボルトについては明確ではなかったが、釘については、繊維飽和点以下の範囲において含水率が高いほど最大応力が低くなること、初期剛性は、ボルト、釘接合部ともに、部材含水率が高いほど、剛性が低くなることが明らかとなった。

【第5章】

 素材にドリフトピン1本を打ち込んだ接合部のモデル試験体を作成し、割裂長さ、荷重角度、応力レベルを変化させ、これらのパラメータが木材のドリフトピンによるめり込みクリープ挙動に与える影響について検討した。その結果、クリープコンプライアンスは、荷重角度の増加とともに増加すること、Power則における時刻の係数は、荷重角度の増加とともに増加すること、粘弾性モデルの係数η3は、応力レベルの増加に伴って減少することが明らかとなった。

【第6章】

 めり込み変形挙動を定量化する目的で、変形エネルギーに着目した指標を導入し、結果への適用を試みた。木材のパイプ構造を考えるとき、パイプがその断面形状を変化させることなく、弾性的に挙動している場合と、潰れて断面形状が変化する場合とでは変形エネルギーが異なると考えられる。ここでは、木材のめり込み変形挙動を弾性挙動と非弾性挙動とに分けて考え、両者のエネルギー(応力−変形量曲線の面積)差を細胞の塑性化に要するエネルギーと考えた。このエネルギーを弾性挙動で変形すると仮定した場合のエネルギー量で割ることにより、相対化した。この値は、細胞の潰れ等の塑性化によって消費されるエネルギーの量を示しており、値が大きいほど、塑性化の割合が強く、値が0に近づくほど脆性破壊の傾向が強いことを示している。この指標を塑性化指標(Ip)と定義し、荷重角度、割裂長さ、MOE、接合具直径、変形速度を変化させた場合の試験結果に対して適用を試みた。その結果、荷重角度、変形速度について、導入した指標によってその挙動を説明することができた。割裂長さ、MOEおよび接合具直径の挙動は、塑性化指標では説明することはできなかった。

 また、変形速度、接合具直径およびMOEについて、スプリングとダッシュポットを直列につないだ2要素粘弾性モデルであるMaxwellモデルの試験結果への適用を試みた。その結果、変形速度、接合具直径、部材のMOEについて、粘弾性モデルの性質を用いて因子の効果を説明することができた。

【総括】

 木質接合部の変形挙動に影響をおよぼす因子とその効果について整理を行った。影響を検討した因子は、部材のMOE、接合具直径、荷重角度、割裂長さ、含水率、変形速度、応力レベルである。

 各因子の効果は、変形エネルギーの観点から導入した塑性化指標、あるいは、比較的単純な粘弾性モデルによって、定量的に表現することができた。

 ただし、クリープ変形挙動までを含めた統一的な解析を行うことはできなかった。今後の課題としたい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は木質構造物に用いられる接合具のうち、ボルト、ドリフトピンといった円形の断面をもつ鋼棒に着目し、接合部の変形挙動について検討したもので7章からなる。

 近年木質構造は不可能な架構形式はないというほど、複雑化、多様化している。木質構造物が複雑になればなるほど、接合部に発生する応力も複雑になってくる。このように、接合部は種々の外力に対応して様々な変形挙動を呈するが、集約すれば、接合具が木材中にめり込んで、木材の細胞が潰れることによって耐力を発現している。従って、これら各因子とめり込み挙動との関係を明らかにすることは、複雑な木質構造物を安全かつ合理的に設計するための基礎データとして大変重要である。

 第1章では本研究の位置付け、第2章は既往の研究を概観している。木材のめり込み挙動に影響をおよぼす因子として、接合部を構成する部材のMOE、接合具直径、荷重角度(加力方向)、接合具の位置(材端からの距離)、含水率、変形速度、応力レベルなどであるが,以下の章で実験的検証および解析を行っている。

 第3章ではMOEの異なるカラマツ、スギ集成材を用いて試験を行い、接合部の曲げを伴わない面圧特性と接合具直径との関係について検討した。5%オフセット応力(ASTMによる降伏応力の推定値)と接合具直径との関係は明確ではなかったが、初期剛性(応力−変形量曲線における、最大応力の10%と40%の2点を結んだ直線の勾配)と接合具直径との関係は、横圧縮タイプにおいて明確な傾向を示し、接合具直径の増加とともに値が減少することが明らかとなった。製材にドリフトピン1本を打ち込んだ接合部のモデル試験体で割裂長さ、荷重角度を変化させ、その影響について検討した。最大応力は荷重角度により逆S字形を示して減少し、その傾向はほぼハンキンソン式で表現できること、初期剛性は、荷重角度の増加とともに減少すること、最大応力時変計量は、荷重角度が45°あるいは60°の場合に最小値を示すような、下に凸の傾向を示すこと、また、その場合、割裂長さが2dとそれ以上のものとでは、傾向が異なること、割裂長さの影響は、最大応力時変計量にのみ見られ、割裂長さの増加とともに値が増加する傾向であることが明らかとなった。LVLを用いたドリフトピン接合部ではその力学特性におよぼす変形速度の影響について検討した結果、最大応力は、変形速度の増加に伴って値が増加すること、初期剛性は、ある変形速度で最小値を示すこと、最大応力時変形量は、ある変形速度に対して最大値をもつ、上に凸の傾向を示すこと、めり込みエネルギーは、最大応力時変位と同様に、ある変形速度に対して最大値を示すこと、が明らかとなった。

 第4章では接合具の曲げを伴う接合部せん断試験として、MOEの異なる集成材を用いて鋼板挿入式ドリフトピン接合部を作成して2面せん断試験を行い、異方度に対するMOEの影響を検討した。その結果、5%オフセット応力、初期剛性ともに部材のMOEの増加とともに値が増加すること、繊維平行方向加力による5%オフセット応力および初期剛性と直交方向によるこれらの値の比(異方度)は、MOEの増加とともに値が増加することが明らかとなった。含水率の異なる製材を用いてボルト、釘接合部を作成し、接合部の強度性能におよぼす影響を検討した。その結果、最大応力は、ボルトについては明確ではなかったが、釘については、繊維飽和点以下の範囲において含水率が高いほど最大応力が低くなること、初期剛性は、ボルト、釘接合部ともに、部材含水率が高いほど、剛性が低くなることが明らかとなった。

 第5章では素材にドリフトピン1本を打ち込んだ接合部のモデル試験体を作成し、割裂長さ、荷重角度、応力レベルを変化させ、これらのパラメータが木材のドリフトピンによるめり込みクリープ挙動に与える影響について検討した。クリープコンプライアンスは、荷重角度の増加とともに増加すること、Power則における時刻の係数は、荷重角度の増加とともに増加すること、粘弾性モデルの粘性係数は、応力レベルの増加に伴って減少することが明らかとなった。

 第6章ではめり込み変形挙動を定量化するために変形エネルギーに着目した指標を導入し、結果への適用を試みた。木材のめり込み変形挙動を弾性挙動と非弾性挙動とに分けて考え、両者のエネルギー(応力−変形量曲線の面積)差を細胞の塑性化に要するエネルギーと考え、このエネルギーを弾性挙動で変形すると仮定した場合のエネルギー量で割ることにより、相対化した。この値は、細胞の潰れ等の塑性化によって消費されるエネルギーの量を示しており、値が大きいほど、塑性化の割合が強く、値が0に近づくほど脆性破壊の傾向が強いことを示している。この指標を塑性化指標と定義し、荷重角度、割裂長さ、MOE、接合具直径、変形速度を変化させた場合の試験結果に対して適用を試みた結果、導入した指標によってその挙動を説明することが可能となった。しかし割裂長さ、MOEおよび接合具直径の挙動は、塑性化指標では説明することができなかった。変形速度、接合具直径およびMOEについて、スプリングとダッシュポットを直列につないだ2要素粘弾性モデルであるMaxwellモデルの試験結果への適用を試みた結果、粘弾性モデルの係数から因子の効果を説明することができた。

 以上本論文は木質構造物を安全かつ合理的に設計するため基礎的知見として貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

UTokyo Repositoryリンク