学位論文要旨



No 117204
著者(漢字) 倉橋,みどり
著者(英字)
著者(カナ) クラハシ,ミドリ
標題(和) 海洋生物に由来する細菌の系統分類学的研究
標題(洋)
報告番号 117204
報告番号 甲17204
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2400号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 大森,俊雄
 東京大学 教授 小柳津,広志
 理化学研究所微生物分類室 室長 辨野,義巳
内容要旨 要旨を表示する

● 目的

 近年、生物の種多様性に関する研究は、多方面から積極的に取り組まれている。環境中のDNA断片を分析したり、蛍光プロープを用いるなど、培養によらない解析手法の発展にともない、その多様性が次々に明らかにされている。本研究では、未知領域の細菌を分離し、培養することを目的とする。分離、培養に重点を置いた主な理由は、遺伝子資源の確保にある。

 現在、細菌の分離、培養は、大きく2つの方向からアプローチされている。ひとつは、生きているが培養困難な状態にある微生物を詳細に研究する事によって、VBNC (Viable but nonculturable)状態からculturableな状態へ転換させる方法を開発しようとするものである。もう一つは、微生物の発見以来、多くの熱心な研究者たちよって膨大な数の細菌が記載されてきているが、人類がこれまで容易に接近することのできなかった極限環境などから、新規性の高い細菌を探索していく方向である。しかし身近な環境は、本当に探索しつくしたのだろうか。そこで本研究では、身近な海洋生物の内臓を新規バクテリア探索のフロンティアと位置付け、その多様性を明らかにした。

● 方法

 1998年から2000年の間に、東京都、千葉県、神奈川県、静岡県において、磯採集とスキューバダイビングにより、分離源海洋生物として主に軟体動物をサンプリングした。取り出した内臓をホモジネートし、滅菌生理食塩水で希釈し菌液を得た。Marine培地上、塗沫法にて、23℃で数日間培養し、コロニーを単離し、純粋培養化した。各菌株よりDNAを抽出し、16S rDNAの後半約500bpの部分塩基配列を決定し、相同性検索を行った。その結果、既知種との相同性が95%以下の株を選出し、16S rDNAの全塩基配列を決定した。その配列データを基に、多重アライメント計算を行い、NJ法による系統樹を作成した。各株の新規性を明らかにするために、生理・生化学試験と化学分析を行った。生理・生化学試験は、菌液を調製した後、基質分解能や発育試験、糖類の資化性能を観察した。化学分析については、DNA塩基組成、菌体脂肪酸組成、呼吸鎖キノン分子種の分析を行った。また、必要のある株については、DNA-DNAハイブリダイゼーション検定も行った。

● 結果

 21種類の海洋生物から、116株の細菌を分離した。分離した細菌の16S rDNAの後半約500bpの部分塩基配列による相同性検索に基づいて同定した結果、Proteobacteria 74株、Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides group 12株、Bacillus/Clostridium group 2株、Actinobacteri 2株であり、1株は酵母のSaccharomycotinaであった。16S rDNAの既知種との塩基配列相同性が95%以下であったのは、116株の分離株のうち17株であった。16S rDNAの塩基配列を基に、NJ法によって作成した系統樹では、分離された17株は、Alteromonas group(8株),Rhodobacter group(4株),Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides group(5株)の3つの細菌グループにわけられた。

Alteromonas (γ-Proteobacteria) group (Fig.1)

 MKT92:Thalassononasとの16S rDNAの相同性は、94%であり、Thalassononas属、Colwellia属とクラスターを形成した。MKT92に対して新属を提唱する。

 MKT82,86,87,89,106,112:この6株は、異なる種または同種の別個体の海洋生物から分離されたにもかかわらず、互いに非常に高い相同性を示した。この6株と、Thalassononas属,Glaciecola属,Alteromomnas属,Pseudoalteromonas属との16S rDNAの相同性は、89〜91%であった。またこの6株で明らかに単系統群を形成した。MKT82,86,87,89,106,112に対して新属を提唱する。

 MKT110:16S rDNAの相同性は、Pseudomonas andersoniiと90%, Marinobacter属と89%であり、系統樹上でも、Pseudomonas属、Marinobacter属とクラスターを形成した。MKT110に対して新属を提唱する。

Rhodobacter (α-Proteobacteri) group (Fig.2)

 MKT107:16S rDNAの相同性は、[Ruegeria] gelatinovorans, Sulfitobacter mediterraneu, Sulfitobacter pontiacusのいずれとも94%であった。系統樹上では、Antarctobacter属、Sagittula属とクラスターを形成した。MKT107に対して新属を提唱する。

 MKT95:16S rDNAの相同性は、[Roseobacter] gallaecienisと[Ruegeria] atlanticaのいずれとも96%であったが、系統樹上では、[Roseobacter] gallaecienisと[Ruegeria] algicolaとクラスター形成した。[Roseobacter] gallaecienisと[Ruegeria] algicolaは誤分類と考えられるので、MKT95とまとめて新属を提唱する。

 MKT84,94:この2株は、異なる種の海洋生物から分離されたにもかかわらず、2株間の16S rDNAの相同性は100%であった。近縁属との16S rDNAの相同性は、[Stappia] stellulatumと[Roseibium] denhamenseのいずれとも94%であった。MKT89,94に対して新属を提唱する。

Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides group (Fig.3)

 MKT38:Gelidibacter algensとの16S rDNAの相同性は、90%であった。一方、系統樹上では、Zobellia属、[Cytophaga]属とクラスターを形成した。MKT38に対して新属を提唱する。

 MKT93:16S rDNAの相同性は、Polaribacter属、Tenacibaculum属いずれとも94%であり、Polaribacter属、Tenacibaculum属とクラスターを形成し。MKT93に対して新属を提唱する。

 MKT44 : [Cytophaga] fermentansとの16S rDNAの相同性は、96%であり、系統樹上でも[Cytophaga] fermentansとクラスターを形成した。[Cytophaga] fermentansは誤分類と考えられるので、MKT44とまとめて新属を提唱する。

 MKT111:Flammeovirga apricaとの16S rDNAの相同性は、92%であり、系統樹上でもFlammeovirga apricaとクラスターを形成した。MKT111に対して新属を提唱する。

 MKT109:Persicobacter diffluensとの16S rDNAの相同性は、91%であり、系統樹上でもPersicobacter diffluensとクラスターを形成した。MKT109に対して新属を提唱する。

●まとめ

 身近な海洋生物の内臓から、当初の予想を遥かに超える高率で新規性の高い株が分離され、このフィールドにおけるバクテリアの種多様性に関する分類学上の新たな知見が得られた。

Fig. 1

Fig. 2

Fig. 3

審査要旨 要旨を表示する

 近年、生物の種多様性に関する研究は、多方面から積極的に取り組まれている。環境中のDNA断片を分析したり、蛍光プローブを用いるなどの解析手法の発展にともない、その多様性が次々に明らかにされている。現在、細菌の分離、培養は、大きく2つの方向からアプローチされている。一つは生きているが培養困難な状態VBNC (Viable but nonculturable)にある微生物を詳細に研究する事によって、VBNC状態から培養可能な状態へ転換させる方法を開発しようとするもの、もう一つは、人類がこれまで容易に接近することのできなかった極限環境などから新規性の高い細菌を探索していく方向である。しかし身近な環境からの微生物が本当に探索し尽くされたわけではない。本研究では、身近な海洋生物の内臓を新規細菌の探索源として分離を試み、海洋生物に由来する細菌の系統分類学的位置について解析した結果を述べたもので、5章より構成されている。第1章は序論で、本研究の概要について述べている。

 第2章では海洋生物からの細菌の分離について述べている。21種類の海洋生物から、116株の細菌を分離した。分離した細菌の16S rDNAの後半約500bpの部分塩基配列による相同性検索に基づいて同定した結果、Proteobacteria 74株、Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides group 12株、Bacillus/Clostridium group 2株、Actinobacteria 2株であり、1株は酵母のSaccharomycotinaであった。

 第3章では新規性が高いと思われる分離株についての分類学的評価について述べている。16S rDNAの既知種との塩基配列相同性が95%以下であったのは、116株の分離株のうち17株であった。これらの菌株について16S rDNAの全塩基配列を決定して系統樹を作成したところ、分離株17株は、Alteromonas group(8株),Rhodobacter group(4株),Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides group(5株)の3つの細菌グループにわけられた。

 第4章では新規分離株についての分類学的位置について述べている。Alteromonas (γ-Proteobacteria) groupに含められるMKT92株の近縁種としてはThalassomonas属があげられるが、その16S rDNAの相同性は94%であったことより、本菌株を新属新種とすることを提唱した。MKT82,86,87,89,106,112の6株は異なるの海洋生物から分離されたが互いに高い類似性を示した。この6株と、Thalassomonas属,Glaciecola属,Alteromomonas属,Pseudoalteromonas属との16S rDNAの相同性は89〜91%であったことより、これらの株に対して新属新種Visceriomonas onchidiaを提唱した。MKT110は、Pseudomonas andersoniiと90%,Marinobacter属と89%の16S rDNAの相同性であることより、本菌株に対して新属新種Lisanella elysiaを提唱した。Rhodobacter (α-Proteobacteri) groupに含められるMKT107株は[Ruegeria] gelatinovorans, Sulfitobacter mediterraneus, Sulfitobacter pontiacusの何れとも16S rDNAの相同性が94%であったことより、本菌株に対して新属を提唱する。MKT95は16S rDNAの相同性は、[Roseobacter] gallaeciensisと[Ruegeria] atlanticaの何れとも96%であり、系統樹上では、[Roseobacter] gallaeciensisと[Ruegeria] algicolaとクラスターを形成した。[Roseobacter] gallaeciensis、[Ruegeria] algicolaおよびMKT95とをまとめて新属Glossomonasとすることを提唱した。MKT84,MKT94の2株は異なる種の海洋生物から分離されたが両株間の16S rDNAの相同性は100%であった。近縁属との16S rDNAの相同性は、[Stappia] stellulatumと[Roseibium] denhamenseのいずれとも94%であったことより、MKT89,94に対して新属新種Slimobacter oliviaを提唱した。Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroides groupに含められるMKT38株はGelidibacter algensとの16S rDNAの相同性は、90%であった。系統樹では、Zobellia属、[Cytophaga]属とクラスターを形成した。MKT38に対して新属を提唱した。MKT93株の16S rDNAの相同性は、Polaribacter属、Tenacibaculum属いずれとも94%であり、Polaribacter属、Tenacibaculum属とクラスターを形成したことより、MKT93に対して新属を提唱した。MKT44は[Cytophaga] fermentansは96%の16S rDNAの相同性を示し、系統樹上でも[Cytophaga] fermentansとクラスターを形成した。[Cytophaga] fermentansは誤分類と考えられるので、MKT44とまとめて新属を提唱した。MKT111株はFlammeovirga apricaとの16S rDNAの相同性が92%であり、系統樹上でもFlammeovirga apricaとクラスターを形成したことより、本菌株に対して新属を提唱した。MKT109株はPersicobacter diffluensと91%の16S rDNA相同性を示し、系統樹上でもPersicobacter diffluensとクラスターを形成した。本菌株に対して新属新種を提唱した。

 第5章は総括であり、本論文から得られた知見を要約してある。

 以上、本論文は、海洋生物に由来する細菌の系統分類学的位置について明らかにしたもので、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51148