学位論文要旨



No 117208
著者(漢字) 福田,歩
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,アユム
標題(和) 大腸菌リポ蛋白質の脂質修飾と局在化機構の解析
標題(洋)
報告番号 117208
報告番号 甲17208
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2404号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 細菌の細胞表層には、N末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリポ蛋白質が存在し、物質輸送や細胞分裂、形態維持、ペプチドグリカンの合成など様々な細胞機能に関与している。グラム陰性細菌である大腸菌の細胞は、細胞質、細胞質膜(内膜)、ペリプラズム、および外膜の4つのコンパートメントからなっている。リポ蛋白質は、Sec膜透過装置に認識されるためのシグナルペプチドをN末端に持つ前駆体として細胞質で合成される。つぎに、細胞質膜を透過する過程で図1に示す3段階の反応を経て成熟体となる。ステップ1では、シグナルペプチド切断部位付近のリポボックスとよばれる配列(Leu-Ala/Ser-Gly/Ala-Cys)がジアシルグリセリル基転位酵素(Lgt)によって認識され、フォスファチジルグリセロール由来のジアシルグリセリル基がシステイン残基に付加される。これを、ジアシルグリセリル基の修飾された前駆体という意味で、DG−リポ蛋白質前駆体(DG-proLipoprotein)と呼ぶ。ステップ2では、リポ蛋白質に特異的なシグナルペプチダーゼであるシグナルペプチダーゼII(LspA)によってシグナルペプチドが切断され、ジアシルグリセリル基で修飾されたシステイン残基が新たなN末端となる。これを、成熟体の一段階前という意味で、アポリポ蛋白質(apoLipoprotein)と呼ぶ。また、ステップ2の反応はグロボマイシンにより阻害を受ける。ステップ3では、新たに生じたN末端のアミノ基がN−アシル基転位酵素(Lnt)によってアシル化され、成熟体となる。

 図2に示すように、リポ蛋白質成熟体の最終的な局在場所は内膜か外膜のペリプラズム側である。局在場所の選別については、脂質修飾されたシステイン残基のとなりのアミノ酸がアスパラギン酸(D)の場合は内膜に留まり、それ以外のアミノ酸(X)のものは外膜へ輸送されることがわかっており、大腸菌で現在知られている90余りのリポ蛋白質のうち、90%以上が外膜に局在すると考えられている。これらリポ蛋白質の選別および外膜への輸送を行っているのがLolシステムである。Lolシステムは、内膜に存在するABCトランスポーターであるLolCDE複合体、リポ蛋白質と1:1の可溶性複合体を形成して外膜へ運搬するLolA、外膜でリポ蛋白質を受け取るLolBからなる。

 リポ蛋白質に特徴的な構造である脂質分子の第一の役割は、膜にリポ蛋白質を留める錨としての機能であると考えられる。しかしこれまで、リポ蛋白質がLolシステムの基質となるために脂質分子が果たす役割については不明であった。そこで本論文では、リポ蛋白質の成熟過程において最後に付加されるN−アシル基に注目し、アポリポ蛋白質を基質とした解析をおこなった。その結果、外膜に局在するリポ蛋白質がLolシステムに依存して内膜から遊離するためには、N−アシル基が必須であることを明らかにした。

アポリポ蛋白質はLolシステムの基質にならない

 基質には、外膜リポ蛋白質であるPalのC末端にヒスチジンタグを導入したPal-Hisを用いた。スフェロプラストを用いてin vivoの遊離実験を行った結果、Pal-HisはPalと同様にLolシステムに依存して内膜から遊離することを確認した。また、Pal-Hisが細胞内において正しく外膜へ局在していることも確認した。したがって、ヒスチジンタグの導入はPalの基質としての性質に影響を与えないと判断し、以降の解析に用いた。また、金属アフィーニティーカラムを用いてPal-Hisを精製する方法も確立した。

 次に、apoPal-His合成のための条件を検討した。簡単な方法および原理は以下の通りである。グロボマイシンでシグナルペプチダーゼIIを阻害しつつPal-Hisの発現を誘導し、前駆体(DGproPal-His)を蓄積させた膜画分を調製した。次に、75℃の緩衝液に膜画分を加え、シグナルペプチダーゼIIからグロボマイシンを解離させた。シグナルペプチダーゼIIは熱に安定な酵素であり、75℃でも活性を保持しているため、シグナルペプチドの切断が起こる。一方、N−アシル基転位酵素は失活するためN−アシル基の付加反応は進行せず、apoPal-Hisが得られた。

 Pal-HisおよびapoPal-Hisを基質とし、精製したLolCDE複合体、大腸菌リン脂質とともにプロテオリポソームを再構成し、in vitroにおける遊離実験を行った。Pal-HisはLolAの添加に依存して効率良くプロテオリポソームから遊離した。一方、apoPal-Hisはプロテオリポソームに留まったままであった。この結果は、リポ蛋白質がLolシステムの基質となるためには、N−アシル基が必須であることを示唆している。

N−アシル基転位酵素(Lnt)の精製

 apoPal-Hisは75℃という条件で人工的に調製した。したがって、apoPal-Hisが遊離しないのは、細胞内の実際の反応を反映しているわけではなく、人為的な操作によって基質としての性質が損なわれた結果を観察しているに過ぎないという可能性が否定できない。この可能性を検討するために、N−アシル基転位酵素を精製して再構成系に加え、apoPal-Hisから生じた成熟体Pal-Hisが遊離するか否かを確かめた。

 N−アシル基転位酵素(Lnt)はグラム陰性細菌にのみ特徴的に存在する生育に必須の膜蛋白質である。N末端半分に6つの膜貫通領域を持ち、C末端半分は親水的なドメインを形成していると予想される。C末端にヒスチジンタグを導入したLnt-Hisをプラスミドから発現させ、精製を試みた。Lnt-Hisを膜から可溶化するのに3種類の非イオン性界面活性剤を検討したが、いずれを使用しても可溶化および金属アフィーニティーカラムによる精製は可能であった。このうち、回収率が最もよいシュークロースモノカプレートを採用した。

Lolシステムによる外膜リポ蛋白質の遊離にはN−アシル基が必須である

 75℃処理で調製したapoPal-Hisを基質とし、精製したN−アシル基転位酵素を加え、LolCDE複合体とともにプロテオリポソームを再構成した。30℃、1時間のインキュベーションによってapoPal-Hisは成熟体に変換した。さらにLolAに依存して効率よく遊離した。以上の結果から、外膜リポ蛋白質がLolシステムによって内膜から遊離するためには、N−アシル基が必須であると結論するに至った。

図1 リポ蛋白質の成熟体化反応

図2 リポ蛋白質局在化機構の模式図

審査要旨 要旨を表示する

 細菌の細胞表層には、N末端のシステイン残基が脂質で修飾されたリポ蛋白質が存在し、物質輸送や細胞分裂、形態維持、ペプチドグリカンの合成など様々な細胞機能に重要な役割を果たしている。グラム陰性細菌である大腸菌の細胞は、細胞質、細胞質膜(内膜)、ペリプラズム、および外膜の4つのコンパートメントからなっている。リポ蛋白質は、Sec蛋白質膜透過装置に認識されるためのシグナルペプチドをN末端に持つ前駆体として細胞質で合成され、内膜を透過する過程で3段階の反応を経て成熟体となる。成熟体化の第1段階では、ジアシルグリセリル基転移酵素がリポ蛋白質前駆体中の成熟体部分のN末端となるシステイン残基の側鎖にジアシルグリセリル基を付加し、ジアシルグリセリルプロリポ蛋白質(DGproLipoprotein)が生成する。第2段階の反応では、シグナルペプチダーゼIIがジアシルグリセリルプロリポ蛋白質のシグナルペプチドを切断し、アポリポ蛋白質(apoLipoprotein)が生成する。第3段階の反応では、N−アシル基転移酵素がアポリポ蛋白質N末端のアミノ基にアシル基を付加して成熟体リポ蛋白質が生成する。その後、成熟体リポ蛋白質はLolシステムを介した選別と輸送の結果、内膜か外膜のいずれかに局在化する。リポ蛋白質に特徴的な構造である脂質分子の第一の役割は、膜にリポ蛋白質を留める錨としての機能であると考えられる。しかしこれまで、リポ蛋白質がLolシステムの基質となるために脂質分子が果たす役割については不明であった。本論文は、リポ蛋白質の成熟体化過程において最後に付加されるN−アシル基に注目し、Lolシステムを介したリポ蛋白質の大腸菌内膜からの遊離にはN−アシル基が必須であることを明らかにしたものである。

 N−アシル基がLolシステムを介したリポ蛋白質局在化に果たす機能を解析するため、大腸菌外膜リポ蛋白質であるPalのC末端にヒスチジンタグを導入したPal-Hisのapo型(apoPal-His)を基質に用い、in vitroの遊離実験をおこなった。精製を容易にするためにヒスチジンタグを導入したPal-Hisが、Lolシステムを介して正常に外膜に局在化することから、Pal-Hisが遊離実験の基質として適当であることを確認した。また、金属アフィーニティーカラムを用いてPal-Hisを精製する方法を確立した。グロボマイシンでシグナルペプチダーゼIIを阻害してDGproPal-Hisを蓄積させた大腸菌膜画分を材料とし、シグナルペプチダーゼIIとN−アシル基転移酵素の熱安定性の差を利用してapoPal-Hisを調製する方法を確立し、これを遊離実験の基質に用いた。精製したLolCDE複合体、LolA、基質リポ蛋白質、大腸菌リン脂質から成るプロテオリポソーム再構成系を用いた遊離実験の結果、apoPal-Hisは遊離反応の基質にならないことが示唆された。つぎに、N−アシル化が外膜リポ蛋白質の遊離に必須であるか否かを確かめるために、N−アシル基転移酵素を精製して再構成系に加え、apoPal-Hisから生じた成熟体Pal-Hisが遊離するか否かを調べた。N−アシル基転移酵素のC末端にヒスチジンタグを導入したLnt-Hisを、金属アフィーニティーカラムで精製する方法を確立した。Lnt-Hisを先述のプロテオリポソーム再構成系に加えて遊離実験をおこなった結果、apoPal-HisはLnt-Hisに依存して成熟体Pal-Hisに変換し、Lolシステムに依存して膜から遊離した。したがって、N−アシル基はLolシステムを介した外膜リポ蛋白質の内膜からの遊離に必須であることが明らかとなった。

 また、精製したLnt-Hisを用いてN−アシル基転移酵素の基質特異性を解析した結果、N−アシル基転移酵素は大腸菌に存在する主要リン脂質をアシル基供与体として利用可能であることが示唆された。また、リン脂質中のアシル基の組成が大腸菌と異なる枯草菌を用いて調製したapoPal-Hisをアシル基受容体に用いた解析の結果、N−アシル基転移酵素はアシル基受容体であるアポリポ蛋白質のジアシルグリセリル基を認識し、種特異的なアシル基の組成を好むことが示唆された。

以上、本論文はリポ蛋白質局在化における脂質分子の機能について明らかにしたものであり、リポ蛋白質局在化機構の解明に貢献すると期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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