学位論文要旨



No 117212
著者(漢字) 阿部,将人
著者(英字)
著者(カナ) アベ,マサト
標題(和) 出芽酵母における糖ヌクレオチドトランスポーターの細胞内局在性に関する研究
標題(洋)
報告番号 117212
報告番号 甲17212
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2408号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 リボソームで合成された分泌性の蛋白質が小胞体膜を通過し、ゴルジ体を経て、細胞外に放出される一連の細胞内輸送において、ゴルジ体は運ばれてきた蛋白質前駆体に対する糖鎖修飾と行先の仕分けを行うオルガネラである。糖鎖の成分は細胞質内で糖ヌクレオチドとして合成され、ゴルジ体膜のトランスポーターによってゴルジ体内腔に取り込まれる。出芽酵母ゴルジ体でおこる糖鎖付加修飾がマンノースのみであるのに対し、動物細胞では複数の糖により複雑な糖鎖修飾がなされ、その糖の種類に応じてトランスポーターが存在する。それらは複数回膜貫通型のNSTs(Nucleotide Sugar Transporter(s))ファミリーを形成している。しかし、NSTファミリー蛋白質の詳細な分子構造や機能の機構などはまだ明かになっておらず、また、分泌性蛋白質が輸送経路に従ってオルガネラを通過していくのに対し、糖鎖付加に関わる蛋白質群はどのようにその流れに逆らってゴルジ体に局在するのか等、不明な点は多く残されている。

 近年、酵母を用いた細胞内輸送機構に関する研究は盛んに行われ、細胞内の輸送経路や、輸送を行う小胞を形成する蛋白質構成、分子メカニズム等はかなり明らかになってきている。また酵母は、各種変異体を用いた解析が容易で、宿主一ベクター系も確立し、ゴルジ体を中心とした細胞内輸送機構の研究を行う場合のモデル生物として非常に有効な実験材料である。

 以上をふまえ、細胞内輸送機構とゴルジ体機能型蛋白質の局在機構について、酵母と動物細胞に共通のメカニズムを見い出し、ゴルジ体機能がどのように制御されているかを明らかにすることを目的として研究を行った。

1 GDPマンノーストランスポーターのゴルジ体局在化機構

1-1.Vig4蛋白質の発見

 以前に当研究室の橋本らにより行なわれたバナジン酸耐性変異株の解析で見い出されたvig4変異株は、インベルターゼに付加されるN型糖鎖、及びキチナーゼに付加されるO型の糖鎖、どちらも欠損型を示した。変異型を相補する遺伝子をクローニングして解析したところ、325アミノ酸からなる複数回膜貫通型の蛋白質をコードするものであった。ホモロジー検索から、Leishimania donovaniのLpg2と相同性が高いことが示された。Lpg2はGDP-マンノースを細胞質中からゴルジ体内腔にとりこむトランスポーターとして機能していることが明らかにされ、Vig4蛋白質も同様の機能を有していることが予想された。マンノースは出芽酵母外糖鎖の主要構成成分であり、Vig4蛋白質の変異によりゴルジ体内腔に取り込まれるマンノースの量が減少した為に外糖鎖付加機構に障害が生じたものと考えられた。本研究の遂行中にDeanらのグループによって実際にその活性が示された。

1-2.Vig4蛋白質ホモログ、Yer039の解析

 酵母ゲノムプロジェクトにより見い出されたYer039cはVig4とアミノ酸配列上89%に達する高い相同性があり、機能上の関わりがあることが予想された。しかし、遺伝子破壊を行ってもVig4変異株でみられるような糖鎖付加欠損、薬剤感受性等の変異形質は見られなかった。RNAのノーザンブロッティングによる結果などから、YER039cは通常発現していない偽遺伝子であると結論した。

1-3.Vig4蛋白質の存在様式

 プラスミド上からmycタグを付加したVig4蛋白質を野生型酵母内で発現して間接免疫蛍光抗体染色を行ったところ、細胞内にドット状の局在パターンを示しゴルジ体に局在することが推定された。

 トランスポーター蛋白質の幾つかは複合体を形成して機能することが知られている。そこで、Vig4-HAとVig4-mycのそれぞれ異なるtagを付加した2つの蛋白質をプラスミド上から共発現させた。酵母のライセートを調製し、CHAPSで膜を可溶化してから免疫沈降を行った。myc抗体による免疫沈降後、HA抗体により蛋白を検出したところVig4-HAのバンドが検出されたことからホモオリゴマーを形成していることがわかった。

 スクリーニングより獲得していた変異遺伝子vig4-1、vig4-2の全DNA配列を決定し変異点を特定した。Vig4-1では286番目のアラニンがバリンに、Vig4-2では278番目のセリンがシステインに置換されていた。この変異型Vig4もホモオリゴマーの形成能は野生型のものと変わらなかった。この変異点の近傍のアミノ酸配列は親水性に富んだ配列が並び、他のNSTsファミリーに保存されていた。

 これらのことから、Vig4はホモオリゴマーを形成してゴルジ体に局在し、機能にはC末端側の親水性保存領域が重要な役割を果たすことがわかった。

1-4.vig4蛋白質の細胞内動態

 C末端側からアミノ酸を順次欠失した変異型蛋白質のシリーズを構築し、解析を行った。機能に重要な前述の領域を保ったままでも、膜貫通領域をわずかでも欠失すると小胞体からゴルジ体への輸送活性は失われ、小胞体に局在していた。一方で、細胞質側に突出しているC末端領域を削除すると蛋白質の安定性は若干減少し機能は消失するものの、ゴルジ体と液胞に局在していた。このことからゴルジ体への輸送には膜貫通領域が正常に保たれていることが必要であることが解った。

 次にゴルジ体に到達後のVig4の細胞内動態をしらべる為に、輸送に関わる遺伝子の温度感受性変異株を利用した。細胞内の膜融合過程に関わるATPaseをコードしているsec18ts温度感受性株でVig4を発現させ、非許容温度条件下に晒すと通常のゴルジ体のドットは消失し、ゴルジ体がさらに微小に小胞化していると考えられた。次に小胞体からゴルジ体へ向かう輸送小胞のCOPIIコートサブユニットをコードしているsec23ts温度感受性株では、Anp1やVan1等のゴルジ体で機能する糖転移酵素がsec18ts株で見られたような細胞内分布を示したのに対し、Vig4は小胞体に局在した。このことからVig4はゴルジ体から小胞体に向かうCOPI小胞にも取り込まれる可能性が考えられ、詳細に解析した。

 細胞質側に突出したC末端の12アミノ酸は電荷に富んだアミノ酸が並んでいて、COPI小胞の認識に必要なシグナルではないかと考えた。そこで、野生型とC末端を欠失した変異型Vig4をmycでタギングし、CHAPSで可溶化した後で、mycに対する抗体で免疫沈降後、逆行輸送小胞のコートマーのRet2(δ-COP)に対する抗体でウエスタンブロッティグを行った。野生型のVig4とRet2が共沈したのに対し、変異型のVig4とRet2は共沈しなかった。次に最C末端ペプチドをGSTに連結して大腸菌で精製し、酵母ライセートを用いてpull-downアッセイを行ったところ、Ret2が結合した。この結果をもとに各種変異型ペプチドを作り、さらに詳細に解析したところ、リジンに富んだ領域が特に重要なことがわかった。生細胞内でも変異型C末端配列をもつVig4はゴルジ体局在性が低下し、多くが液胞に局在した。その他、COPI小胞のコートマー(γ-COP)をコードしているsec21tsに野生型Vig4を発現させて非許容温度条件下に晒すことによって逆行輸送経路を止めた場合は、ほとんどのVig4が液胞へと局在していた。また、COPIコートマーと結合することがわかっているWbplとVig4のC末端配列を置き換え、野生株で発現させた場合は、ゴルジ体への局在性が変わらなかった。以上の結果から、Vig4蛋白質は細胞質側に突出しているC末端の配列によりCOPI小胞に取り込まれ、小胞体とゴルジ体間をリサイクルすると結論した。

 動物細胞で単離されているNSTsファミリーに属する蛋白質はゴルジ体の他に小胞体に局在しているものもあることがわかっていたがその局在メカニズムはよくわかっていなかった。NSTsファミリーのC末端領域は全て、親水性に富むアミノ酸が並んでいる。今回Vig4の実験により明らかになった知見を基にC末端領域の配列を比較した。種による例外が若干あるものの、GDP-fucose transporter、UDP-galactose transporter、UDP-glucuronic acid/UDP-N-acetylgalactosamine dual transporter、GDP-mannose transporter等ではリジンに富む配列がよく保存されていた。このことから、本研究によって明らかになった細胞内局在機構は広く保存されている可能性が考えられる。

2.Vig4高発現株の解析

 ゴルジ体の機能上、重要な役割を果たすNSTsファミリーがゴルジ体の構造維持機構にも関わっている可能性が以前より指摘されていた。

VIG4遺伝子のプロモーターは細胞周期の制御を受ける。このプロモーターを解糖系のGAPDH遺伝子TDH3プロモーターとゲノム上で置き換え定常的に発現させて電子顕微鏡により観察したところ、動物細胞でみられる、輸送小胞の集積の場であるVTCs(vesicular tubular clusters)と類似した構造体が見られた。さらに、TDH3プロモーター制御の下、マルチコピープラスミドで野生株に導入し、さらに発現量を増やすと、複数の膜がスタックした動物細胞ゴルジ体で見られるような構造体が現われた。このことから、出芽酵母には動物細胞と同様のゴルジ体形成維持機構があるとともにVig4がそれに関わっている可能性が示唆された。

 この構造体は間接免疫抗体染色により蛍光顕微鏡で観察すると、細胞内に特徴的なロッドとして検出できた。このロッドを指標に詳細に解析したところ、Vig4-1やC末端を欠失したVig4△12などの変異型のVig4蛋白質を高発現した場合ではロッドは見られなかった。ゴルジ体のスタック現象はVig4の機能、局在性、発現量が十分量に達しないと現れず、ゴルジ体の機能と構造には密接な関係があることが考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 真核細胞は膜系を発達させて細胞内を分割し、各コンパートメントが独自な役割を果たすことにより、高度な生命活動を可能にしている。ゴルジ体は、タンパク質や脂質の修飾・成熟化や行き先の仕分けを行うオルガネラで、糖修飾はその重要な機能であるが、基質の糖ヌクレオチドは細胞質で合成されゴルジ体膜を越えて中に輸送されることが必須である。本論文は、酵母を材料に、この糖ヌクレオチド輸送体膜タンパク質Vig4の詳細な分子構造やゴルジ体局在化機構について調べた結果をまとめたもので、VII部からなる。

 「I.序論」では、出芽酵母におけるタンパク質の糖修飾やオルガネラ間の小胞輸送機構などの知見がまとめられており、「II.実験材料」「III.実験方法」に続く「IV.結果」に、申請者の研究成果が記されている。

 酵母ゲノムにはVig4とアミノ酸配列上89%の高い相同性をもつYer039cがあり、機能上の関わりが予想された。しかし、この遺伝子を破壊してもvig4変異株でみられるような糖鎖付加欠損や薬剤感受性は見られなかった。RNAのノーザンブロット解析結果などから、YER039cは通常発現していない偽遺伝子であると結論した。

 mycタグを付加したVig4タンパク質を間接免疫蛍光抗体染色したところ、細胞内にドット状パターンとなりゴルジ体への局在が示された。異なるタグをもつVig4-HAとVig4-mycを共発現させ、膜を可溶化して免疫沈降すると、抗myc抗体沈降物にVig4-HAが検出され、ホモオリゴマーを形成していることがわかった。変異遺伝子vig4-1、vig4-2の全塩基配列を決定し、Vig4-1は286番目のアラニンがバリンに、Vig4-2は278番目のセリンがシステインに置換されていることを明らかにした。これらもホモオリゴマーを形成した。変異点の近傍は親水性アミノ酸が並び、配列が他の糖ヌクレオチドトランスポーターにも保存されていることから、機能にはこの領域が重要と考えられる。

 C末端側からアミノ酸を順次欠失させたところ、膜貫通領域をわずかでも欠失するとVig4はゴルジ体へ輸送されず、小胞体に局在した。即ち、ゴルジ体への輸送に膜貫通領域が必須である。ゴルジ体における動態を調べるため、輸送の温度感受性変異株を利用した。膜融合に関わるsec18ts株の非許容温度下では、Vig4のゴルジ体ドットは消失し、さらに微小な小胞に存在した。小胞体からゴルジ体への輸送のsec23ts株では、Vig4は小胞体に局在した。一方、ゴルジ体から小胞体に向かうCOPI小胞輸送のsec21ts株では、ほとんどのVig4が液胞に局在した。即ちVig4はCOPI小胞に取り込まれ小胞体に逆行輸送されると考えられた。

 膜を可溶化しmyc-Vig4を免疫沈降すると、COPIコートのRet2(δ-COP)が共沈した。細胞質に露出したC末端の12アミノ酸は陽荷電アミノ酸が並ぶ。ここを欠失したVig4はRet2を共沈しなかった。C末端ペプチドとGSTの融合タンパク質で酵母ライセートからpull-downを行うと、Ret2が結合してきた。各種変異型ペプチドでさらに詳細に解析したところ、リジンに富んだ領域が特に重要なことがわかった。細胞内でも変異型C末端配列をもつVig4はゴルジ体局在性が低下し、多くが液胞に局在した。しかし、COPI小胞により輸送されるWbpIのC末端配列をVig4欠失体に付けると、ゴルジ体への局在性が回復した。以上の結果から、Vig4タンパク質はC末端配列依存でCOPI小胞に取り込まれ、小胞体とゴルジ体間をリサイクルしていると結論した。

 VIG4遺伝子のプロモーターを強力なTDH3プロモーターとゲノム上で置き換え定常的に高発現させて電子顕微鏡により観察したところ、小胞や管が集積した構造体が見られた。さらに、マルチコピープラスミドで生産量を増やすと、複数の膜層盤が重層した哺乳類ゴルジ体のような構造体が見られた。出芽酵母にもこのような構造体形成機構があるとともにVig4がそれに関わる可能性が示唆された。この構造体は間接免疫抗体染色で観察すると、細胞内の特徴的なロッドとして検出できた。このロッドはVig4-1やC末端欠失体などの変異型タンパク質の高生産では見られず、ゴルジ体の機能と構造にも密接な関係があると考えられた。結果に続いて「V.考察」「VI.今後の展望」「VII.参考文献」が記されている。

 以上、本論文は、酵母ゴルジ体のVig4タンパク質について詳細に調べ、オルガネラ膜タンパク質の機能と局在について重要な新知見を明らかにしたものであり、これらの研究成果は、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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