学位論文要旨



No 117213
著者(漢字) 今村,博臣
著者(英字)
著者(カナ) イマムラ,ヒロミ
標題(和) Glycoside hydrolaseファミリー57の立体構造と機能
標題(洋) Structure and function of the family 57 of glycoside hydrolases
報告番号 117213
報告番号 甲17213
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2409号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之,倉優
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

 Thermococcus litoralisは至適生育温度を85℃に持つ超好熱性の球形古細菌であり、通常の生物とは異なる解糖系(変形EM経路)を持っているのが特徴である。超好熱性古細菌の生育環境は原始地球環境に類似していると考えられるため、これらは原始生命体の名残をとどめていると考えられ、生命の進化を探る上で興味深い研究対象である。また、超好熱性古細菌の生産する酵素は非常に熱安定性が高く、工業的利用価値も高い。T. litoralis 4−α−グルカノトランスフェラーゼ(TLGT)はglycoside hydrolaseファミリー57に属し、in vivoでは細胞外から輸送されたマルトースに作用して分子間転移反応を触媒し、グルコースと高重合度のマルトオリゴ糖に変換すると考えられている。一方、in vitroではアミロースに作用して分子内転移反応を触媒し、高重合度の環状α−1,4−グルカン(シクロアミロース)を生成する。高重合度シクロアミロースは、近年その存在が明かとなった新規糖質で、性質・機能の解明および産業分野における用途開発が期待されている。ファミリー57の酵素は一部の例外を除いて超好熱性古細菌にのみ見られ、触媒する反応はα−アミラーゼファミリー(ファミリー13、70、77)の酵素と類似しているものの、その一次構造は全く異なる。また立体構造や触媒残基等は全く明らかになっていない。本研究では、TLGTのX線結晶構造解析を中心として、ファミリー57の酵素の構造と機能を明らかにする事を目的とした。

(1)マイナーアルギニンtRNA/GroELS共発現系を用いたTLGTの大腸菌での大量発現系の構築

 大腸菌のコドン使用頻度は他の生物と大きく異なることが知られている。特にAGA、AGGコドンは真核生物や古細菌では使用頻度の高いアルギニンコドンであるのに対し、大腸菌では全コドン中最も使用頻度が低い。大腸菌ではtRNAAGA、tRNAAGGの細胞内存在量は他のtRNAと比較して著しく低く、そのためにAGA、AGGコドンを含む外来遺伝子を大腸菌で発現する際に、フレームシフトやアミノ酸の誤った取り込み、未成熟な状態でのポリペプチド鎖伸長の停止、低発現量といった問題が起こる場合があることが知られている。TLGTの遺伝子中には659個の全コドンの内、AGAが19個、AGGが10個存在していた。そこで、tRNAAGAおよびtRNAAGGをTLGT遺伝子と共発現させ、酵素の発現量に与える影響を調べた。

 まず、TLGT遺伝子をtRNAAGAおよびtRNAAGGと共発現させたところ、TLGTの発現量は上昇したものの大部分が不溶性画分に蓄積してしまった。そこで、tRNAAGAおよびtRNAAGGに加えて大腸菌のシャペロニンであるGroELSを、TLGT遺伝子と共発現させたところ、TLGTの発現量は更に増加し、その35〜40%が可溶性に回収された。可溶性画分の酵素活性は、tRNAAGA/tRNAAGG/GroELS共発現系ではTLGT遺伝子のみ発現させた場合よりもおよそ5倍活性が上昇していた。

(2)TLGTの活性中心残基の決定

 Glycoside hydrolaseの反応機構は大きく2つに分けられる。一方は生成物のアノマー型を保持するretainingメカニズム、もう一方はアノマー型が反転するinvertingメカニズムである。TLGTはα−アノマー保持型酵素であるため、retainingメカニズムで反応が進むと考えられるが、この反応では反応途中に求核性触媒残基と基質が共有結合したグリコシル酵素中間体を形成する求核二重置換モデルが提唱されている。このグリコシル酵素中間体をトラップして解析すれば、TLGTの求核性触媒残基を明らかに出来ると考えた。解析には人工基質3-ketobutylidene-β-2-chloro-4-nitrophenyl-maltopentaoside(3KBG5CNP)を用いた。3KBG5CNPはマルトペンタオースの非還元末端がブロックされているため、糖転移反応の受容体とはならず、供与体にのみなる。グルコースを受容体として60℃で反応を解析したところ、TLGTの糖転移反応はPing-Pong Bi Bi機構で進むことが示された。また、TLGTの加水分解活性はほとんど無視できるレベルであった。このことから、受容体基質非存在下でTLGTと3KBG5CNPを反応させた場合、グリコシル酵素中間体が蓄積すると予想された。触媒残基の解析は以下のように行った。

 先ず、TLGTと3KBG5CNPを混合し、短時間反応させた後に、すぐに酸変性させ、更にペプシンで酵素を完全に分解した。この分解物をMALDI-TOFMSによって解析した。その結果、3KBG5CNPを加えたときのマススペクトルでは加えないときには見られなかったm/z=1824.7のシグナルが現れていた。このシグナルは基質が結合したペプチドに由来するものと考えられた。そこでMALDI-TOFMSに内蔵されているtimed-ion-selectorによってこのシグナルだけを単離し、Post-sourced decay(PSD)解析を行った。PSDのシグナルのフラグメント解析とTLGTの一次配列情報から、m/z=1824.7のシグナルはLeu121-Leu130の10残基からなるペプチドに基質が共有結合したものであることが示された。このペプチド内に存在するGlu123はファミリ−57内で完全に保存されており、また、このグルタミン酸をグルタミンに置換すると活性が大幅に減少することから、この残基がTLGTの求核性触媒残基として働いていることが明らかとなった。

(3)TLGTのX線結晶構造解析

 TLGTは2つの全く異なる条件で結晶化した。硫酸アンモニウムおよびPEG400を沈殿剤として成長した結晶(Form I)は六方晶系(P6422)に属し、格子定数はa=b=125A, c=247Aであった。一方、MPDを沈殿剤として成長した結晶(Form II)は斜方晶系(P21212)に属し、格子定数はa=138A, b=161A, c=70Aであった。ファミリー57の酵素の立体構造はこれまでに明らかになっていなかったため、セレノメチオニンラベルしたForm I結晶を用い、多波長異常分散法によって位相を決定した。この初期位相を基にモデルを構築し、分解能2.8Aで立体構造を決定した。一方、Form Iの立体構造を初期モデルとし、Form IIの立体構造を分子置換法によって分解能2.4Aで決定した。この結果、TLGTはN末端側のドメインIとC末端側のドメインIIの2つのドメインから構成されることが明かとなった。また、その全体構造はα−アミラーゼファミリーの酵素とは異なっていた。

 ドメインIのコア部分は、TIMバレルに似た構造を持っていたが、TIMバレルが(β/α)8−フォールドであるのに対し、TLGTのバレルは新規の(β/α)7−フォールドを有していた。バレルとそれに続くαヘリックス領域の間にはクレフトが形成されており、触媒残基であるGlu123がこの内部に存在することからこのクレフトが活性中心クレフトであると示唆された。一方、ドメインIIは2つの大きなβシートが平行に重なったβサンドイッチ構造をとっており、2本の短いαヘリックスを除き、βストランドのみから形成されていた。ドメインII内にはカルシウム結合部位が1つ存在し、1分子のカルシウムイオンが結合していた。しかし、ドメインIIはカルシウム結合部位を含め、大部分が活性中心から離れており、その機能は不明である。

 続いて、阻害剤であるアカボースとの複合体の構造解析も行った。複合体の結晶はForm II結晶をアカボースを含む溶液中にsoakingすることで得た。この複合体の構造から、Asp214がTLGTの酸/塩基触媒残基として働くことが示された。更に、基質結合に関わる残基も明かとなった。また、活性中心クレフトを覆うループ部分と活性中心から離れた場所に存在する基質結合部位が、重合度の低いシクロアミロースの生成を妨げ、重合度の高いシクロアミロースの生成に重要な役割をしていることが示唆された。

 ゲル濾過クロマトグラフィーの結果から、これまでTLGTは単量体であると考えられていたが、結晶構造は二量体である事を示唆していた。そこで単量体間の相互作用に関わっていると考えられる残基に変異を加えたところ、TLGTの熱安定性は大幅に低下した。これらの結果からTLGTは二量体であり、二量体化が熱安定性に重要な役割を果たしていることが明かとなった。

(4)T. litoralis細胞外アミロプルラナーゼとマルトデキストリントランスポーター

 近年、いくつかの超好熱性古細菌からファミリー57に属する細胞外アミロプルラナーゼが報告されている。T. litorailsでのアミロプルラナーゼの存在を確かめるため、これまで報告されたアミロプルラナーゼのconsensus配列を利用してプライマーを作製し、T. litoralisゲノムDNAを鋳型としてPCRを行った。その結果、目的の大きさのバンドが増幅されアミロプルラナーゼ遺伝子の存在が確認された。このPCR産物をプローブとしてサザンハイブリダーゼーションを行い、2.5kb EcoRI断片をクローニングした。この断片にはアミロプルラナーゼ遺伝子の一部しか含まれていなかったため、周辺領域をPCRによってdirect sequencingし、先の2.5kb EcoRI断片と合わせて計8.9kbの配列を読んだ。この中にはアミロプルラナーゼ遺伝子を含めて6個のORFが含まれており、そのうち4個のORFの産物は細菌のマルトーストランスポーターの構成サブユニットと相同性を有していた。

 大腸菌でT. litoralisアミロプルラナーゼ(TLAPU)を発現して精製し、その活性を調べた。TLAPUをスターチに作用させたところ、スターチのα-1,4およびα-1,6−結合を加水分解して、グルコースと様々な長さのマルトデキストリンを生成した。このことから、TLAPU遺伝子とgene clusterを形成しているABCトランスポーターは、TLAPUの生成物であるマルトデキストリンを細胞外から細胞内へと輸送するマルトデキストリントランスポーターであると予想された。

(5)まとめ

 本研究によって、初めてglycoside hydrolaseファミリー57の酵素の立体構造、触媒残基、そして基質結合残基が決定され、α−アミラーゼファミリーとの違いが詳細に明らかになった。TLGTの立体構造からはシクロアミロースの重合度を決定する機構についても知見が得られ、今後、目的の重合度を持つシクロアミロースを生成する変異体の設計が期待される。また、4−α−グルカノトランスフェラーゼとアミロプルラナーゼという2つのファミリー57に属する酵素がT. litoralisの糖代謝で働いていることが示唆された。T. litoralisの解糖系は、特徴的な変形EM経路であるが、その前段階においても通常の生物とは異なる酵素を利用していることが示された。

1, Imamura, H., Jeon, B. S., Wakagi, T. and Matsuzawa, H.(1999). FEBS Lett. 457, pp.393-396.

2, Imamura, H., Fushinobu, S., Jeon, B. S., Wakagi, T. and Matsuzawa, H.(2001). Biochemistry 40, pp.12400-12406.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はglycoside hydrolaseのファミリー57に関するもので、5章からなる。

 超好熱性古細菌Thermococcus litoralisに由来する酵素についてX線結晶構造解析、酵素学的解析、およびタンパク質工学的解析を行い、ファミリー57酵素の立体構造、触媒機構、生体内での機能について研究を行った。

 第一章では、T. litoralis 4-α−グルカノトランスフェラーゼ(TLGT)遺伝子中に多量に含まれるAGA、AGGコドンが大腸菌ではレアコドンであることに着目し、TLGT遺伝子を大腸菌でtRNAAGA、tRNAAGGおよびシャペロニンGroELSと共発現する系を構築し、TLGTの発現量および可溶性に与える影響について検討している。tRNAAGA、tRNAAGGともにTLGTの発現量を上昇する効果がみられた。またGroELSとの共発現によってTLGTは効果的に可溶化された。可溶性画分の酵素活性は、tRNAAGA/tRNAAGG/GroELSすべてを共発現させた系ではTLGT遺伝子のみ発現させた場合よりもおよそ5倍上昇していた。

 第二章では、人工基質3KBG5CNP

 を用い、TLGTの触媒反応がPing-Pong Bi Bi機構で進むことを明らかにしている。続いて、アノマー保持型酵素が反応途中に求核性触媒残基と基質が共有結合したグリコシル酵素中間体を形成することを利用し、3KBG5CNPを受容体基質非存在下でTLGTと短時間反応させた後、変性・分解して質量分析を行うことで、グリコシル酵素中間体のトラップ・検出に成功した。基質が共有結合したペプチドのシグナルのPost-source decay(PSD)解析と、部位特異的変異体の解析によりTLGTの求核性触媒がGlu123であることを決定した。

 第三章では、TLGTのX線結晶構造解析について述べている。先ず、セレノメチオニンラベルしたTLGT結晶を用い、多波長以上分散法によって分解能2.8Aで立体構造を決定した。次に、別の結晶を用い、リガンドが結合していない構造と阻害剤であるアカボースとの複合体構造を分解能2.4Aで決定した。TLGTはN末端側のドメインIとC末端側のドメインIIの2つのドメインから構成されていた。ドメインIのコア部分は、新規の(β/α)7−バレルを有していた。バレルとそれに続くαヘリックス領域の間には活性中心クレフトが形成されていた。複合体の構造から、Asp214がTLGTの酸/塩基触媒残基として働くことが示された。更に、基質結合に関わる残基も明かとなった。また、活性中心クレフトを覆うループ部分と活性中心から離れた場所に存在する基質結合部位が、重合度の低いシクロアミロースの生成を妨げ、重合度の高いシクロアミロースの生成に重要な役割をしていることが示唆された。一方、ドメインIIは2つの大きなβシートが平行に重なったβサンドイッチ構造をとっており、2本の短いαヘリックスを除き、βストランドのみから形成されていた。

 2つの別の結晶から得られた構造からTLGTは二量体だと考えられた。そこで第四章ではタンパク質工学的手法を用いて、単量体間の相互作用について解析した結果を述べている。単量体間の相互作用は主に一カ所での疎水性相互作用と、二つの水素結合ネットワークによって行われている。これらの相互作用に関与している残基に相互作用を破壊するような変異を加えた結果、TLGTの熱安定性は大幅に低下した。このことから二量体化がTLGTの熱安定性に重要な役割を果たしていると考えられた。

 第五章では、T. litoralisから細胞外アミロプルラナーゼ遺伝子およびマルトデキストリントランスポーター遺伝子の配列を報告している。大腸菌で発現・生成したT. litoralisアミロプルラナーゼはスターチのα-1,4およびα-1,6−結合を加水分解して、グルコースと様々な長さのマルトデキストリンを生成した。また、マルトテトラオース以上のマルトデキストリンのα-1,4結合をexo型に加水分解した。また、トランスポーターはマルトトリオース以上のマルトデキストリンを輸送することが示唆された。これらの結果から4-α−グルカノトランスフェラーゼとアミロプルラナーゼという2つのファミリー57の酵素がT. litoralisのスターチ/マルトデキストリン代謝において重要な役割を果たしていると考えられた。

 本論文は、glycoside hydrolaseファミリー57の酵素について様々な手法を用い包括的に解析した結果をまとめたものである。特に立体構造、触媒機構、触媒残基、そして基質結合残基については今回の研究によって初めて得られた知見である。

 よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものであると認めた。

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