学位論文要旨



No 117218
著者(漢字) 菅井,理絵
著者(英字)
著者(カナ) スガイ,リエ
標題(和) 蛋白質膜透過反応におけるSecGの構造変化と膜脂質の役割
標題(洋)
報告番号 117218
報告番号 甲17218
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2414号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

 大腸菌における分泌蛋白質膜透過には7種類のSec因子、SecA、B、D、E、F、G、Yが関与している。SecAは細胞質にも膜上にも存在するATPase活性を持つ因子である。SecAに分泌蛋白質前駆体とATPが結合すると膜に挿入し、ATPの加水分解によって前駆体から解離し、また膜から脱離する。このサイクルの繰り返しが蛋白質膜透過を直接駆動すると考えられている。SecYEGは細胞質膜で複合体となって膜透過チャネルを形成していると考えられている。SecGは当研究室において膜透過を促進する因子として同定された。通常、膜蛋白質は唯一の配向性で存在すると考えられていたが、SecGは蛋白質膜透過反応に伴って膜内配向性の反転・回復を繰り返す蛋白質であることが判明している。SecGの構造はSecAサイクルに共役しているため、膜透過反応の促進に重要な役割をしていると考えられている。secG遺伝子破壊株(ΔsecG株)では膜透過活性が著しく低下し、生育が低温感受性となる。また、SecG非存在下ではSecAの膜挿入が著しく阻害されることが示されている。

 大腸菌の膜透過反応は脂質によって影響されることが明らかになっている。大腸菌の主要なリン脂質はホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルグリセロール(PG)、カルジオリピン(CL)から構成されている。このうち、酸性リン脂質であるPG、CLは膜透過活性に必須であり、SecAのATPase活性を促進することが知られている。また、non-bilayer脂質であるPEも膜透過活性に重要である。膜の飽和脂肪酸、不飽和脂肪酸の比率は温度変化に対応して調節されており、低温下では不飽和脂肪酸であるシスーバクセン酸(18:1)が特異的に増加する。ΔsecG株の低温感受性を抑制するマルチコピーサプレッサーは、すべてリン脂質の生合成に関与しており、SecG機能と膜脂質の関連が示唆されている。本研究は蛋白質膜透過反応におけるSecGの機能をより詳しく解析することを目的とした。

 第一章、第二章ではΔsecG株の低温感受性を抑制するマルチコピーサプレッサーGnsA、GnsBの機能解析を試みた。SecGの反転が阻害されたSecG-PhoA融合蛋白質が構築されている。第三章では、SecG-PhoA融合蛋白質を用いて、SecGの反転阻害が膜透過反応に与える影響を解析した。

1、蛋白質膜透過反応におけるSecG機能と膜脂質中の脂肪酸不飽和度との関連

 ΔsecG株の低温感受性を抑制するマルチコピーサプレッサーとして、大腸菌の染色体上約22分に位置する1kbpのEcoRI-BamHI断片が得られている。この断片内には、yccL遺伝子やsfa遺伝子などが含まれており、sfa遺伝子の読み枠とyccL遺伝子の読み枠は11bp重複していた。sfa遺伝子は、膜の不飽和脂肪酸生合成に必須なfabA遺伝子の温度感受性変異株、fabA6変異のマルチコピーサプレッサーであると報告されている。EcoRI-BamHI断片のどの部分がΔsecG株の低温感受性の抑制に関与するのかを調べた結果、sfa遺伝子ではなくyccL遺伝子であることが明らかになった。以後、yccL遺伝子をgnsA (secG null mutant suppressor A)遺伝子と呼ぶことにした。gnsA遺伝子を過剰発現させるとfabA6の温度感受性も抑制した。一方、sfa遺伝子にはこのような活性はなく、報告が誤っていることが判明した。GnsAはアミノ酸57残基からなる6.6kDaの小さな蛋白質であった。gnsA遺伝子と相同性の高い遺伝子を検索したところ、染色体上約35分に位置するydfY遺伝子を発見した。ydfY遺伝子もgnsA遺伝子と同様に、過剰発現するとΔsecG株の低温感受性もfabA6の温度感受性も抑制した。以後、ydfY遺伝子をgnsB遺伝子と呼ぶことにした。GnsBはアミノ酸58残基からなる6.7kDaの蛋白質である。gnsB遺伝子による抑制効果はgnsA遺伝子よりも低かった。

 gnsA遺伝子、gnsB遺伝子の過剰発現によるΔsecG株の低温感受性の抑制は、膜透過活性の回復によるものかを調べた。ΔsecG株においては膜透過活性が阻害され、細胞内に前駆体蛋白質proOmpAが蓄積するが、どちらの遺伝子を過剰発現させてもproOmpAのレベルが減少した。gnsA遺伝子を過剰発現させたΔsecG株から反転膜小胞を調製し、in vitroにおける膜透過活性を測定したところ、ΔsecG株より調製した膜小胞よりも上昇しており、野性株から調製した膜小胞に匹敵するほどの活性が検出された。これらのことから、gnsA遺伝子、gnsB遺伝子の過剰発現によりΔsecG株の膜透過活性が回復することが判明した。膜の脂肪酸組成を調べたところ、37℃と20℃のどちらでもgnsA遺伝子、gnsB遺伝子の過剰発現によって不飽和度が上昇していた。一方、gnsA遺伝子、gnsB遺伝子の過剰発現は、37℃で生育した細胞のリン脂質組成に影響を与えなかった。

 以上の結果から、gnsA遺伝子、gnsB遺伝子の過剰発現による△secG株の低温感受性の抑制は、脂肪酸の不飽和度の上昇によることが明らかになった。SecGの機能は、膜の流動性が低下する低温下において特に重要であることが知られている。gnsA遺伝子やgnsB遺伝子の過剰発現によって脂肪酸の不飽和度が上昇し、膜の流動性が上昇すると、SecG機能を代替できると考えられる。

2、△secG株の低温感受性を抑制する遺伝子、gnsAのリン脂質組成に与える影響

 gnsA遺伝子を過剰発現させても、[32P]リン酸を加えて37℃で標識したときはリン脂質組成に影響を与えないことを第一章で示した。ところが、gnsA遺伝子を過剰発現させ、20℃で合成されるリン脂質組成を調べたところ、酸性リン脂質の割合が大幅に増加していることを発見した。そこで、20℃でgnsA遺伝子の過剰発現が膜のリン脂質組成に影響を与える機構について調べた。まず、膜のリン脂質の生成量に変化が現れているかを調べるため、20℃で[32P]リン酸で標識し、経時的にリン脂質を抽出して定量したところ、gnsA遺伝子を過剰発現させた場合、全リン脂質中への32Pの取り込みは通常より5分の1程度に減少していた。このことから、gnsA遺伝子の過剰発現によってリン脂質の合成速度、あるいは安定性が低下することが考えられた。各リン脂質の生成速度を調べるために経時的に32Pの取り込みを調べた。gnsA遺伝子を培養開始時から過剰発現させた場合、37℃においては各リン脂質の生成速度が一様に低下したが、比率に影響は認められなかった。37℃から20℃に移行させた後はPEの生成速度がPG、CLの生成速度に比べてより大きく低下した。これらの結果は、GnsAは過剰発現によってリン脂質の合成を抑制すること、20℃では特にPEの合成が強く抑制されることを示している。

 20℃においてgnsA遺伝子を過剰発現させた細胞を顕微鏡観察したところ、細胞分裂が阻害されており通常より6倍以上も伸長していた。リン脂質組成が変化することにより細胞分裂に影響が及んだと考えられる。

3、蛋白質膜透過反応におけるSecGの構造変化の役割

 SecG-PhoA融合蛋白質は高いPhoA活性をもつため、このPhoA部分は正常にペリプラズムでフォールディングしていると考えられている。したがって、SecGが反転する際、PhoA部分がC末端部分の反転の障害となると考えられる。SecG-PhoA融合蛋白質は△secG株の低温感受性を抑制しないが、△secG株よりは膜透過が回復していることが知られている。in vitroにおける膜透過活性は、野生株から調製した膜小胞(SecG+膜)に可溶性SecAを加えると顕著に増加する。一方、SecG-PhoA融合蛋白質を発現した細胞から調製した膜小胞(SecG-PhoA膜)では、可溶性SecAを添加しても膜透過活性は上昇しないことが示されていた。これらのことはSecGの反転が可溶性SecAによる膜透過の促進に重要であることを強く示唆しており、第三章ではSecG-PhoA膜における膜透過機構について詳細に解析した。

 可溶性SecAを加えないときは、SecG-PhoA膜でSecG+膜の数倍高い膜透過活性が検出された。一方、可溶性SecAの濃度を上昇させていくとSecG+膜ではSecA濃度に応じて活性が上昇したのに対し、SecG-PhoA膜では活性に変化が認められず、最終的にはSecG+膜の3分の1程度の活性しか得られなかった。すなわち、SecG-PhoA膜では可溶性SecAによる膜透過の促進作用がないことが確かめられた。SecG-PhoA膜を尿素で洗浄して、膜結合型SecAを除去して膜透過活性を調べると、SecAを加えないとき全く活性が認められなかったが、SecAを加えると活性が回復し、高濃度のSecA存在下ではSecG-PhoA膜の活性はSecG+膜の3分の1程度となった。

 SecG-PhoAの発現により膜小胞のSecYE量は影響を受けなかったが、膜結合型SecA量はSecG+膜より3倍多く存在していた。SecG-PhoA膜をトリプシン消化するとSecAの46kDa断片が検出された。SecG+膜でも46kDa断片は検出されたがはるかに少量であった。SecG-PhoA膜でもSecG+膜でも膜透過反応後にトリプシン消化すると46kDa断片量が減少した。また、尿素処理膜にSecAを加えてトリプシン処理したところ、SecG-PhoA膜では顕著に46kDa断片が生じた。これらの結果から、SecA46kDa断片の出現はSecAサイクルの中間体から生じたものと考えられ、膜透過装置に結合しているSecA由来であると考えられる。このようなSecAはSecGの反転が阻害されたときに多く蓄積すると考えられる。

 膜透過反応がSecAとSecG間の化学架橋に与える影響を調べた。SecG+膜では、化学架橋産物が膜透過に依存して増加したのに対し、SecG-PhoA膜では逆に減少した。一方、SecAとSecEの化学架橋産物はどちらの膜においても膜透過に依存して増加した。したがって、SecGの反転阻害によりSecAとSecGの相互作用は影響されるが、SecAとSecEの相互作用は影響を受けないことが示された。

 以上の結果から、可溶性SecAによる膜透過活性の促進にはSecGの反転が重要であることがはじめて明らかになった。SecGの反転を阻害するとSecAサイクルの中間体と考えられるSecAが著量蓄積した。膜挿入SecAの脱離が円滑に進行していないことが原因として考えられる。本研究によって新たに可溶性SecAも含めたSecAサイクルが提唱できるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌の蛋白質膜透過には7種類のSec因子が関与している。SecAは細胞質にも膜にも存在するATPase活性を持つ因子である。SecAに前駆体蛋白質とATPが結合すると膜に挿入し、ATPの加水分解によって前駆体から解離し、膜から脱離する。このようなSecAサイクルによって蛋白質膜透過が直接駆動されると考えられている。SecGは膜透過を促進し、膜透過反応に伴って膜内配向性の反転・回復を繰り返す。SecGの構造変化はSecAサイクルに共役し、膜透過反応の促進に重要であると考えられている。一方、膜の酸性リン脂質はSecAのATPase活性を上昇させ、膜透過活性を促進する。secG遺伝子破壊株(△secG株)では膜透過活性が低下し、生育が低温感受性となるが、酸性リン脂質量の上昇により膜透過活性が回復する。これらのことから、リン脂質とSecGの機能には密接な関連があると考えられている。本論文は蛋白質膜透過反応におけるSecGの機能をより詳しく解析することを目的としたものである。

 第一章では、△secG株の低温感受性を抑制するマルチコピーサプレッサーとして得られた、大腸菌の染色体上約22分に位置する1kbpの断片内にコードされる遺伝子の機能解析を行っている。この断片内には、yccL遺伝子やsfa遺伝子が含まれていたが、yccL遺伝子が△secG株の低温感受性を抑制することが判明したため、yccL遺伝子をgnsA (secG null mutant suppressor A)遺伝子と呼ぶことにした。sfa遺伝子は、膜の不飽和脂肪酸生合成に必須なfabA遺伝子の温度感受性変異株、fabA6変異のマルチコピーサプレッサーであると報告されているが、sfa遺伝子ではなくgnsA遺伝子によってfabA6変異が抑制されることを明らかにした。さらに、gnsA遺伝子と相同性の高いydfY遺伝子を発見し、この遺伝子を過剰発現すると両変異を抑制したため、ydfY遺伝子をgnsB遺伝子と呼ぶことにした。△secG株は膜透過活性が阻害されるが、GnsA、GnsBを過剰発現させるとin vivo、in vitroにおいて膜透過活性が回復した。これは、GnsA、GnsBの過剰発現により37℃と20℃のどちらでも膜の不飽和脂肪酸量が上昇したためであることを明らかにした。

 第二章では、GnsAの過剰発現が低温下におけるリン脂質組成に与える影響を調べている。20℃でGnsAを過剰発現させると酸性リン脂質の割合が増加していた。このとき、全リン脂質中への32Pの取り込みは通常より5分の1程度に減少し、さらにパルスラベル実験によりGnsAは過剰発現によってリン脂質の合成を抑制すること、20℃では特にPEの合成が強く抑制されることを明らかにした。GnsAの過剰発現により酸性リン脂質が過剰発現されたのではないと考えられるため、△secG株の低温感受性の抑制には不飽和脂肪酸量の増加が重要であることが判明した。

 第三章では、蛋白質膜透過反応におけるSecA・SecGサイクルの共役機構について、SecGの反転が阻害されたSecG-PhoA融合蛋白質を用いて解析している。in vitroにおける膜透過活性は、SecAの濃度を上昇させるとSecG+膜では上昇するが、SecG-PhoA膜では変化せず、高濃度のSecA存在下ではSecG+膜より低かった。SecG-PhoA膜の膜透過活性はSecA依存で進行することが判明したため、SecG-PhoA膜では添加するSecAによる促進が起こらないことが示唆された。SecG-PhoAの発現により膜結合型SecA量のみがSecG+膜より3倍多かった。SecG-PhoA膜のトリプシン消化によりSecAの46kDa断片が出現した。SecG+膜ではこの断片は極めて少量であった。両膜ともに膜透過反応後にトリプシン消化すると46kDa断片量が減少した。これらの結果から、SecAの46kDa断片の出現はSecAサイクルの中間体から生じたものであり、SecGの反転阻害により多く蓄積すると思われる。SecG+膜では、SecA-SecGの化学架橋産物が膜透過に依存して増加するが、SecG-PhoA膜では逆に減少した。これらの結果から、細胞質SecAは膜透過活性の促進に重要であること、また、SecGの反転は細胞質SecAをSecAサイクルに加える役割を果たすことがはじめて明らかになった。

 以上、本論文はSecGの機能について解析したものであり、より詳細な蛋白質膜透過機構の解明につながるものである。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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