学位論文要旨



No 117221
著者(漢字) 中里,恵美
著者(英字)
著者(カナ) ナカザト,エミ
標題(和) 単細胞緑藻クラミドモナスにおける葉緑体recA遺伝子の構造と発現解析
標題(洋)
報告番号 117221
報告番号 甲17221
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2417号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 教授 森,敏
 東京薬科大学生命科学部 教授 都筑,幹夫
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 田中,寛
内容要旨 要旨を表示する

 生物にとって、複製や修復等の「DNAの維持」に関わる機能は必要不可欠である。この機能に関わる蛋白質の一つに大腸菌で特に詳しく研究されているRecAがある。RecAホモログは原核生物から真核生物まで広く保存されており、構造的にも機能的にも大腸菌RecAと類似性が高い。従って、RecAは生命現象の中枢に関わる重要な蛋白質であると言える。

 植物特有のオルガネラである葉緑体は、原始ラン藻が真核細胞に内部共生した結果発生したとされる。その根拠として、葉緑体は独自のDNAを持ち、核とは違う原核細胞型の転写、翻訳装置を持つことが挙げられる。また、これまでのところ不明な点が多いが、複製や修復といった機能も、原核細胞型のシステムで制御されていることが予想されていた。葉緑体DNAの遺伝子数は進化の進んだ植物ほど少ない傾向がある。これは、進化の過程で葉緑体から核に遺伝子が移行したり、あるいは消失したりすることにより、葉緑体の機能が核ゲノムに依存するようになった結果と考えられる。葉緑体DNAの維持機能にしても、葉緑体ゲノムに対応する遺伝子が見つからないことから、核ゲノムから供給されているのではないかと予想されていた。これらの予想を裏付けたのは、1992年に高等植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)における、核コードで葉緑体で機能すると考えられる大腸菌のRecAホモログの同定である。シロイヌナズナRecA(以下AtRecA)は、N末端側に葉緑体移行シグナルに特徴的なセリン・スレオニン残基に富む配列を持つことから、核から葉緑体に輸送されて機能する蛋白質と考えられた。この時、DNAの維持が原核型システムに依存するならば、AtRecAが核にコードされていることはつまり「葉緑体がDNAの損傷時には何らかのシグナルを核に伝達してRecAの発現、翻訳や輸送を促して葉緑体DNAの維持を図っている」ことが予想されていた。この予想が確固たるものとなったのは、1993年に提唱された「プラスチドシグナル」という概念である。プラスチドシグナルとしては、クロロフィル合成経路の中間体や活性酸素、カロテノイド等様々な候補が挙がっており、1993年から現在までにそれぞれに解析が進んでいるが、ほとんどが光合成関連遺伝子に関してであってRecAのような核酸代謝関連遺伝子は全くと言って良いほどプラスチドシグナルの観点からは解析されていない。そこで、単細胞緑藻のクラミドモナスのRecAに着目し、プラスチドシグナルとの関連について解析することにした。クラミドモナスは一細胞あたりただ一つの葉緑体を持ち、高等植物と比較すると葉緑体の分化の形態や葉緑体DNAのコピー数の少なさからも非常に単純な構造である。葉緑体から核へのプラスチドシグナルによるRecAの制御を検討するには適した生物であると考え、本研究では、クラミドモナス葉緑体RecAの同定、構造解析からプラスチドシグナルの観点での発現制御の検討を行った。

1) クラミドモナス葉緑体RecA (CrRecA)の構造解析

 大腸菌RecAのアミノ酸配列をもとに、かずさDNA研究所によって進められたクラミドモナスEST (generate expressed sequence tags)プロジェクトデータベース(URL : http://www.kazusa.or.jp/en/plant/chlamy/EST/)から相同配列を検索したところ、対応する配列を含むESTクローンが一種同定された(CM055g08-r)。このクローンの挿入部分は約2.3kbであり、cDNA配列を決定したアミノ酸配列を予想したところ、クラミドモナスRecA(以下CrRecA)全長ORF(414a.a.)が含まれていた。CrRecAはN末端側に葉緑体移行シグナル(トランジットペプタイド)に特徴的なセリン・スレオニン残基に富む配列が見い出され、さらにオンライン上の複数のシグナル配列予想プログラム(TargetP, ChloroP、PSORT等)で複合的に解析した結果からもCrRecAは葉緑体に移行するシグナルを持つことが示された。さらに、アラインメント解析によって見いだされた他の生物のRecA蛋白質と相同性の高い部分(320アミノ酸)を用いて系統樹を作成したところ、CrRecAはラン藻(S.sp.PCC6803、S.platensis.)のRecAや、AtRecAと同じクラスターを形成した。また、進化の過程において、ラン藻が分岐した後にCrRecAが分岐して出来た可能性が示唆された。また、CrRecA全長ORFとGFP(Green fluorescent protein)の融合タンパク質発現ベクターを作成し、パーティクルガン法によりタバコの葉に打ち込みCrRecAの局在を共焦点レーザー顕微鏡により観察したところ、CrRecAは葉緑体に局在することが確認された。次に、CrRecAは大腸菌のRecAホモログである事から、大腸菌との機能的類似性を検討した。大腸菌のrecA欠損株において、DNA損傷剤であるマイトマイシンC(MMC)を添加し、T7プロモーターの下流にCrRecA全長を導入したpUC19ベクターを形質転換して薬剤抵抗性を検討したところ、一部機能的な相補が確認された。以上の事から、クラミドモナスRecAは大腸菌RecAのホモログで核コードで葉緑体で機能する蛋白質であり、機能的にも大腸菌と類似していることが明らかになった。

2) CrrecAの発現制御とプラスチドシグナル

 大腸菌RecAは、DNA損傷時に組み換え修復を行うことでDNAの維持を図る。そこでCrRecAに関しても同様に、DNA損傷を与える薬剤によって転写レベルで発現誘導が起こるかどうかをノザン解析により検討した。ブレオマイシン、MMS(メチルメタンスルホン酸)は共にDNAを切断、損傷を与える薬剤であるが、これらを培地中に添加すると6時間後に顕著な発現誘導がおこった。また、葉緑体の光合成電子伝達系から電子を受け取り、活性酸素を発生させる農薬パラコート(メチルビオロゲン)を添加したところ、2時間で劇的な発現誘導が確認された。添加した薬剤はすべてDNA損傷を引き起こすものであるが、いずれも活性酸素の発生を伴う。特にパラコートは、光依存で急激に活性酸素が発生することで殺草作用を起こす農薬である。よって、活性酸素がCrrecAの発現誘導に重要な役割を担うことが予想された。活性酸素はプラスチドシグナルの候補の一つとして挙げられており、CrrecAの発現に関しても活性酸素自身が核へのシグナルとなっているのか、あるいは活性酸素と他のプラスチドシグナルとが関与し合ってCrrecAの発現を誘導するのかどうかは、プラスチドシグナルのpathwayを考える上で非常に興味深い。そこで、パラコート添加時に、活性酸素同様にプラスチドシグナルの候補として挙がっているクロロフィル合成系路前駆体のMgPROTO(Mg-protoporphyrin IX)とMgPROTOMe(Mg-protoporphyrin IX monomethyl ester)の細胞内プール量の変化を測定した。また、パラコート添加時の細胞内でのCrRecAの局在を観察するため、抗大腸菌RecAモノクローナル抗体を使用して蛍光抗体染色法による観察も行った。その結果、パラコート添加前には全くシグナルが検出されなかったが、添加後2時間で葉緑体の核様体に集まる強いシグナルが検出された。大腸菌においてRecAは、DNA損傷時に切断された一本鎖DNAにフィラメント状に集合、結合して修復を開始することから、CrRecAも同様に損傷を受けた葉緑体DNAの修復に関わることが予想された。

まとめ

 単細胞緑藻クラミドモナスから、大腸菌RecAのホモログであるCrRecAのcDNA配列を同定、アミノ酸配列を予想した。CrRecAは葉緑体移行シグナルをN末端側に持つ核コードの蛋白質で、GFP融合タンパク質の一過性発現の観察により、葉緑体局在と解った。さらに、葉緑体内に光依存で活性酸素を発生させる農薬パラコートを培地中に添加したところ、劇的なCrrecAの発現誘導がノザン解析で判明した。これは、活性酸素がプラスチドシグナルとして核に伝達されて、CrrecAの誘導を必要に応じて促している可能性が考えられる。しかし同時に、プラスチドシグナルの候補として挙げられている、クロロフィル合成経路の中間体のMgPROTOやMgPROTO Meと活性酸素とのシグナル伝達pathwayにおける関与や前後関係も興味深い。そこで、パラコート添加時の細胞内MgPROTO、MgPROTOMeプール量の変化を測定することで、活性酸素とクロロフィル中間体のシグナルpathway上の相互関係を解析した。また、葉緑体DNAの複製や修復に関しては知見が少なく、実際にRecAが葉緑体DNAの維持、修復に関与しているのかどうかは直接的な報告はされていない。そこで、抗体蛍光染色によりパラコート添加時のクラミドモナス細胞内でのRecA蛋白質の動向を観察したところ、パラコート添加により、クラミドモナス細胞内で劇的にCrRecAタンパク質のシグナルが増加し、葉緑体の核様体に集まっている様子が観察された。よって、葉緑体においてもDNAの維持という観点では、原核型(大腸菌と類似した)システムで行われていると示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 原始らん藻が別の真核細胞に内部共生したことに起源をもつ植物細胞特有のオルガネラである色素体(葉緑体)は、自身のゲノムDNAと原核生物型の複製・転写・翻訳等の遺伝システムを持つ.植物細胞は、核と2つのオルガネラ(色素体、ミトコンドリア)のそれぞれに遺伝情報をもつ複合ゲノム系を形成している.一方、大腸菌のRecAタンパク質は複製や修復に関わる重要な機能をもつことが明らかにされており、RecAホモログは原核生物から真核生物まで広く保存されている.

 本研究は、単細胞緑藻Chlamydomonas reinhardtiiにおける葉緑体RecAホモログをコードする核遺伝子(CrRecA)の単離と塩基配列の決定、遺伝子産物の系統解析、葉緑体への局在化、遺伝子の発現誘導、葉緑体シグナルについての解析することによりゲノム間クロストークの解明を目指したものであり、序章の他、3つの章よりなる.

 序章では、植物細胞における色素体(葉緑体)と共生進化、色素体の分化、核と葉緑体とのクロストーク、RecAタンパク質の構造と機能、単細胞緑藻クラミドモナスについての研究の現状を述べている.

 第一章は、クラミドモナスにおけるrecA相同遺伝子(CrRecA)の単離・同定と塩基配列の決定、分子系統解析、GFP融合タンパク質を用いたCrRecA遺伝子産物の局在化等の解析を行った結果について述べている.かずさDNA研究所のクラミドモナスデータベースを検索し、recAの相同遺伝子と考えられるクローン(CM055g08-r)を得た.塩基配列を決定した結果、414アミノ酸をコードするORFが見いだされ、N末端側にはSer/Thrに富む葉緑体移行シグナル(トランジットペプチド)と考えられる配列が認められた.また、残りの配列は、ATP/GTP結合モチーフ(p-loop)を持つほか、他の生物のRecAホモログと保存性の高い領域を共有することが確認された.更に、タバコ葉においてトランジットペプタイドとGFP(Green Fluorescence Protein)との融合タンパク質(CrRecA-GFP)を一過的に発現させ、共焦点レーザー顕微鏡を用いてGFP蛍光とクロロフィル自家蛍光との細胞内局在を調べた.その結果、葉緑体への局在化が確認された.

 第二章では、CrRecA遺伝子の発現制御と葉緑体シグナルについての解析を行った結果について述べている.まず、BleomycinとMMS(methylmethanesulfonate)の2つのDNA損傷剤処理によってCrRecA遺伝子の転写レベルにおける発現誘導が起こることを確認した.また、光化学系Iの上部から電子1個を受け取ってフリーラジカルとなり、活性酸素を生じる光要求性の除草剤Paraquat(メチルビオロゲン)はクラミドモナス菌の脱色・死滅を引き起こす.Paraquat処理したクラミドモナス菌では短時間にCrRecA遺伝子の転写発現の誘導が起こることが明らかにされた.一方、Paraquat処理時には短時間に細胞質APX(Ascorbate peroxidase)の強い発現誘導が認められた.これらの結果は、活性酸素が葉緑体DNAに損傷を与えるとともにCrRectA遺伝子の発現誘導のトリガーとなっていることを示唆している.更に、葉緑体から核への情報伝達を担っている物質(プラスチドシグナル)について検討を行った.

 第三章は総合討論である.

 以上要するに本論文は、単細胞緑藻クラミドモナスより葉緑体で機能するrecAホモログ遺伝子(CrRecA)を同定・塩基配列の決定を行うとともに発現調節と葉緑体シグナルについて解析を行ったものであり、学術上、応用上寄与するとことが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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