学位論文要旨



No 117222
著者(漢字) 原口,景子
著者(英字)
著者(カナ) ハラグチ,ケイコ
標題(和) hDLG/PSD−95結合蛋白質DAP−1の機能解析
標題(洋)
報告番号 117222
報告番号 甲17222
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2418号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 千田,和宏
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

序論

 dlg(Drosophila discs-large)遺伝子はショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の癌抑制遺伝子の一種で、その産物(DLG)はヒトのtight junctionに相当する成虫原基上皮細胞のseptate junctionに局在する。dlg遺伝子に変異が起きて失活すると、成虫原基上皮細胞においてseptate junctionの崩壊、細胞接着と極性の喪失が起こり、細胞が異常増殖を起こして癌化することや、神経細胞のシナプス構造に異常が生じることが知られている。ヒトには様々な組織において発現し細胞接着部位に局在するDLGのヒトホモログhDLG/synapse-associated protein(SAP)97に加えて、シナプスに特異的かつ多量に存在するpostsynaptic density(PSD)-95/SAP90、PSD-93/Chapsyn110、SAP102など、構造が類似した多数の蛋白質が存在し、PSD-95ファミリーを形成する。

 PSD-95ファミリーはPDZ(DHR)ドメイン、SH3ドメイン、グアニレートキナーゼ(GUK)様ドメインから成るマルチドメイン蛋白質である。PSD-95のPDZドメインは記憶、学習において重要な役割を担うN-methyl-D-aspartateレセプター(NMDA-R)のNR2サブユニット(NMDA-R-2)やneuronal nitric oxide synthase(nNOS)、癌抑制遺伝子産物adenomatous polyposis coli(APC)と複合体を形成することが知られている。一方、hDLG/PSD-95のGUKドメインにはhDLG-associated protein(DAP)/synapse-associated protein 90-associated protein(SAPAP)/guanylate kinase-associated protein(GKAP)が結合することが知られている。DAPは14アミノ酸繰り返し配列、プロリンリッチドメインから成り、hDLG/PSD-95はDAPの14アミノ酸繰り返し配列を介して結合していることが明らかになっている。

 これまでにPSD-95ファミリーは細胞膜裏打ち蛋白質としてレセプターやイオンチャンネルのクラスタリングを引き起こす活性を持ち、シナプスにおける蛋白質複合体の構築に重要な役割を果たすことが知られている。またシグナル伝達分子と結合してシグナルを伝えるための足場にもなることが明らかになってきており、これらの機能を通してシナプスの可塑性、増殖制御などに関与していると考えられ、注目を集めている。そこで本研究ではhDLG/PSD-95の機能をさらに明らかにするために、hDLG/PSD-95結合蛋白質DAP-1の機能解析を行った。

方法と結果

Two-hybrid screeningによるDAP-1結合蛋白質の単離

 hDLG/PSD-95結合蛋白質DAP-1に着目し、yeastを用いたtwo-hybrid systemによりDAP-1結合蛋白質をコードする遺伝子のクローニングを行った。ヒト胎児脳cDNAライブラリーを用いてスクリーニングした結果、hDLC(human dynein light chain)と非常に高い相同性(93% identity and 98% similarity)を持つ89アミノ酸から成る蛋白質をコードする新規遺伝子が単離された。そこですでにクローニングされていたDLCをhDLC-1とし、本研究によって得られた新規遺伝子をhDLC-2と命名した。

hDLC-2はDAP-1と結合する

 hDLC-2とDAP-1が直接結合するかどうかをpull-down assayを用いて検討を行った結果、hDLC-2はDAP-1に直接結合することが確認できた。またDAP-1のhDLGやPSD-95との結合に必要とされる14アミノ酸繰り返し領域を含む断片、およびプロリンリッチ領域はhDLC-2との結合には関与しないが、中央の12アミノ酸(673-684)がhDLC-2との結合に関与していることが明らかになった。

NMDA-R-2とPSD-95、DAP-1、nNOS、およびDLCの複合体形成

 シナプス後膜部(PSD)ではPSD-95を介してnNOSとNMDAレセプターが効率良くカップリングしていると考えられている。またDAP-1はPSD-95と結合することが明らかになっているので、ラット脳抽出液を用いて様々な抗体により免疫沈降およびウェスタンブロッティングを行ったところ、in vivoにおいてDLCはNMDA-R-2-PSD-95-DAP-1-nNOS複合体に含まれていることが明らかとなった。

DAP-1はnNOSと結合する

 DAP-1とnNOSの結合をpull-down assayによって検討を行った結果、DAP-1はnNOSに直接結合することが確認できた。ここでDLCはnNOSと直接結合することが報告されている一方、DAP-1とも直接結合することが明らかとなったのでDAP-1とnNOSの共沈実験においてhDLC-2を添加し、添加量を増加させていったがhDLC-2はDAP-1とnNOSの結合には影響を与えないことが明らかになった。

DAP-1、DLCのnNOS制御効果

 ラットDLC(PIN、protein inhibitor of nNOS)はnNOSと結合し、nNOSの二量体形成を阻害してnNOSの酵素活性を負に制御することが報告されている。そこでhuman embryonic kidney(HEK)293細胞にhDLC-2、nNOSを発現させ、カルシウムイオノフォアA23187を用いてnNOSを活性化し、hDLC-2のnNOS酵素活性に対する影響をnNOSによるcGMP生成レベルを指標に検討した。その結果、hDLC-2のnNOS酵素活性に対する影響は観察されず、同様にDAP-1、またはDAP-1とhDLC-2をHEK 293細胞に発現させてもnNOSの酵素活性に対する影響は観察されなかった。

DAP-1はnNOSをTriton X-100不溶性画分へ誘導する

 nNOSはHEK 293細胞に発現させ、抗nNOS抗体を用いてウェスタンブロッティングを行うと、主にTriton X-100可溶性画分にて検出される。ここでDAP-1とnNOSをHEK 293細胞に共発現させ、DAP-1の発現量を増加させていったところ、Triton X-100可溶性画分に検出されるnNOSが減少する一方、Triton X-100不溶性画分に検出されるnNOSが増加することが観察された。この現象はDLCの発現量には関係していなかった。これらの結果から、DAP-1はnNOSをTriton X-100不溶性画分に誘導する作用を持つことが明らかとなった。

考察

 本研究においてDAP-1結合因子として新規遺伝子hDLC-2を単離した。またDLCはNMDA-R-2-PSD-95-DAP-1-nNOS複合体に含まれ、さらにDAP-1はnNOSと直接的に結合することを示した。In vitroにおいてhDLC-2はこれらの結合を阻害しなかったことから、DLCとnNOSはDAP-1の異なる部位に結合し、NMDA-R-2-PSD-95-DAP-1-nNOS複合体を維持していると予想される。ここでDLCはモーター蛋白質dyneinやmyosin-Vを構成するサブユニットである。ラット脳抽出液を用いた実験によりDLCはDAP、myosin-Vと複合体を形成し、DLCはPSD-95およびF-actinと有棘樹状細胞に局在してシナプス後膜部(PSD)画分に多量に含まれることが報告されている。さらにDAP-1をHEK 293細胞に発現させると、nNOSがTriton X-100不溶性画分に移行することが本研究において明らかになった。従ってDLCはNMDA-R-2-PSD-95-DAP-1-nNOS複合体をmyosin-Vなどのモーター蛋白質にリンクさせ、これら複合体はDAP-1の作用によりTriton X-100不溶性画分であるPSDへ移行する可能性があると考えられる。

 さらにPSD-95のアンチセンスオリゴを用いた実験からPSD-95はNMDAレセプターとnNOSをカップリングさせることが明らかになっている。その結果NMDAレセプターを流入するCa2+によって活性化したnNOSからNOが生じ、これが中枢神経系において様々な生理作用を示すものと考えられている。従ってPSDにおいてDAP-1の作用によりPSD-95、NMDAレセプターおよびnNOSが効率よくカップリングさせられCa2+シグナルが伝搬する結果、これら複合体が海馬における長期増強(long-term potentiation:LTP)や小脳における長期抑圧(long-term depression:LTD)等、神経の可塑性に影響を与えている可能性があると推測するのは興味深い。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はdrosophila discs-large(dlg)遺伝子産物のヒトホモログhDLG結合因子DAP(hDLG-associated protein)-1に着目し、yeast two-hybrid systemを用いてDAP-1結合因子の探索を行い、新規遺伝子dynein light chain(DLC)-2を単離し、DAP-1さらにDLC-2の機能解析を行った研究である。

 DAP-1は5つの14アミノ酸リピートと3つのプロリンリッチなドメインからなり、発現は脳特異的である。DAP-1は14アミノ酸リピートを介してhDLGのほかNMDAレセプターやshaker型K+チャンネルのクラスタリングを引き起こすpost-synaptic density(PSD)-95のグアニレートキナーゼ様ドメインに結合し、ラット脳においてNMDAレセプターのR2サブユニット(NMDA-R2)、PSD-95さらに癌抑制遺伝子産物APCと複合体を形成している。またDAP-1にはhDLG/PSD-95以外にneurofilamentやF-actin結合蛋白質vinculin、cortactinと結合するnArgBP2やshank/symamonが結合し、DAP-1は細胞骨格と相互作用している可能性が示唆されている。

 本論文ではDAP-1結合因子の検索を行い、human dynein light chain(DLC)-1と相同性が高い(93% identity and 98% similarity)新規遺伝子DLC-2を報告した。Dynein light chainは微小管マイナス端方向へ移動するモーター蛋白質dyneinのlight chain subunitであり、actin依存性モーター蛋白質myosinのsubunitでもある。DLC-2は89アミノ酸からなる分子量約8 kDaの蛋白質で、DAP-1の中央領域673〜684アミノ酸を介してDAP-1と結合する。ラット脳においてDLCはNMDA-R2、PSD-95、DAP-1さらに神経型NO合成酵素(nNOS)と複合体を形成し、DAP-1はDLC-2のみならず、nNOSとも直接結合することが明らかになった。またDLC-1はnNOSの酵素活性を負に制御することが報告されているので、DLC-2およびnNOSと直接結合するDAP-1はnNOSの酵素活性に影響を与えるかどうか検討を行ったが、これらのnNOS酵素活性に対する影響は観察されなかった。CHO細胞においてNMDAレセプターやPSD-95を発現させるとこれらは主にTriton X-100可溶性画分において検出されるが、DAP-1を発現させるとNMDAレセプターとPSD-95はTriton X-100不溶性画分において検出される。そこでHEK293細胞にnNOSとDAP-1を発現させると、DLC-2の発現量に関係なくTriton X-100可溶性画分において検出されるnNOSが減少する一方、Triton X-100不可溶性画分において検出されるnNOSが増加することが明らかになった。

 本研究はDAP-1結合因子として新規遺伝子DLC-2を単離し、DAP-1及びDLC-2の機能解析を行ったもので当該研究分野の進歩に資するところが大きい。従って、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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