学位論文要旨



No 117225
著者(漢字) 間山,智子
著者(英字)
著者(カナ) マヤマ,トモコ
標題(和) ペチュニアの花の形態形成に関与する遺伝子とその作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 117225
報告番号 甲17225
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2421号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 助教授 平野,博之
 東京大学 助教授 林,浩昭
 東京大学 助教授 田中,寛
 東京大学 助教授 梅田,正明
内容要旨 要旨を表示する

 多くの被子植物の花は外側から内側に向かってwhorl 1,2,3,及び4と定義される四つの領域からなり、それぞれ萼片、花弁、雄蘂、及び雌蘂を形成する。このような花の器官決定を、三つのクラスの遺伝子(A, B, とC)の組み合わせによって説明するモデルが提唱されている。このABCモデルでは各クラスの花のホメオティック遺伝子は隣り合った二つのwhorlで機能し、花の器官決定に関与している。すなわち、whorl 1ではクラスA遺伝子が機能し萼片が、whorl 2ではクラスAとB遺伝子が機能し花弁が、whorl 3ではクラスBとC遺伝子が機能し雄蘂が、そしてwhorl 4ではクラスC遺伝子が機能し雌蘂が形成される。クラスA遺伝子のwhorl 3と4における機能はクラスC遺伝子により抑制されており、クラスC遺伝子のwhorl 1と2における機能はクラスA遺伝子により抑制されている。シロイヌナズナでは各クラスの遺伝子が単離・同定されており、キンギョソウなどその他の被子植物でも、このモデルが大筋であてはまることが明らかとなっている。

 ペチュニアの花の形態は、他の被子植物と同様に、萼片、花弁、雄蘂、雌蘂の四種類の器官からなっている(図1)。ペチュニアにおいて、クラスA遺伝子BLIND(BL)の変異体は分離されているが、その遺伝子は単離・同定されていない。また、クラスB遺伝子としてGREEN PETAL(GP)とFBP1が、クラスC遺伝子としてpMADS3が単離・同定されている(表1)。しかし一方で、後述するようにシロイヌナズナとは異なる点があることがわかっている。

 本研究は、ペチュニアの雄蘂形成に関与する遺伝子を同定すると共に、クラスA遺伝子を単離し、ペチュニアの花の形態形成機構を明らかにすることを目的としたものであり、その結果は以下のように要約される。

ペチュニアの花弁と雄蘂の形成に関与する遺伝子の解析

 ペチュニアのクラスB遺伝子GREEN PETAL(GP)は花弁の形成には必要であるが、雄蘂の形成には必要ではない。これはシロイヌナズナの二つのクラスB遺伝子が花弁と雄蘂の両方の形成に必要なこととは異なっている。そこで、GPの作用を解析するために、その突然変異体gpとクラスA遺伝子BLの突然変異体blを交配し、二重突然変異体bl gpを作成した。その結果、bl gpの花は、bl変異体の花と同様にwhorl 2において雄蘂状組織を形成することが分かった。これはGPが雄蘂状組織の形成に必要ではないことを示している。更に、ペチュニアの花弁と雄蘂の両方の形成に必要な典型的なクラスB遺伝子の作用を持つFBP1の発現をgpおよびbl gpにおいて解析したところ、FBP1はgpのwhorl 2の萼状組織では弱くwhorl 3の雄蘂では強く発現するのに対し、bl gpではwhorl 2の葯状組織とwhorl 3の雄蘂の両方で強く発現することが明らかとなった。この結果は、FBP1の強い発現に、花弁ではGPを必要とするが、雄蘂または雄蘂状組織ではGPを必要としないことを示している。そこで、我々は、雄蘂または雄蘂状組織の形成と、FBP1のそれらにおける強い発現に関与する新たなクラスB遺伝子PhBX (Petunia hybridaクラスBgene X)の存在を仮定し、そのwhorl 2における作用がBL遺伝子によって抑制されるというペチュニアの花の形成機構のモデルを提唱した(図2)。

 花の器官形成に関わるホメオティック遺伝子産物の多くはタンパク質複合体を形成し、器官形成に関与することがわかっている。そこで、雄蘂形成に関与するペチュニアの遺伝子産物(FBP1、PMADS3及びFBP2; 図2)間のタンパク質間相互作用を酵母のtwo-hybrid systemを用いて解析した。その結果、PMADS3とFBP2が相互作用を示したため、PMADS3とFBP2はヘテロダイマーを形成し、雄蘂形成に関与することが示唆された。そこで、更にPMADS3-FBP2ヘテロダイマーと既知のペチュニアのホメオティック遺伝子及びそのパラログの遺伝子の産物間の相互作用を酵母のthree-hybrid systemを用いて解析した。その結果、PMADS3-FBP2ヘテロダイマーは、FBP1とは相互作用を示さなかったが、GPとFBP1のそれぞれのパラログであるが未だ機能が明らかにされていないPhTM6とpMADS2(表1)の遺伝子産物と相互作用することが分かった。この結果は、PHTM6またはPMADS2が、FBP2およびPMADS3とともに三重複合体を形成して、雄蘂形成に関与することを示唆し、更にはPhTM6またはpMADS2がPhBXである可能性を示唆する。

ペチュニアのクラスA遺伝子の単離と発現解析

 クラスA遺伝子BLIND(BL)の突然変異体blind(bl)の花は、萼片の先端が柱頭状組織へ、花弁上部のリムが葯状組織へとホメオティックな変化を示し、葉も主脈方向にそって巻きあがる表現型を示す。シロイヌナズナには、典型的なクラスA遺伝子APETALA1(AP1)とAPETALA2(AP2)が単離されているが、BLはペチュニアにおけるこれらの相同遺伝子ではないことが明らかになっている。シロイヌナズナには他のクラスA遺伝子としてCURLY LEAF(CLF)やLUENIG(LUG)など、複数の遺伝子が存在することが知られている。我々は、それらのうちCLFの突然変異体clf-2の表現型がblと類似していることに注目し、BLの単離を目的としてペチュニアにおけるCLF相同遺伝子の単離を行った。CLF遺伝子産物がショウジョウバエのE(z)遺伝子産物のC末側のアミノ酸配列と相同性を持つことに着目し、この領域の塩基配列を元にディジェネレートプライマーを設計し、RT-PCRによってペチュニアの相同遺伝子を単離した。その結果、三つの遺伝子が得られ、それぞれPhCLF1, PhCLF2及びPhCLF3 (Petunia hybrida CURLY LEAF)と命名した。これらのうち、CLFと最も高い相同性を持つPhCLF1とPhCLF2の発現を解析したところ、PhCLF1は花弁で強く発現し、PhCLF2は生殖器官で強く発現することがわかった。この結果は、それぞれの遺伝子が異なった発現制御を受けていること、それぞれの作用する器官が異なっていることを示唆する。また、PhCLF1は、PhCLF2とは異なり選択的スプライシングを起こし、C末側領域を欠失した種々のタンパク質をも産生することがわかった。この欠失したタンパク質はタンパク質間相互作用に重要と考えられるN末側の領域を持っているため、全長を持つPHCLF1タンパク質に対して阻害的に作用するものと考えられる。しかし、PhCLF1とPhCLF2は花のすべての器官と葉で発現している点、その発現が他のクラスの花のホメオティック遺伝子(MADS box遺伝子)と比べると弱い点においてCLFに類似していることが明らかになった。

 PhCLF1またはPhCLF2が、BLであるか否かを検証するため、bl突然変異体で生じるPhCLF1とPhCLF2の転写産物の塩基配列を解析した。その結果、PhCLF1は野生型と比較してアミノ酸を変える三つの置換変異を持つことがわかったが、交配の結果、その変異を持つ遺伝子がblの表現型とは分離することが明らかになった。一方PhCLF2は、野生型と比較してアミノ酸を変える置換変異を一つ持つことがわかったが、この変異は保存性の低い領域に存在していた。これらの結果より、PhCLF1とPhCLF2はBLとは別の遺伝子であることが示唆された。しかし、blの花の各器官におけるPhCLF1とPhCLF2の発現を解析したところ、whorl 2の花弁が葯状組織へと変化した組織ではPhCLF1の発現が弱くなり、whorl 1の先端が柱頭状組織へと変化した萼片では、PhCLF2の発現が強くなることが分かった。この結果は、BLがPhCLF1とPhCLF2の発現制御に関与していることを示唆している。

 以上の結果より、シロイヌナズナのクラスA遺伝子CLFのペチュニアにおける相同遺伝子は、BLとは異なる遺伝子であるが、その発現はBLによって制御されることが明らかになった。

 以上本論文において、ペチュニアには花弁と雄蘂の両方の形成に関与するFBP1と花弁形成に関与するGPの他に、雄蘂形成に特異的に関わるクラスB遺伝子PhBXが存在することを示すと共に、PhBXがPhTM6またはpMADS2であることを示唆する結果を得た。また、シロイヌナズナのクラスA遺伝子CLFのペチュニアにおける二種類の相同遺伝子PhCLF1とPhCLF2を単離同定すると共にそれらの発現を調べたが、両遺伝子はペチュニアのクラスA遺伝子BLとは異なること、しかしそれらの発現にはBLが関わっていること、を明らかにした。これらの結果は被子植物の花の器官形成機構の多様性を示す重要な結果であると考えられる。

図1 ペチュニアの野生型の花

図2 ペチュニアの花の形態形成モデル

表1 花のホメオティック遺伝子

審査要旨 要旨を表示する

 ペチュニアを含む被子植物の花は外側から同心円状のwhorl 1からwhorl 4までの4つの領域からなり、それぞれに萼片、花弁、雄蘂、雌蘂、が形成される。シロイヌナズナなどの遺伝学的研究から、このような花の器官決定をクラスA, B, Cの三種類の遺伝子の組み合わせによって説明するABCモデルが提唱されているが、ペチュニアではクラスAとBの遺伝子の作用がモデルに適合しないことが示唆されている。本研究は、ペチュニアの雄蘂形成に関与するクラスB遺伝子の同定と、シロイヌナズナのクラスA遺伝子CURLY LEAF (CLF)のペチュニアにおける相同遺伝子の単離によって、ペチュニアの花の形態形成機構を明らかにしたものであり、五章より構成されている。

 第一章で被子植物一般とペチュニアの花の器官形成に関する研究の背景を概説し、本研究の目的について述べている。第二章ではペチュニアの雄蘂の形成に関与する遺伝子の解析を行っている。クラスB突然変異体green petal (gp)とクラスA突然変異体blind (bl)を交配し、二重突然変異体(bl gp)を作成した結果、そのwhorl 2と3において、雄蘂状組織が形成されることから、GP遺伝子が雄蘂の形成に必要ではないことが明らかになった。そこで、花弁の形成に関与するGP、花弁と雄蘂の形成に関与するFBP1に加えて、雄蘂の形成には第三のクラスB遺伝子PhBX(Petunia hybridaクラスB gene X)が関与するとしたペチュニアの花の形成機構のモデルを提唱した。

 第三章ではペチュニアの花器官の形成に関与するホメオティック遺伝子産物間の相互作用の解析を行っている。酵母のtwo-hybrid systemとthree-hybrid systemを用いて、GP-FBP1ヘテロダイマー、PMADS3-FBP2-PMADS2三重複合体、PMADS3-FBP2-PHTM6三重複合体、がそれぞれ形成されることを示し、この結果から、GP-FBP1を含む複合体が花弁形成に、PMADS3-FBP2-PMADS2を含む複合体とPMADS3-FBP2-PHTM6を含む複合体が雄蘂形成に、関与していると推測した。雄蘂形成に関与する複合体に含まれるPMADS2とPHTM6をコードする遺伝子の実際の機能は不明であるがどちらもクラスB遺伝子のパラログであり、これらの遺伝子のどちらかもしくは両方がPhBXであると考えられた。そこで、さらに形質転換体の解析を行って、pMADS2とPhTM6のどちらも実際にクラスB遺伝子の機能を持つことを示した。これらの結果に基づいて第二章のモデルを改変した、新たなペチュニアの花の形成機構のモデルを提示した。

 第四章では、シロイヌナズナのクラスA遺伝子CLFの突然変異体の表現型がペチュニアのblと類似していることに注目し、クラスA遺伝子BLの単離を目的としてペチュニアにおけるCLF相同遺伝子の単離を行った。その結果、三つの遺伝子が得られ、それぞれPhCLF1, PhCLF2及びPhCLF3 (Petunia hybrida CURLY LEAF)と命名した。これらのうち、CLFと最も高い相同性を持つPhCLF1とPhCLF2のそれぞれが異なった発現制御を受けていることを明らかにした。しかし、bl突然変異体におけるPhCLF1とPhCLF2の転写産物を解析した結果、両遺伝子がBLとは別の遺伝子であることが示唆されたが、blの花において、それらが強く発現する器官が野生型と異なっていたことから、PhCLF1とPhCLF2は、BLによって発現が制御される遺伝子と結論した。

 第五章(総括)では、本研究で得られた研究成果とその意義を述べると共に今後の展望を述べている。

 以上本論文は、ペチュニアの雄蘂形成に関与するクラスB遺伝子を同定すると共に、シロイヌナズナのクラスA遺伝子CLFのペチュニアにおける相同遺伝子を単離することによって、ペチュニアの花の形態形成機構を明らかにし、被子植物の花の器官形成機構の多様性を示したものであり、学術上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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