学位論文要旨



No 117226
著者(漢字) 宮本,厚樹
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,アツキ
標題(和) リポ蛋白質の局在化に関与する分子シャペロンLolAの機能解析
標題(洋)
報告番号 117226
報告番号 甲17226
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2422号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 中島,春紫
 東京大学 助教授 松山,伸一
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

 グラム陰性細菌である大腸菌の細胞は,外膜,ペリプラズム空間,内膜(細胞質膜)および細胞質の4つのコンパートメントから成り立っている。外膜と内膜にはN末端のシステイン残基が脂質修飾されたリポ蛋白質が90種あまり存在しており,形態維持,細胞分裂,物質輸送,薬剤排出,蛋白質の分泌,ペプチドグリカン合成と分解など多くの重要な細胞機能を担っている。リポ蛋白質のN末端であるシステインの次のアミノ酸残基(+2位)がアスパラギン酸である場合は内膜に,アスパラギン酸以外のアミノ酸残基であるリポ蛋白質は外膜に局在化する。すなわち,+2位のアミノ酸残基は膜局在化を決定する選別シグナルであり,"+2ルール"とよばれている。この"+2ルール"から,大部分のリポ蛋白質は外膜に存在すると考えられているが,不溶性の外膜リポ蛋白質がどのように水溶性の環境であるペリプラズム空間を通るのかは長い間不明であった。当研究室では,外膜リポ蛋白質の局在化には大腸菌の生育に必須である5種類のLol(localization of lipoprotein)因子が関与していることを明らかにしている。

 外膜リポ蛋白質は,内膜に存在するABCトランスポーターであるLolCDEの作用により,ペリプラズム空間に存在するリポ蛋白質に特異的な分子シャペロンであるLolAと1:1の水溶性複合体を形成して内膜から遊離する。次にLolA複合体としてペリプラズム空間を横断した外膜リポ蛋白質は,外膜に存在する受容体蛋白質LolBに受け渡され,最終的に外膜へ組み込まれる(図1)。

このようにLolAは,リポ蛋白質の内膜からの遊離,水溶性複合体の形成,そしてLolBへの受け渡しの機能を有する多機能蛋白質である。本研究では,LolAの機能を詳しく解析するために部位特異的変異株を取得し,解析した。

変異LolAの取得

 グラム陰性細菌には広くLolAホモログが存在している。LolAホモログ間で保存されたアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換するために,プラスミド上のアラビノースプロモーター支配下のlolA遺伝子に部位特異的変異を導入した。なお,変異体の精製を容易にするためにLolAのC末端にはヒスチジンタグが付加されるように工夫し,それがLolAの機能には影響を与えないことを確認した。このプラスミドを用いて,染色体上の野生型lolA遺伝子がラクトースプロモーターに制御された大腸菌を形質転換した。この株では変異LolA蛋白質がアラビノースに,野生型LolAがIPTG[isopropyl-β-D(-)-thiogalactopyranoside]に依存して発現した。LolAの機能が欠損した変異株を得るために,アラビノースのみが存在する条件下で生育できない株を選択した。その結果,LolAのN末端から43番目のArgがLeuに置換された変異体LolA(R43L)を取得した。また,dominant-negativeを示す変異体を得るためにアラビノースとIPTGが共存する条件下で変異LolAとともに野生型LolAを発現させても生育できない株を選択した。その結果,47番目のPheがGluに置換された変異体LolA(F47E)を取得した。LolA(R43L),LolA(F47E)および野生型LolAは過剰発現させた大腸菌のペリプラズム画分から金属アフィニティークロマトグラフィによって精製し,生化学的解析に使用した。

LolA(R43L)の解析

 野生型LolAを発現させた大腸菌では,外膜リポ蛋白質であるLppとPalはペリプラズム画分にはみられないが,LolA(R43L)を発現させた大腸菌のペリプラズム画分にはLppとPalの蓄積がみられた。このことからLolA(R43L)はリポ蛋白質の遊離機能は正常であるが,LolBへ受け渡す反応に欠陥がある変異体であることが推測された。このことを証明するため,まずLolA(R43L)のスフェロプラストからのLppを遊離する機能を調べた。その結果,LolA(R43L)はLppを遊離する機能を正常に示し,かつLppと水溶性複合体を形成した。次にLolA(R43L)/Lpp複合体に外膜画分を加えてリポ蛋白質をLolBへ受け渡す反応を調べた。野生型LolA存在下で遊離したほとんどのLppは,LolBに依存して外膜に組み込まれたが,LolA(R43L)存在下で遊離したLppは外膜に組み込まれなかった。以上の結果から,LolA(R43L)はリポ蛋白質を内膜から遊離し水溶性複合体を形成する機能は正常であるが,LolBへ受け渡す機能が欠損している変異体であることが明らかとなった。

LolA(F47E)の解析

 LolA(F47E)の機能を解析するため,スフェロプラストを用いてLpp,またはPalを遊離する機能を調べた。その結果,LolA(F47E)はLppを全く遊離せず,Palを遊離する反応も野生型LolAに比べて低下していた。しかし遊離されたPalはLolA(F47E)と水溶性複合体を形成していた。そこで,LolA(F47E)/Pal複合体を用いてPalをLolBへ受け渡す反応を調べた。その結果,LolA(F47E)によるPalのLolBに依存した外膜への組み込みは正常であった。以上の結果から,LolA(F47E)はリポ蛋白質と水溶性複合体を形成する機能,およびLolBへの受け渡しの機能は正常であるが,リポ蛋白質を内膜から遊離する機能に欠陥をもつ変異体であることが明らかとなった。

 LolA(F47E)のリポ蛋白質を遊離する機能が異常になった理由を明らかにするため,再構成実験系を用いて解析した。まず,ATP存在下でLolCDEを大腸菌リン脂質に組み込んだプロテオリポゾームを調製した。このプロテオリポソームに野生型LolAまたはLolA(F47E)を加えて反応させた後,遠心してプロテオリポソーム画分(沈殿)と上清画分に分離した。その結果,野生型LolAはプロテオリポソーム画分には回収されなかったが,LolA(F47E)はLolCDEに結合してプロテオリポソーム画分に回収された。野生型LolAはAMP-PNPなどのヌクレオチドに依存してプロテオリポソーム画分に回収された。一方,LolA(F47E)はヌクレオチドがなくてもLolCDEに結合してプロテオリポソーム画分に回収された。このことから,LolA(F47E)はLolCDEと強く結合して解離できにくいためにリポ蛋白質を遊離する機能に異常を示すことが示唆された。また,LolCDEと強く結合したLolA(F47E)は野生型LolAとLolCDEの結合を妨げると考えられ,これはin vivoにおいてdominant-negativeを示した結果とも一致する。

三次構造からみたR43とF47の位置

 最近共同研究によりLolAの結晶化に成功し,LolAの三次構造が明らかになった。LolAは片方が開いた筒状のβシート構造を全体的にとっており,内面が疎水性、外側が親水性を示している(図2)。R43とF47はそれぞれ2番目と3番目のβシートの末端にそれぞれ位置しており,LolAの構造の中でも内側のほぼ中心部位に存在している。R43とF47は近い部位に存在しているが,リポ蛋白質の遊離とLolBへの受け渡しというそれぞれ異なる機能において重要な部位であることは非常に興味深い。

LolA-LolCDE間の結合と解離

 ATP存在下でLolCDEを組み込んだプロテオリポソームに野生型LolAを加えてもLolCDEへの結合はみられなかった。一方,ADP,AMP,または加水分解されないATPアナログであるAMP-PNPを加えて再構成実験を行ったところ,リポ蛋白質の有無にかかわらず,野生型LolAはLolCDEと結合した。以上の結果から,LolAはヌクレオチドを結合したLolCDEと相互作用し,LolCDEがATPを加水分解するとLolA/リポ蛋白質複合体を形成してLolCDEから解離するというモデルが提唱された。

図1.Lolシステムによる外膜リポ蛋白質の局在化モデル

図2.LolAの三次構造と変異部位

審査要旨 要旨を表示する

 大腸菌の外膜と内膜にはN末端のシステイン残基が脂質修飾されたリポ蛋白質が存在している。外膜リポ蛋白質は,内膜に存在するABCトランスポーターであるLolCDEの作用により,ペリプラズム空間に存在するリポ蛋白質に特異的な分子シャペロンであるLolAと1:1の水溶性複合体を形成して内膜から遊離する。次にLolA複合体としてペリプラズム空間を横断した外膜リポ蛋白質は,外膜に存在する受容体蛋白質LolBに受け渡され,最終的に外膜へ組み込まれる。このようにLolAはリポ蛋白質の内膜からの遊離,水溶性複合体の形成,そしてLolBへの受け渡しの機能を有する多機能蛋白質である。本論文は,リポ蛋白質の局在化機構を分子レベルで理解するために,多機能蛋白質であるLolAの構造と機能の関係を明らかにすることを目的として行っている。

 グラム陰性細菌には広くLolAホモログが存在している。LolAホモログ間で保存されたアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換するために,プラスミド上のlolA遺伝子に部位特異的変異を導入した。その結果,ペリプラズム画分に外膜リポ蛋白質であるLppとPalの蓄積がみられた変異体LolA(R43L)と優勢欠損変異の表現型を示した変異体LolA(F47E)を取得した。

 LolA(R43L)の精製標品を用いてスフェロプラストからLppを遊離する反応を調べたところ,LolA(R43L)はLppを遊離する機能を正常に示し,かつLppと水溶性複合体を形成した。次にLolA(R43L)/Lpp複合体に外膜画分を加えてリポ蛋白質をLolBへ受け渡す反応を調べたところ,LolA(R43L)存在下で遊離したLppは外膜に組み込まれなかった。以上の結果から,LolA(R43L)はリポ蛋白質を内膜から遊離し,水溶性複合体を形成する機能は正常であるが,LolBへ受け渡す機能に欠陥がある変異体であることが示された。

 LolA(F47E)の精製標品を用いてスフェロプラストからLpp,またはPalを遊離する反応を調べたところ,LolA(F47E)はLppを全く遊離せず,Palを遊離する反応も野生型LolAに比べて低下していた。しかし遊離されたPalはLolA(F47E)と水溶性複合体を形成していたため,LolA(F47E)/Pal複合体を用いてPalをLolBへ受け渡す反応を調べた。その結果,LolA(F47E)によるPalのLolBに依存した外膜への組み込みは正常であった。以上の結果から,LolA(F47E)はリポ蛋白質と水溶性複合体を形成する機能,およびLolBへの受け渡しの機能は正常であるが,リポ蛋白質を内膜から遊離する機能に欠陥をもつ変異体であることが示された。さらに,LolA(F47E)のリポ蛋白質を遊離する機能が異常になった理由を明らかにするため,再構成実験系を用いて解析した。アデニンヌクレオチドであるATP,ADP,AMP,また加水分解されないATPアナログであるAMP-PNP存在下でLolCDEを再構成したプロテオリポソームを調製し,それに野生型LolAまたはF47Eを加えて30℃で反応させた。超遠心でプロテオリポソーム画分と上清に分画し,それぞれの画分を抗LolA抗体を用いたイムノブロッティングで解析した結果,LolA(F47E)は,LolCDEとの結合がヌクレオチド非依存になっているだけでなく,ATP存在下でもLolCDEから解離できないほど強く相互作用していることが示された。また,ADP,AMP,そしてAMP-PNP存在下で野生型LolAはプロテオリポソーム画分に回収された。このことから,加水分解されないアデニンヌクレオチドを結合したLolCDEはLolAと相互作用するが,その後解離することができないと考えられた。また,LolAはLolCDEと直接相互作用するかどうかについてはこれまで不明であったが,LolAとLolCDEは直接相互作用していることがはじめて示唆された。一方,ATP存在下ではLolAとLolCDEの結合はみられなかった。これはATPを結合したLolCDEがLolAと相互作用した後,速やかにATPを加水分解することによってLolA/リポ蛋白質複合体をLolCDEから解離させるためであると考えられた。つまり,ATP加水分解エネルギーはLolCDEからLolA/リポ蛋白質複合体を解離するときに利用されていることが示唆された。

 以上,本論文は大腸菌リポ蛋白質の局在化に関与する分子シャペロンLolAの機能解析を行ったものであり,学術上,貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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