学位論文要旨



No 117229
著者(漢字) りー,ぴん,ちん
著者(英字) Lee,Ping,Chin
著者(カナ) リー,ピン,チン
標題(和) 放線菌におけるタンパク質リン酸化を介した二次代謝の制御
標題(洋) Regulation of secondary metabolism via protein phosphorylation in Streptomyces
報告番号 117229
報告番号 甲17229
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2425号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 西山,真
 東京大学 助教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 放線菌は多種多様な二次代謝産物を生産することに加え、複雑な形態分化を示すことでよく知られている。二次代謝産物生産と形態分化が起こる時期は一致しており、それらは複雑に制御されている。真核生物型セリン/スレオニンキナーゼがこの制御系に含まれていることが、本研究室において世界で初めて報告された。

Streptomyces coelicolor A3(2)においてセリン/スレオニンキナーゼをコードする遺伝子afsKとそのキナーゼのターゲットであると予想されるタンパク質をコードする遺伝子afsRがクローニングされた。AfsKは外界からのある刺激に応答して自己リン酸化を行い、リン酸化型AfsKがAfsRをリン酸化し、リン酸化されたAfsRが二次代謝産物の生合成を誘導する事が明らかになっている。AfsRのリン酸化残基はセリン、スレオニン残基であり、N末領域にはOmpR様DNA結合ドメインが存在し、中域にはA、Bタイプ二種類のATP結合ドメインが含まれている。この二つのATP結合モチーフ配列へ点変異を導入したところ、変異体は二次代謝産物生産を促進しなかったことから、二つのATP結合モチーフがAfsRの機能に重要であることが推定された。また、S. coelicolor A3(2)における色素性抗生物質アクチノローヂンの生産がafsK、afsR両遺伝子破壊株で著しく減少したことから、AfsKによるAfsRのリン酸化が二次代謝産物生産制御に重要であると考えられた。しかし、AfsRのATP結合モチーフとリン酸化が制御機能にどのように関わっているのかは明らかになっていなかった。本研究では、AfsRの二次代謝の制御におけるリン酸化およびATP結合配列の役割および転写因子と予想されるAfsRの標的遺伝子を決定することにより、AfsR/AfsKの制御機構の一端を明らかにしようとするものである。

1.afsSの機能解析

 afsRの直下流には、63アミノ酸をコードするafsS遺伝子が存在している。多コピーベクターを用いてafsSを、親株であるS. coelicolor A3(2) M130及びafsR遺伝子破壊株に導入すると、両株におけるアクチノローヂン生産量が大幅に増加した。また、afsS遺伝子破壊株ではアクチノローヂン生産量が親株に比べ著しく減少した。この事から、afsSも二次代謝制御に正の調節因子として深く関わっていると判断された。

2.AfsRによるafsSの転写制御

afsR, afsK遺伝子破壊株におけるafsSの転写解析

 afsS, afsR, afsKはアクチノローヂン生産制御に深く関わっている。それぞれの遺伝子座が互いに近いことから、afsSの転写がafsRあるいはafsKにより制御されていると予想した。そこで、S. coelicolor A3(2) M130を親株として、親株、afsR遺伝子破壊株、afsK遺伝子破壊株、afsS遺伝子破壊株におけるafsS, afsR, afsKの転写を調べた。その結果、afsR、afsS両遺伝子破壊株でのafsKの転写量、afsK、afsS両遺伝子破壊株でのafsRの転写量にはそれぞれ親株との違いがみられなかった。しかし、興味深いことにafsSの転写はafsR遺伝子破壊株ではほぼ完全に無くなり、afsK遺伝子破壊株では転写開始時期が遅れた。afsR遺伝子破壊株にプラスミドを用いてafsRを導入すると、afsSの転写量は親株並に回復されることも確認された。また、RT-PCR法によりafsRとafsSは別の転写単位であることが確認された。これらの結果はafsSの転写はafsRの制御下にあることを強く示すばかりではなく、AfsKによるAfsRのリン酸化がafsSの転写に重要であることも示唆している。

リン酸化によるAfsRのDNA結合能への影響

 afsSのプロモーター領域にAfsRが結合すると予想し、非リン酸化型、リン酸化型AfsRを用いてafsSプロモーター領域に対するゲルシフトアッセイを行った。非リン酸化型、リン酸化型AfsRでは共にプロモーター領域との結合を示すシフトバンドが検出されたが、リン酸化型では非リン酸化型の10倍低いタンパク質濃度でシフトバンドがみられた。この結果から、AfsRはafsSプロモーター領域に結合するが、その結合はリン酸化により大きく増強されると考えられた。またDNase Iフットプリンティングにより、AfsRの結合領域はRNAポリメラーゼや大多数のリプレッサーが結合する-35〜-10領域とオーバーラップしていた。

AfsRのATPase/GTPase活性

 AfsRのA、BタイプATP結合モチーフは多くの腸内細菌でみられる窒素固定制御に関わるNtrC, NifAなどの転写因子が持つATPaseドメインとアミノ酸配列において高い相同性を有する。そこで、ATP結合モチーフのATPase, GTPase活性をマラカイト・グリーンアッセイ法により調べた。ネガティブコントロールとして、A、Bタイプ両ATP結合モチーフのアミノ酸置換を行ったもの(AfsRΔATP)と、AfsRのN末領域(AfsRΔC:DNA結合領域を含み、ATP結合モチーフは含まない)を用いた。予想どおり、AfsRはGTPase, ATPase活性を示した。GTPase活性はATPase活性に比べわずかに弱く、CTPとTTPは基質にはならなかった。また、ATP活性を失ったAfsRΔATP, AfsRΔCでも、afsSのプロモーター領域へ結合した。したがって、ATPase, GTPase活性はDNA結合には必須ではないといえる。

 AfsRが持つATPase活性のリン酸化による影響を、非リン酸化型AfsRとリン酸化型AfsRを用いて調べた。その結果、リン酸化型は非リン酸化型に比べ、2〜3倍高いATPase活性を示した。即ち、AfsRのリン酸化は自身のATPase活性を正に制御している。さらに、afsRΔATPを多コピーベクターを用いて親株へ導入した株ではアクチノローヂンとウンデシルプロディギオシン生産量が著しく減少した。この事から、AfsRΔATPはDNA結合についてはAfsRと拮抗し得るが、afsSの転写を促進することはできないと考えられた。加えて、afsR遺伝子破壊株にAfsRΔATPを導入した株ではafsSの転写回復は起こらなかったため、afsSの転写誘導にAfsRのATPase活性が必須であると考えられた。AfsRはATP加水分解により得られるエネルギーを利用し、RNAポリメラーゼが転写を行うために必要なopen complexを形成する反応を触媒していると考えられる。非リン酸化型AfsRが持つ低いATPase活性から得られるエネルギーはopen complexを形成するため、あるいはRNAポリメラーゼを熱力学的に良好な状態で配置させるためには十分でないと予想される。AfsRのリン酸化と特異的DNA配列への結合、RNAポリメラーゼ、そしてAfsRによるATP加水分解から得られるエネルギー、これら全てが連動し、afsSの転写制御は非常に厳密に行われているのであろう。その事を連想させるものとして、AfsRのDNA結合領域がafsSプロモーターの-10〜-35にまたがっていることがあげられる。大腸菌をはじめ多くのバクテリアでは-10と-35のスペースは通常、17±1 bpであるが、afsSプロモーターの場合には20 bpである。MerRファミリーに属する転写アクチベーターもプロモーターの-10〜-35に結合する。そして、これらの転写アクチベーターは結合によりDNAの構造を変化させ、プロモーターの-10と-35の間の距離を転写に都合の良い状態に変えると考えられている。そのため、AfsRについてもafsSプロモーターへのAfsRの結合はプロモーターの構造を変え、転写が効率よく行われる条件を整える役割を持つのではないかと考えている。これらの詳細なメカニズムを得るためには更なる解析が必要である。

3.AfsK以外のAfsRリン酸化キナーゼの機能解析

 S. coelicolor A3(2)においてafsK遺伝子破壊株の粗抽出液によりAfsRがリン酸化されることから、AfsRはAfsK以外の他のキナーゼによってもリン酸化されることが解っていた。コンピュータ検索により、S. coelicolor A3(2)にはAfsKのキナーゼ触媒ドメインに類似したドメインを有するタンパク質が約30種類存在している。それらの中でAfsRリン酸化能を持つタンパク質を一つ同定し、これをPkaGと命名した。PkaGはAfsK同様、自身のセリン、スレオニン残基を自己リン酸化した。in vitroリン酸化アッセイの結果、PkaGはAfsRのセリン、スレオニン残基をリン酸化した。pkaG遺伝子破壊株においてアクチノローヂン生産量の減少がみられたが、afsK遺伝子破壊株ほどの減少は起こらなかった。この事はAfsRのリン酸化がPkaGを含む他のキナーゼよりもAfsKに大きく依存することを示唆している。今のところ、AfsK及びPkaGを活性化する因子は同定されていないが、それぞれの遺伝子破壊株でのアクチノローヂン生産量の違いから、両タンパク質を活性化する因子は同一ではないのかもしれない。

4.まとめ

 本研究により、AfsRはDNA結合ドメイン、ATPaseドメインを有し、かつそれらの活性がセリン、スレオニン残基のリン酸化により調節されている極めてユニークな調節蛋白質であることが明らかになった。以上の結果を含め、AfsK/R/Sシステムについて予想されることを図に示した。AfsKは構成的に発現しているが、そのリン酸化の程度はアクチノローヂン生産が始まっている時期に発現されるKbpA(AfsK binding protein A)によって制御されている。そして、AfsRはAfsK及びPkaGを含む複数のキナーゼによりリン酸化され、そのリン酸化によりAfsRのDNA結合能とATPase活性は増大される。リン酸化型AfsRはRNAポリメラーゼホロ酵素とσ因子と共にafsSの上流に結合する。そこでAfsRはATP加水分解によって得られたエネルギーを利用してRNAポリメラーゼによる転写に必要なopen complex形成を行う。その結果、afsSの転写が起こる。そしてAfsSは未知の経路で二次代謝に影響すると予想される。種々の解析の結果から、リン酸化型AfsRは二次代謝産物に関わる他の遺伝子群の転写を促進していることも示唆されている。

論文

P. -C. Lee, Umeyama T. and Horinouchi S.: afsS is a target of AfsR, a transcriptional factor with ATPase activity, that globally controls secondary metabolism in Streptomyces coelicolor A3(2). Mol. Microbiol. February issue (2002).

図.AfsK/AfsR/KbpA/AfsSによる二次代謝制御

審査要旨 要旨を表示する

 Streptomyces coelicolor A3(2)においてセリン/スレオニンキナーゼをコードする遺伝子afsKとそのキナーゼのターゲットであるタンパク質をコードする遺伝子afsRがクローニングされている。AfsKは外界からのある刺激に応答して自己リン酸化を行い、リン酸化型AfsKがAfsRをリン酸化し、リン酸化されたAfsRが二次代謝産物の生合成を誘導する事が明らかになっている。AfsRのリン酸化残基はセリン、スレオニン残基であり、N末領域にはDNA結合ドメインが存在し、中域にはA、Bタイプ二種類のATP結合ドメインが含まれている。また、S. coelicolor A3(2)における色素性抗生物質アクチノローヂンの生産がafsK、afsR両遺伝子破壊株で著しく減少したことから、AfsKによるAfsRのリン酸化が二次代謝産物生産制御に重要であると考えられた。本論文は、AfsRのATP結合モチーフとリン酸化が制御機能にどのように関わっているかを明らかにしたもである。

1.afsSの機能解析

 afsRの直下流には、63アミノ酸をコードするafsS遺伝子が存在している。多コピーベクターを用いてafsSを、親株であるS. coelicolor A3(2) M130及びafsR遺伝子破壊株に導入すると、両株におけるアクチノローヂン生産量が大幅に増加した。また、afsS遺伝子破壊株ではアクチノローヂン生産量が親株に比べ著しく減少した。

2.AfsRによるafsSの転写制御

 afsS, afsR, afsKはアクチノローヂン生産制御に深く関わっている。それぞれの遺伝子座が互いに近いことから、afsSの転写がafsRあるいはafsKにより制御されていると予想し、S. coelicolor A3(2) M130を親株として、親株、afsR遺伝子破壊株、afsK遺伝子破壊株afsSの転写を調べた。その結果、afsSの転写はafsR遺伝子破壊株ではほぼ完全に無くなり、afsK遺伝子破壊株では転写開始時期が遅れた。また、RT-PCR法によりafsRとafsSは別の転写単位であることが確認された。これらの結果はafsSの転写はafsRの制御下にあることを強く示している。

 非リン酸化型、リン酸化型AfsRを用いてafsSプロモーター領域に対するゲルシフトアッセイを行った。その結果、リン酸化型では非リン酸化型の10倍低いタンパク質濃度でシフトバンドがみられた。このことから、AfsRはafsSプロモーター領域に結合するが、その結合はリン酸化により大きく増強されると考えられた。またDNase Iフットプリンティングにより、AfsRの結合領域はRNAポリメラーゼや大多数のリプレッサーが結合する-35〜-10領域とオーバーラップしていた。

 AfsRはA、Bタイプ二つのATP結合モチーフを持つため、これらのATPase, GTPase活性を調べた。ネガティブコントロールとして、A、Bタイプ両ATP結合モチーフのアミノ酸置換を行ったもの(AfsRΔATP)を用いた。予想どおり、AfsRはGTPase, ATPase活性を示した。GTPase活性はATPase活性に比べわずかに弱かった。また、ATP活性を失ったAfsRΔATPでも、afsSのプロモーター領域へ結合した。したがって、ATPase, GTPase活性はDNA結合には必須ではないといえる。

 次にAfsRが持つATPase活性のリン酸化による影響を、非リン酸化型AfsRとリン酸化型AfsRを用いて調べた。その結果、リン酸化型は非リン酸化型に比べ、2〜3倍高いATPase活性を示した。さらに、afsRΔATPを多コピーベクターを用いて親株へ導入した株ではアクチノローヂンとウンデシルプロディギオシン生産量が著しく減少した。この事から、AfsRΔATPはDNA結合についてはAfsRと拮抗し得るが、afsSの転写を促進することはできないと考えられた。加えて、afsR遺伝子破壊株にAfsRΔATPを導入した株ではafsSの転写回復は起こらなかったため、afsSの転写誘導にAfsRのATPase活性が必須であると考えられる。

3.AfsK以外のAfsRリン酸化キナーゼの機能解析

 afsK遺伝子破壊株の粗抽出液によりAfsRがリン酸化されることから、AfsK以外のAfsRリン酸化キナーゼの存在が予想された。コンピュータ検索により、S. coelicolor A3(2)にはAfsKのキナーゼ触媒ドメインに類似したドメインを有するタンパク質が約30種類存在している。それらの中でAfsRリン酸化能を持つタンパク質を一つ同定し、これをPkaGと命名した。PkaGはAfsK同様、自身のセリン、スレオニン残基を自己リン酸化した。in vitroリン酸化アッセイの結果、PkaGはAfsRのセリン、スレオニン残基をリン酸化した。pkaG遺伝子破壊株においてアクチノローヂン生産量の減少がみられたが、afsK遺伝子破壊株ほどの減少は起こらなかった。この事はAfsRのリン酸化がPkaGを含む他のキナーゼよりもAfsKに大きく依存することを示唆している。

 以上、本論文は主にAfsK-AfsR二次代謝制御系においてAfsRのATP結合モチーフとリン酸化の重要性を示し、さらにAfsRの下流にコードされるタンパク質afsSもこの制御系で重要な役割を持つことを示した。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク