学位論文要旨



No 117232
著者(漢字) 三條場,千寿
著者(英字)
著者(カナ) サンジョウバ,チズ
標題(和) リーシュマニア原虫無鞭毛型に関する研究
標題(洋) Studies on amastigotes of the Leishmania parasites
報告番号 117232
報告番号 甲17232
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2428号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 教授 小川,和夫
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 リーシュマニア症は熱帯から温帯地方にかけて広く世界的に分布し、イヌ科動物およびげっ歯類を主な保虫宿主とする重要な人獣共通感染症である。患者は多くの場合小児であり、起因原虫の種類により皮膚型、皮膚粘膜型、あるいは内臓型など多彩な病態を呈する。現在、リーシュマニア症に対する有効なワクチンは知られていない。唯一、中央アジアのウズベキスタン共和国において慣習的にリーシュマニア原虫の生ワクチン接種が行われているが、本ワクチンの性状ならびに有用性については議論の多いところである。本症の病原体であるLeishmania属原虫は、媒介昆虫であるサシチョウバエ中腸内では有鞭毛型のプロマスティゴート(promastigote; PRO)として増殖するのに対し、ヒトを含む脊椎動物宿主では無鞭毛型のアマスティゴート(amastigote; AMA)としてマクロファージ内で分裂増殖する。PROはin vitroでの培養が容易にできるが、AMAのin vitro培養は限られた分離株で報告されているに過ぎない。それ故これまでのリーシュマニア原虫構成分子の解析はPROを用いており、AMA特異的発現分子に関する解析は殆どなされていない。しかしながら、リーシュマニア原虫はヒトを含む脊椎動物宿主内においてはAMAで分裂増殖し、それら宿主における多彩な病態もAMAに起因するものであり、宿主免疫反応もAMA発現分子に対するものと考えられる。したがって、リーシュマニア症に対する免疫学的診断、治療、あるいは予防法を開発する上で、AMA発現分子がその標的となるべきである。

 本研究では、リーシュマニア症の中でも最も分布域が広い旧大陸皮膚型リーシュマニア症に着目し、その起因原虫のヒトおよび動物の自然感染および実験動物感染における病態発現の解析を行った。さらに皮膚型リーシュマニア症起因原虫であるL. majorを用い、病態形成および免疫反応に重要な役割を演ずると考えられるAMA発現分子の探索を行い、本症の免疫学的診断、治療、発症予防法の開発に資すること目的とした。

 第一章では、宿主−寄生体相互作用におけるリーシュマニア原虫無鞭毛型、AMAの重要性を明らかにする目的で、皮膚型リーシュマニア症起因原虫の解析および、自然感染または実験動物感染における病理学的解析を行った。まず、中国新疆ウイグル自治区においてオオスナネズミ耳介部より分離した2株(KMA-2、KMA-4)、同地域サシチョウバエから分離した2株(KMP-2、KMP-3)、トルコ、サンリウルファ市において皮膚型リーシュマニア症患者より分離したL. tropica (URFH-16)、およびウズベキスタン、サマルカンドのリーシュマニア研究所との共同研究により得られた皮膚型リーシュマニア症生ワクチン株RM2のアクチン遺伝子の一部塩基配列(830bp)を決定した。リファレンス株(L. gerbilli (MRHO/CN/60/GERBILLI)、L. turanica (MRHO/CN/92/Qitai)、L. major (MHOM/Israel/83/LT252))との比較検討を行い、KMA-4、KMP-3はL. gerbilli、KMA-2、KMP-2はL. turanica、RM2はL. majorと同定した。L. gerbilli自然感染オオスナネズミでは耳介部にAMAの局在的な感染像が認められるものの、組織反応は殆ど観察されず、良好な寄生適応が成立していると考えられた。一方、L. tropica感染によるヒト皮膚病変部位では潰瘍形成が認められ、またマクロファージ内AMAの著しい増殖像、広範な組織壊死とその周囲組織の炎症像が観察された。

 また、分離株およびワクチン株の実験動物に対する感染性を検索するため、BALB/cAマウスに対するPRO感染実験を行った。結果、L. major RM2株が最も強い病原性を示し、組織学的観察では病変部位において広範な壊死像、マクロファージの浸潤、およびマクロファージ内でのAMAの著しい増殖像が観察された。更にイヌ(ビーグル)、リスザル(Saimiri sciureus boliviensis)にL. major RM2株PROを実験感染させ病理学的検索を行った。それらの結果、イヌ、リスザル共にヒトと同様感染部位における腫瘤形成を認め、イヌにおいては更に潰瘍を形成し典型的な皮膚型病変を呈した。また病理組織的解析において、病変部位のマクロファージ浸潤、およびマクロファージ内でのAMAの著しい増殖が観察された。以上の結果は、旧大陸における皮膚型リーシュマニア症の病態の多様性を示すとともに、本症の病態形成、免疫反応にAMAおよびその発現分子が重要な役割を演ずることを示唆した。

 AMA特異的分子の探索にあたり、大量のAMAを得ることが必要である。そこで、第二章では病変組織よりのAMAの調整法を検討し、その方法を確立した。すなわちBALB/cAマウスおよび様々な免疫抑制動物を用いて、病変組織からのAMA回収法を検討した結果、以下のような方法がもっとも簡便かつ有効であることを明らかにした。マウス由来の免疫関連分子の混入を極力避けるために、先天的免疫不全動物であるBALB/cA RAG2 knock outマウスを用い、潰瘍形成の起こる直前の感染4週目に病変部位を摘出、破砕し、ポリカーボネート製アイソポアメンブレンフィルターを使用することによりマウス1匹より、おおよそ1.5×108のAMAを回収することが可能となった。

 第三章では、これらの精製AMAとPROとのマウスに対する感染性、および構成タンパクの比較検討を行った。1×107 AMAとPROをそれぞれBALB/cAマウスの尾根部に接種し、腫瘤の大きさを経時的に観察した結果、AMA接種群における腫瘤の大きさがPRO接種群を明らかに上回った。これらのことから、本手法で精製されたAMAは感染性を保っていることが確認され、また同じ原虫種でありながら、PROとAMAでは、その形態だけではなく感染性もことなることが明らかにされた。次に、これら精製AMAを用い、PROとの構成タンパクの相違をSDS-PAGEを用いた二次元電気泳動法(2-D SDS-PAGE)により解析した。結果AMA、PRO双方に共通に認められるタンパク以外に8kDa、14kDa、25kDa、27kDa、45kDa等のAMA特異的発現タンパクを確認した。

 第四章では、これらAMA特異的発現タンパクの同定を試みた。第二章で確立された手法により精製されたAMAを免疫原に家兎ポリクロナール抗体を作製し、PROおよびAMAの抗原性の比較をWestern blotting法を用いて行った。その結果、おおよそ25kDa付近にAMA特異的抗原を確認した。2D SDS-PAGEで展開し、得られた2つのスポットについてアミノ酸解析を行った結果、近年、L. major (1998)およびL. chagasi (2001)の遺伝子クローニングにより得られた塩基配列より推定されたperoxidoxinのアミノ酸配列の一部と一致し、peroxidoxinがAMA特異的発現分子であり、強い抗原性を示すことが明らかとなった。Peroxidoxinはantioxidant familyに属する分子であり、AMAのマクロファージ内での増殖能、すなわち活性酸素よりの回避機構を考える上で興味深い。

 更に精製AMAを免疫原とし、マウスモノクロナール抗体(MAb)を作製した。結果、B8D、C11C、およびF2Aの3株のハイブリドーマが樹立され、これら3株由来MAbの性状解析をELISA, IFAを用いて行った。何れのMAbもAMAおよびPROを抗原としたELISA解析において、PRO抗原に対するよりもAMA抗原に対し、明らかに強い反応を示した。またIFA解析においてはPROにも僅かながら反応するものの、C11C株由来MAbがAMAの細胞膜に最も強い蛍光を発し、他の2株由来MAbはAMA細胞質内抗原との反応性を示した。これらのMAbは細胞内寄生型であるAMAを標的とした新たな免疫学的診断および、AMA特異的発現分子の探索に有用であると考えられた。

 以上、本研究において1) AMAがヒトを含む脊椎動物宿主においてリーシュマニア症の病態形成、および免疫反応に重要な役割を演ずることを示した。2) リーシュマニア原虫の宿主寄生型の研究に有用なAMAの簡易調整法を確立した。3) AMAとPROの感染性、および構成タンパクの比較において、AMAとPROではその形態だけではなく増殖能、感染性が異なることを明らかにし、またAMA特異的発現分子の存在を確認した。さらに4) 2D SDS-PAGEにて展開したタンパクのアミノ酸配列の解析により、peroxidoxinがAMA発現分子であることを本研究によって初めて示した。また、AMAを免疫原として用いることでAMA発現分子に強く反応する3クローンのMAbを作製した。

 本研究で得られた成果は、免疫学的診断、治療およびワクチンの標的分子の探索に新たなアプローチを提供することができ、全世界で3億5千万人が常時感染の危機に曝され、1千2百万人の患者がいるリーシュマニア症の防圧に大きく寄与するものと考える。さらに、皮膚型リーシュマニア症の病態形成機序および、AMAのマクロファージ内増殖能の解明にも大きく貢献するものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 リーシュマニア症は熱帯から温帯地方にかけて広く世界的に分布し、イヌ科動物およびげっ歯類を主な保虫宿主とする重要な人獣共通感染症である。患者は多くの場合小児であり、起因原虫の種類により皮膚型、皮膚粘膜型、あるいは内臓型など多彩な病態を呈する。本症の病原体であるLeishmania属原虫は、媒介昆虫であるサシチョウバエ中腸内では有鞭毛型のプロマスティゴート(promastigote; PRO)として増殖するのに対し、ヒトを含む脊椎動物宿主では無鞭毛型のアマスティゴート(amastigote; AMA)としてマクロファージ内で分裂増殖する。PROはin vitroでの培養が容易にできるが、AMAのin vitro培養は限られた分離株で報告されているに過ぎない。それ故これまでのリーシュマニア原虫構成分子の解析はPROを用いており、AMA特異的発現分子に関する解析は殆どなされていない。しかしながら、リーシュマニア原虫は脊椎動物宿主においてはAMAで分裂増殖し、それら宿主における多彩な病態もAMAに起因するものであり、宿主免疫反応もAMA発現分子に対するものと考えられる。したがって、リーシュマニア症に対する免疫学的診断、治療、あるいは予防法を開発する上で、AMA発現分子がその標的となるべきである。本研究では、リーシュマニア症の中でも最も分布域が広い旧大陸皮膚型リーシュマニア症に着目し、その起因原虫であるL. majorを用い、AMA特異的発現分子の探索を行い、本症の免疫学的診断、治療、発症予防法の開発に資すること目的とした。

 第一章では、本研究で用いたL. major RM2株の実験動物における病原性を検討した。本株はウズベキスタン共和国においてヒトへの生ワクチン株として使用されている。本株のBALB/cAマウスに対する病原性を中央アジア各地域よりの分離株と比較したところ、L. major RM2株が最も強い病原性を示した。さらに、同株の実験動物に対する感染性を検索するため、イヌ(ビーグル)、リスザル(Saimiri sciureus boliviensis)に対する感染実験を行った。それらの結果、両者共にヒトと同様感染部位における腫瘤形成を認め、イヌにおいては潰瘍を形成し典型的な皮膚型病変を呈した。病理組織学的解析では、病変部位のマクロファージ浸潤、およびマクロファージ内でのAMAの著しい増殖が観察された。なお、実験動物における本株のワクチン株としての有用性を検索するために、本株をBALB/cAマウスに感染させ4週後に再接種したが防御効果は認められなかった。以上の結果から、本症の病態形成、免疫反応にAMAおよびその発現分子が重要な役割を演ずること、また有用な生ワクチンの開発のためにはAMA特異的発現分子を標的とすることが必要と考えた。

 AMA特異的発現分子の探索にあたり、AMAの精製が必要である。そこで、第二章では病変組織よりのAMAの精製法を検討し、その方法を確立した。すなわちマウス由来の免疫関連分子の混入を極力避けるために、先天的免疫不全動物であるBALB/cA RAG2 knock outマウスを用い、潰瘍形成の起こる直前の感染4週目に病変部位を摘出、破砕し、ポリカーボネート製アイソポアメンブレンフィルターを使用することによりマウス1匹より、おおよそ3×108のAMAを回収することが可能であった。本方法は簡便かつ迅速なAMA調整法として利用価値が高いと考えた。更に、これらの精製AMAとPROとのマウスに対する感染性を検討した結果、本手法で精製されたAMAは感染性を保っていることが確認された。

 第三章では、AMA特異的発現分子の探索を目的とし、精製AMAを免疫原とし、マウスモノクロナール抗体(MAb) C11C、B8D、およびF2Aを作製した。ELISA解析において、C11CはAMAとPROの共通抗原に対する抗体、およびB8D、F2AはAMA特異抗体であることが示された。またIFA解析においてはC11CがAMAの細胞膜に強い蛍光を発し、B8D、F2AはAMA細胞質内抗原との反応性を示した。これらのMAbはAMAを標的とした新たな免疫学的診断および、AMA特異的発現分子の探索に有用であると考えられた。さらに、AMAとPROとの構成タンパクの相違を二次元電気泳動法(2-D SDS-PAGE)により解析した。結果AMA、PRO双方に共通に認められるタンパク以外に8kDa、14kDa、25kDa、27kDa、45kDa等の32スポットのAMA特異的発現タンパクを確認した。

 第四章では、まず、AMAを免疫原に家兎ポリクロナール抗体を作製し、PROおよびAMAの抗原性の比較を2-D SDS-PAGEとwestern blotting法を用いて行った。その結果、おおよそ25kDa付近にAMA特異的抗原を確認した。次に、これらAMA特異的抗原のうち2つのスポットについてアミノ酸解析を行った結果、近年、L. major (1998)およびL. chagasi (2001)の遺伝子クローニングにより得られた塩基配列より推定されたperoxidoxinのアミノ酸配列の一部と一致し、peroxidoxinがAMA発現分子であり、強い抗原性を示すことが示唆された。Peroxidoxinはantioxidant familyに属する分子であり、AMAのマクロファージ内での増殖能、すなわち活性酸素よりの回避機構を考える上で興味深い。

 以上、本研究において1) AMAがヒトを含む脊椎動物宿主においてリーシュマニア症の病態形成、および免疫反応に重要な役割を演ずることを示した。2) リーシュマニア原虫の宿主寄生型の研究に有用なAMAの簡易精製法を確立した。3) AMA特異抗体の作製、および2D SDS-PAGEによる構成タンパクの比較によりAMA特異的発現分子の存在を確認した。4) さらにAMA特異的発現タンパクのアミノ酸配列の解析により、peroxidoxinがAMA発現分子であることを初めて示した。

 本研究で得られた成果は、皮膚型リーシュマニア症の病態形成機序および、AMAのマクロファージ内増殖能の解明に大きく貢献するものと考えられた。また、免疫学的診断、治療およびワクチン開発のためAMA特異的発現分子を標的分子とする新たなアプローチを提供することができた。本研究は、全世界で3億5千万人が常時感染の危機に曝され、1千2百万人の患者がいるリーシュマニア症の防圧に大きく寄与するものと考える。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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