学位論文要旨



No 117233
著者(漢字) 清水,佐良子
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,サヨコ
標題(和) ウズラの主要組織適合抗原複合体クラスIIB遺伝子における構造解析に関する研究
標題(洋) Genetic structural analysis of Mhc (Coja) class IIB genes in quail (Coturnix japonica)
報告番号 117233
報告番号 甲17233
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2429号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
内容要旨 要旨を表示する

 主要組織適合抗原複合体(major histocompatibility complex : Mhc)は、免疫における自己−非自己の識別およびT細胞への抗原ペプチドの提示に関与し、免疫応答の誘導に深く関わるMhc抗原をコードする、多重遺伝子族からなる遺伝子領域である。ニワトリでは、すでにこのMhc領域のゲノム配列が決定されており、ニューカッスル病やマレック病などの病原体に対する感受性や経済形質に大きく寄与することが数多く報告されている。

 ニワトリとの属間雑種やキメラ動物の作成が可能であるウズラにおいてもニワトリと同様にニューカッスル病に対する抵抗性ならびに感受性を有することがこの不活化ワクチンに対する抗体産生能の高低により選抜された系統(H, L系)から明らかにされた。この両系統のゲノムDNAを用いたMhc遺伝子のRFLP解析では、系統間で大きく異なるバンドパターンが見られた。そこで、抗体産生能の高低に寄与する遺伝子は、MhcクラスII遺伝子である可能性が挙げられた。そこで本研究では、第一章において、H,L両系統におけるMhcクラスIIB遺伝子(以下CojaCIIBと示す)の多様性を明らかにした。さらにmRNAレベルにおける発現CojaCIIB遺伝子の解析の結果、系統特異的な発現遺伝子を有していることが示された。これら遺伝子の塩基配列から予測されるアミノ酸配列を比較したところ、ペプチド結合領域のアミノ酸残基が変異に富んでいた。抗原提示を受けるT細胞の活性化は、抗原提示細胞の表面に発現するMhcと外来抗原由来のペプチドの結合力に相関することから、H,L系統特異的な発現CojaCIIB遺伝子の外来ペプチドに対する結合能の差異が、免疫応答能に影響を与える一因と考えられる。そこで、第二章では、系統特異的である発現CojaCIIB遺伝子の特徴を明らかにすることを試みた。組織特異的なCojaCIIB mRNA発現解析、さらにT細胞依存性抗原であるヒツジ赤血球(SRBC)免疫に対する抗体産生能およびCojaCIIB mRNAの相対的発現量について系統間で比較した。CojaCIIB mRNA発現は、組織分布、相対的発現量において共に系統間に顕著な差異は認められなかった。一方、SRBC免疫実験では、H系において抗SRBC抗体価、CojaCIIB mRNAの相対的発現レベルが共にL系より極めて高いことが初めて証明された。この結果から、CojaCIIB mRNAの発現レベルが抗体産生能に相関していることが示唆された。最後に第三章では、まず第一章で明らかにされた各系統の多様性に富んだCojaCIIB遺伝子のゲノム内の位置を同定した。その結果、ニワトリにおいてRNAレベルで優位に発現が高く多型性に富み抗体産生能を決定すると数多く報告されているMhc major CIIB遺伝子が位置する領域に、両系統のウズラでは、各2つの遺伝子が存在していた。この各2つの遺伝子をウズラのCoja major CIIB遺伝子とすると,両系統のCoja major CIIB遺伝子は、系統特異的なCojaCIIB mRNA発現遺伝子であった。さらに第二章のSRBC免疫実験において各系統内で最も高い発現増加を示した遺伝子は、各系統のCoja major CIIB遺伝子のひとつであり,かつ同じローカスに位置するアリルの関係にあることが明らかとなった。このことから、特にCoja major CIIB遺伝子のハプロタイプが抗体産生能に相関することが示唆された。したがって、第二章で得られた結果を加味すると、Coja major CIIB遺伝子の発現レベルそして、もしくはCoja major CIIB遺伝子のローカスのアイソタイプが抗体産生能に寄与する可能性が挙げられた。CojaCIIB遺伝子の発現は、最初に転写レベルで調節される。そこで、次に転写レベルでCojaCIIB遺伝子の発現調節の一端を担うプロモーター領域を塩基配列レベルで比較解析するために、系統特異的なCoja major CIIB遺伝子のゲノム構造を明らかにした。プロモーター領域と推定されるCojaCIIB遺伝子の5' flanking領域において、組織特異的、細胞特異的な遺伝子の転写誘導に重要であるS, X, Y boxと呼ばれるシークエンスモチーフは、すべての各系統特異的なCoja major CIIB遺伝子に、高度に保存されていた。またMhcクラスII遺伝子の発現はIFN-γにより誘導され、グルココルチコイドにより抑制されることが報告されている。プロモーター領域においても、ICS (interferon consensus sequence), GRE (glucocorticoid response element)が両系統において存在していた。さらに3'非翻訳領域についても解析を進めたところ、転写因子であるNF-кBのbinding siteが全てのCoja major CIIB遺伝子に認められた。また、poly(A)シグナルも存在しており、系統間で顕著な差異は見られなかった。

簡単であるが、各章での実験内容について以下に述べる。

 第一章では、CojaCIIB遺伝子の多様性解析および発現解析を行なった。

H,L両系統に存在するCojaCIIB遺伝子の遺伝子数を明らかにするために、ゲノムDNAおよびRNAを鋳型として、CojaCIIB遺伝子のエクソン2からエクソン4までの領域を遺伝子座共通に増幅させるプライマーを用いて、PCRおよびRT-PCR解析を行ない、それらの塩基配列を決定した。この結果、H系では4種類(HL3,HL8,HL11,H12)のCojaCIIB遺伝子のゲノム塩基配列が得られ、その内3種類の発現(HL3,HL8,H12)が認められた。一方、L系においては10種類のゲノム塩基配列(L2,HL3,L4,L5,L6,L7,HL8,L9,L10,HL11)の内、4種類の遺伝子(L5,L6,L7,L10)の発現が認められた。そして、両系統で認められた発現遺伝子は、すべて系統特異的であった。したがって、H, L系統におけるCojaCIIB遺伝子の構成に大きな差異が存在することが明らかとなった

 第二章では、発現CojaCIIB遺伝子の組織分布およびSRBC免疫による相対的発現量の変動

 について解析を行なった。

発現CojaCIIB遺伝子の組織分布およびSRBC免疫による相対的発現量の変動を明らかにするために、H, L両系統から臓器(脾臓、胸腺、ファブリキウス嚢、肺、肝臓、腎臓)および末梢リンパ球由来のRNAを抽出し、各発現遺伝子特異的なプライマーを用いたRT-PCRおよびABI PRISM 7700にて、CojaCIIB mRNAの発現解析を行った。その結果、両系統における発現CojaCIIB遺伝子は、末梢リンパ球や臓器全てに検出された。また、相対的な発現量に両系統間で顕著な差異は見られなかった。SRBCを用いた免疫実験では、二次免疫後、H系がL系より16倍高い抗SRBC抗体価を示した。これら抗体価とCojaCIIB mRNAの相対的発現量を比較した結果、1.測定期間中における相対的発現量の変動は、両系統共に同様なパターンを示した2.H系における相対的発現量は、L系よりも7倍多かった。したがって、CojaCIIB遺伝子の発現量が抗体産生能に相関することが示唆された。

 第三章では、CojaCIIB遺伝子のゲノム内の位置の決定を行なった。

ニワトリと他系統のウズラのゲノム塩基配列より、Mhc major CIIB遺伝子が位置するTapasin-RING3領域、発現量が低く多型が乏しいMhc minor CIIB遺伝子が位置するlectin-Tapasin領域、およびlectin-NKR領域をカバーするプライマーを用いてlong-PCRを行ない、得られたPCR産物の塩基配列を決定した。その結果、Mhc major CIIB遺伝子には、H系では1種類のハプロタイプ(HL3-HL8)、L系では2種類のハプロタイプ(HL3-HL8)と(L5-L6)が見い出された。また、Mhc minor CIIB遺伝子には、HL11が両系統ともに見い出された。一方、両系統で異なる点は、lectin-NKR領域において,L系のみ複数のCojaCIIB遺伝子(L2,L4,L10)が認められたことであった。

 本研究において、ニューカッスル病ウイルス不活化ワクチンに対する抗体産生能の高低により選抜されたウズラのCojaCIIB遺伝子は多様性に富み、特に、Coja major CIIB遺伝子がニワトリと同様に抗体産生能に強く寄与していることが示された。さらなる解析から、抗体産生能に対してCoja major CIIB遺伝子の発現レベルとハプロタイプの2通りの相関性が示唆された。発現レベルに関しては、プロモーター領域に系統間で顕著な違いが認められなかったことから、免疫実験で観察された系統間でのCojaCIIB mRNAの発現レベルの大きな差異を説明するには至らなかった。一方、ハプロタイプの相関性に関しては、ヘテロであるL系ウズラのCoja major CIIB遺伝子に注目し、2つのハプロタイプ(HL3-HL8)/(L5-L6)が発現しているL系ウズラと(L5-L6)のみが発現しているL系ウズラの家系内でのF1の発現タイプ、発現量の解析を試みた。その結果、(HL3-HL8)の発現レベルが(L5-L6)の発現下で減少したことがみとめられた。さらなる解析が必要であるが、(L5-L6)のハプロタイプが抗体産生能の低下に寄与している可能性が挙げられた。本研究で得た研究成果は、ウズラの免疫機構を解明する上で非常に有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 主要組織適合抗原複合体(major histocompatibility complex : Mhc)は、免疫における自己・非自己の識別およびT細胞への抗原ペプチドの提示に関与し、免疫応答の誘導に深く関わるMHC抗原をコードする、多重遺伝子族からなる遺伝子領域である。ニワトリでは、Mhc領域のゲノム配列がすでに決定され、病原体に対する感受性や経済形質に大きく寄与することが数多く報告されている。ニワトリとの属間雑種やキメラ動物の作成が可能な程近縁であると考えられているウズラにおいても、ニワトリと同様にニューカッスル病に対する抵抗性ならびに感受性を有することが、この不活化ワクチンに対する抗体産生能の高低により選抜された系統(H,L系)から明らかにされている。これらH,L系統はひとつの基礎集団(クローズドコロニー)から、各抗体産生能の高いおよび低い集団内で循環交配を行ない遺伝的純化を高めた選抜系で、両系統のゲノムDNAを用いたMhcクラスIIB遺伝子のRFLP解析により、系統特異的なバンドパターンの存在が確認されている。

 そこで、抗体産生能の高低に寄与する遺伝子を探るべくはじめの一歩として、免疫応答誘導の最初の過程を担うMhcクラスII遺伝子を構造学的に解析し、抗体産生能との相関を明らかにすることを目的とした。なお、本研究では、MhcクラスII遺伝子の内、ニワトリにおいてよく解析が進められており、多型性に富むβ鎖をコードするMhcクラスIIB遺伝子(以下CojaCIIBと示す)について解析を進めた。

 第一章では、CojaCIIB遺伝子の多様性解析および発現解析を行なった。両系統に存在するCojaCIIB遺伝子を明らかにするために、ゲノムDNAおよびRNAを鋳型とし各遺伝子座に共通なプライマーを用いたPCRおよびRT-PCRを行ない、それらの塩基配列を決定した。得られたすべての遺伝子は、既知のニワトリMhcクラスIIB遺伝子と比較して新奇なものであり、各遺伝子の命名は試験的に行なった。H系では、4種類(HL3,HL8,HL11,H12)のCojaCIIB遺伝子のゲノム塩基配列が得られ、その内3種類(HL3,HL8,H12)の発現が認められた。一方、L系においては10種類(L2,HL3,L4,L5,L6,L7,HL8,L9,L10,HL11)のゲノム塩基配列の内、4種類(L5,L6,L7,L10)の遺伝子の発現が認められた。したがって、両系統のCojaCIIB遺伝子は共に多様性に富んでおり、系統間で遺伝子構成に大きな差異が存在することが明らかとなった。さらに、系統特異的な発現遺伝子は、予測されるアミノ酸配列に変換し比較したところ、ペプチド結合領域のアミノ酸残基が変異に富んでいた。つまり、各系統発現遺伝子と外来ペプチドとの結合能の差異が、免疫応答能に影響を与える一因と考えられる。

 第二章では、この系統特異的な発現遺伝子の特徴を明らかにすることを試みた。はじめにCojaCIIB mRNAを用いた発現解析により、組織特異性の有無を確認した。その結果、末梢リンパ球、用いた臓器(胸腺、脾臓、ファブリキウス嚢、肺、肝臓、腎臓)に発現が確認され、系統間における発現分布および相対的発現量に顕著な差は認められなかった。次に、T細胞依存性抗原であるヒツジ赤血球(SRBC)を免疫する実験を行ない、抗体産生とCojaCIIB遺伝子との関連性を検討することを目的として、免疫前後の各CojaCIIB mRNAの相対的発現量を明らかにした。なお、MhcクラスIIB mRNAの相対的発現量を経時的に算出する報告はこれまでにない。その結果、H系において抗SRBC抗体価、CojaCIIB mRNAの相対的発現レベルが共にL系より極めて高いことが証明された。さらに、CojaCIIB mRNAの発現レベルが抗体産生能に相関していることが示唆された。

 第三章では、各系統の多様性に富んだCojaCIIB遺伝子のゲノム内の位置をlong-PCR法により同定した。その結果、ニワトリにおいてRNAレベルで優位に発現が高く多様性に富み、抗体産生能を決定すると数多く報告されているMhc major CIIB遺伝子が位置する領域に、両系統のウズラには各2つずつの遺伝子座(Coja major CIIB)が存在していることを発見した。すなわち、H系では, L系では,の各ハプロタイプであった。さらにSRBC免疫実験において各系統内で最も高い発現増加を示した遺伝子(H系-HL3, L系-L5)は、各系統のCoja major CIIB遺伝子の一つであり、かつアリルの関係にあることが明らかとなった。したがって、Coja major CIIB遺伝子のハプロタイプが抗体産生能と相関することが示唆された。

 つまり、第二章で示唆された知見と加味すると、Coja major CIIB遺伝子の発現レベルそして、もしくはCoja major CIIB遺伝子のローカスのアイソタイプが抗体産生能に寄与する可能性が挙げられる。そこで、CojaCIIB遺伝子の発現調節の一端を担う近位プロモーター領域の塩基配列を比較解析したが、主要な転写調節因子は各ローカス間にて高度に保存されており、系統間における発現レベルの大きな差異を説明するには至らなかった。一方、抗体産生能とハプロタイプとの相関に関しては、L系のヘテロCoja major CIIBに注目し家系内でのF1の発現タイプ、発現量の解析を試みた結果、の発現レベルがの発現下で減少することが観察された。さらなる解析が必要だが、のハプロタイプが抗体産生能の低下に寄与している可能性が高い。

 本研究は、多様性に富んだCojaCIIB遺伝子が抗体産生能に寄与することを示し、さらにウズラのCojaCIIB遺伝子はニワトリと比較して遺伝子座が多く、さらに遺伝子構成も異なることを初めて明らかにした。加えて、これまでニワトリにおいて考えられていたMhcの多型が抗体産生レベルを決定しうるという見方以外に、Mhcの発現レベルが抗体産生レベルに相関しうるという新しい可能性を提案した。このような研究成果は、ウズラの免疫機構を解明する上で非常に有用であり、さらなる研究は養鶏などの産業面、野生鳥類の保護など環境面においても必要であると考えられる。したがって、審査員一同は、当人が農学博士の学位を取得するについて充分な資格を有するとの合意に達した。

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